高校生のとき、どこから手に入れてきたのか友達がスケートボードのビデオを見せてくれた。まだ1990年代の半ばでインターネットはほとんど普及していなかったから、youtubeもAmazonもなかった。求める情報があれば本屋に行くか、それを知っていそうな人に聞くしかなかった時代の話だ。物心ついたらインターネットがあった世代には想像もできない不便な時代。IT革命は今日まだ途上だが、本当に革命的に世界を変えつつある。IoTとデジタルファブリケーションが普及して「モノ」の自由度が高まり、さらにビットコインのような暗号通貨で中央政府や国家と関係なく個人間で価値のやりとりが行われ、エセリウムで契約が交わされるようになると世界は完全に変わるだろう。そのとき本当に「ネットワーク」の世界がやってくる。
とにかく1990年代半ばの話だ。今から見れば哀れとしかいいようのない情報弱者だった僕達の下にやってきた一本のVHSテープ。誰を映したものなのかは覚えていない。教則ビデオではなくて、複数のスケーター達がそこらを滑って遊んでいる様子を映したものだったと思う。そこで僕は衝撃的なシーンを目にする。
オーリーだ。
オーリーはスケートボードに乗ってそのままスケートボードと一緒にジャンプするテクニックのことだが、ジャンプ台を使うわけではない。平らな地面でできる。平らな地面で板の上に乗ってジャンプして、どうして板まで一緒に飛び上がってくるのだろうか。原理を説明されれば納得するかもしれないが、自分でそういうことができるかもしれないと思い立って実行するにはかなりの障壁がある。思いついたとしてもそんないかにも不可能なことをしようとするだけ時間の無駄だという風に思える。
ところがテレビ画面の中では、その誰だか分からないスケーターがオーリーで華麗に跳んでいた。パイロンを飛び越え、柵に飛び乗っていた。そういうことが可能なのだと彼は示していた。ならば僕達はそれに着いて行くだけでいい。追従者は楽だ。
ビデオをコマ送りにして、一時停止して僕達は彼の動作を分析し、真似をした。そのやり方が正しいのかどうかも良く分からないまま練習を重ねて、なんとか板が浮き上がるようになってきた。全然「上手い!」には程遠かったかれど、「全くもって不可能」に見えたことが「それなりにできる」という状態にはなった。
このときの不思議な気分を僕は一生忘れないと思う。「難しそうだからできなさそう」なことができるようになったのではなく、「そんなことしようとも思わなかったくらい想像の外にあったこと」を実際にやっている人がいて、その情報に基づいて練習すると自分もできるようになった。
無知は窮屈だし怖い。そしてやはりパイオニアは偉く、情報はとてつもなく重要だ。個人の思考は限定されている。
あのとき画面の中で飛び上がっていた名前を知らないスケーターと、ビデオを見せてくれた友達にはとても感謝している。
臆病でケチな僕達は、「できるかどうか分からないこと」をするのを嫌う。大抵の人は「努力すればできるようになる」と約束されていることに対してだけ、好んで時間なりコストなりを割く。そうでなければ安心して「努力」ができない。英会話スクールに通えば1年後にはいくらか英語が話せるようになっているだろうし、毎日触っていれば3ヶ月後には大抵の曲がギターで弾けるようになっているだろう。そういう前例はいくらでもあるし、ノウハウもいくらでもある。そういう情報の蓄積はとても有り難い。当時僕がびっくりしたオーリーも、今では「オーリー 練習方法」と検索するといくらでも丁寧な解説が見つかる。スケートボードを買うと誰もが最初に練習するポピュラーで当たり前のテクニックになっている。
オーリーと同じように、僕が思っても見なかった世界の存在は「武術」からも示された。
小学生の頃、僕は父親の本棚を漁るのが好きだったのだけど、その中に少林寺拳法の本が一冊あって、その本について父親に尋ねると「昔習っていた」と小手返しを教えてくれた。小手返しというのは相手の手首を外側に捻って体全体を崩す、大抵の武術にある技のことだ。手首を強く捻られたら体勢を崩さざるを得ないのは、言われてみれば当たり前のことだが、それまでの僕の中にはない考え方だった。人を崩すとなれば、足を払ったり、一本背負いみたいにしてぶん投げたりするしかないと思っていた。こんな風に手首をちょこっと弄ってなんて思いもしなかった。
