ぱんくず日記

日々の記録と自己分析。

鼻と喉痛い

2015-11-30 22:38:02 | 日常
何か、降りそうな雲の重さよ。



・・・・・

昼休み。
左の扁桃腺が腫れて弁当が飲み込み難い。

・・・・・

仕事終わった。
鼻と喉痛い。
喉が腫れている。
アデノイドの辺りが痛む。


風邪引いたから仕事帰りに塩ラーメン。



はー。
温まった。
明日は休みだが耳鼻科に受診しよう。
鼻と喉は早めに対処する。

自分の時間

2015-11-29 21:04:59 | 日常
雲がいい具合に伸びている。



・・・・・

黙々と一人日勤終わった。


今朝読んだ『毎日の黙想』はルカ21;36、28。
いつも目を覚まして祈れと。
目先の怖れには注目するのに
これまでに与った祝福は忘れるのだ。


明日は二人日勤。
月曜日は盛りだくさんだ。

帰宅してもあんまり自分の時間がない。

路面つるつる

2015-11-28 21:04:15 | 日常
今日は一人日勤だ。



・・・・・

仕事終わったけど18:20のバスに遅れたら次は19:00。




道路凍ってるけど表面濡れてないから歩こう。
何よりも路面のつるつるが一番難儀だけど
次のバスまで30分以上もある。
転ばなくても凍った轍に足を取られて捻挫しそうだ。
氷と言っても固まった飴みたいな状態。

バス停一つ歩いて始発のバス停まで戻った。
座って本読みながら待つか。
ベンチはキンキンに冷えとるが立って待つよりはまし。

早々とバスが来た。
発車まで10分あるが寒いから車内に乗って待つ。
寒いと言ってもさっきまで汗だくだったので冷気が爽快。
路面はバリバリ凍ってるがプラスの2.2℃もあるし。


帰宅。
腹減って値引きの惣菜を食い散らかした。
マイナス15℃になったらベランダでスンドゥブ食べたいな。
最高にウマいだろうな。
最近は温暖化のせいか冷え込んでもマイナス10℃程度であるが
私が子供の頃は冬のマイナス20℃は普通だった。


今朝読んだ『毎日の黙想』はルカ21;34~36、
心が鈍くならないように、と。
霊的な眠気について。


明日も一人日勤。
早く寝る。

雪のち雨のち晴れ

2015-11-27 21:24:46 | 日常
休みだというのに日の出の時刻に目が覚めた。
予報では雨か雪と言っていたが夜半は雪だったのか。
枝の細部まで着氷している。





部屋の中は雪明かりで白く明るい。
先日大根の頭にくっ付いていた葉っぱの一部を
刻んで昆布茶と塩昆布で一揉みしておいたのが
いい感じの浅漬けになった。



これは納豆に混ぜて食べるのだ。

・・・・・

昨日はきんかんまなまな凍結路面、今朝は雪の上に雨でずぶずぶ。
外出したくないがバス定期の更新のため街に出る。
雪の上に雨が降る最悪な天候である。

・・・・・

傘を差しても叩かれるような雨と風で靴の中までずぶ濡れだ。
しかし街を歩いている間に晴れてきた。





明日は凍るだろうな。
大根おろしの中を漕いで歩くみたいなぐちゃぐちゃの道を
徒歩でコンビニと銀行と、花屋も寄ったけどいいのが無くて買わず、
観光客御用達の市場に立ち寄った。
市場ではこの天候と路面で閑古鳥。
じじが生前毎年八十八夜の煎茶を買った店で
たくさん溜まった遺品のポイントカードを整理して貰い、
和三盆の干菓子と引き換えた。

総菜屋も見たら「どれでも108円」と書いたおかずいろいろ。
カスベのほっぺと婆鰈の煮つけとまたもシシャモフライを買った。
シシャモフライ熱々の揚げたてだ。
地元民はあまり行かない市場であるが、
私は昔ながらの雑多な市場が好きなので近くに行ったら
見るだけでも一応立ち寄る事にしている。
今は画一的な大型ショッピングモールみたいなのの方にばかり人が集まって、
あちこちにあった「商店街」や「市場」というのがどんどん無くなり
「**商店」というのもどんどん無くなった。
おかげで買い物がつまらない。
ここの地元に引っ越して来た頃はまだ幾らか商店街もあったのだが
まるで何かの祟りか呪いにでも遭ったみたいに市内が寂れ
シャッター街と廃屋と空き地ばかりになってしまった。

帰りのバスに乗ろうとしたら、空がいい具合だった。



・・・・・

帰り道母宅に寄って婆鰈の煮つけとカスベの頬肉の煮つけと
シシャモフライを差し入れた。
日頃食べるものをくれるからと言って、
母からお返しに米2kgくれた。
有り難く頂戴しておく。

帰宅。
自分も食べよう。

シシャモフライ、買った時熱々だったのが今もまだ温かい。



魚焼きグリルで軽く炙って油を落とした。
岩塩と黒胡椒と振りレモン汁をかけて食べる。

むはははサクサクでウマい!!


