この本は昨年購入していたのですが、500ページ越えで上・下巻となかなかな分量と、ウィリスの作品を読んだことがないためなかなか手が伸びませんでした。
コニー・ウィリスの名前は昨年に海外SFの名作をいろいろ調べ始めるまではまったく聞いたことがありませんでしたが、ヒューゴー・ネピュラ・ローカス賞取まくりの「すごい」作家のようで現代の「SFの巨匠(女王)」ともいえる作家のようですね。
この作品も1992年の発刊で、最近読んだ中ではかなり新しめの作品で、読めば「まぁ間違いなくそこそこおもしろいんだろうなぁ」とも思ってもいたので思い切って手に取りました。
本書‘12年ローカス誌オールタイムベスト37位。
しかしこのハヤカワ文庫の表紙はどうにもいただけないですね。
40代男がカバーなしで人前で読んだら人格を疑われそうな気がする、ハヤカワさんもう少し考えていただければ…。
内容(裏表紙記載)
上巻
歴史研究者の長年の夢がついに実現した。過去への時間旅行が可能となり、研究者は専門とする時代を直接観察することができるようになったのだ。 オックスフォード大学史学部の女子学生キヴリンは実習の一環として前人未踏の14世紀に送られた。だが彼女は中世に到着すると同時に病に倒れてしまった・・・・・・はたして彼女は未来に無事に帰還できるのか?ヒューゴー賞・ネピュラ賞・ローカス賞を受賞した、タイムトラベルSF
下巻
21世紀のオックスフォードから14世紀へと時をさかのぼっていった女子学生キヴリン。だが、彼女が無事に目的地にたどりついたかどうかを確認する前に、時間遡行を担当した技術者が正体不明のウィルスに感染し人事不省の重体に陥ってしまった。彼女の非公式の指導教授ジェイムズ・ダンワージーは、キヴリンのために、新たな技術者を探そうと東奔西走するが!?英語圏SFの三大タイトルを独占したコニー・ウィルスの感動作。
とりあえずの感想「すごい作品」でした。
月並みな感想ですが、とにかく「すごかった...」読み終わった直後には眼からは涙が滲み、しばし呆然としていました。
「世の中にこんな作品があったんだ」と心から思えました。
読了後ネット(インターネットね)で本作の感想をいろいろ見ていましたが、あらすじを書いているのをちょっと読んだだけで胸がジーンとしてしまった...。
「感情」を湧き立てるためになんともうまく書かれている作品なんでしょうが…未読の方には是非一読を薦めたい本です。
物語の「うまさ」が目立つというのは欠点なのかもしれませんが、ここまでうまいと気になりません。
ただし...、前半部分(上巻)はストーリーがまったくといっていいくらい進まないのでかなりいらいらします。
(私も読み進めるのがつらくて途中中断して「悪の華」を読んだりしてしまった…。)
そこを我慢して読んでいくと終盤なんとも「すごい」という読書体験が味わえると思います。
なんでこんなにすごく感じたのか?
私なりに考えてみました。
以下かなりネタバレが入ります。
直接的には、中世でのクライマックスでバタバタみんな死んでいくところにぐっと来たんだとは思います。
とにかく容赦なく皆死んでしまった....。
その辺はホラー映画並みです、ここまで感情移入できるように書いたキャラを無機的に殺していく感覚はなんだか異質なものを感じました。
西洋人だからなのかウィリスが異質な作家なのか...。
ただまぁ当たり前ですがただぶっ殺すだけで「ぐっと」来るものではありません。
ということで考えたのが。
1.ストーリーづくりの巧みさと丁寧さ
じれったくなるほど「これでもか」と伏線を張って、それをすべて回収しながらクライマックスに持っていきます。
とてもよく考えて物語を作っているんだろうなぁと感じますし、とてもうまい。
「巧みさ」という点ではウィリスがメジャーリーガーだとすると、アシモフなど高校生くらいのレベルなんじゃないかという感じ。
(高校生でもアシモフくらいの天才だとメジャーリーグ顔負けの投球をすることもあるわけですが)
「インフルエンザウィルスの出所」やギブリンの飛ばされた時代などのメイントリック的なところは読んでいてうっすら想像はつくのですが、丁寧に書かれているので読んでいて安直感がありません。
随所に小ネタで「なるほどね」という点も出てきて思わず「ニヤリ」とさせられるのも憎い(ラストの鐘の音など)
