ぱんくず日記

日々の記録と自己分析。

寒。

2016-10-31 22:17:47 | 日常
日付変わった。
父の遺影の花が終わったので夕方新しいのを買って来た。
花屋の花は値段が高くなっただけでなく見て馴染みのない珍奇な植物が多く、
店頭でげんなりする。
装飾効果を狙って花弁にスパンコールを噴き付け人工色素を吸わせた毒々しい色の小菊や
絵の具に塗れた如き機ケバケバしい色のカーネーションでは選ぶ花が無くてつまらんのう。
店先で途方に暮れる事が多い。
今回は白い菊と猫じゃらしと似た見慣れない花にしてみた。


細い枝は購入時薄黄色の尖った枝ものだった。
店の人は柳だと言っていた。
終わった黄色の薔薇と一緒に処分しようとしたが、よく見ると枯れた筈の枝に新芽が吹いて
柳の葉が出て来ている。

花と一緒に枝ものを活けるとよくこういう事がある。
桜の枝なんかもどんどん葉っぱが育って来て、
植える土もないのにどうするかと毎度考え込む。
結局枯れるまでしばらく水に差しておく事になるが他に手頃な大きさの花瓶も置き場も無く
さっき買って来た菊と猫じゃらしモドキと一緒に差してある。

さて、日勤だし少し寝る。

・・・・・

出勤する。
寒くて3時間くらいしか眠れなかった。
風キリキリ。


・・・・・

昼休み。
退院受け入れと受診の付き添いとで殆ど職場にいなかった。
午後も受診介助になるかな。
今のところ急変も何も無いが人事異動があって人がまた減る。
あと1ヶ月のうちに業務の細かい部分て教われるものは教わっておかないと。
日がどんどん短くなる。


・・・・・

帰宅。
ぅあああフリーズドライや死ぬるわ。
まず湯を沸かして熱い緑茶。

何かしようったって頭の方が先に就寝してしまう。
とりあえず洗濯と弁当容器洗いくらいはやってから寝なければ。

長時間睡眠の危険

2016-10-30 22:09:00 | 日常
昨夜夕食後睡魔に負けてちょっと寝るつもりががっつり11時間も爆睡していた。
おかげで腰が痛くて起き上がるのに30分かかった。
立つも座るもならんの。
長時間睡眠は最も危険だ。

起きてTwitterを開いたらたまたまバチカンのニュース記事が載っている。
先日聴いた英神父様の説教の中でも、フランシスコ法王と記者との問答に触れていた。

  記者「ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ(フランシスコ法王の本名)とは誰ですか」

  法王「私は罪人です。
     これがより正確な定義です。
     ただ単なる言葉の綾でも文学的表現でもありません。
     より深い心の底から起こって来る事で、より真実と感じている事はこうです。
     主に見つめられ、私は罪人です。」
             (福音 お休み処 説教ライブ ルカ18章9-14節「罪人の祈り」)
               先頭にhをつけてね→ ttp://hanafusa-fukuin.com/archives/1313


・・・・・

そうそう、かぼちゃの大福で朝飯を済ませよう。
昨夜睡沈してほったらかしにしてあった。


むっ。
餅は硬くなっていなかったが中のかぼちゃ餡に何か混ぜてある!
小豆はまだ許せるが何でバターの塊!?

北海道だからってだからってだからって。。。
あり得ねーわ。
ハロウィンだからかぼちゃ、北海道だからかぼちゃにバターか。
おええ。
ハロウィン終わったらクリスマスが来るんだな来るんだな。
めりけん臭ぷんぷんの「サンタが町にやって来てプレゼントくれるど(嬉」とか
「雪が降って白クリスマス」とか「雨は夜更け過ぎに雪へと変わる」とか
クリスマス商戦で同じ歌が回り続け、
ごてごてのデコレーション生クリームケーキ食って揚げた鶏の脚齧って
火葬じゃなかった仮装のサンタクロースからプレゼント貰う、謎の儀式。

・・・・・

さて、今日は日曜日で仕事1日休みだからとりあえず教会に行かねば。
帰りは徒歩にすれば少しはよくなるかもわからんし。
いやその前に礼拝中座っていられるのかな。

天気いいが風は凍っている。




主日礼拝

黙祷
招詞 詩編106;1~3
讃美歌(21) 210 409
聖句暗唱 Ⅰコリント3;11
詩篇交読 詩編119;113~118
祈り
讃美歌(21) 456
聖書朗読 ルカ11;9~13
証し
讃美歌(21) 481
献金
祈り
頌栄 27
祝祷

遅れて礼拝堂に入った。
教会員の信仰告白。
文字通り、病める時も健やかなる時も共に生きた伴侶を昨年見送った人の
信仰歴と戦前、戦中、戦後をあらゆる職について生き延びてきた事。
貧しい農家に生まれて戦時中の子供時代に飢えを体験し、
戦後は生き延びるために様々な仕事を転々とし、人との出会いによって信仰に導かれた。
炭鉱で地下に潜り慣れない石炭採掘をした事もあった。
地中の炭鉱の中は明かりが無いと鼻をつままれても気づかないほど完全な闇だった。
その漆黒の闇の中で主の御臨在を感じたと。

・・・・・

礼拝が終わって挨拶もそこそこに教会を出た。
椅子から立ち上がる時ちょっと腰に響いたが歩くと少しよくなるかも。

・・・・・

腰痛いからと言って即行歩き出したが、風びゅーびゅーで寒い。
顔と耳がキリキリ痛む。

道の中程まで来て、ふらっとカリー店に入った。
ネパール料理店。
昨日職場の若い衆が半日死にそうになったほどウマくて激辛いと言っていた店だ。
その半日死にそうになるほど激辛いという一日5食限定カリーを食べてみる。
ナンと飯は食べ放題だが食い残しと持ち帰りは禁止だそうな。
ナンか。
魅力的だ。
私の場合カリーを食べる時の付け合わせが米飯だと飯が残るので半量に減らす必要があるが、
ナンで食べるとウマ過ぎて止まらなくなる。
食べ過ぎて太るので自粛。
米飯で頼んだ。

