短編小説: 社説『着用トイレの普及について』

2015-03-28 23:23:42 | Weblog
 社説『着用トイレの普及について』


 国内最初の着用トイレ『TON101』が売り出されてから、早くも20年が経過した。国内メーカーで着用トイレを生産しているのはIOIO,IMAXの2社。各社半年毎のモデルチェンジを重ね、今ではその薄さも1ミリを切ろうとしている。これは着用トイレ先進国であるアメリカの世界シェアナンバー1、ASD社の最新型『z504』が誇る0・98ミリに迫る薄さである。先月の調査では日本国内における着用トイレ普及率53・2%(参考;アメリカ:78・9%)。この数字を高いと見るか低いと見るかは意見の分かれるところである。
 本稿では、人の排泄物を気体に変換し空気中に放出するという、着用トイレの是非を巡る、昨今の議論の行方にも注目しながら、着用トイレの普及が我々の社会にもたらす影響について考えたい。

 もともと、着用トイレの原型となる装置は米軍が開発したものだ。作戦遂行中の兵士がトイレに行けないという問題は長らく解決されなかった。米軍の研究チームは2020年代半ば、原子操作技術(AMT;Atom Manipulation Technology: 極微細プローブと電磁界を用いて個々の原子を直接操作する技術。物質分子を構成する原子を操作し、分子結合を組み換え別の物質に変換することも可能 )を応用し、一部の固体や液体を気体に変化させる技術を開発した。当初、そのテクノロジーは兵器として使用される予定であったが、実は戦略上極めて重要な衛生管理、兵士の排泄物処理に応用可能だということで、兵士用着用トイレは開発された。兵士は、股間にこのシステムを装着することで、いつでも衛生的に排泄を行えるようになった。

 アメリカ軍による開発から4年後、着用トイレは民生用に発売されたわけであるが、排泄物組み換え速度、厚みや硬さ等の細かいスペックを別にすれば、基本的な仕組みは初期の兵士用も最新の『z504』も同じだ。今では、ブリーフタイプのパンツとほぼ同じ形状である着用トイレは、人の排泄物が接触した瞬間それを識別、高速なAMTを利用して排泄物の分子結合を組み換え、酸素、窒素、二酸化炭素、水蒸気などの無害かつ無臭の気体に変換する。それら発生した気体は空気中へ放出される。『z504』に搭載された新機能では、おならも認識して分解できるようになった。

 この着用トイレさえ身につけていれば、人はトイレへ行く必要がない。一部の先進的な企業ではビルの中からトイレをなくしてしまい、代わりに全社員に着用トイレが支給された。トイレがあった場所は改装され、新たなオフィスとして利用されている。トイレ休憩へ行くこともなくなったので、社員の作業時間は増加した。しかし、トイレにすら行かなくなり、昼休憩以外はずっとオフィスで作業を続けなくてはならない現状に、一部の人々から「人間的ではない」「トイレでリフレッシュできないので作業効率が落ちる」という批判の声が上がっていることも事実だ。

 さらに深刻な問題がある。
 先にも触れたように、着用トイレから排出される気体について「人の排泄物を空気中にばらまいているようで気持ちが悪い」というイメージを持つ人がまだまだ多いことだ。着用オムツに反対する団体、デモの数は減少傾向にあるものの、まだ無視出来るほどに減ってはいない。レストランや店舗などでは、着用トイレに嫌悪感を持つ人の為に、着用トイレ着用者の入店を禁止していたり、着用者と非着用者の席を分けたりという配慮を行っているところもある。

 科学的に考えれば、確かに排泄物と、その原子の組み合わせを入れ替えて作った気体は"全くの別物"である。何から作られていようが窒素はあくまで窒素、二酸化炭素は二酸化炭素だ。それでも、人間の排泄物から作られた窒素や二酸化炭素はなんだか気持ち悪い、吸いたくはないと感じるのは、人間にとって極めて自然なことかもしれない。