ストーリー的には1点、ローシュ神父を「どうするか」というのは「作者も最後まで迷ったのかもなぁ」ということを感じました。
ローシュ神父=コリンにしてもいけたんじゃないかと思いましたが...結局そうしないで「バサッと」切り捨てていて、作品的にはこれでよかったんでしょうね。
2.キャラクターの立たせ方のうまさ。
「ストーリー」もうまいのですが、登場人物のキャラクターがとても立っています。
特に脇役のキャラの立たせ方がとてもうまい。
ある意味主人公格のギブリン、ダンワージーの2人が一番「まとも」でキャラ立ちしていない。
21世紀の登場人物はかなり誇張した人格になってますが、これはこれで類型としていがちなキャラを描いていてとてもおもしろい。
思いっきり自己保身キャラのギルクリストやどうにも迷惑なおばちゃんキャラのミセス.ギャドソンなど「自分では気づいていなくてもこういう行動取る人世の中にいそう」というある意味リアリティがある人物群です。
「惡の華」でいえば「クソムシ」キャラなんでししょうが何とも生き生き書かれています。
一方中世の方の登場人物はそれほどとがってはおらず、いかにも「物語的」な感じの人物群です。
特に5歳の少女アグネスは私的にも5歳の娘があるだけにとても感情移入してしまったのですが….。
アグネス含め見事に全滅させられてしまった。
(アグネスが死んだ場面では泣きました…)
この2つの時代を対比させることで、作中の21世紀の「クソムシ」な登場人物もなんだか許せるようになってしまう。
普通に生きて明日を迎えられること、多少でも知った人が生きていることということがどんなにすばらしいことか...。
やっぱりうまいなー。
3.人間に対するスタンス、「やさしさ」と「冷たさ」。
解説では独自の「モラリスティツク」と書いていますが、この作者、人間に対する「こんなものだ」という諦めと、「こんなものだけどとにかく前向きに」という「許し」が交差しながら頭に渦巻いているのではないかなぁなどと感じました。
明らかに何かしら独自のモラルを持っていそうなのですがものすごくドライに書いている。
ウィリスに比べればル.グィンなどかなりウェットに感じます。
(いい悪いは別ですが)
自分の身におこる(追剥、強姦、殺人など)かもしれないろいろなことは想定して中世に赴いたギブリンですが、自分ではなく自分を助けてくれた人々、自分を慕ってくれる愛らしい少女などなど全ての人間が苦しみながら死んでいき、自分は何もできないという状況は想定していなかったわけです。
(タイムパラドックスは起こらないという前提も無力感を増幅する...。)
ギブリンは「自分だけ苦しめばいいんだろ」という若者特有の認識の甘さと傲慢さ徹底的に思い知らされるわけですが...ラストは暗さだけでなく希望と救いがある形になっている。
抽象的な意味での「文学作品」とはいえないかと思いますがかなりぐっとくる作品でした。
でもぐっと来すぎてこの人に作品をしばらく読む気がしないのとちょっと虚脱状態ですが...。
なにやら作りすぎな感もある作品ではありますが名作です。
ペスト怖い...という方も、大長編好きな方も。
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はじめましてコメントありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。
ウィリス作品は本作しか読んでいませんが独特な展開をとてもうまく構成していますね。
古めの作品読むのに精一杯で新しめなものまで手が回っていないのですが「犬は勘定に入れません」以降の続編も出ているんですね。
記事も拝見しましたが「とても」長いんですね(^_^いつか読める日を楽しみにしたいと思います。
ダンワージー教授、面白そうな人ですが確かに実際には関わりになりたくないですね…。
「航路」評判高いようですね。
文庫でも出てるし是非読みたいですねぇ。
コニー・ウィリスは、ドタバタを挿入しつつ長くて重いストーリーを動かしてゆく、という感じですね。
「ブラックアウト」「オールクリア」は長さに磨きがかかって大変でした。
それにしてもダンワージー教授のスタッフや学生にはなりたくないものです。
時間旅行のたびに必ずトラブルが起こってます・・・。
ウィリスで一番好きなのは「航路」です。
タイムトラベルシリーズではないですが。