来た来た。
1日5食限定の激辛マトンカリー。

ウマい。
辛さは私が毎日朝食に食べているのよりも辛くなかったので、
添えてある小瓶の辛味ペーストを5匙ほど追加した。
羊肉の旨味が出ている。
気に入ったわーまた来よう。

歩こう。
血流がよくなって寒さが気にならなくなった。

少し歩いて中古屋で宇多田ヒカルのCDを買った。
ベスト盤みたいなので、抑鬱気分を誘発するBe my lastが入っている。
聴けば抑鬱状態になるが、心象風景を掘り起こす材料でもある。
10年も前に、父のADLが落ちて転居させ在宅介護の環境整備のため仕事を辞めて
ひたすら掃除と荷物の運搬と整理をほか弁食べながら毎日一人でやっていた時、
ラジオで頻繁に流れていた、当時の新曲だった。
音楽によって当時の記憶が呼び戻される数曲の中の一つ。

橋の上に来た。
雲が勢いよく飛ばされて行く。


川面にさざ波が立っている。


・・・・・

午後帰宅してうっかり睡沈していた。
寝起きで頭がぼーっとしているが、ちとスーパーに行って来なければ。

・・・・・

はー。
寒かった。
今夜は本の続きを読もう。

死者の月が来る

2016-10-29 19:22:18 | 日常
朝だ。
しかし寒くて寝起き悪い。
辛うじて弁当は詰めた。
茸飯おにぎりと白菜煮込みとプチトマト。
出勤途中母宅に寄って温めた白菜煮込みを差し入れた。
今日はヘルパーが来る日だと思う。

急ぎ出勤。
土曜日なので特別な事が無ければ決まった週間業務のみ。

・・・・・

昼休み。
白菜煮込みウマかった。
一味たくさんかけて、温まった。

食後外に出た。
一歩出ると顔を切られるような横殴りの風。


間もなく11月。
死者の月が来る。

昨日途中まで読んだ本の中の、押田成人師の語った事を反芻している。
奥底まで浸透する言葉は備忘録に書き留める必要が無い。
意図せずして焼き印のようにくっきりとそのまま残って目を逸らす事が出来ない。

昨日届いた本『思想としての死の準備 ―いのち・ホスピス・ことば―』(三輪書店1993年刊)は
山折哲雄が聞き手となって3人から話を聞いた対談録であり、
吉本隆明からは死の概念、河合隼雄からは死を間近にした人間の魂のケア(今で言う終末期ケア)、
そして押田成人からはヨーロッパ人の死生観と日本人の死生観との違いと
現代文明の中の生と死について聞き取りしている。
この本が発行された1993年より2年前に某大学病院で「安楽死」事件が起こった。
担当医に厳しい処分が下ったこの事件は一つの問題提起となった。
25年が経過した今、人の生き死にの在り方が当時とは随分違ってきている。
良いとも悪いとも言えない、言いようのない変わり方をした。

私自身も、25年前は医療現場にいながらまだ看護職ではなく無資格の看護助手だった。
信仰者としてはまだ出生していなかった。
受洗は25年前1991年の暮れで、聖書もろくに読まず祈りも殆ど自分のものではなかった。
当時の職場で4年働いてから1人の精神科医によって初めてキリスト教徒の死生観の何たるかを知った。
25年前はまだ私はここには移転していず、父親とも母親とも絶縁状態のまま10年以上過ぎていた。
発行当時に私がこの本を読んでも字面を追うだけで何一つ読む事が出来なかったであろう。
実に、絶縁状態から在宅介護で関わる事を始め、衝突し憎悪しうんざりし疲れ果て、
時間的にも経済的にも追い詰められ、最後の最後に間に合わず終わった15年間を経て初めて
自分のものとして読む事の出来る本である。

この本の3章で押田師は祈る存在として“אֱמֶת”(エメット)を尽くす事で
イスラム教徒の青年達と死生観を同じくする、存在と存在が響き合う体験をした事に言及している。
“אֱמֶת”を検索すると「真理」と日本語訳が出て来るが、押田師はここで「真、誠、誠実」と訳している。
祈る者の“אֱמֶת”を押田師は言い表している。

  自分の手のなかに自分の魂を掴んで、
  それを神にあげますと言わなければならないわけです。
  つまり、「死」という自覚がないと、この関わりはできないのです。
  それで響き合ったのです。
        『思想としての死の準備 ―いのち・ホスピス・ことば―』(三輪書店1993年刊)


響き合いは押田師とキリスト教徒同士の間では起こらずイスラム教徒の青年達との間に起こった。
同じ死生観を持っているという事。
押田師は祈りを「息に運ばれるもの」と言い表している。

  つまり人間存在の一番の深みから来る、その息吹に運ばれる思いです。
  憐れんでくださいとか、頭で考えることではないのです。
  息に運ばれるもの、息が言っているもの、これが祈りだと。
        『思想としての死の準備 ―いのち・ホスピス・ことば―』(三輪書店1993年刊)


信仰者となった時、洗礼を授けて下さった牧師先生から最初に教わった、
「祈りは霊の呼吸です」とはこの事であろうと思う。

  呼吸は一つの印です。
  息というのは、「生きる」ということのイキなのです。
  やはり「生きる」ということと「“אֱמֶת”誠」とはいつも一つです。
  ・・・私は、ターミナルケアということにも、核にそういうものがなければ、
  いっさい虚しいという感じがします。
        『思想としての死の準備 ―いのち・ホスピス・ことば―』(三輪書店1993年刊)