 似たような問題が2000年代初頭にシンガポールで起きている。水資源に乏しいシンガポール政府は、マレーシアから輸入していた水の値段が高騰したことを受け、下水を高度処理して飲料水にするという苦肉の策を打ち出した。その水は逆浸透膜法を用いて浄化され、ほとんど純水であり清潔なものであったが「下水を処理したものである」という先入感から水の評判は良くなかった。
 シンガポール政府は、処理した水を上水道に混ぜ、その割合を徐々に高めていくという方法で、人々から抵抗感を消すことに成功した。着用トイレから排出される気体に対する抵抗感も、その普及と共に消えていくのかもしれない。現に、今でも若者の間では着用トイレは「チャクヨ」と呼ばれ常識となっており、排出気体への抵抗感も薄い。あと10年、いや5年もすれば、抵抗感はすっかり消えてしまい、トイレへ行って排泄するという行為は社会からなくなってしまうのかもしれない。
 
 40年近く前、IT革命というものが起こり、そこで人々は社会生活の基本である「コミュニケーション」に関する変革を体験した。同じ頃普及したサプリメントによって、これも生活の基本であった「食事」は変質し、今では栄養補給や生存のためではなくアミューズメントとしてのみ食事は捉えられている。そして、ついに変革は排泄にまで及ぼうとしている。アメリカなどの着用トイレ先進国を眺めてみれば、日本でも着用トイレがますます普及することは間違いないだろう。トイレに行かなくて良い生活というのは確かに便利だ。数時間おきのトイレからの開放というのは人類史上最大の革命かもしれない。しかし、生命活動というのは本来食事と排泄に裏打ちされたものなのではないだろうか。サプリメントで栄養を摂取し、味覚を満足させるためだけに食べ、排泄物を見ることもない。そんな暮らしが本当に豊かだと言えるのだろうか。

(京都日日新聞2049年10月15日金曜日)
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 こんな便利な物に、どうして批判的になれるのだろう。僕は画面から目を上げて、窓の外広がる草原へ目をやった。モンシロチョウが2匹飛んでいる。数時間おきにトイレへ行くという、笑ってしまうくらいに不便な生活を、昔は全員がしていたのだ。AMTデバイスの入っていない、ただの水分吸収ポリマーで出来たオムツと呼ばれるものを、乳幼児だけが付けていた。物心が付く頃にわざわざトイレトレーニングという訓練を行い、「排泄はトイレまで我慢してトイレでする」という、なんだか体に悪そうな習慣を叩き込んでいたという。
 今では、生まれてからずっと着用トイレを着用するので、そのような悪習慣を身に付けることもない。トイレの我慢も知らないから、今の若者は忍耐力がない、という批判は一体何を言いたいのか分からない。トイレを我慢することがそんなに偉いのだろうか。着用トイレ依存症だって? いつ出るか分からないのに、付けてないと不安になるのは当然だし、「私は着用トイレを使っていないので、トイレが設けられていない建物に入ると不安な気持ちになってしまいます」って、それだって云わば普通トイレ依存症じゃないだろうか。どうして、そんな普通トイレ依存症の人達の為にわざわざ公衆トイレなるものをあちこちに作らなくてはならないのだろうか、それこそ税金の無駄使いだ。