これ、カスベの頬肉。
珍しい。



魚の頬肉は何でも美味だがカスベにも頬肉がある事を知った。
何と柔らかくてウマいのだ。


そういえばシシャモは、
私が子供だった当時は物凄く安かった。
何処の家の窓にも干してあるびんぼ人の食べる魚のイメージだったが
それも今の時代では高級魚となってしまった。


びんぼ人か。
私は昔も今もびんぼ人である。
30過ぎた頃、

「あなたには人間として夢がなさすぎる、もっと夢を持ちなさい」

とオカネモチのご婦人からもっともらしく諭された事があった。
以来夢とゴミとは同義語であるよ。

・・・・・

いつも読まずに捨てているチラシと共に市の広報が入っていたので見ると、
看護師等の届出制度が10/1から始まった事について、
免許を保持しながら仕事をしていない人は

「看護師等の人材確保の促進に関する法律」

に基づきナースセンターへ届け出る事が努力義務になったと書いてある。
「努力義務」って何だ?
ぐぐって調べた。
一応法律では縛るが守らなくても罰則は無いらしい。
しかし看護職に関しては
やがて「努力義務」の「努力」が無くなって
実質上義務化される前段階かも知れないと思ったりする。
それだけ足りないという事。
病気も怪我もおいそれと出来ない時代がいよいよ来たからだ。

バス停まで命懸け

2015-11-26 21:24:15 | 日常
空は重苦しく今にも何か降りそうだ。



仕事に行く。
今日もバスは来るかどうかわからず自腹でタクシーを利用する。
一人で日勤だから早く行かないと。

・・・・・

結局残業になった。
道路は凍って滑るのなんの。
遅い便のバスが間もなく来る。
しかしバス停までが命懸けのきんかんなまなま。




バス来た!
乗り込むだけでも緊張する足元の凍結。
バスは揺られて震度6程度にガタガタユサユサしている。
おまけにバスの車体そのものがガタピシ鳴いている。(怖

・・・・・

はー。
やっと帰宅した。
ありがたや。

・・・・・

明日一日休みだからPC開けている。
Twitterのタイムラインに良い事が書かれていた。
ずっと前のガメのブログの中の文章だ。

「人間には失敗する権利がある」
      gamayauber1001.wordpress.com/2009/12/02/bk/ 

失敗について昔、中学の国語の教師が言っていた。

教師「井上、勉強って何だか知ってる?」

井上「?」

教師「間違う事だよ。」

井上「・・・・・」

教師「間違わない、失敗の無い奴は何も学べない。」

確か3年間ずっと国語を担当していたと記憶する。
独自のポリシーを持つ暴力教師だったが言った事はその通りだ。
何十年も昔の会話が何故か記憶に残っている。
当時あの国語教師は何歳くらいだったのだろう。
多分今の私よりもずっと若かった筈だ。

学業でも仕事でも何かを習得する時に失敗を恐れて回避するばかりでは
ざるで水を汲むように流れ落ちて決して自分のものにならない事を
国語教師は言いたかったのだろう。
教育を受ける事が権利である以上、失敗から学ぶ事も権利だという事。

それはその通りだ。
痛い目に遭わないと何も自分のものにはならないという事。
それはこの何十年の間に幾度となく体験してきた。
失敗しないと何も学習できない事を私は身を以て知っている。
絶対に失敗出来ない仕事をするようになってからは
失敗するかしないかよりも失敗を回避するため無難に無難に
逃げの姿勢を取れば取るほど返って大失敗に直結する事も現実から学んだ。
自分を失敗する者として認定し、冷静に分析し、
失敗を修復するために必要な事を適切に選択し行動する事と、
自分の失敗を客観的に認め分析し未然防止のためにするべき事を
出来る限りの知恵を絞って選ぶ事とをいつも、四六時中考えている。
人も人のする事も信用出来ないが、誰よりも自分自身が一番信用出来ない。
自分のする事も考える事も、自分の記憶も、一切全て。
しかし自分の何十年という人生全体を見ると、
生まれてきた事自体が自分にとって大失敗であり
今生きている事も、明日生きているであろう事も
私自身にとっては失敗以外の何物でもない。
今、それらの失敗が自分にとって権利かどうか考えている。

路面悪し

2015-11-25 22:23:42 | 日常
薄ぼんやりと晴れ。




太陽はまたも妖怪目玉の如し。



とても歩ける状態の路面ではなく
バスも走っているのかいないのか
いつになったらバス停に到着するかも知れず
仕方なく自腹タクシーで出勤した。

・・・・・

仕事終わった。
ひでぇ路面になってるよ。
滑ってとても歩けない。
ていうか断っているのがやっとだ。
バスなんか何時に来るか知れず、
それ以前に私がバス停まで歩けもしない。
行きかう車も滑って難儀している。
口惜しいが帰りも自腹タクシーで帰宅するか。
もったいないなぁ。

・・・・・

タクシーもなかなか来ないし。
建物の入り口でじっと立って待っている。

月がぼんやり明るい。
木々の枝越しに、霞がかかってまん丸く見える。





明日、満月だ。

・・・・・

タクシーは何度かお尻を振り、命辛々帰宅した。


今朝読んだ『毎日の黙想』の、今日の頁はダニエル書。
普段あまり読まない。
今日の頁の筆者は人の生き様を「流星」「微光星」と言い表している。
華々しく煌めく流星も、
余程目を凝らしても殆ど見えない目立たない微光星も、
等しく神の恩寵を受けているのだから置かれた場所で
ありのまま光って世を照らせと。