まだ少ししか読んでいない。
昨日からずっとその事を反芻している。
凍った風で顔を叩かれている。


・・・・・

何事も無く定時に仕事を終えた。
帰りのバスには余裕で間に合った。
車内は暖房が効いている。
眠気が来る。

途中下車した。
ナトリウム灯で街路樹が浮かび上がっている。

これは白樺だな。

スーパーに立ち寄った。
明日は予定通りの週休なので夜更かしするための何かおやつを買う。
揚げた銀杏、マカダミアナッツ、煮干し、もろこし、黄な粉捩じり。
店を出ようとしたら和菓子店のかぼちゃ大福があったので自分用と母用と二つ買った。
帰りに寄って母宅に届け今朝の白菜煮込みの容器を回収し、帰宅。

夕食に半額の刺身盛り合わせをつまんだ後、
熱い濃い緑茶と共に銀杏とマカダミアを齧ったら強烈な睡魔が来た。
するべき事や書き留めておきたい事があるけど目を開いていられない。
まだ19:30にもならないが少し横になる。
多分日付の変わる頃に起きると思う。

阿呆の如く空を眺める

2016-10-28 23:55:04 | 日常
昨夜から今朝6:00まで、職場からの急変呼び出しは無かった。
本日1日休み。
勤務表調整のため日勤の予定が急遽週休に変更されたのだった。

せっかく勤務調整で予定外の休日になったのだから海岸の道の駅まで行って
分厚い阿寒豚の豚丼を食べて来ようかと思ったがとりやめた。
バスが1時間に1本以下に削減されたので今から行っても観光客の昼食時間帯とぶつかる。

最後に回る寿司屋に行ったのは昨年12月。
浜の道の駅の豚丼をとりやめて近所の回る寿司でいいかと思ったが、
寿司は野菜足りないので寿司もとりやめ。

豚丼も寿司も却下してとりあえず断捨離に取り掛かる。
不要な物を発掘した。

一時期如何にも和風なものを集めた時の残骸、千代紙を貼り付けた茶筒。
色々な絵柄があって内服薬の保管に使ったりしていたが今は使わない。
こういう京都っぽいものはそれ単品では色や絵柄が綺麗で収集癖を刺激されるが
自分の身辺に置く物品としてはそぐわない。
散々集めたくせにケバケバしい色や柄が悪目立ちする物は身辺に置きたくなくなって
随分長い間押し入れの隅に一纏めにしてあった。
処分したらすっきりした。

郵便局に注文した本が届いたので取りに行くついでに散歩して来よう。
もし空が面白かったら高い場所にも行くかも知れない。
今日もまた太陽が暈を被っている。


道の途中、閉業したと思っていたとんかつ屋の前に車が何台もある。
昼食時だけ営業しているというのは本当だったのか。
入ってみた。
父が生前、現役時代によく食べていた店だ。
店内には先客が数名。
ロースかつ定食を頼んでみた。
ご飯半分で。
カウンターの向こうで揚げている。
来た来た。
揚げたてやー♪

肉が柔らかい。
味噌汁も自家製らしき漬物もウマい。
食べている間に続々と客が入って来た。
なるほど、知る人ぞ知る名店だったのか。

ウマかったぁー腹いっぱいになったから歩こう。


郵便局で本を受け取った後、岸壁まで歩く。
風が凍ってきりきり顔に痛い。


凍てついた岸壁でソフトクリームを食べる。




しばらくぼーっとしていたが震えが来るので商業施設内に入った。
太陽の暈はここからも見える。


茶店に入って受け取った本を読む。
対談形式でまとめた本には4人の人の名が書かれているが一冊全部読みたい訳ではない。
死についての考察の押田茂人師の部分だけ読みたくて取り寄せた。
茶屋にいる間に読み終えそうだ。

ホットケーキと紅茶。

窓の外で、暈を被った太陽が姿形を変える雲に見え隠れしている。


























日が暮れないうちに帰ろう。
茶屋を出てトイレに立ち寄ったら突然教会の仲間とばったり行き合った。
時々時間を潰しに来ているらしい。

帰り道、白菜煮込みの材料を買い出しした。
バスを降りると空が一変していた。




いつも完売して買う事が出来なかった六花亭の栗きんとんが3個売れ残っていた。
青豌豆の豆大福も2個だけ残っていたので即行買った。
母宅に差し入れてから帰宅。

粉の緑茶をうんと濃く淹れた。



六花亭の青豌豆の大福と栗きんとんは競争率高い。

先日量販店で見かけて入手した映画DVDを見る。
オードリー・ヘプバーン準主役の『初恋』。
見てみたけどこれどう見ても初恋の話ではない。
何処かの国の独裁政権下で父親を殺された姉妹が父の友人を頼ってロンドンに来る。
独裁者の暗殺を企む秘密組織のリーダーである恋人に利用され殺される姉が主人公だ。
日本語の題名は何でこんな見当違いなのだ。

今日は空が変で面白かった。
空を眺めて休日の一日が終了した。

齢取って萎びてきた

2016-10-27 23:42:47 | 日常
よく寝た。
寝ていたのか死んでいたのかわからないくらいによく寝た。

またも同じような弁当を作って詰める。

遅番にて出勤。


職場に着くと若い人から声をかけられた。
「脚をどうかしたんですか、昨日痛そうに引き摺ってましたね。」
自分では全然気づいていなかった。
確かに片方の脚足が故障だらけであるよ。
膝の半月板断裂、外果剥離骨折、足底腱膜炎と三つ故障しているのを医者嫌いで放置中。
徐々に痛みも腫れも退いて、今はそんなに痛くない。
散歩で長時間徘徊するし、散歩しない日は筋トレしている。
痛みなども特に自覚していなかった。
齢取ったんだよ、と言っておいた。
齢取って、皮膚も足腰も筋肉も萎びてきたのさ。