 まあいいや、社会的なことはいいとして、問題は理香子が着用トイレ反対派なことだ。出会った時は理香子が反対派だとは思わなかった。理香子には一目惚れだった。彼女が着用トイレ反対派だと分かったのは、はじめて2人でレストランへ行った時のこと。デザートを食べ終えて、そろそろ店を出ようかというときに彼女は言ったのだ。
「ちょっとトイレに行ってくるね」
 僕は、まさか、彼女みたいにヒップでオシャレな女の子が着用トイレを付けていないとは思いもしなかった。
「えっ、理香子ちゃん、チャクヨは?」
「あれ、私嫌なのよね、ダラシなくて」
「そうなんだ」
「祐輔君、使ってるの?」
「うん、まあ」
「ふーん」
 彼女の表情に、侮蔑のようなものが一瞬混じったのは、たぶん気のせいじゃないだろう。
「便利だと思うけどな、現に今、理香子ちゃんはわざわざトイレ行かなくちゃならないじゃん。もしもチャクヨ付けてたら、別に行かなくても、ここでこのまま喋りながらトイレできるんだよ」
「だから、そういうのが嫌なの。そんな風に人と話しながらトイレなんてできないわよ?」
「できるさ、みんなそうしてるよ。別に恥ずかしいことじゃない。僕だってさっきしたところだし」
「さっきって、レストランでご飯食べてる最中に、テーブルで、しかも私と喋ってる最中に、したの?」
「そうさ、したよ」
「信じらんない」
「なんでさ」
「食べながら出してること自体信じらんないし、分解して空気中にまき散らしてるのよ、分かってるの? ていうか、こんな話ここでするのも恥ずかしい。トイレ行ってくるから」
 そう言って、理香子はトイレへ行き、その数分間を僕は手持ち無沙汰に待ちぼうけて、彼女が戻ってくると2人で店を出た。まだ早い夜の、明るい都市をはしゃいで歩く人々にまぎれ、僕達は話を続けた。
「空気中にまき散らしてると言っても、出してるのは酸素とか窒素とか普通の気体だし、それはもう大とか小とかとは何の関係もない、っていうか、自然の空気だって、そうやって循環してるやつなんだから、天然で時間かけて分解されるか、人工的に分解してるかの違いしかない」
「そんなのただの屁理屈。気持ち悪いの当然でしょ」
「当然じゃない、人間がトイレなんてものを使っていた歴史に縛られているだけだ。もともとトイレなんてものもなかったんだよ。トイレができた頃は、大勢が同じ場所で集中的に排泄するほうが嫌だって人だっていたかもしれない。だいたいがもう、ここを歩いている人達のどれだけが、気体をまき散らしてると思うんだよ」
「だから嫌なのよ。排泄物の気体だらけの街なんて歩きたくないから、だからチャクヨに反対してるの。そんなのなくして、きれいな空気の街に変えたいの」

 僕達はまだほとんど初対面で、それほど仲が進んでいるわけでもないし、それなりに丁寧な態度で口論のようなものをして、次の約束もしないまま別れた。僕としては、彼女が着用トイレ反対派だからといって、それで折角はじまりそうな関係を諦めてしまうようなこともしたくなかった。彼女がトイレへ行って排泄をしたいのであれば、そうすればいい。僕はそれに関して異存がないとは言えないものの、許容することはできる。デートはトイレがある場所へ行くことにする。でも、理香子の方では僕が着用トイレを使うことを許してくれないだろう。
「だって、こっちはなんにも排出してないのよ。どうして許すの許さないの言われるわけ。そっちは撒き散らしてるんだから許されなくて当然じゃないの」
 譲歩して、理香子の前では着用トイレを使わない、ということも考えてはみたが、そんなことは到底不可能だろう。僕は生まれたときからずっと着用トイレを付けていて、排泄を我慢したりコントロールする感覚を持ち合わせていない。着用トイレを使わない人達には「トイレを我慢する」という感覚が存在するらしいけれど、僕にはそれがどのようなものなのか見当も付かない。排泄は、したいという微かな感覚のあと、即座に自動で行われるもので、僕はただそれを感じるだけだ。制御はできない。
 だから、着用トイレを外したら大変なことになる。排泄気体が彼女に届かないよう、着用トイレの中に排泄するときは理香子から離れる、という約束もできない。そういえば、着用トイレをやめた人達が、排泄コントロールのトレーニング方法を発表しているけれど、感覚を掴んで、さらに括約筋という筋肉を発達させるのに2,3ヶ月は掛かるみたいだった。僕の方が、そんな訓練を3ヶ月もしなくてはならないのだろうか。しかも、数時間ごとにトイレへ行くという不便な生活を手に入れる為に。理香子の為にそこまでしなくてはならないのだろうか。やっぱり彼女が着用トイレを認めるべきだし、できれば認めて着用もしてもらいたい。そうすれば、デートだってトイレのない最新スポットへ行ける。2人で何かしているとき、彼女のトイレなんかでそれを遮られたくなかった。生活が、トイレというもので細切れにされるなんて。70年くらい昔、ウルトラマンという架空のヒーローが人気で、そのヒーローは3分間しか地球にいられなかったらしい。トイレへ行く生活なんて、それと似たり寄ったりだ。