世を照らす生き方を自分はしているかどうか。

プレゼピオ出した

2015-11-24 22:11:21 | 日常
いきなり吹雪、視界が雪で真っ白だ。
予報通りであるよ。
明日の出勤が思いやられるなぁ。

こんな天気だけど朝一で銀行行く。
発注したサンペレグリノが今日届くのに所持金が尽きていた。





ひぃひでえ天気だったわい。


朝昼飯に、納豆炒飯を作った。
無性に食べたくなって材料を用意してあった。



納豆はよく混ぜて糸をたくさん出させ、
少しずつ水を足しながら混ぜて緩める。
糸が殆ど引かないくらいに緩めたらざるに移し、
流水で洗浄し、水分を切って昆布茶の粉を振ってから
浸るくらいの分量のめんつゆに浸しておく。
万能葱を刻んでおく。
長葱とエノキタケを刻み、昆布茶で調味してボウルに取っておく。
米飯を油で炒め、取り分けて置いた長葱とエノキタケを投入し、
木べらで切るようにして混ぜる。
全体が馴染んでぱらついたら更に火力を強め、
納豆をめんつゆごと投入する。
サクッと混ぜ、水分が飛んで飯にめんつゆの色が着いたら
刻んでおいた万能葱を追加し、軽く混ぜて火を止め、
余熱の状態で切るように混ぜる。
器に盛りつけて黒胡麻と刻み海苔をふりかける。

ウマいわー♪
やっぱり天才だわ自分。
我ながらよく出来た。


納豆炒飯と同時進行で、
教会仲間から頂いたジャガイモも調理して
肉じゃがを久しぶりに作った。



ジャガイモは予め蒸かして粉吹きイモにしておく。
浅い鍋で玉葱、人参、肉、茸(今回は舞茸)を炒め、
湯を投じて加熱、三温糖、味醂、酒を加える。
一度火を極小にして数分煮込み甘味を定着させる。
昆布茶を適宜投入し、塩味をつける。
味見してみてスープとして飲むに薄味なくらいの程度に調味する。
最後にめんつゆを少量差し、色を付ける。
味の濃さはスープとして飲むにちょうど良いくらいの味の濃さにする。
蒸かしておいた熱々のジャガイモを投入し、火を止める。
余熱のまま放置。
他の事をしている間に肉じゃがの温度が下がると共に
ジャガイモに味が染みている。
冷蔵庫できぬさやがミイラに変身しようとしていいたので
水に漬けてから炒め、肉じゃがの汁に浸して彩りとした。


納豆炒飯と肉じゃがは、母に差し入れする。
天気も路面も悪くて今日は買い物にも出られないだろう。

・・・・・

帰宅して、納豆炒飯と肉じゃがを食べ終えたら
正午だというのに眠くなった。
洗い物をするのがやっとの眠気。。。。。orz

・・・・・

雪のためか一日中強烈な眠気で、
15時過ぎから昼寝して今目が覚めたけどまだ眠い。
眠気には勝てない。
しかしこれから閉店間際のスーパーで
ヒヨのネーブルを買って来る。

・・・・・

雪はや止んだが路面が路面でやっきりこいたなぁ。


待降節だからプレゼピオを出した。
去年と同じように。






じじの遺影の周りにも
老人病院の病床でじじが最後の御降誕の日を過ごした時
ベッドサイドに置いた色が12色にも変わる発光雪だるまと
ガラス玉のサンタクロースと立体化するクリスマスカードも
去年と同じく並べた。

 


私と妹が子供だった頃には鼻で笑って見向きもしなかったじじは、
在宅介護になってからの近年は何故かクリスマスのツリーや
プレゼピオやステンドグラスの蝋燭立てを子供のように喜んだ。


私自身は子供の時から
クリスマスのものを部屋に飾ると無性に物悲しく陰鬱になる。
早々と日没して暗い誰もいない居間で、
一人でクリスマスツリーの電飾を飽きもせず眺めていた
9歳か10歳の時の事を思い出す。
確か小学3年、9歳だったと思う。
家に誰もいなかったのは、父は仕事で残業、
母はその頃勤務していた保険会社のクリスマスパーティー、
妹は母が勤務先のパーティーで不在のため
祖父母の家に預けられていた。
それで家には誰もいなかった。
室内を真っ暗にして好きなだけ電飾を眺めていた。
道路は凍っていたが雪は降っていなかったと思う。
夕食のおかずは冷蔵庫を開ければ何か入っていた筈だ。
しかし19時過ぎに父が帰宅しタクシーで一緒に街に出かけた。
とんかつ屋に入ったのを憶えている。
カツ定食のソースが妙な味だと思った。
初めて食べたデミグラソースだった。


繰り返し何度も聴いている歌。

REGINA COELI, G. Aichinger, dir. Giovanni Vianini, Milano, It.