・・・・・

齢取ったから朝は日の出前に覚醒し、夜は日の入りと共に睡沈する。
夕食どころでない眠気が襲ってくるので朝昼はがっちり食べないと。
本日も卵焼き、めでたし。
このだし巻き卵は刻み葱と共に昆布削りを一緒に焼き込んである。

むはははははははウマーーーい♪

食後に外に出た。
雲が伸びているが雨が降るのかな。


・・・・・

遅番の仕事終えた。
普段よりも早く終えたので1本早いバスで帰宅しようとしたら
またも目の前で発車して行った。
次は30分後だ。
30分もバス停に立っていたら凍死してしまうのでタクシーを呼んだ。
もったいない。

・・・・・

帰宅。
眠くて頭が働かない。
明日、日勤の筈だったのが急遽休みになった。
明日にしよう。
勤務表で私の休みが1日たりなかったので日程調整のため
明日1日休みになった。
今夜から明日の朝6:00まで職場からの呼び出しが無ければ
明日は好き勝手に散歩出来る。
多分寒いけどな。

今のうちに寝ておこう。

どうでもいい事を

2016-10-26 23:01:20 | 日常
明け方寒くて覚醒し、二度寝してから弁当作って出勤時刻ぎりぎり。
昨日炊いて冷凍した茸飯と、卵焼きと、鰤の塩焼きと、焼きピーマン。
食後にプチトマト1パック。


・・・・・

昼休み。
卵焼き最高にウマい。
何という幸福。
有り難や。
神に感謝。

食後外に出た。
まだ15時なのに太陽は既に低い。


・・・・・

遅番業務終了。
今夜は携帯当番なし。
バスで帰宅する。
あまり眠くない。

帰宅してPCからTwitter開くと、
電車内で化粧をする女の是非についての呟きがTLのあちこちに流れて来る。
電車の中で化粧をするのか。
勇気あるのう。
書き損じないのか。

当地はド僻地だから公共の交通機関自体ろくに走ってないので残念だ。
もし朝の通勤時に電車やバスの中で女が化粧していたら、
私ならハラハラドキドキして楽しい。
ちゃんと眉毛やアイラインを書けるかどうか、それなりに高度な技術と運動神経が要る。
走行中ガッタンと揺れた時に、眉毛を思いっきり書き損じるかも知れないし、
輪郭を書いている口紅が思いっきり芸術的にはみ出すかも知れないではないか。
期待感半端ない。
ワクワクするわぁ♪
どんどんやったらいいよ面白いから。
電車の中で化粧する女10人いたら10人のうち1人か2人くらいは
眉毛を書き損じたり口紅はみ出したりマスカラが脱線して
通勤中に心和む笑いを提供してくれるであろうし
そうでない大半は電車の揺れなどものともせず完璧な戦闘仕様の仮面を完成するであろうし
書き損じるか完成出来るか見る方もハラハラドキドキするから
一種のスポーツ観戦の如き実況中継も出来そうで楽しい。
電車内での化粧はそういう訳で別によいのではないかと個人的には思う。
但しあくまで電車内でだけだ。

道路を走る車を運転しながら化粧をするのは是非とも逮捕されてほしい。
ここの地元では何度も目撃出来る。
通勤途中のバスの窓から、また高齢者を病院に連れて行くワゴン車の窓から、
私は何度か目撃して冷や汗をかいた。
化粧する女はハンドルから両手を離し、左手に手鏡を、右手にはマスカラ或いは眉毛鉛筆を持って
鏡に見入りながらアクセルを踏んでいるのであろう、車は前に進む。
アクセルを踏めば車は進むが女が見ているのは鏡。
鏡の中の自分の顔に真剣に見入って目を書き込むのに夢中、何も見ていない。
道路も周りの車も通行人も何も見ていない。
化粧する女は鏡以外に一切何も見ない。
見なくても車は自動的に前に進む。
まさに文字通り自動車である。(笑えない)
本当にやめてほしい。
そこらのおねっちゃんやおばちゃんの眉毛の1本や2本が書いてあろうとなかろうと、
周囲を行き交う車両や通行人にとってはどうでもいい事だ。

・・・・・

そんなどうでもいい事をぼさっと考えながら緑茶を啜っている。
ここ最近、粉末を湯に溶くだけの手軽な緑茶を飲んでいる。
茶葉は茶葉で別にあるんだけどね。
粉のがいい。
本来の分量を度外視した多量の粉を湯呑に入れ、ごく少量の湯を注ぐ。
濃過ぎるどろどろの緑茶を掻き混ぜながらちびちび飲む。

茶菓子もつまむ。
大抵は「もろこし」「きなこねじり」など
子供の時の大昔、祖父母の家の仏壇に上がっていた駄菓子か、
或いは焼いた梅干しを茶菓子代わりにして
どろどろに濃い粉緑茶の苦みを楽しんでいる。
寒いとそういうものを飲む。

冷え込んできた。
明日も遅番だな。

巨大なぎょろ目に睨まれている

2016-10-25 19:26:15 | 日常
寒い。
朝晩の冷え込みが厳しくなった。
外気に当たると「寒い」ではなく「痛い」になった。
ダウンジャケットでないと厳しいがまだ出していない。

