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朝昼晩、時間を問わず飲んで喰って面白おかしく過ごす人生を歩みたいです。※旧名「日が沈む前に飲む酒はウマい」

さようなら金田正一さん

2020年01月21日 | プロ野球
昨年10月、日本プロ野球界屈指の大投手・金田正一さんがお亡くなりになった。
葬儀は身内や関係者だけで営まれ、後日、一般人も参加できる「お別れの会」を改めて開催…と聞いていたのだが、
その会が行われるのが今日1月21日で、一般献花が午後14時から、と知ったのがついさきほど。
東京の西側にある私の自宅からは、会場の帝国ホテルがある日比谷にはもう間に合わない。残念!

※下野新聞のサイトより拝借

金田さんが現役を引退したのは1969(昭和44)年。まだ36歳のときで、選手寿命が延びた現在では、やや早い印象。
プロ入りも早く、高校を中退して17歳で国鉄(現・東京ヤクルト)スワローズに入団すると、
8月デビューながら8勝し、翌年からはエース格に。
すると、弱小球団所属にもかかわらず、14年連続20勝
その後は読売ジャイアンツに移籍し、通算400勝を達成。勝ち星だけでなく、
298敗、365完投、通算5526イニング投球、対広島戦90勝(30敗。昔のカープ弱いね…)、
さらには投手なのに通算本塁打38本、そのうち2本は代打など、今の時代では異次元と思える数字を多く残している。

引退後はロッテオリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)の監督を務め、さらにOB団体「名球会」の代表となる。
当時の入会条件は「投手は通算200勝、打者は2000本安打」。投手の条件については金田さんが、
「ワシの400勝の半分、200勝もすればええやろ」という鶴のひと声で決まったとの説がある。
これ、事実だとしたらスゴイよ。「超一流選手=オレの半分」と断定したんだから。
しかも、もうひとつの条件として、ひそかに「昭和生まれ」(現在は昭和以降生まれ)を入れておき、
川上哲治さんや別所毅彦さんら、目の上のタンコブ的先輩たちを排除したのは、なかなか狡猾である(笑)。
現役時代の実績は確かに素晴らしいが、それを謙遜することなく、態度や言葉に出してしまうため、敵も多かったと聞く。
しかし、一般人の私にとって金田さんは「面白いおじさん」であり、魅力的な存在であった。

私が生まれたとき、すでに現役引退していた金田さんの肩書きは、タレント兼野球評論家。
巨人軍の主催試合は、必ず日本テレビ系で生中継されていた時代、金田さんは看板解説者であった。
「江川めナニやっとんだ」「定岡はなっちょらんね」「今の采配は話にならん!」などと、
巨人軍の主力選手やベンチの作戦に対し、遠慮することなく批判する姿勢は、読売グループはともかく、
東京育ちなのにアンチ巨人(現在も)だった、少年時代の私を大いに喜ばせた。
先述したように、タレントとしても多くの番組やCMに出演していた金田さんだが、
もっとも私の印象に残っているのは、少年向け野球マンガのキャラクターである。

「アストロ球団」「侍ジャイアンツ」、そして「巨人の星」など、多くの人気マンガで金田さんは、
主人公のアドバイザー、あるいは敵役として、重要な役割を果たしている。モデル代はもらっていたのかな?
たとえば、私が全巻保持している「巨人の星」第15巻では、


ストーリーに関係なく、当時引退した金田さんについて、わざわざ1話を割いた。
もの悲しそうな表情で、引退記者会見の準備をする星と伴のカットから始まり、


金田投手の経歴を、少年読者に向けて簡単に説明。


その後は、主人公・星との回想シーン。


続いて第二の人生について抱負を語るシーン。


上記の2コマで発した、「どあほっ」と「やったるでえ」は、金田さんの2大セリフ(?)であり、
報知新聞(現・スポーツ報知)でも「やったるで!」というタイトルのコラムがあった。


上記書籍は、引退直後に発行された「さよならギッチョ やったるで! 20年」
タイトルのギッチョの他にも、「コジキ」だの「めくら」だのと、現在では不適切とされる言葉が何度も出てくるが、
それ自体が、金田さんが執筆ないし口述した証明になっている(笑)。
当時のスポーツ選手の著書なんて、ゴーストライターが勝手に書いたものが大半だったはずだからね。
この著書については、また改めて拙ブログで取り上げてみたい。

プロ野球のユニフォームを脱いでからも、「やったるで!」精神で活躍を続けた金田さんと、
生涯で一度だけ、お会いする機会に恵まれたのが、今から約20年前。
当時の私は無職ではなく、都内に数店舗ある喫茶店チェーン『銀座ゴッホ』(仮名)で雇われ店長をしていた。
渋谷の桜丘町にあったその店舗に、ある日突然金田さんが、数名の知人とともにやってきたのだ。
ドアを開けて入店するなり、手をあげ「よおっ!」と大きな声で挨拶してくれた金田さん。
いかにも顔なじみの客っぽいふるまいだが、私も他の従業員も、全員が初対面である
喫茶ゴッホは、ちょいと値段が高いこともあり、著名人の来店にざわつくような、品のない客はいなかった。
むしろ、一番下品でざわついていたのが私で、「あっ、か、か、金田さんじゃないですか!」と大声を出してしまい、
バイトの女性従業員たちに「あれは金田さんだぞ! 失礼のないように!」と、己の立場を忘れ、興奮していたのであった。