「そうか」と僕は納得した。
僕達は、自由に自然に、あるいは最適に体を動かしていると思っているけれど、実はそうではない。日常生活では体の使い方なんて意識しない。意識しないから「自然」な動きをしているのだと思い込んでいる。でも意識しないことと「自然」「自由」「最適」という概念は常に一緒であるとは限らない。僕達の動きは環境に影響されて作られたものでしかない。普段は意識せずに日本語で話しているけれどそれは日本という環境で育ったからだ、というのと同じことだ。別に日本語で話すことが人間にとって自然で自由で最適なわけじゃない。たまたま日本で育ってそうなっただけだ。
同様に、僕達の動き方、歩き方、座り方、走り方、物の持ち方などの全ては、育った環境からの影響で体にインストールされたものにすぎない。そして普段は意識しないが故に、インストールされていない動きの存在にはなかなか気が付かない。手首を捻れば人は倒れるのに、テレビで柔道やプロレスばかり見ているとそういうことにはなかなか気が付かない。現代を生きていると、過去の人類がどのように体を使っていたのか全然想像できない。どうせ今と同じだったのだろうと思ってしまう。けれど、かつての人類は、今の僕達とは全然違う動きをしていたはずだ。たとえば裸足で山の中を歩いてみるとどうだろうか、ゴツゴツした石の上、登山靴を履いているときと同じように踵でしっかり着地できるだろうか。足先で地面を探るようにふわっと着地するつま先中心の歩き方にならないだろうか。裸足で歩いていたなんてのは大昔のことに聞こえるかもしれない。例が極端だと。でも、明治時代には裸足禁止令が出るくらいにまだ裸足で歩く人はいたのだ。
ネットでなんでも検索できると僕達は思っているけれど、そのほとんどは「現代」に関する情報だ。
特に写真や動画はそうだ。youtubeのどこを探したって平安時代の貴族を映した動画はない。いくらググっても聖徳太子の写真は出てこない。そしてイメージでの記録が残っていないと僕達は圧倒的な早さでそれらの存在を忘れてしまう。ちょっと想像してみて欲しい。もしも自分の写真もビデオも何も残っていなかったら、幼稚園や小学校時代の自分をどれくらい思い出せるだろうか。
世界は時代と共に圧倒的に移り変わり、僕達はその変化のほとんどを多分認識していない。
とにかく1990年代半ばの話だ。今から見れば哀れとしかいいようのない情報弱者だった僕達の下にやってきた一本のVHSテープ。誰を映したものなのかは覚えていない。教則ビデオではなくて、複数のスケーター達がそこらを滑って遊んでいる様子を映したものだったと思う。そこで僕は衝撃的なシーンを目にする。
オーリーだ。
オーリーはスケートボードに乗ってそのままスケートボードと一緒にジャンプするテクニックのことだが、ジャンプ台を使うわけではない。平らな地面でできる。平らな地面で板の上に乗ってジャンプして、どうして板まで一緒に飛び上がってくるのだろうか。原理を説明されれば納得するかもしれないが、自分でそういうことができるかもしれないと思い立って実行するにはかなりの障壁がある。思いついたとしてもそんないかにも不可能なことをしようとするだけ時間の無駄だという風に思える。
ところがテレビ画面の中では、その誰だか分からないスケーターがオーリーで華麗に跳んでいた。パイロンを飛び越え、柵に飛び乗っていた。そういうことが可能なのだと彼は示していた。ならば僕達はそれに着いて行くだけでいい。追従者は楽だ。
ビデオをコマ送りにして、一時停止して僕達は彼の動作を分析し、真似をした。そのやり方が正しいのかどうかも良く分からないまま練習を重ねて、なんとか板が浮き上がるようになってきた。全然「上手い!」には程遠かったかれど、「全くもって不可能」に見えたことが「それなりにできる」という状態にはなった。
このときの不思議な気分を僕は一生忘れないと思う。「難しそうだからできなさそう」なことができるようになったのではなく、「そんなことしようとも思わなかったくらい想像の外にあったこと」を実際にやっている人がいて、その情報に基づいて練習すると自分もできるようになった。
