Sightsong

自縄自縛日記

タナハシ・コーツ『美しき闘争』

2017-09-04 23:59:40 | 北米

タナハシ・コーツ『美しき闘争』(慶應義塾大学出版会、原著2008年)を読む。

これは、黒人文化の中で生まれ育ち、アイデンティティを確立してゆく自伝である。

『世界と僕のあいだに』(2015年)よりも7年も前だが、タナハシ・コーツは、既に、饒舌にあちこちに話を飛ばしつつ、自分をさらけ出す文体を確立しているように見える。父親は独自の倫理感覚を持ち、パートナーを何度も替えながらたくさんの子をもうけ、埋もれた黒人文化の書籍を発刊している。つまり儲かるわけはないのだが、それが明らかに著者の精神形成に貢献しているように読める。

特に面白いのは、ラップが父親と同じように著者に影響を与えてゆくくだりである。まさにチャックDが教師だったわけであり、これは著者に限らないことだったに違いない。

「ここボルティモアでは、黒人たちはパブリック・エネミーがかかると尻込みした。僕たちはこれほど耳ざわりな音を発する音楽を聴いたことがなかった―――ドラムの音が警察官の呼子と衝突し、サイレンがリズムに関係なく鳴り響く。でも、耳ざわりな音はくせになり、いたるところで聞くようになった。」

●参照
タナハシ・コーツ『世界と僕のあいだに』
タナハシ・コーツ『Between The World And Me』
リロイ・ジョーンズ(アミリ・バラカ)『ブルース・ピープル』
リロイ・ジョーンズ(アミリ・バラカ)『根拠地』 その現代性
マニー・ピットソン『ミニー・ザ・ムーチャー』、ウィリアム・マイルズ『I Remember Harlem』ジーン・バック『A Great Day in Harlem』
2015年9月、ニューヨーク(2) ハーレム
2014年6月、ニューヨーク(4) ハーレム
ハーレム・スタジオ美術館再訪(2015年9月)
ハーレム・スタジオ美術館(2014年6月)
MOMA PS1の「ゼロ・トレランス」、ワエル・シャウキー、またしてもビョーク(ロレイン・オグラディ)
ナショナル・アカデミー美術館の「\'self\」展(ハーレムで活動するトイン・オドゥトラ)
チコ・フリーマン『Kings of Mali』


デイヴィッド・マレイ『Live at the Lower Manhattan Ocean Club』

2017-09-04 22:53:05 | アヴァンギャルド・ジャズ

デイヴィッド・マレイ『Live at the Lower Manhattan Ocean Club』(India Navigation、1977年)を聴く。

David Murray (ts, ss)
Lester Bowie (tp)
Fred Hopkins (b)
Phillip Wilson (ds)

『Flowers for Albert』の翌年の録音であり、トランペットがオル・ダラからレスター・ボウイに代わっている。オル・ダラも渋くていいのだが、ボウイの賑々しく悦楽的なトランペットもいい。フレッド・ホプキンスは中音域でベースをブインブイン鳴らしている。

このあと80年代、90年代とDIWなどから信じられないほどのレコードを量産し、そしてその後のJustin Time時代には既に凶暴さはときどき姿を見せるくらいになっていた。現在ではクリシェと味のおじさんである。いや、好きなのだが。

それに比べるとこの獰猛さとオリジナリティある音色、まだ22歳。明らかに天才である。いや、いまのマレイも好きなのだが。

●参照
デイヴィッド・マレイ+ジェリ・アレン+テリ・リン・キャリントン『Perfection』(2015年)
デイヴィッド・マレイ・ビッグ・バンド featuring メイシー・グレイ@ブルーノート東京(2013年)
デイヴィッド・マレイ『Be My Monster Love』、『Rendezvous Suite』(2012、2009年)
ブッチ・モリス『Possible Universe / Conduction 192』(2010年)
ワールド・サキソフォン・カルテット『Yes We Can』(2009年)
デイヴィッド・マレイの映像『Saxophone Man』(2008、2010年)
デイヴィッド・マレイ『Live at the Edinburgh Jazz Festival』(2008年) 
デイヴィッド・マレイの映像『Live in Berlin』(2007年)
マル・ウォルドロン最後の録音 デイヴィッド・マレイとのデュオ『Silence』(2001年)
デイヴィッド・マレイのグレイトフル・デッド集(1996年)
デイヴィッド・マレイの映像『Live at the Village Vanguard』(1996年)
ジョルジュ・アルヴァニタス+デイヴィッド・マレイ『Tea for Two』(1990年)
デイヴィッド・マレイ『Special Quartet』(1990年)


梅沢英樹+上村洋一、大和田俊、原口麻奈+山角洋平+池田拓馬@Ftarri

2017-09-04 07:55:12 | アヴァンギャルド・ジャズ

水道橋のFtarriにて、サウンドアート3組(2017/9/3)。

■ 梅沢英樹+上村洋一

多くのドライアイス塊。机上に盛られた土と混ぜ、水を注ぐ。水が張られたガラス瓶に入れる。大きな鉄鍋に入れ、水を注ぐ。土も鉄も水もドライアイスが気化する温度より高いため、相転移が起きる。このサウンドアートは、プロセスをコミカルに見せるとともに、相転移時の音を拾い増幅するもののようだった。液体から気体への相転移による沸騰音は聴くことがあるが、固体から気体への相転移を使うことは初体験である。床に置かれたふたつの小さな装置(発信装置か、受信装置か)の上にはガラスコップがかぶせられ、共鳴を起こしていた。

■ 大和田俊

ラップトップを用いたノイズのミックス。凪のような音も、波濤のような音も、地鳴りのような音も、叩きつけるような音もあった。要素の数は多いのだが、逆にシンプルに絞ったサウンドに聴こえた。

■ 原口麻奈+山角洋平+池田拓馬

池田さんは八甲田山などで拾ってきた映像をガラス板に投影し、それが反射して壁に映し出される。原口、山角両氏の演奏の途中に、ガラス切りでキイイという音を立ててはパキリと折り、また戻す。やがてそれは奇妙な構造に組み上げられ、流水や炎のフラグメンツが天井や壁のそこかしこで脈動することとなった。

原口さんは英語でさまざまに呟く。「Music is a meeting of...」、その先は言わず宙ぶらりんにする。その保留がサウンドや映像の脈動とシンクロする。ガラス切りでマテリアルに傷をつける音、原口さんの親指ピアノによる不協和音が、奇妙な音の平衡状態にヒビを入れるように思えた。その結論として「Nothing in the room」とは、われわれも果実を与えられず保留状態に置かれたわけである。