要らない事ばかりを思い出す。


今朝読んだ『毎日の黙想』はルカ21;5~11、
「おびえてはならない」。
自分がいま脅かされているもの見据える事。

勤労感謝

2015-11-23 22:07:06 | 日常
出勤する。
今日も一人で日勤。
勤労感謝の日なんだと。
文句言っちゃならんのだよ働けるだけ有り難いと思わないと。

雲が重たい。



雪が降るんだろうか。

・・・・・

昼休み。
今朝の雲は何処かに行ってしまったらしい。



ガラス越しの低い太陽。
日が短くなった。

・・・・・

仕事終わった。
バス停に来たけど、バス待ちは寒い。
明日休みだけど予報は雪。

待降節に入ってもまだ何もしていない。
帰ったら部屋掃除して待降節の物品を出そう。

寒いからって、バスを降りて自宅に直行せずスーパーに寄り、
味付けタコを買った。
切って食べる。

・・・・・

めでたし、味付けおくとぱす。
今、頭を齧っているんだよ。
明日仕事休みだというのに雪が降るというのか。
何処にも行けないな。
ここの地元はお江戸と同じくらいに雪が少ない。
だから雪がたった5cm積もっても交通は大渋滞で麻痺するし
誰もあんまり雪を掻かない。
昔と違って水っぽくてずしりと重たい雪ばかり降るようになって
とても人の手とスコップで掻けないのである。
中途半端に凍結と融解とを繰り返す路面のきんかんなまなまは命取りだ。


今朝起きて床上で読んだ『毎日の黙想』の今日の頁は
ルカ21;1~4、やもめの献金の箇所だった。

 この貧しいやもめは、だれよりもたくさん入れた。
 あの金持ちたちは皆、有り余る中から献金したが、
 この人は、乏しい中から持っている生活費を
 全部入れたからである。
             (ルカ21;3~4 新共同訳)


所持金が100円しか無い寡婦の身になって考えると、
励ましを受けた気がする。
やもめのレプトン銅貨2枚を自分の能力に置き換えて考えると、
ここでイエスが言われた言葉は
アントニー・デ・メロ師が述べた通りである。

 神は、
 実り豊かな人生を愛されるように、
 何の実も
 結ばなかった人生をも
 お愛しになる。
        (アントニー・デ・メロ著
         古橋昌尚・川村信三訳
        『心の歌』1988年女子パウロ会より)


成果、実績でしか評価されない日常にいると心に沁みる言葉だ。
今日の『毎日の黙想』の頁には大事な事が書かれている。
この貧しいやもめの心の在り方について。
献金者達の多くが
「自分の持っているものから出す」
という思いを以て献金する事をイエスは知っておられた。
この貧しいやもめは自分の持ち物は全て神のものであると知っている。
自分の時間も物品も能力も生命も全て。
何かを行ったり用いたり捧げたりする時、
このやもめが自分の預かった神のものをどのように使うかを
常に神と相談していたという事。
だからなけなしの生活費の小銭だから惜しむという発想自体、
「自分のものは全て神様のもの」という思いの中からは生まれない。
イエスがこのやもめを慈み、彼女の心の在り方を祝福して
「この貧しいやもめは、誰よりもたくさん入れた」
と言われた。
その慈しみが伝わってくる箇所だ。

私自身は、いつも惜しむ。
惜しんで嫌々何でも捧げる事が多い。
特に時間と手間暇、能力。

但し、ここの箇所でイエスが笑っていたか怒っていたかといえば
物凄く怒ってこのやもめの献金について言及している事が読み取れるので
極貧の人、くたびれ果てた人が生活破綻してでも自分の持ち物を
生活費も時間も何もかもを捧げ尽す事を奨励しているのかと言えば
それは違うと思う。
このやもめの献金を褒めた時のイエスの激怒が伝わってくるからだ。
英隆一郎神父様がかつてFEBCの放送で述べていた通りである。
この箇所の「神殿」を現代の我々の「教会」に当て嵌めてみればわかる。
100円か200円しか所持金のない寡婦にまで献金させる教会の姿を
思い浮かべてみる。
レプトン銅貨を金銭だけでなく我々の捧げる時間、能力に
当て嵌めると理解出来る。
旧約からずっと読んでくると、
信仰者は生活の成り立たない貧しい者を助けなければならないという
一貫した神の教えが読み取れる。
しかし貧者を生活自体成り立たないほど追い詰めて
金銭を巻き上げ搾り取る権力者として当時の宗教的指導者達が変質し
成り果ててしまっていた事にイエスは激怒し、
この後の章で神殿の崩壊を予告している。
2000年後の今に生きる私達はイエスの予告した神殿の崩壊が
その通り史実となった事を知っている。
恐ろしい事だ。
私はこのやもめの献金の箇所を読むと背筋が寒くなる。
たくさん捧げたから偉い偉いいい子いい子という短絡的な話ではない。

・・・・・

ねむいなぁ。
明日休みだから夜更かししようと思ったんだけど。
眠いのは、これから雪が降るのだな。

口内炎痛い

2015-11-22 21:57:11 | 日常
空は快晴。
仕事に行く。



一人で日勤のため早く出るが本など読む暇無く職場に直行する。

・・・・・

昼休み。



天気いい。
鮭混ぜ飯のおにぎり1個。
コメがあんまり好きではないので
何か他の雑穀や食材混ぜると食べ易い。

・・・・・

仕事終わって帰宅。
口の中が口内炎だらけだというのに
酸っぱいパイナップルを発作的に食べたくなった。
食べたら口の中が激辛カレーよりも凄い事になった。
しかも口の中が口内炎だらけなのになのになのに
かっぱえびせんの袋を開けてしもた。
ウマいっ!かっぱえびせん・・・・(痛
口内炎が物凄く痛いがウマい。
やめられないとまらない。
ストレスで過食気味、胃の具合悪い。
当り前だけど。


