ワールド・サキソフォン・カルテット(WSQ)の新作、『Yes We Can』(jazzwerkstatt、2009年録音)を聴く。2009年3月のライヴ録音であるから、1月のオバマ政権誕生直後のうねりの中で演奏されたものだ。議会に押され、勢いが削がれ続けているが、「Yes we can」は歴史的な名言だった。ここでも、表題作の他、「ニジェール川」、「自由への長い道」など黒人の歴史を多くテーマにしており、WSQの心意気を感じることができる。
実はWSQの新譜を買うのは10年ぶりくらいで、いつの間にか、悪童ジェームス・カーターがメンバーに加わっていた。従って、グループ結成時からのオリジナル・メンバーは、ハミエット・ブリューイットとデイヴィッド・マレイのみということになる。この盤では、他にアルトサックスのキッド・ジョーダンが参加している。
1曲目「Hattie Wall」では、ブリューイットのバリトンに続き、マレイの癖だらけのテナーが入ってくる。全員でのフラジオという血管が切れそうな瞬間が良い。2曲目「The River Niger」はジョーダンの曲であり、彼の無伴奏アルトソロが聴きどころなのだが、どうしてもマレイが美味しいところを取っていってしまっている。3曲目「Yes We Can」は哀しくアイロニカルな曲想であり、全員がブリューイットに寄り添っていく。そんな中でカーターのソプラノソロ、循環呼吸もあり見せ場が多い。しかし、(他の曲でもそうなのだが、)このメンバーの中でカーターがまったく浮上してこないのが驚きなのだ。恐らくカーターのリーダー作であったなら、このソロでも最高だなと感じたかもしれない。
何年だったか、故ジョン・ヒックスがカーターを引き連れて来日したことがあった。カーターは得意の派手なスーツを着こなし、悪乗りして自分だけが目立ちまくり、ヒックスにステージ上で諌められていた。それは観客にとっては、演奏に勢いが出るものであれば、面白いサプライズに過ぎない。それでも、引き立て役がいなければカーターは存在できないのかなと思った。この盤を聴いての印象もそれだ。
4曲目「The God of Pain」ではマレイがテナーを泣くように朗々と吹き、時にエキセントリックでもある。このマレイのブルース解釈をライヴで体感したなら恐らく全員が雷に打たれたように熱狂する。次の「The Angel of Pain」では同時多発的なコール・アンド・レスポンス。そして6曲目「The Guessing Game」では、ブリューイットのクラリネットを聴くことができる。これにマレイがバスクラをあわせていき、滋味というのか、素晴らしい。7曲目「Long March to Freedom」では、不穏な雰囲気のアンサンブル、その中で交代しては高音を吹き続ける。それはアート・アンサンブル・オブ・シカゴ『苦悩の人々』のようだ。ライヴは再び「Hattie Wall」で高揚して終わる。
このように嬉しい瞬間は次々に訪れる。それでも、WSQの演奏としては突出していないに違いない。初期のBlacksaintやElektra/Nonesuchレーベルではゲストを迎えてもカルテット中心だった。1996年から最近までのJustin Timeレーベルでは、パーカッション軍団を加えたりして刺激剤が加わり、ひたすら愉しいものになった。特に、マイルス・デイヴィスに捧げられた異色作『Selim Sivad』(Justin Time、1998年)は衝撃的だった(冒頭の「Seven Steps to Heaven」には何度聴いても興奮させられる)。そこから新レーベルに移り、シンプル回帰しているという図式か。
しかし、例えば『Plays Duke Ellington』(Nonesuch、1986年)で聴けるような緊張感は、『Yes We Can』にはない。オリヴァー・レイク、ジュリアス・ヘンフィルという稀代のサックス奏者たちがいないから、だろうか。それとも経年疲労か。
『Selim Sivad』 マレイにサインを頂いた
『Plays Duke Ellington』
●参照
○デイヴィッド・マレイのグレイトフル・デッド集
○マル・ウォルドロン最後の録音 デイヴィッド・マレイとのデュオ『Silence』
○マッコイ・タイナーのサックス・カルテット
WSQのアルバムは数年前のジミヘン集くらいまではすべて聴いていたのですがその後も何作かリリースされているようですね。彼らのアルバムは1990年前後のものが一番好きです。「Rhythm & Blues」やエリントン集、初めてアフリカン・パーカッションを加えた「Metamorphosis」やフォンテラ・バスのヴォーカルがすばらしい「Breath of Life」などは今でも愛聴しています。「Breath of Life」をリリースした後の来日公演は今でも鮮烈に記憶に残っています。
一方、カーターは初めて聴いた二枚のDIW盤とフランク・ロウのSaxemble以外は常に期待はずれです。新作が出るたびにチェックするのですが・・・。
WSQの新作、聴いてみたい気持ちもありますがまた、期待をはずされそうです(と、思いながら結局は買うのですが・・・)。
メンバーが入れ替わっていくグループなので、中身の変遷も大きいですよね。ちなみに、1999年の『M'Bizo』も賑々しくて大好きな盤です。それにしても、WSQの生の演奏を聴いたことはないので羨ましい限りです。