思惟石

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『イリノイ遠景近景』 「住処」をめぐるエッセイ。

2023-11-07 17:26:16 | 日記
『イリノイ遠景近景』
藤本和子

塩を食う女たち』の作者でもある藤本さんの
エッセイ。
様々な人や立場での「住処」という概念を
味わうことができる素晴らしい一冊。

ちなみに初出のタイトルは、「三界に住処あり」。
1992年から93年にかけて『小説新潮』連載。

アメリカで長く暮らす作者が、あとがきで
「私が、動きと時間とを住処にしているようる、
人々との出会いを住処にしているようす」
を書いたと述べている通りの内容です。

それにしても、
藤本さんは本当に人間が好きで、
一人ひとりの人生が好きで、
その話しを聞くのが好きなのだろうなと思う。

藤本節で、出会った人々のファクトを描いているのだけど。
そこには何らかの思想や事情や主張が垣間見える。
でも藤本さんは何も主張しないし、否定もしない。
人種問題や貧困問題に近接する話題も多いし
考えさせられるのだけれど、
とにかくカラッとしているのである。
かっこいいのである。

前半は藤本さんの生活周辺や友人が出てくる素描的エッセイ。
ドーナツ屋でおじさんたちの会話を盗み聞きしたり、
スポーツセンターのジャグジーでおばあちゃんたちの
会話の隅っこに参加したり。

「十月のトニ」で描かれるトニや葬儀屋のマダムは
『塩を食う女たち』にも登場していますね。
トニや義母のレベッカ、シェルターで出会った女性たちの
描写が愛らしくて、公平で、凄い筆の人だなあと思います。

後半は、自分の「住処」とは何かを示唆するような人への
インタビュー。

少数派民族のアーティスト
(ひとりはナヴァホ・インディアン居留地シップロック
の彫刻家、ナヴァホコードで有名な部族ですね。
もうひとりはサン・イルデフォンゾ・プエブロに住む
女性陶芸家。プエブロは「村」とか「集落」の意味)
だったり、
自分のルーツとは全く異なる地に住み続けている女性だったり。

とにかく、その人の人生をインタビューするのがうまい。
その描写もうまい。
あまり著名ではない「誰か」の人生に、
読んでいるこちらも惹きつけられる。
あとがきで岸本佐知子さんも書いていたけれど、
唯一の著名人登場人物であるマリオ・ヴァルガス・リョサは、
「夜中にごみ出しをするただのおっさん」だった。
いい塩梅。

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