4:39現在-16℃。
まだ急変待機中。
早々と就寝、爆睡してさっき起きた。
手の皮が痒くて目が醒めた。
接触性皮膚炎くさいのと、殺人的なほどの乾燥のためと思われる。
軟膏やクリーム類を塗りまくっているが、押入れの中でさえも、加湿器稼働しても湿度30%に達しない。
目と鼻と喉と顔や四肢の皮膚がやられている。
放射冷却恐るべし。
5:43。
空が明るくなってきた。
6:01。
ますます明るくなった。
6:34。
太陽出てきた。
6:59。
朝食にパン(焦げた)、オリブ油+パルメザンチーズ、肉、半熟目玉焼き、
ほうれん草とグリンピースの炒め、カップスープ。
カップスープはスキムミルクか牛乳を加え攪拌してから電子レンジで加熱、一煮立ちさせると濃厚で美味しくなるよ。
8:05。
急変待機だったが特に呼び出しも無くあと25分で拘束が解ける。
携帯が鳴らなければ今日一日休みだ。
朝飯が充実し過ぎたので食後眠くなってきた。
8:30。
呼び出しが無かったので今日一日休みになった。
洗濯と片付け物をする。
・・・・・
散歩に出かける。
-4℃とは暖かいなぁ。
路面の氷が表面だけ融けて油を塗ったみたいに滑る。
実にきんかんなまなま、殺人的だ。
街に出た。
ぬるいと思っても川は凍っていた。
蓮氷は昔のよりも随分薄い。
橋の上から川上の方角を見る。
橋を渡って反対の岸壁に下りた。
手摺が凍り付いている。
金属の手摺を素手で掴むと危ない。
皮膚の水分で貼り付いて剥がれなくなる。
もっと近寄って撮りたいが、足元も手摺も凍っている。
意味不明なコンクリのオブジェ。
向こう岸を眺める。
ホテルや飲食店が立ち並ぶ。
橋の下。
川面の蓮氷はこんな具合。
今の時期に川に落ちたら泳ぎの達人でも助からない。
水面に顔を出す事が出来ないからだ。
水中から氷の蓋を押し上げるのは物理的に無理だから。
向こう岸にあるのは植物の少ない植物園と汚いガラクタのような建造物は商業施設。
西の河口側に倉庫、その先は港。
凍った川面を船が通った跡。
さっき氷を掻き分けて、小さい船がド根性で通り過ぎて行った。
橋の上から川を見る。
橋の下。
ここは海抜1m未満。
岸壁の茶屋で何か飲もう。
顔がシバレてキリキリ痛む。
岸壁から港を眺める。
河口近くになると川面の氷が融けて浮いている。
茶屋に来た。
窓の外で漁船が川を遡って行く。
川が凍った岸壁の茶屋で昼食。
Twitterのお仲間が懐かしがる「日本にしか無いトーストセット」。
なるほど茹で卵付いてるわ。
UK人のTwitter仲間が言っていた殻を剥かない無造作な固茹で卵ではなく、これは殻が剥いてある。
トーストのパンは不必要に分厚くもなく、無骨さが足りない。
中途半端にオシャレなのさ、田舎だからな。
パンと卵はどう味わってもただのパンと卵である。
或いはトーストセットの茹で卵は殻を剥かないのが主流かも知れないが、
おそらくここでは手を汚したくないお客が多いに違いない。
食いもんはオシャレでなくていい、いやオシャレではダメだと思う。
如何にもオシャレに見た目を飾ると、何故か料理の味が不味くなる。
焼いたパンと茹で卵だとオシャレも何も無いが、食に関しては視覚的にオシャレである必要は無いと思う。
視覚は食欲には必ずしも影響しない。
臭覚は食欲を左右するけど。
ここは暖かいなぁ。
眠くなる。
陽がだいぶ傾いた。
暗くならないうちに帰らないと。
そうだ、たまにしか来ないから岸壁でソフトクリーム食べて行こう。
茶屋を出た。
岸壁で氷を眺めながらソフトクリーム食べる。
コーンでもワッフルでもなく、ラングドシャに乗った粘りの強いやつ。
ちと甘ったるいな。
・・・・・
帰ろうと思って歩き始めたが風が強く耳が引きちぎられるような痛みに負けて、昔からある喫茶店に立ち寄った。
今もまだあるかどうかと思いながら廃墟化した中心街の古いビルの地下に降りると、地下では一軒だけ、
喫茶店は今も営業していた。
昔からの地元住民にとっては大切な場所である。
馴染みの店が次々に消えて行く中、奥さんが店を守っている。