さて、一日休みだし雑用あるのでちと出かけて来よう。
夏秋ものの衣類をクリーニング屋に出したり薬店や量販店に行って買い出しする。

んっ。
何だろこれ。
太陽の暈にしては変だ。


暈は暈で被っている。
それとは別に、瞼のように見える。
人の眼そっくりだ。


全体的に傘を被っている訳ではないんだな。


量販店に来た。
下の方が虹色に光っている。


買い物済んだ。
薄雲がかかってさっきよりも暈が丸くはっきりして来た。


林を抜けて行こう。


巨大な妖怪に睨まれている気がする。


何処に行っても頭上から睨まれている。


深海のイケメン紅葉鮫の如き巨大なぎょろ目にじろじろ見下ろされて嫌な空模様だ。


一体何だと言うのだ。

巨大ぎょろ目に睨み下ろされながら道を歩いていると、
この地上で粛清が既に始まっている気さえする。
地球規模で。

地平から雲が伸びて来た。
予報通り晴れ間は午前中だけ。

巨大目玉に大量の目脂が溜まっている。

・・・・・

帰宅。
可燃ごみ袋を買いに薬店に行って、
ついでにキシリトールガムを買ったまではよかった。

その後量販店に鉢植え用の培養液を買いに行ったにも拘わらず、
映画DVDと音楽CDと猫じゃらし子鼠仕様を買ってきてしまった。
ふらっと購入した音楽CDはコルトレーンとマイルス・デイビス、
どっちも名前だけ知っているが聴いた事なかった。
いや昔ジャズ好きだった学友から強く勧められて
カセットテープにダビングしてくれたのを聴いた事があったかも知れない。
全然印象に残っていない。

量販店での衝動買い映画DVDはオードリー・ヘプバーンの映画。

原題が"Secret People"なのに日本語の題名が何で「初恋」なのか意味不明だ。

・・・・・

たまに米も食べようと思うが白い米飯が気乗りせず、炊き込み飯にした。
茸(椎茸、舞茸、しめじ、エノキタケ)、ひじき煮の残り、塩昆布を
米飯の炊き上がりに混ぜて再加熱し、蒸らす。
食べる時に千切りした青紫蘇を添える。


ふむ。
味見したら割とウマい。
茸飯ウマく出来た。
150gほど食べて400gほど母宅に届ける。
残りは冷凍して気が向いた時に食べる。

・・・・・

母宅にも差し入れて来た。
話し出すとあっちが具合悪いこっちが具合悪いと言って話が長くなる。
しかし自分で自分の食事や身辺の事を出来ている。
やはり生活全般が依存的だった父親とは生命力が違う気がする。

ううう寒い寒い寒い)))
今夜も早めに寝よう。

週明けは荒れ荒れ

2016-10-24 23:34:31 | 日常
昨夕帰宅後眠くて18:30には就寝した。
23時頃には覚醒して片付け物をする筈だったのが、日付変わっていた。
ただ今3:30。
寝るには遅過ぎるし起きるには早過ぎる。
目覚ましを耳の横に置いて二度寝する。

・・・・・

結局目覚ましが鳴る前に起きた。
ちょうど太陽が出たところだった。




先日鰤の塩焼きと白菜煮込みを昼食弁当にしたらとてもウマかったので
今日も同じにした。


出勤。
本日日勤にて。


・・・・・

週明け月曜日の今日、私が出勤すると
早番の人が急病人が出たと言ってキリキリしていた。
慌てたって状況は何も変わらないんだよ。

・・・・・

午前中急病人の受診同行2件、昼弁当食べて職場に戻るなり別の人の受診。
これは他の人が代ってくれた。
16:00から感染予防の勉強会、本日が最終回だ。
平穏は2日と続かないのう。

・・・・・

日勤の仕事終えた。
自分の仕事は定時に完了したが19時から急に会議が入って出席し
20時過ぎに職場を出た。
明日一日休みだ。
洗濯は終えたが部屋が汚い。
しかし掃除は明日にする。

寒いから牛乳を煮出した紅茶で割って3杯も飲んだが
まだ何か飲みたいので結局珈琲を淹れた。

めでたし、モカ・ハラール。

昔、ここが通学路だった

2016-10-23 18:34:11 | 日常
4:00に覚醒したのが動き出したのは4:30。
寒いと動きが悪い。
眠いし寒いし、動きたくないが、とにかく弁当を詰める。
母から貰った鮭の漬け焼きと茄子味噌炒め、焼きピーマンと卵焼きは自作。

今日は胚芽クラッカーもおにぎりも無し。
どうも穀類を食べたくない。
胃腸の不具合か。

・・・・・

出勤。
間もなく日が昇る。


・・・・・

昼休み。
昨日が平穏だったので先取りして今日の分の業務も一部片づけておいた。
弁当ウマくて腹一杯になった。
神に感謝。
このまま平穏に一日が終わりますように。

・・・・・

定時に仕事を終えた。



日曜日、自宅行きのバスは30分後にならないと来ない。
中途半端な違う路線バスが来たので乗ってみる。
昔通った学校の近くを通過するのでそこで降りてみよう。

バス降りた。
昔、ここが通学路だった。




少し先に進むとだだっ広い空き地がある。


ああ、この物凄い高さの木が何の木かは知らないが、
私はこの木をよく知っている。

今はもう無い巨大な体育館の横に立っていた木だ。
3歳くらいの頃、私は父親に連れられて当時ここにあった体育館に
歌謡ショーを見に来たのをよく憶えている。
赤と黒が裏表になった埃っぽいカーテンで全部のガラス窓が覆われていた。
体育館の建物が無くなって樹木だけが取り残され風雪に晒されている。