 彼女が着用トイレを使ってくれれば、助かるのは僕ばかりでない。トイレの為に無駄な時間と労力を使うことがなくなるのは、理香子にとってもいい事のはずだし、それに何より、大気成分制御機構へも貢献することになる。
 大気成分制御機構は、5年前から大気成分制御の一部を着用トイレ行い始めている。ついに100億人を突破した人口と、それに伴う極限的な化石燃料の使用、都市の拡大と森林減少。大気の成分異常は徐々に顕著になりつつあり、大気成分制御機構では着用トイレから出される気体の成分割合を調節して、全体的にも、局所的にも大気の成分をコントロールしている。たとえば、人口過密地帯では酸素濃度が低下し、二酸化炭素濃度が増加する傾向があるので、着用トイレから出る酸素を増やし、二酸化炭素を減らしている。
 全ての着用トイレはネットワークに接続されているので、大気成分制御機構はネットワーク経由で着用オムツのコントロールをするだけではなく、それらから送られてくる大気成分のデータを分析することも行っている。僕達の排泄物は、今となっては貴重な大気成分の材料で、着用トイレの着用は、地球の大気環境問題に貢献することでもあるのだ。だから僕はチャクヨを使っていることを誇りにすら思う。便利なだけじゃない。
 次に理香子にあったら、こういう話をきちんとしてみよう。

「この間は、口論のようなことになって申し訳なかった」という謝罪メッセージを送り、僕は再び理香子と会うことにした。理香子には、僕がチャクヨ着用者であることは知られているので、お茶や食事をするよりも、一先ずどこか開放されたところへ出掛けるのがいい。物質は一般的に、固体や液体であるときよりも気体であるときの方が何千倍も体積が大きい。だから一回の排泄から生じる気体の体積もそれなりのものだ。部屋の中などの閉じたスペースでは空気に占める排泄気体の割合はずいぶん大きい。
 聞けば、行ったことがないというので、僕達は2時に京阪三条駅で待ち合わせ、伏見稲荷へ行くことにした。着用トイレの排気で充満した電車に乗ることを理香子は快く思わないだろうけれど、それに耐える程度には社会順応しているようだった。

 伏見稲荷駅で下車すると、駅のすぐ外はもう、こじんまりとした観光地の雰囲気を持っている。雨にはならないようだが、どんよりとした曇り空で、まだ紅葉にも早すぎる平日のせいか、観光客もあまりいないようだ。神社は駅の眼と鼻の先で、大きな門をくぐり、山へ向かって歩みを進めれば、視線を上げた先に現れるのは、無数にびっしりと連なる鳥居の、朱色も深きトンネル。
「わー、すごい。実物はじめて見た!」
 理香子はそう言ってはしゃぎ、僕は彼女の美しさに見とれる。トイレのことは、今日2人で良く話し合おう。妥協できるポイントがどこかにあるはずだ。トイレのことなんかで、彼女とのことを駄目にしたくない。
「行きましょ、行きましょ、私がんばって鳥居の一番最後まで行きたい!」
 僕達は、薄暗い秋の昼下がり、飲み込まれそうな朱色のトンネルへ足を踏み入れた。