今日から待降節。
教会では礼拝で1本目の赤い蝋燭を灯しただろうな。

明日の朝、マイナス4℃の予報だと。
それでも温暖化を感ずる。
私が小中学生の時代までは10月半ばで既に窓ガラスの結露が凍り
今よりもずっとシバレていた。
寒いというよりもびりびりと「痛い」という感触がした。
空気の匂いが変わって冬の匂いがすると郷愁をそそられる。
バリバリに凍るのが楽しみであるが
窓ガラスが年々凍らなくなってきて寂しい。


今朝起きて読んだ『毎日の黙想』の今日の頁は
ヨハネの黙示録1;5~8、再臨を語る記事だ。

私達の日常は常に苦しみに満ちている。
しかし恐れるなと。
ヨハネの黙示録は大迫害の中、
当時の信仰の仲間達が続々と捕えられ
残虐に処刑されていく中で書かれたのだろうか。
ヨハネの福音書、ヨハネ書簡、そしてこの黙示録は
整然と完成された美しい文章でありながら血の匂いがする。
十二使徒の中で唯一殺されずに余命を全うしたヨハネが
心にどくどく血を流しながら書いたような気がする。
一人また一人と処刑されていく日々、
信仰の仲間達が希望を捨てないよう激励する筆者の息遣いが
伝わってくるようで、ヨハネを読むと辛い。
しかし恐れるなという。
日々の艱難辛苦に負けるなと。

・・・

だめだ眠くて。
いつもの事であるが今日も眠い。
明日も仕事。

待降節か。

2015-11-21 21:22:38 | 日常
ああもう待降節に入るのか。
耳がまだ痛痒い。

仕事に行く。
かなり早めに出て15分ほど本の続きを読む。

・・・・・

昼休み、天気いいから歩いて来ようかと思ったが
結局億劫で外に出なかった。
休憩時間はあっという間だ。

・・・・・

仕事帰りに玉葱と鶏肉とエノキタケとケチャップを購入した。
ちきん飯がたまに食べたい。
ケチャップ味の。
もう何年も食べていない。
今ある鮭飯がなくなったら作ろうか思案中。

夕食は惣菜の半額茄子天2個を火炙りにして油を落とし、
大根おろしとめんつゆで食べた。
ちょうど大根の甘い青首の部分があるのだった。

食後あと3時間は起きて好き勝手に過ごしたいが
睡魔の抑制がかかる。
それでも就寝せず無理矢理PCを開いている。


Twitterのお仲間によると、
ハローワークで転職相談の対応をする職員が実は契約社員で雇い止めされ、
次の日には求職者として相談に行ったという記事を見かけたという。

・・・・・(´・_・)

やはりハローワーク職員も非正規雇用だったのか。
実はこのブログを書く事が出来るようになったのは職安のおかげだ。
2005年にじじのADL低下から転居し在宅介護の態勢を整えるために
長く勤務した職場を退職し引っ越し作業や在宅介護業者と並行し
転職相談しながら職安の職業訓練講習に通いPCの基本的な操作や
ワード、エクセル、簿記を習得し検定試験も受けた。
当時ハローワークの職業訓練講座のワード、エクセル、簿記の
講師の先生方は非正規雇用だった。
正規雇用の先生もいたが月収は手取り12万とか聞きいた。
職業訓練のクラスは楽しかったし随分お世話になった。
しかし先生方も非正規雇用だった。
無情を感ずる。

・・・・・

ケチャップ味のちきん飯を食べたい食べたいと思って、
とうとう作ってしまった。
こんな夜の夜中に。
写メは撮るの忘れた。
小皿に少しだけ食べて、残りは全部小分けして冷凍庫に入った。


同じくTwitterのお仲間で同じ教派の教会員の方から
とても大好きな良い楽曲と紹介されていた、
ストラヴィンスキーのプルチネルラ。

Stravinsky Pulcinella from Pergolesi and Other Neapolitan Baroque Zacharias Orch Chambre Lausan