父が生前住んでいた住居の近くを通って、
かつて在宅介護のため父宅と自宅とを毎日行き来した道に出た。
白樺。


間もなく日が沈む。


あれっ10月も末なのに朝顔がたくさん咲いている。
低温と日照不足で花は小さくいじけているが。


 


日没。


・・・・・

帰宅。
まだ18:30だけど眠くてダメだ。

非日常のような

2016-10-22 21:33:01 | 日常
昨夜、とうとう一度も職場からの呼び出しが無かった。
あんまり急変で荒れ狂った日常にいると、
たまに何事も無く朝を迎える事が非日常のような気がしてくる。

本日は日勤だ。
昼食の弁当を詰める。
白菜煮込みがウマかったのでジプロックコンテナに詰めて持って行く。
別容器に焼き玉葱、焼きピーマン、豚ロース薄切り塩胡椒焼き、鰤の塩焼き。
焼いて詰めただけ。(笑

昼食の主食は、どうしても米飯を食べたくなくて
胚芽クラッカーを1パック持って行く。
食べたくなければ持ち帰るかロッカーに入れといて急な残業時の非常食にしよう。

・・・・・

出勤。
薄曇り。

そうか今日は土曜日だったっけ。
曜日の感覚も狂いがちだ。

・・・・・

今日も、何事も無く昼休みを迎えた。

最近鮭が不漁で高値続き、代わりにここの地元では馴染みの無い
大根と煮付けるくらいしか料理法も知れていない鰤が安い。
昔はここいらの海では見かけなかったのが
今は普通に鮮魚売り場で切り身になっている。
私は大根と共に甘辛く煮付けたのよりも塩焼きした方が好みだ。
魚は何でも塩焼きがいい。

・・・・・

仕事終えた。
一日中、本当に何事も無く平和に黙々と仕事を完了した。
こういう事もあるんだな。(珍

眠気と戦いつつPCを開いた。
しかし寒いし眠いし。
暖房稼働して22℃。

今夜も早く寝よう。
明日は早番で4時起き。

そうそう、胚芽クラッカーは結局食べずに持ち帰った。
また今度。

異常無し

2016-10-21 22:32:12 | 日常
本日遅番。
昨夜遅くまで糧食の仕込みをしていたにも関わらず日の出前から覚醒している。

朝っぱらから肉を焼いて食べた。
ほんとは休みの昨日食べるつもりで解凍しといた厚切り豚ロース、
今日食べないと変身してしまうから日の出時刻に焼いて、
焼いた玉葱やピーマンと共に、
黒胡椒と岩塩と粒マスタードと焼いたプチトマトをソース代わりに添えて食べた。
出勤までまだまだ時間ある。

昨夜仕込んだカレーは昼飯にする。

・・・・・

出勤。
バス停寒い。
ダウン着ないとダメかなもう。

・・・・・

昼休み。
今のところ何事も無し。
昨夜仕込んだカレーを弁当に持って来た。
口、喉、食道に火が付いたような辛さ。


このカレー一食食べるためにサンペレグリノ500mlを1本全部飲み干した。


外は太陽低く空気が凍っている。


・・・・・

何事も無く仕事を終えた。
何処も彼処も勤務者の誰に聞いても今夜は
「今のところ異常ありません」て、ほんとかよ。
明日の朝までに、まさか携帯が急変の嵐なんて事はないだろうね。

とりあえず夕食。
昨夜仕込んだ白菜煮込み。
白菜、豚こま、しめじ、エノキタケに昆布茶をふりかけて極弱火で蒸しただけ。
水は一切使わず甘味のある白菜の汁が昆布茶の塩分と熱で滲み出して鍋一杯になる。

刻み葱と一味をかけて食べる。
冬の定番料理、温まるよ。

さて、何も異常ないと言いつつ突然起こるのが夜間の急変。
職場に呼び戻されないうちに、早めに寝ておこう。

「存在の声」て何だろう

2016-10-20 23:10:22 | 日常
寒い。
2連休、本日2日目は通院日。
予報では曇りのち雨だったのが晴れて来た。

晴れたと思っていたら何とバスに乗り込む時凄い雨になった。
人の頭を叩き地面にさざ波が立つ程の降り。


外来待合室寒い。
犇めき合う老人達でごった返している。
雨が酷いので今日は何処にも行かずひたすら本を読む。

本を読むにはちと暗いけど、ま、いいか。

・・・・・

読む事に没頭していたら二度呼ばれた。
一度は採血、二度目は診察。
気がついたら雨は上がって青空。


診察待ちの間、本の続きを読む。

押田師が語ったコトことば。
静謐で、過激。
頁に付箋を貼り、読み返し、備忘。

  生徒と一緒に教材を発掘しましょうよ。
  それが教育ですよ。
  何かを作ってそれを与えようっていうんじゃないの。
  一緒に関わって一緒に洞察して、
  ああそういうものか、ああそうかって学ばせる事が大事なんですよね。

  ・・・・・

  例えばヘブライ語の場合には教えるなんて言葉はないですよ。
  学ぶ、学ばせる、学ばせられるという言葉しかないですよ。
  それがイギリスへ行ってオックスフォードの辞書になると、
  学ばせるっていう言葉を教えると訳している、
  冗談じゃないですよ。
  全然違う。
  で、そういうものを日本に持って来て、西洋的学問といって、日本人がやってるの。
  バカじゃなかろうか。

  ・・・・・

  驚いた事に、この間、心理学の教科書を見せてもらったら、
  人間とは意識であると書いてあった。
  開いた口が塞がらないよ。
  人間は意識であるなんて、冗談じゃないよ。
  考えたり意志したりする意識っていうのは、ごく表面のことですよ。