「あのね、やっぱりちゃんと話さなくちゃいけないと思うのだけど」
 三徳社、四ツ辻を越えてすぐ、理香子は切り出した。息が少し上がっている。
「祐輔君が、こうして誘ってくれるの、嬉しいんだけど、でも、やっぱり私、チャクヨ使ってる人とは、一定以上には親密になれないの、ごめんね」
 さっきまでの、観光地を訪れたカップルみたいな会話一転。そういえば、周囲も随分暗くなった気がする。曇り空が勢いを増したのだろうか、それとも太陽が傾いて行くせいだろうか。でも、どうせ僕だって今日はこの話をしようと思っていたのだ。僕達の間にトイレ問題が存在していることは事実であり、そこは避けては通れない。どうせ話し合いは必要だ。それが今になっただけのことで何も困る必要はない。ただ、理香子の口調には、話し合おうという姿勢があまり感じ取れなかった。彼女の口調は、どちらかというと断言に近く、きっぱりとした拒否の態度が表れていた。
「うん、僕もチャクヨのことは、今日話し合おうと思ってた」
「そう」
「きっと、どこかに2人が納得できる解決法があるよ」
「そうなんだけど、そうじゃないの。なんというか2人で納得しようと私思ってないの、ごめん」
「どういうこと?」
「祐輔君がチャクヨを使うなら、別にそれで構わない、でも私はこれ以上は祐輔君とは親密になれない」
「ちょ、ちょっと待って、それは僕がこれまで通りチャクヨを使っていればという話だよね。仮にだけど、僕がチャクヨやめたら、そしたら可能性あるってことに」
「そうじゃないの、そのチャクヨを使ってるメンタリティが、私には既に受け入れられないの、ただの友達としてならともかく、期待してくれてるみたいな仲にはなれない」
 メンタリティが嫌だというのは、つまり彼女は僕の人格を否定しているということだ。
「いや、それについても、説明できるし、説明するつもりで今日会ってって言ったんだよ。あのさ、チャクヨって便利なだけじゃないんだよ、地球環境にも貢献してるし」
「そんな説明は関係ないの。それくらい私だって知ってるわよ。理屈はどうであれ、そんな昔の赤ん坊が使ってたオムツみたいなのをつけて、その中に垂れ流してるという事実に、私どうしても100%の理解ってできないの、地球環境なんてどうでもいいのよ」
「チャクヨ使ってる人とは、友達にはなれても恋人にはなれない、ってこと?」
「うん、なれない。祐輔君はいい人だし、話も面白いし、でもなれない」
「ちょっと、えっと、じゃ、やめるよ、チャクヨ。はっきり言って理香子ちゃんと付き合いたい。ちゃんと。だから、それだったらチャクヨやめる。今日帰ったら、トイレトレーニングはじめる。ほら、2ヶ月でちゃんとトイレできるようになるって訓練法、有名だし知ってるよね。たった2ヶ月」
「ないしは3ヶ月だったかしら。でも、もうそういう問題じゃないの。もしも完全に恋に落ちたあとだったら違ったのかもしれないけれど、この間レストランでチャクヨ使ってるって言われて、なんか一気に冷めちゃって、悪いけれど、もう冷めた気持ちは元に戻せないの」
 ただでさえ鳥居の中は暗かったが、目の前がより真っ暗になった。幽玄の薄闇、申し訳なさそうにこちらを向いた理香子の表情は圧倒的な美しさだ。絶対的に永遠に美しい。どんな過剰な形容も過剰に成り得ない美しさ。今、その絶対性は僕を拒絶する絶対性だった。
「ちょっと待って、えっと、頑張るから、とりあえずトイレトレーニングする。2ヶ月待ってて」
「待つって何を待つの? 私はそういう気持ちはないの。それにトイレトレーニングって、スポーツとかのトレーニングじゃないのよ。あまり好きな女の子の前で、やるやるって何度も力強く口にするもんじゃないと思うけれど。たぶんその辺りの感覚のズレみたいなのも、ちょっと私はごめん」
 さっきまで幻想的だと思っていた、鳥居の薄暗い朱色トンネルが、幻想的どころか絶望的に見える。希望を吸い込む闇の無限空間。あの曲がり角を曲がると、僕は消えてなくなってしまうかもしれない。