ああ私もこの楽曲好きだわ。
ストラヴィンスキーは火の鳥とペトルーシュカくらいしか
殆ど聴かないがこんな曲もあったのか。


今朝読んだナウエン『放蕩息子の帰還』から
二人の息子の父を考える。
この父の苦しみを思い浮かべる。
この父親は物凄く不幸だ。

弟息子は父を捨てて出て行った。

「お父さんあなたが死ぬまで待てない、あなたの遺産を今下さい。
 それらを処分する権利をも。」

子供に金づるとしか思われず疎まれ見捨てられる親は
どんな気持ちがするだろう。
私の父ならその気持ちを知っていたに違いない。
遠方に嫁す次女にまとまった金を渡し、
婿と孫を連れていつでも会いに来いと言い、
盆と暮れには高価な珍味を送り
電話や孫の写真の入った手紙が来るのをいつも待っていた。
次女と婿と孫と、
一家で泊まりに来てくれて美味いものを食べさせて
皆で昔の話をしたりあちこち案内して楽しませようと
寝具一式を買い揃えていた。
しかし何年経っても来ないので
ある時押し入れに収納したままの布団の綿を打ち直しに出していた。
盆と暮れに送った物も届いたのか届いていないのか返事もないので
父の方から電話すると
「無駄な事にお金を使わないように。」
という返事が返って来て涙目になるほど落胆していた。
そして
「家を建ててるから行けない」
「子供が進学するから行けない」
「犬を飼って世話があるから行けない」
と言われ、
特に「犬の世話…」が理由で10年以上も全く会いにも来ず
音信もこちらからしなければ返事も来ない現実、
次女にとって犬よりも優先順位の低い父である自分を知ったのだろう。
「犬の世話…」という返事を聞いてから父は妹の話をしなくなった。
口癖の「いつ来るんだろうな」「今頃どうしてるだろうな」が
ぴたりと止まった。
遠方で生活していると父が思うほどには簡単には来られない。
来られなくても音信は出来るがそれすら面倒だったのだろう。
生活に追われてそれどころでなかったのかも知れない。
父の要介護度が段々重度化し、今度は私の方から何度か近況を知らせ
認知症は進んだが今ならまだ話は出来る、
食べる事の出来る今のうちに一度会いに来てはどうか、
意思疎通可能な今のうちに一緒に食卓を囲んではどうか、
今年に5、6回も救急搬送したり入退院を繰り返した、
血尿のため管も留置した、食べても誤嚥するようになった、
会話出来るうちに会っておかなくていいのか、
後で後悔しないのかと何度か私から打診した。

「いよいよ死にそうになってから知らせてくれれば
 それでいいよ」

返事はそれだけだった。
その間、認知症の進行した父は不穏になる度に私に詰め寄った。

「どうして会いに来ないのだ」

父が息を引き取った時は私も間に合わなかった。
妹は翌日の飛行機で来た。
「いよいよ死にそうになってからで…」と言って間に合うほど
時間は都合よく止まったり進んではくれない。
妹は葬儀に参列し数日滞在した。
その間妹は感傷的で私の眼には殆ど抑鬱状態に見えた。
父のいなくなった父宅の家財道具の処分や諸々の手続きが
まだ始まったばかりの時に妹は帰って行った。

「納骨は早い方がいいよ。
 あとよろしく。」

この妹にとって父は、生きている時から死んだ親だった。
父は歓迎の手を差し伸べていたが、
待っていた子供は父が死なないと帰って来なかった。
福音書の放蕩息子は父の生きている時に帰って来たが
妹は父が死なないと帰って来なかった。


福音書のこの譬え話を読んでも
今まで私は二人の息子の父には注目せずさらりと素通りしていた。
ナウエンの『放蕩息子の帰還』を読んだ事で
差し伸べた祝福と慈愛の腕を払い除けられる父親の苦しみ、
子供から忘れられ死んだものとされる親の苦悩に注目した。

ここまで自分と身の回りの親族を当て嵌めないと気付かないのは
自分に読解力が欠けているからだと思う。

・・・・・

あああ日付が変わる。
ネットがあんまり妙智希林なのでまだ色々見たいところだが、寝る。
私の実生活の職場はもっとずっと陰湿で悪意に満ち満ちている。
だから今夜はもう寝よう。

性懲りもなく外耳道炎

2015-11-20 23:09:12 | 日常
本日は元々の仕事休みの日。
微熱はあるが昨日ほど体調悪くない。
ただ、耳の中が痛痒くて理性が消し飛びそうだ。
本日耳鼻科受診する予定。

・・・・・

診察待ち。
嫌だなぁ。

待合室で『魔女の宅急便』やってる。

・・・・・

診察終わった。
警告のみ。
ステロイド処方してくれた。

・・・・・

しかし痒いわ。
耳の穴に痒み止めを流し込みたいほどである。
しかし腫れているので入らないか。
顔と頭の左半分がまだ痛いが自制内。

帰りのバスを途中下車して郵便局に寄る。
先日申請書が郵送されて来た郵便物を受け取った。
これを持って市役所に行けと言われた。

郵便局の窓口で激怒してている人あり。
配達の不手際なのか、
ご本人がせっかく窓口まで不在配達票持参して出向いて来たのに
「住所変更がなんたらかんたらでここでは受け取れません」
と言われて、結局自宅に戻って家で受け取れとか何とかで、
無駄足を踏まされて激怒、気の毒な事だった。
今の時期に転居したりすると厄介な行き違いが起こるらしい。

そのまま帰宅するのもつまらないので観光客御用達の市場に寄ってみた。
市場内のシシャモフライを買った。
子持ちシシャモフライのLサイズ5尾で230円。
安いかも。

さらに近所のスーパーにも寄ってエノキタケを買ったついでに
真かすべがあったので母に届けた。


空にパステルみたいなぼかしが入っている。





今の時期、
昔みたいに顔がきりきり痛むほどの冷え込みは無い。


・・・・・


帰宅して、
明日以降のおにぎり用混ぜご飯を炊いた。



エノキタケを微塵切りして炒め昆布茶で味付けし、
鮭フレークと乾燥わかめと塩昆布を
炊き上がったご飯に混ぜ、再加熱。
いつも白胡麻を振っているので今日は黒胡麻にしてみた。
簡単手軽。
母がさっきのかすべを煮たから取りに来いというので
この鮭飯を包んで持参。
連日物々交換の連鎖。
この点が父親と母親との相違点であろう。