  ・・・・・

  我々が普通に使っている言葉、それから教科書で使っているような言葉は、
  みんな理念ことばなんです。
  その証拠に、中近東にもう一回戦争を起させたければ、私にまかせて下さい。
  簡単です。
  両方の代表的人物を会わせて、
  「これから平和について議論して下さい。
   これから人権について議論して下さい。
   これから自由について議論して下さい」。

  即座にまた戦争が始まります。
  なぜ?
  理念ことばと言うのは、いつも自己中心的意識と直結しているからです。
  ところがコトことばというのは、その時、その時の響きを持っているんです。
  存在の声なんです。

  ・・・・・

  理念ことば、理屈のことば、概念は一切使わないでくれ、
  あんたの日常の言葉で、本当に思っていることを、単純に言ってくれ。
  今あんたが一番欲しいものは何なんだい。
  「殺されるのヤダ!家族が殺されるのヤダ!殺されるの見るのヤダ!」
  アラブ人がそう言うのをユダヤ人が聞いてたら、
  それは自分の生き身に響かざるを得ないんだ。
  人間の生き身同士の間で響くんだ。
  それがコトことばなんです。

  ・・・・・

  この意識に穴が開く ― 絶望などに直面して意識に穴が開いて、
  存在の神秘と直面させられなければ、この深いコトことばって出て来こないんですね。

  ・・・・・

  こうやって、
  本当の彼岸からの手とコトことばで語れるようになったら、それが人なんです。
  霊が留まるという人なんです。
  これを引き出してやるのが教育なんですね。
  だけど、学者なんてもうだめだなあ。
  もう偶像が入っちゃってる。

  ・・・・・

  …西アフリカの奴隷海岸、象牙海岸、黄金海岸というあたりへ行って、
  最初に建てた教会というものを見た。
  そしたら、その教会建てたのは誰かといえば、奴隷売買のその船の指導司祭だって。

  ・・・・・

  つまり彼らは自分達のしていることを悪い事だと思っていなかったんだね。

  ・・・・・

  その結果として、キリスト教ではどういう現象が起こったかというと
  法律を精密化する事に夢中になって宗教的道を守ろうとした。
  もう一つは、聖書なりなんなり、そういうものを、精密に分析して、わかるようにする事。
  こういう事をやってきた。
  だから、ますます空しくなったんです。
                     押田茂人著『祈りの姿に無の風が吹く』地湧社(1985)




あまり待たされずに受診終わった。
病院を出たらまだ10:30、天気も良かったが体調優れず風が強く冷たいので
散歩もせず調剤薬局で処方薬を受け取り買い出しをした後は
何処にも立ち寄らず真っ直ぐ帰宅した。

帰宅したら正午過ぎていた。

強風の中徒歩で結構歩き回ったので帰宅したら眠くなった。
昼食を済ませた後はますます眠くなったので昼寝した。
目が醒めたら22:00だった。

夜も更けたが、明日から仕事なので糧食の仕込みをする。
朝食用の激辛カレーと夕食用の白菜煮込みを同時進行で調理。(忙

ふふふ
明日の弁当が楽しみだ。

海歩き

2016-10-19 15:30:17 | 日常
昨夜職場からの呼び出しはなかった。
めでたく2連休や。
これから散歩に行く。
海へ。

・・・・・

あんまりいい陽気だから日光を浴びているうちにバスを乗り過ごすところだった。
最後に来たのはいつだったかな。
確か5月の末だったと思う。
6月からは長雨と霧が続いて殆ど日照が無かった。
湿気が酷かったので海岸に近づこうとすら思わなかった。
4か月以上も海岸に近づかなかったのは今年が初めてかも知れない。
ずっと来ないでいる間にバスの便が半分に減っていた。
これでは市内に通学する高校生達はさぞ困る事だろう。

久しぶりの浜。

観光客がバスで乗り付けて来ているが水際に降りる人はいない。
立て続けに来た台風で大きな流木が打ち上げられるほど波が荒れたのか
浜に降りる足場の砂が根こそぎ持って行かれたらしい。
足場になる道は崩れたりハマナスの棘に遮られてしまっている。

私が足掛かりにしていた脇道もしばらく水没していたらしい。
ぼうぼうに伸びた草が塩水でくたくたになって寝ている。
その草の土台になっている砂地が波で崩されて変わり果てているので
一足一足確かめながら草を掻き分けて波打ち際まで降りる事が出来た。

砂浜に降りてしまえば歩くのは容易い。
打ち上げられた大きな流木。



何故か行き倒れた人間に見える。

頭上で轟音がする。

しょぼくれた鮫みたいなのが空港に向かって行く。

足元の砂は高く盛り上がってぶわぶわ柔らかい。

荒い波に削られて、足元が急傾斜になっている。
波が来たら足元の砂ごと攫われそうだ。

砂の上に座ると猫の腹のように温かい。
しばしぼーっと波を眺める。






少し日が陰ってきた。


ほぼ4ヶ月間ずっと天候が悪かったから
この浜に遊びに来る人もあまりいなかったのかも知れない。



風紋がここだけ残っている。

太陽がまた現れた。














10月の太陽は低い。
波も砂も近い太陽を反射して鋭い銀色に光る。






そろそろ行こう。
バスが来る前に道の駅の売店で味噌漬けの蕗の薹の瓶詰めを買わねば。
前回来た時に買って食べたらほろ苦く蕗のいい香りがしてウマかった。
小分けして母にもあげたら喜んだのでまた買いに来たのだ。


あの大きな流木、こんな離れた場所からも見える。


市内に向かうバスを待つ。
蕗の薹の味噌漬けは買ったが、
例年ならば至る所に伸びて揺れている筈の蕗が今年は全然見えない。
ひどい天候だったから全滅してしまったんだろうか。