今もお客は途切れず出入りしている。
私も高校の頃には学校帰りに同級生達とよくここに来た。
店内には70代くらいの人々が集団で、半世紀昔の事を話し合っている。
テーブルの一つを囲み過去を話している。
誰の噂かと思ったらマリリン・モンローが誰かと離婚して大統領と恋仲だったらしいとか、
私の生まれる前の時代の世相の出来事を昨日今日の事のように話している不思議。
70代くらいの人達は四方山話をしているだけなのに、何かの理念とか理想などを
「あるべき」「論じる」という表現で話を何か目指す未来に引っ張って行こうと熱を込めて語る。
しかし話は昭和35〜40年(1960~1965)頃の街の在り方に関する「話し合い」で、
耳から入って来る半世紀もの時差と当時からある店で今自分が温かいものを飲んでいる摩訶不思議。
熱っぽい話し合いだなぁ。
今の時代の若い衆はこんな語り方をしない。
今の時代の若い人達はもっと冷静で、各自個別で、一つの事柄についてあまり長話はしない。
熱くなく、しつこくない。
さて、帰ろう。
耳のちぎれそうなシバレた風の中を決死の覚悟でバス停まで歩くのだ。
喫茶店を出て古いビルの階下から地上への出口を見上げる。
時間旅行でもしたような摩訶不思議な空間と現実世界との境界。
昭和40年代のまんま、時間が止まっている。
異次元の出入口を見ている気がする。
映画「ゾウを撫でる」のバーのシーンのような。
あの映画の“羅生門のような夜に”のバーは叩きつける大雨の夜であり、
現実の今ここは連日氷点下の凍りついた昼間で全然違うけど、そんな気がする。
・・・・・
帰宅。
顔と耳が引きちぎられるようにビリビリ痛む。
夕食にジェノヴェーゼソースのパスタ、小さいトマトのオリブ油漬けを乗せた。
あと作り置きの鶏キャベツトマト煮。
夕食を食べ終えても体が温まらない。
毛布に包まってフェリーニの映画「そして船は行く」を見た。
これほど繰り返し見た映画は他に無い。
休みの一日はあっという間に過ぎ去った。
明日からまた仕事だなぁ。
まだ急変待機中。
早々と就寝、爆睡してさっき起きた。
手の皮が痒くて目が醒めた。
接触性皮膚炎くさいのと、殺人的なほどの乾燥のためと思われる。
軟膏やクリーム類を塗りまくっているが、押入れの中でさえも、加湿器稼働しても湿度30%に達しない。
目と鼻と喉と顔や四肢の皮膚がやられている。
放射冷却恐るべし。
5:43。
空が明るくなってきた。
6:01。
ますます明るくなった。
6:34。
太陽出てきた。
6:59。
朝食にパン(焦げた)、オリブ油+パルメザンチーズ、肉、半熟目玉焼き、
ほうれん草とグリンピースの炒め、カップスープ。
カップスープはスキムミルクか牛乳を加え攪拌してから電子レンジで加熱、一煮立ちさせると濃厚で美味しくなるよ。
8:05。
急変待機だったが特に呼び出しも無くあと25分で拘束が解ける。
携帯が鳴らなければ今日一日休みだ。
朝飯が充実し過ぎたので食後眠くなってきた。
8:30。
呼び出しが無かったので今日一日休みになった。
洗濯と片付け物をする。
・・・・・
散歩に出かける。
-4℃とは暖かいなぁ。
路面の氷が表面だけ融けて油を塗ったみたいに滑る。
実にきんかんなまなま、殺人的だ。
街に出た。
ぬるいと思っても川は凍っていた。
蓮氷は昔のよりも随分薄い。
橋の上から川上の方角を見る。
橋を渡って反対の岸壁に下りた。
手摺が凍り付いている。
金属の手摺を素手で掴むと危ない。
皮膚の水分で貼り付いて剥がれなくなる。
もっと近寄って撮りたいが、足元も手摺も凍っている。
意味不明なコンクリのオブジェ。
向こう岸を眺める。
ホテルや飲食店が立ち並ぶ。
橋の下。
川面の蓮氷はこんな具合。
今の時期に川に落ちたら泳ぎの達人でも助からない。
水面に顔を出す事が出来ないからだ。
水中から氷の蓋を押し上げるのは物理的に無理だから。
向こう岸にあるのは植物の少ない植物園と汚いガラクタのような建造物は商業施設。
西の河口側に倉庫、その先は港。
凍った川面を船が通った跡。