・・・・・

再度帰宅して、
さっきの子持ちシシャモフライを魚焼きグリルで油落とし、
カリカリにして塩と胡椒かけて食べた。
腹いっぱいになった。
母製のかすべの煮つけもウマい。
そんな事している間に、
さるお方から宅配便が届いた。
何とものすごくウマいかき餅のセットだった。(嬉
有り難き幸せ。
感謝して、遠慮なく頂きます。

自分一人で食べるのが勿体ないのでこれまた母に届けた。
本日母宅への訪問三度め。(笑
近所の利点。

歩くと腹ごなしになるからいいよ。
今宵はシシャモフライ食い過ぎて腹いっぱいであるよ。

・・・・・

熱は下がっている。
痛みが落ち着いたと思ったら、
ぅああああああ耳の中がかゆいかゆいかゆい。。。。。orz

綿棒にステロイド剤をつけて耳の穴に塗れと言うが、
その軟膏をつけた綿棒でゴリゴリ掻き毟りたくて理性が飛ぶ。
しかしちょっと触っても痛い。

携帯を開いたら、
画面に出る毎日の星座占いに
「ラッキーアイテムは綿棒
と書かれていて携帯を叩き割りそうになった。
要らん情報だ!

先日教会で昼食中に耳鼻科の話題が出た時「綿棒は禁忌」と言ったら
うちの牧師先生なんて

「綿棒?
 そんなの使わないよ。
 僕は爪楊枝使ってるから」

って言ってた。
爪楊枝…大胆過ぎる。(凄


耳が痒いし痛いし、明日からまた仕事だし、
もう寝よう。

耳の穴が

2015-11-19 20:13:16 | 日常
朝から天気悪い。

38.0℃か。
今日は朝から悪寒と発熱のため仕事休む。

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咳や鼻水は無くむしろ目と鼻と喉が乾燥して頭痛がひどい。
風邪にしては症状がはっきりしないので一体何の熱かと思っていたら
夕方になってどうやら耳が原因らしいと気が付いた。
明日耳鼻科に行くかな。
熱は37.0まで下がったのに夕飯中また寒気がしてきた。
室温は28℃もあるのに背筋がぞくぞくしてきたのは
また体温上昇するやも知れない。
私は発熱するとテンション急上昇して支離滅裂な記事を書くかも。

・・・・・

朝からずっと臥床していたら
さすがに夕方からはじっと寝ているのが苦痛になったので
夕食を食べたが、
目、鼻、喉が乾燥でやられてるし、
頭痛もして長時間寝ていたために水分も不足してるから、
今夜は野菜強化した。
煮込みに使うつもりだった白菜をお浸しにして、
キュウリも切って、先日教会の昼食で余った大根の漬物頂いたのと
餃子とおでんに入りきらなかった薩摩揚げを食べた。
野菜は大事だ。
ちょっと不足するとすぐ粘膜の状態に表れる。

・・・・・

明日は憂鬱だなぁ。
耳鼻科医にまた叱られるのだ。

「また耳の穴を掻きましたねっ!!」

ぅああああ。。。。。(((怖

鰤大根煮た

2015-11-18 21:16:12 | 日常
7:30。
昨夜21時から爆睡して今朝の寝起きはよい。
朝起床時に『毎日の黙想』という月刊誌を読むようになった。
買い始めたのはかれこれ5、6年前だが溜まるばかりで
あまり読んではいなかったのがここしばらく読むようになった。
福音に飢えているのだと思う。
今日の聖書箇所はこれまたえぐいⅡマカバイ7;1、20~31。
残虐な為政者の下で棄教を迫られる。
棄教する事を拒否した7人の息子達が一人ずつ
母親の目の前で残虐な拷問を受け処刑される。
最後の末息子が処刑される時、
母親は命乞いも生き延びるためにあがく事もせず、
ただ最後に処刑されようとする末の息子に言う。

 「子よ、
  天と地に目を向け、そこにある万物を見て、
  神がこれらのものを
  既に在ったものから造られたのではないこと、
  そして人間も例外ではないということを知っておくれ。
  この死刑執行人を恐れてはなりません。」
                  (Ⅱマカバイ7;28)

今の国際情勢を見聞きしてこれを読むと、響く。

・・・・・

今日は午前中に鰤のアラが入ったら
近所のスーパーの鮮魚から連絡が入る予定。
アラが来たらすぐ作れるように大根の下茹でを済ませた。

大根煮ながらネット逍遥した。
大根の下ご拵えは済んだのに鮮魚担当からは連絡来ない。
電話で問い合わせたら既に出来ていたが引継ぎの手違いで
私の方から店に行く事と思われていたらしい。
仕方がない、取り置きして貰って
午後は雑用あり街に出かけるから帰りに受け取ろう。


今日も、雲が怪しい。





・・・・・

出かけた先で、
何年も前によく食べに行った食堂のご主人と行き合った。
懐かしい。
食堂のカレーが食べたいな。
しかし今は昔みたいに夕食時まで店を開けていないと言う。
昼時過ぎたら午後3時には閉店、
昼の弁当の注文が多ければ2時には閉店するそうだ。
空き地と廃屋ばかりで通行人のいない市の中心街、
昼の出前の時間帯が過ぎたら客がいない。
厳しいなぁ。