無知は窮屈だし怖い。そしてやはりパイオニアは偉く、情報はとてつもなく重要だ。個人の思考は限定されている。
あのとき画面の中で飛び上がっていた名前を知らないスケーターと、ビデオを見せてくれた友達にはとても感謝している。
臆病でケチな僕達は、「できるかどうか分からないこと」をするのを嫌う。大抵の人は「努力すればできるようになる」と約束されていることに対してだけ、好んで時間なりコストなりを割く。そうでなければ安心して「努力」ができない。英会話スクールに通えば1年後にはいくらか英語が話せるようになっているだろうし、毎日触っていれば3ヶ月後には大抵の曲がギターで弾けるようになっているだろう。そういう前例はいくらでもあるし、ノウハウもいくらでもある。そういう情報の蓄積はとても有り難い。当時僕がびっくりしたオーリーも、今では「オーリー 練習方法」と検索するといくらでも丁寧な解説が見つかる。スケートボードを買うと誰もが最初に練習するポピュラーで当たり前のテクニックになっている。
オーリーと同じように、僕が思っても見なかった世界の存在は「武術」からも示された。
小学生の頃、僕は父親の本棚を漁るのが好きだったのだけど、その中に少林寺拳法の本が一冊あって、その本について父親に尋ねると「昔習っていた」と小手返しを教えてくれた。小手返しというのは相手の手首を外側に捻って体全体を崩す、大抵の武術にある技のことだ。手首を強く捻られたら体勢を崩さざるを得ないのは、言われてみれば当たり前のことだが、それまでの僕の中にはない考え方だった。人を崩すとなれば、足を払ったり、一本背負いみたいにしてぶん投げたりするしかないと思っていた。こんな風に手首をちょこっと弄ってなんて思いもしなかった。
「そうか」と僕は納得した。
僕達は、自由に自然に、あるいは最適に体を動かしていると思っているけれど、実はそうではない。日常生活では体の使い方なんて意識しない。意識しないから「自然」な動きをしているのだと思い込んでいる。でも意識しないことと「自然」「自由」「最適」という概念は常に一緒であるとは限らない。僕達の動きは環境に影響されて作られたものでしかない。普段は意識せずに日本語で話しているけれどそれは日本という環境で育ったからだ、というのと同じことだ。別に日本語で話すことが人間にとって自然で自由で最適なわけじゃない。たまたま日本で育ってそうなっただけだ。
同様に、僕達の動き方、歩き方、座り方、走り方、物の持ち方などの全ては、育った環境からの影響で体にインストールされたものにすぎない。そして普段は意識しないが故に、インストールされていない動きの存在にはなかなか気が付かない。手首を捻れば人は倒れるのに、テレビで柔道やプロレスばかり見ているとそういうことにはなかなか気が付かない。現代を生きていると、過去の人類がどのように体を使っていたのか全然想像できない。どうせ今と同じだったのだろうと思ってしまう。けれど、かつての人類は、今の僕達とは全然違う動きをしていたはずだ。たとえば裸足で山の中を歩いてみるとどうだろうか、ゴツゴツした石の上、登山靴を履いているときと同じように踵でしっかり着地できるだろうか。足先で地面を探るようにふわっと着地するつま先中心の歩き方にならないだろうか。裸足で歩いていたなんてのは大昔のことに聞こえるかもしれない。例が極端だと。でも、明治時代には裸足禁止令が出るくらいにまだ裸足で歩く人はいたのだ。
ネットでなんでも検索できると僕達は思っているけれど、そのほとんどは「現代」に関する情報だ。
特に写真や動画はそうだ。youtubeのどこを探したって平安時代の貴族を映した動画はない。いくらググっても聖徳太子の写真は出てこない。そしてイメージでの記録が残っていないと僕達は圧倒的な早さでそれらの存在を忘れてしまう。ちょっと想像してみて欲しい。もしも自分の写真もビデオも何も残っていなかったら、幼稚園や小学校時代の自分をどれくらい思い出せるだろうか。
世界は時代と共に圧倒的に移り変わり、僕達はその変化のほとんどを多分認識していない。