さっき氷を掻き分けて、小さい船がド根性で通り過ぎて行った。
橋の上から川を見る。
橋の下。
ここは海抜1m未満。
岸壁の茶屋で何か飲もう。
顔がシバレてキリキリ痛む。
岸壁から港を眺める。
河口近くになると川面の氷が融けて浮いている。
茶屋に来た。
窓の外で漁船が川を遡って行く。
川が凍った岸壁の茶屋で昼食。
Twitterのお仲間が懐かしがる「日本にしか無いトーストセット」。
なるほど茹で卵付いてるわ。
UK人のTwitter仲間が言っていた殻を剥かない無造作な固茹で卵ではなく、これは殻が剥いてある。
トーストのパンは不必要に分厚くもなく、無骨さが足りない。
中途半端にオシャレなのさ、田舎だからな。
パンと卵はどう味わってもただのパンと卵である。
或いはトーストセットの茹で卵は殻を剥かないのが主流かも知れないが、
おそらくここでは手を汚したくないお客が多いに違いない。
食いもんはオシャレでなくていい、いやオシャレではダメだと思う。
如何にもオシャレに見た目を飾ると、何故か料理の味が不味くなる。
焼いたパンと茹で卵だとオシャレも何も無いが、食に関しては視覚的にオシャレである必要は無いと思う。
視覚は食欲には必ずしも影響しない。
臭覚は食欲を左右するけど。
ここは暖かいなぁ。
眠くなる。
陽がだいぶ傾いた。
暗くならないうちに帰らないと。
そうだ、たまにしか来ないから岸壁でソフトクリーム食べて行こう。
茶屋を出た。
岸壁で氷を眺めながらソフトクリーム食べる。
コーンでもワッフルでもなく、ラングドシャに乗った粘りの強いやつ。
ちと甘ったるいな。
・・・・・
帰ろうと思って歩き始めたが風が強く耳が引きちぎられるような痛みに負けて、昔からある喫茶店に立ち寄った。
今もまだあるかどうかと思いながら廃墟化した中心街の古いビルの地下に降りると、地下では一軒だけ、
喫茶店は今も営業していた。
昔からの地元住民にとっては大切な場所である。
馴染みの店が次々に消えて行く中、奥さんが店を守っている。
今もお客は途切れず出入りしている。
私も高校の頃には学校帰りに同級生達とよくここに来た。
店内には70代くらいの人々が集団で、半世紀昔の事を話し合っている。
テーブルの一つを囲み過去を話している。
誰の噂かと思ったらマリリン・モンローが誰かと離婚して大統領と恋仲だったらしいとか、
私の生まれる前の時代の世相の出来事を昨日今日の事のように話している不思議。
70代くらいの人達は四方山話をしているだけなのに、何かの理念とか理想などを
「あるべき」「論じる」という表現で話を何か目指す未来に引っ張って行こうと熱を込めて語る。
しかし話は昭和35〜40年(1960~1965)頃の街の在り方に関する「話し合い」で、
耳から入って来る半世紀もの時差と当時からある店で今自分が温かいものを飲んでいる摩訶不思議。
熱っぽい話し合いだなぁ。
今の時代の若い衆はこんな語り方をしない。
今の時代の若い人達はもっと冷静で、各自個別で、一つの事柄についてあまり長話はしない。
熱くなく、しつこくない。
さて、帰ろう。
耳のちぎれそうなシバレた風の中を決死の覚悟でバス停まで歩くのだ。
喫茶店を出て古いビルの階下から地上への出口を見上げる。
時間旅行でもしたような摩訶不思議な空間と現実世界との境界。
昭和40年代のまんま、時間が止まっている。
異次元の出入口を見ている気がする。
映画「ゾウを撫でる」のバーのシーンのような。
あの映画の“羅生門のような夜に”のバーは叩きつける大雨の夜であり、
現実の今ここは連日氷点下の凍りついた昼間で全然違うけど、そんな気がする。
・・・・・
帰宅。
顔と耳が引きちぎられるようにビリビリ痛む。
夕食にジェノヴェーゼソースのパスタ、小さいトマトのオリブ油漬けを乗せた。
あと作り置きの鶏キャベツトマト煮。
夕食を食べ終えても体が温まらない。
毛布に包まってフェリーニの映画「そして船は行く」を見た。
これほど繰り返し見た映画は他に無い。
休みの一日はあっという間に過ぎ去った。
明日からまた仕事だなぁ。