市の中心街の空き地に何か建てているのかな。
あ、市立図書館をあそこに移転して来るという話を
タクシーの運転手から聞いた事があった。



バス来た。
スーパーに寄って鰤のアラを買う。
もう日が暮れるのか。










帰宅。
早速煮る。

・・・・・

我流鰤大根。
鰤を水で洗って血液を落とし、粗塩を振って置き、
沸騰した湯に投じて沸騰寸前で湯から上げる。
鍋を一度洗って、新しい湯を沸かして煮汁を作る。
煮汁も我流でテキトー、目分量。(笑
酒、味醂、三温糖、昆布茶、めんつゆと生姜の欠片で、
飲んでウマいと思うくらいの濃さに味付けする。
煮立ったら鰤を入れて煮汁に鰤の味が出たら
下茹でした大根を投入し、煮る。


鰤大根を煮る間、しばしTwitterでお仲間と雑談する。
トラピスト修道院(厳律シトー会)の話が出た。
18年前頃、北海道新聞の日曜版にトラピスト修道院の記事が連載されて
亡きじじが切り抜きしていた。
ちょうどその霧吹きの途中でじじは一人で最初の脳梗塞を発症し
間一髪で孤独死を免れた。
私が札幌の部屋を引き払ってじじ宅で同居しに来た時、
トラピストの記事の切り抜きがじじの部屋に溜まっていた。

「キリスト教のだからお前が読むかと思って。」

新聞の連載記事は後に書籍化されたので購入しじじに読ませた。
記事は興味深かった。
男子修道院だけど入ってみたいなと思った。
何がいいって、沈黙がいい。

・・・・・

大根を煮ながらPCなんか見ていたら、
鰤大根が吹きこぼれて床まで流れてしまっていた。
急遽台所清掃し床も拭いて、鰤大根再開。
火を止めて味が染みるのを待つ。


完成。
思たよりもウマく完成した。
大根がとろけそうだ。
母宅に届けに行き、先日の差し入れの容器を回収した。

どれ。
自分もちょっと味見する。



ウマいわー♪
天才であるよ自分。(愚


さっきトラピスト修道院の話題が出てバター飴思い出した。
昔、道東の弟子屈や川湯の温泉の売店に「バター飴」が売っていて
座った熊の形の容器に入っていた。
黒、茶、白と熊は三色あって単品でもセットでも売ってた。
飴を全部食べ終えたら熊の後頭部に10円玉の入る大きさの溝があって、
その溝を刃物で切り開き、貯金箱に使えるようになっていた。
バター飴で検索してみたが、
あのかわいい熊の姿の容器に入ったバター飴は何処にも見当たらない。
熊のバター飴とトラピストのバター飴とで味が違ってたかどうか、
今となってはわからない。
大好きだったなあの熊の色違い三色。
物心ついた時から高校生くらいの頃まで、
土産物店にはずっとあったから今もあるものと思っていた。
今はもうないんだな。
寂しいなぁ。

疲れを引き摺っている

2015-11-17 21:04:31 | 日常
出勤する。
今日は一人ではないので焦らずともよいが
やはりぎりぎりのバスでは乗車中イライラしてダメだ。
それで40分も早く着いてしまうのでしばし本の続きを読む。


迎えようと招き、しかし決して強いる事のない
差し出された御父の手について考える。






雲が怪しい。
何か降るか?

・・・・・

帰りの車中では本も携帯も見ず、
危うく爆睡するところだった。

帰りに夕食を買う。
半額の茄子天と舞茸天と玉葱の掻き揚げを買った。
明日休みだから鰤大根作ろうと思って立派な大根を買ったが
夕食時過ぎて鰤は切り身しか残っておらず、
鮮魚担当のおにっちゃんに明日の午前中に取り置きを頼んだ。
帰宅して、大根の青首を摩り下ろす。
買ってきた野菜天をレンジの魚焼きで焼いて油を落とし
摩り下ろし生姜も添えて、めんつゆでザクザク食べた。
総菜の揚げ物もまたよし。

・・・・・

眠い。
昨日の疲れが残っている。zzz...

G・Gのゴルトベルク

2015-11-16 21:04:09 | 日常
かれこれ1か月勤務しているが
実は相方の人から今だまともに仕事を教えて貰えずにいる。
利用者のカルテやPCから自力で情報収集して何とか業務を
辛うじてこなしている。
業務手順マニュアルは存在せず、物のありかの詳細も説明されず
情報交換もなく1ヶ月過ぎた。
本日一人の日勤なので早く出勤した。

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こんな日に限って急病人が2人も出て緊急入院2名のため残業。
忙しかった。
帰宅して、昼飯に持参したおにぎりを今チンして食べてる。

頭に血ぃのぼる事態が今の職場にあり
発火しかけた頭をクーリングするのに何の音楽を聴こうか考え中。
ほーらブチ切れながら仕事して残業になったらはなぢ出た。
Twitterのお仲間からのお薦めでG・Gのゴルトベルクを聴いている。
若い頃のハイスピードのもよいですが、私は晩年のがかなり好きだ。
昔からこのG・G晩年のゴルトベルクを入院先に持ち込んで聴いてきた。

今日は本も何も読まなかった。
それどころではなかったので。