拝啓 夏目漱石先生

自称「漱石先生の門下生(ただのファン)」による日記

憎しみで人が殺せたら―『風と木の詩』

2008-12-14 18:04:08 | 漫画
少女漫画界で指折りの問題作『風と木の詩』。何故問題作か、作品名でググってみれば一発でわかると思うが…まあ、そういうことだ(どういうことだよ)。昭和24年頃に生まれ、主に1970年代の少女漫画界で革新的な作品を発表した「24年組」の代表作家・竹宮恵子。彼女は1976年、『風と木の詩』で、少女漫画で初めて少年同士のベッドシーンを描いた。男女のベッドシーンすら珍しい時代に(男女のベッドシーン初登場は『ベルばら』らしい)。『あしたのジョー』で男の園(?)少年院が描かれてもホモ描写などはスルー。しかし、「少女漫画を変えてやる」という明確な意志を持った竹宮恵子によって描かれた『風と木の詩』は遠慮無し。この漫画に出会った高校時代、1ページ目を見て目を疑いました。
『風と木の詩』の舞台は19世紀フランス。主人公は子爵家の長男セルジュと、豪商に嫁いだ貴婦人とその愛人との間に生まれた不義の少年ジルベール。物語は、ジルベールが通う寄宿制の男子校に、セルジュが転入してくる所から始まる。度が過ぎる美少年っぷりで校内の男たちを魅了し、実際に体を売ることも厭わない不良生徒ジルベールと、誰からも好かれる人あたりの良い優等生セルジュ。セルジュはジルベールの圧倒的な美貌などに惹かれながらも、しょっちゅう男を誘惑し、半裸でフラフラ校内を歩き回ることもしばしばで周囲から「色情狂」と呼ばれている彼の生態が理解出来ないし、ジルベールはセルジュのおせっかいぶりや、ポジティブ過ぎて鈍感な所が気に入らない。これは読者も同じで、「ジルベールは何でこんな奴に成長しちゃったんだ」「セルジュのポジティブ小僧っぷりは異常」という思いが、読んでるうちに膨らんでくる。
それに応えるように、作品中盤から、二人それぞれの生い立ちを丁寧に回顧する物語が始まる。ジルベールには、実父(ジル本人は実父だと知らない)による性的虐待を受けるうちに快楽の虜になる、という悲惨な過去(話的にこの辺が一番酷いな…)があり、寄宿舎に入り実父と離ればなれになってからは学校中の男達を誘惑して寂しさを埋めていた。対してセルジュ。優等生の彼にもまた、あまり幸福でない過去があった。
ジルベールとセルジュが反目し合いながらいつしか懇ろになっていく物語『風木』。おせっかい気質のセルジュは美しくも自堕落なジルベールを放っておけず、ジルベールもまた、自分に群がる男達と全く違う人種のセルジュに惹かれ、二人の仲はどんどん深くなってしまう。読み進めて行くうちに「あ、なるほどね、こういう過去があってこんな性格になったのね」と、全てのシーンを理論的に整理して楽しんだり、練られまくりの構成にうならされたりしながら、その完成度の高さに圧倒される。特にセルジュの父親の生い立ちを丁寧に描いた部分が後半の展開に繋がっていくのは圧巻。読む前は煩悩や美少年への羨望にまかせて描かれた話だと思ってたけど、全然違った。様々な事象や状況が重なりまくって少年同士が結ばれてしまう、思春期の大迷走。自由な恋愛は何処まで許されるのか。自由であることは幸せなのか。
ジルベールとセルジュには、救いようのない悲劇が何度も降り懸かる。「少女漫画だしもう少し夢があっても良いのでは…」という突っ込みが入る隙間の無い悲劇。「こんな二人組が実際に居たら、こういう運命が待ち受けてるよね、常識的に考えて」みたいな悲しくもリアルなシーンのオンパレード。悲劇過ぎて涙すら出ないぜ。リアルといえば、いくら美少年とはいえ、堂々と男子生徒を誘惑するジルベールが、多くのノーマルな同級生から毛嫌いされてるのもリアル。美少年キャラは漫画の世界だと普通、王子扱いされがちだが、ジルベールは誰からも愛されるような王子様ではない。前に男の子に『風と木の詩』読ませたら、一番人気のジルベールを大嫌いだと切り捨てていたし、やはり普通の男にしてみれば関わりたくない存在なのかね。線が細く天使のようにフワフワした、自由意志の象徴のようなジルベールの結末は「どんなに辛くても地に足付けて強く着実に生きろよ!」というメッセージだろうか…。
萩尾望都『トーマの心臓』と並ぶ、このジャンルのクラシックに位置付けられる『風と木の詩』。前も書いたが、かつて男性にとっての少女漫画への入口が『風木』か『ポーの一族』か『11人いる!』か『地球へ…』だった、という時代があったようだし、少女漫画が苦手な男性も勧めたい作品…と言いたい所だが、男性が次々とこの漫画にハマっていった状況って一体どんなもんだったのか、ちょっと想像しかねる。勝谷誠彦がハマったのは想像出来るけどさ。


ちなみに記事タイトルの「憎しみで人が殺せたら」はこの漫画を代表するセリフ。切なくも笑える名シーン。

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