「イッッ!」という極短い叫び声が聞こえたのはそのときだ。短いものの、大きく確かな叫びだった。喜んで上げた叫びでも、楽しくて上げた叫びでもない。わずか0.1秒にも満たない短い叫びには、苦痛が満ちていた。あれは人間の声だ。誰かが恐怖と苦痛のあまりに上げた悲鳴だ。同じ生物として、聞き違え様なくそれは確かで、その誰かが感じた恐怖は一瞬にして僕達にも伝染した。
「何今の?誰かの声よね?」
 理香子が怯えた表情で周囲を見渡す。周囲と言っても、左右は鳥居の柱と、その向こうに生えている樹々で視界がない。見えるのは朱色の、グネグネと続く暗いトンネル前後方向だけだ。後方を振り返るも、後ろは闇が続いている。僕達はどちらともなく歩く速度を上げていた。少し歩くと、前方にカップルらしき後ろ姿が見えて、少しホッとする。彼らもさっきの叫び声を聞いたのか、歩くのが結構速くてなかなか追い付かない。鳥居のトンネルの闇の中へ、彼らの背中をすぐに見失いそうになる。心細いので追い付いて合流したいという思いもあったが、あからさまに走って追うのも、彼らを驚かせてしまいそうで気が引けた。トンネルの曲がり具合が大きな所では見失いそうになり、まっすぐになるとまた彼らの背中が見えて、その距離は少しづつ近づいている。薄暗い中にも、段々その姿がはっきりとしてきたようだ。
 ん?
 今のは?
 背中の消え方が、それまでとはちょっと違って唐突だった。さっきまでは、闇に段々と溶けるように背中が見えなくなっていたが、今のは唐突で、まるで闇が大きな口を開けて噛み付いたみたいだ。あるいは落とし穴にでも落ちたみたいだった。

 ビビッ、ビービビッ、ビビッ、ビービビッ!
 ビビッ、ビービビッ、ビビッ、ビービビッ!
 ビビッ、ビービビッ、ビビッ、ビービビッ!
 ビビッ、ビービビッ、ビビッ、ビービビッ!

 僕と理香子の携帯電話が、今まで聞いたことのないアラーム音を立てた。しかもこんな音量に設定できたのかという大ボリュームで。
 かと思うと、何も操作をしないのに大音量でアナウンスが流れ始める。
『政府より最重要緊急警報、政府より最重要緊急警報です。
 先程、大気成分制御機構のコンピュータがウィルスに感染しました。ウィルスは着用トイレ制御プログラムのパラメータを書き換え、分解対象を"排泄物及びオナラ"から、"人体"に書き換えました。危険ですので、直ちに全員着用トイレを脱いでください。繰り返します。政府より緊急警報。直ちに着用トイレを脱いでください。大気成分制御機構の着用トイレ制御プログラムがウィルスによって書き換えられました。人体が超高速AMT分解されます。直ちに着用トイレを脱いでください。…』
 警報は大音量で鳴り止まない。なんだって、チャクヨを脱げだって? こんな外で? 理香子の前で? そんなことできるわけないじゃないか。でも政府からの最重要緊急警報だという。
「理香子ちゃん、今の聞いた? どうしよう? っていうか」
 僕は股間に強烈な痛みを感じて叫び声を上げた、超高速AMTで0.1秒も掛からずに分解されていくはずの体が、どうしてか途中までスローモーションで見えて、そして僕はなくなった。

「あらなんだか、すっきりした!」




横岩良太 短編集
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