昭和のアスリートにしては珍しく、嫌煙家だった金田さんは「禁煙席はないのか!」と怒鳴る。
一応、禁煙エリアはあったものの、喫煙席との仕切りはないため、ちょっと不満そうではあったが、
喫茶ゴッホ特有のゆったりとしたソファを、ふたつくっつけて、その間に着席。
当時の金田さんは還暦を超えていたはずだが、身体は縮んでおらず、ソファひとつでは足りなかったのだろう。
TVやマンガで見ていた通り、身体も声も、そして態度もデカい金田さんに、私はさらに感激していた。
同行者の注文は記憶にないが、金田さんが「アメリカン」を頼んだのは覚えている。
当時の喫茶ゴッホのアメリカンは、普通のコーヒーをお湯で薄めただけのものだが、
金田さんはさらに「オイ、お湯だけ入れたカップをもう1杯くれ」と要求し、アメリカンをさらに薄めて飲んでいた。
先述のようにタバコを吸わず、食事も重要視し、昭和20年代からミネラルウォーターを愛飲するなど、
人一倍健康に気を使っていた金田さんゆえ、この薄~いコーヒーにも、独自の信念があったのかもしれない。
同行者たちとは対等に会話しており、旧友のような関係だったと思われるが、金田さんだけだいぶ若く見えた。

落ち着いた頃、私は店をほっぽりだし、サイン用色紙を購入するため、近くの文房具店に走った。
店に戻ると、バイトの女の子が、サービスのお茶を金田さん一行に提供しており、なにやら会話をしている。
あとで聞いたら、以下のような会話があったようだ。
金田さんの知人「お姉さん、この人のこと知ってる?」
バイト「ええ、金田さんですよね。さっきから店長が喜んでおります」
金田さん「ナニ、店長の分際で喜んでるだと?」ここで金田さんは、わざわざ私の方へ視線を向けて、
「どあほ!」の決めセリフを放ってくれた。
あの星飛雄馬や番場蛮らマンガの主人公や、江川卓さんや江本孟紀さん(実際に言われていた)ら実在の選手、
さらには王貞治さんや長嶋茂雄さんら、国民栄誉賞級のスーパースターたちも受けたかもしれない、
金田さんの「どあほ!」をいただけるとは、大変光栄であった
貴重な体験に思わず、「あ、ど、どうもありがとうございます!」と珍妙な返答をしてしまった私に、
金田さんは首を傾げ、「あの若造、やっぱりアホやな…」と言いたげな表情で苦笑いしていた。

その後、お会計となり、レジでさきほど購入した色紙を取り出し、サインをお願いした。
断っておくが、私が勤務していた喫茶ゴッホ渋谷南口店には、多くの著名人が来店したが、
他のお客さんと変わらない接客を心がけていたし、従業員にもそうするよう指導していた。
そのルールを店長が自ら破り、サインをお願いしてしまった唯一の例外が、金田さんである。
「うむ、いいだろう」と金田さんらしい応対(今思うと、自身のキャラを演じていたのかも?)とともに、
私が用意したペンと色紙をひったくり、私の名前をたずね、慣れた手つきでサラサラっと書き終えた。
ここで私は、図々しいことに「何かひと言…“一球入魂”とか入れてください」と、さらなる要求。
金田さんは一瞬だけ考えると、すぐにペンを走らせた。以下がそのサイン色紙だ。


正田君へ 人生ガンバレよ 金田正一 34

失礼ながら、サインをもらった直後は「“人生ガンバレよ”って…なんじゃこりゃ?」と、失礼な感想を抱いていたのだが、
金田さんが歩んできた激動の人生を理解し、私自身も人生の厳しさをわかるようになった現在では、
すごく含蓄のある、ありがたいお言葉に感じられるようになってきた。

金田さん、あのときは本当にありがとうございました。
まだまだ未熟な私ですが、この言葉を改めて噛みしめ、
「どあほ!」と言われないよう、「やったるで!」精神を忘れず、
今後の人生ガンバリます!

※金田正一さんのご冥福を、心からお祈り申し上げます
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2 コメント

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Unknown (多摩)
2020-01-21 18:55:22
凄くいい話です。色紙は一生の宝物ですね。明るくて元気な人が亡くなると一層寂しいものです。
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Unknown (日が沈む~(略))
2020-01-22 10:55:40
多摩さん、
コメントありがとうございます。
あの色紙は一生大事にします。
金田さんが、昔のイメージを損ねることなく、
弱々しい姿を見せずに亡くなったのは、
本人の意思だったのかもしれませんね。
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