浜のたこザンギやソフトクリーム、とっくに販売終了したと思っていたが
今日もまだ営業していた。
しかし食欲ない。
腹が痛む。
去年も痛みが出ていろいろ検査をした。
何度か開腹歴があるので癒着があるのか腸蠕動が鈍くなる事がある。
痛みだけで嘔吐はなく歩くと少し楽になる。
まだ歩き足りないな。

・・・・・

バスで市内の反対側まで来た。
いつもの散歩コース、坂道を歩く。

ここも、熊笹ばかりで蕗が全然無い。
植物にとっても過酷だった、今年の夏の気候。

間もなく冬が来るよ。








坂を下る。


浜に出た。






波は穏やか。
コンクリートブロックの内側だから。








次の坂を上がって来た。


まだ正午過ぎたところなのに太陽はあんなに低い。


昼時だから人もいない。


海岸線。
さっきまでいた海岸がこの向こうにある。


この眺めをいつも見ている。






あっ人だ。


そろそろ帰ろう。


帰りのバス待ち。


枯れたモミジ。


・・・・・

腹は痛いし歩いたので眠くなった。
15:30になったところか。。
まずは横になろう。

古き良き時代の

2016-10-18 23:01:57 | 日常
昨夜早々に就寝して日の出前に覚醒し、今日も同じような弁当を作った。
今日の焼き魚は鰤の塩焼き。
他は昨日と同じ。
あ、野菜はピーマンの他にしめじも一緒に焼いて添えた。


ひじきご飯のおにぎり、熱々。
塩昆布も少々混ぜたら味が引き締まった。


・・・・・

遅番にて出勤。
快晴。




バス内で新しく入手した押田茂人師の著書を読んでいると、
自分が如何に理念とか言語を偶像化し教え込まれてきたかを痛感させられる。
深く難しい事をさらりと言い表し、しかも瞬時に浸透して来る押田師の書き残したコトことば。

・・・・・

仕事おわた。
うっ・定時に仕事を終えたその時刻から始まるカンファレンスで居残り。

本当に終わった。
早めに仕事を完了したのに帰りのバスは最終。
風が湿っぽいな。
そんなに冷たくない。

雲間に月。


雲がいなくなった。



・・・・・

職場からの着信が来るかと思って寝ないで起きているが、
ようつべで昭和40年代の大河ドラマを幾つか見つけた。
『樅木は残った』はオープニングの能面だけよく憶えている。
私はこのドラマを見た事ない。
タイトルがテレビの画面に現れると逃げた。
昭和45年当時父親がこの大河ドラマを毎週欠かさず見ていたが、
私はガキだったので能面のどアップが物凄い恐怖だった。

・・・・・

総集編上下全部見た。
いや見応えあった。
今の時代にはこんな重厚なドラマは無いし演じる役者も
これほどまでの迫真で演じ切るのはいないと思う。
CGなんて無い時代の、スタジオの手作りっぽいセットなのに本物に見えてくる。
役者の存在感が今の時代の俳優達とは桁違いかも知れない。
自分が子供だった時代を古き良き昭和などとは断じて思わないが、
役者は本物の役者、歌手は皆凄い歌唱力だった。
芸能人が本物の芸を持っていた昭和の時代。

少し寝よう。
明朝6:00まで呼び出しがなければ明日明後日2連休だ。
安静でありますように。

寒くなった

2016-10-17 21:38:10 | 日常
天気悪そうだなぁ。
まさに暗雲垂れ込めているではないか。


本日日勤。
何か降ってきそうな。


・・・・・

特に何事もなく昼休み。
いつも代わり映えしない弁当のおかずであるが
焼き魚が地味に日替わりしている。
今日のは母から貰った鮭の漬け焼き。
焼きピーマンと卵焼きはほぼ毎日同じ、しらすと刻み葱のだし巻き。
おにぎりはひじきご飯のおにぎり、海苔で巻いてきた。

食後にプチトマト。
自分で食べる弁当だからバランスさえ取れていれば毎日同じでも気にならない。

・・・・・

仕事終わって帰宅。
ううう寒い寒い寒い。。。

あんまり寒いから帰宅後ずっと布団に包まっていた。
腹減ったのでベッドから出る。

寒くなったなぁ。
去年の今頃こんなに寒かったっけ?

何か温かいものを飲もう。
昨夜サーバーをダメにしたので小鍋で紅茶沸かした。
温めた牛乳をよく消費するようになったのはやはり寒くなったのだ。

何か果物ないか。

・・・・

あっ冷蔵庫でネーブル発見。
ヒヨ御用達のだ。
今年7月の初めにベランダに来たのがヒヨを見かけた最後だったが、
その頃に買っためりけん産ネーブルを冷蔵庫内に忘れていた。
何ヶ月経過したかな・・間もなく4ヶ月経とうとしているが全然萎びもせず、
カビも無くみずみずしい。
さすが防カビ剤イザマリル。
美味しく頂きました。
以前めりけん産のグレープフルーツを一日に何個も絞って
毎日がぶがぶ飲んでいた時期もあったが、あの時のグレープフルーツも
驚異的なほど長期間放置しても腐らなかった。
確か半年ほど台所の籠に入れたまま忘れていたのだった。
半年経ったので腐ったかと思って切ってみたら全然みずみずしかった。
毎日絞って散々飲んできていたので今更気にしても始まらんと思ってこれも絞って飲んでしまった。
今更ネーブルの防カビ剤がどうこう言っても始まらないので皮剥いて輪切りにして完食した。
まだ2個残ってるよ。

ヒヨは雪が積もるまで多分来ないから気の向いた時に残りのも食べよう。
私が死んだら死体が腐らないかも。(笑