定職を持たず、浮き草のように世間を渡り歩く自由人を渡世人とも言います。
侠客(きょうかく)とは、いつも弱いモノの味方で乱暴者から守る正義の味方も渡世人を言います。
ヤクザ稼業のようにも見えますが決して暴力団ではありません。
「ヤクザ」を辞書で調べると二通りあり、「役立たず」「無価値」「そのもの」「そのさま」など少なくとも良い意味ではありませんが、ヤクザ=暴力団ではないようです。
もう一つは、まさに博打打ち、暴力団など正業に就かず法に背いて暮らす人をも渡世人となります。
私の師匠は、本当の侠客だったと思えてなりません。
彼はドモリが酷く話して教えることなどありません。
中卒の自分を飯場に迎えてくれて、カラダで仕事を教えてくれました。
乱暴者には容赦なく鉄槌を浴びせ弱いモノは、カラダを張って守る男気がありました。
彼は鉄骨トビ職の秀でた技能と才能を持っており、難しい仕事を高額で請け負ってきます。
私もその手足となって働くうちに自然と無いモノを生み出す創造力がついた気がします。
もう一つ「任侠」という言葉があります。
仁義を重んじ、困窮者を助けるために自己犠牲をいとわない人の事で義侠心、男気の事を意味しているようです。
一宿一飯・義理人情とは、まさに浪花節的であると軽蔑する人もいます。
しかし私は、人間社会の原点だと思えてなりません。
言い換えれば「ヤクザ」と紙一重の「任侠」は、人間社会の活動根源ともいえそうです。
組織や政治の世界で多くの人から尊敬される指導者の多くは「任侠」人かも知れません。
フーテンの寅さん的なヤクザな稼業で暮らす人も、世の中にはけっこう多いのです。
今日は往復2時間の厚沢部町の現場行き帰りを、小学1年生の孫に車のCDに入っていた写真の「広沢虎造」の浪曲を聴かせたら、彼はけっこう興味深そうに聞き入っておりました。
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