拝啓 夏目漱石先生

自称「漱石先生の門下生(ただのファン)」による日記

美しい文字で幸せをつかんだ少女

2008-12-09 21:59:39 | 漫画
『日ペンの美子ちゃん』をご存知だろうか。『りぼん』『なかよし』『少コミ』『花ゆめ』などなんでも良いが、とにかく少女漫画雑誌を読んでいた人ならきっと知ってるだろう。雑誌の裏表紙やカラー扉の裏の広告スペースなどに載っていた、ペン習字の通信教材「日ペン」の広告マンガ『日ペンの美子ちゃん』。主人公はペン習字に取り組んで綺麗な文字を書けるようになった少女・美子ちゃん。彼女が友達に日ペンの教材の素晴らしさを力説したり、学校などで美しい文字を披露して脚光を浴びたり、綺麗な文字で書いたラブレターで恋を実らせたりする様子を描いた、毎回9コマのコメディー漫画である。この広告漫画の歴史は長く、初登場は1972年頃。以降様々な少女漫画雑誌や、『Myojyo』や『セブンティーン』などの女の子向け雑誌の広告スペースを飾り続けた。故に、かなり幅広い世代の女性の脳の片隅に、『日ペンの美子ちゃん』の記憶が刻まれているはずである。 
70年代や80年代に『日ペンの美子ちゃん』に親しんだ女の子が大人になり、結婚して子供を産み、ある日なんとなく娘が読んでる『りぼん』をチラっと見てみると、そこには「あの頃」と変わらぬ姿で、相変わらず綺麗な字を武器に活躍する美子ちゃんが居た…みたいな、まるで『ポーの一族』のようなドラマチックな事が、実際に起きていてもおかしくない。現実の世界には永遠の少年・エドガーやアランは居ないよ。でも、コンビニに売ってる少女漫画雑誌を見れば、永遠のペン習字少女・美子ちゃんに会えるかもしれない。『りぼん』とか読んでた頃と変わらぬ姿の少女に…。
と思ったけど、広告マンガ『日ペンの美子ちゃん』の掲載は1999年で終わったらしい。しかも、美子ちゃんは4代目まで居るらしい。1972年~1999年の間ずっと同じ女の子だったわけじゃなかったみたい。私の世代で馴染みが深いのは、1988年~1999年に登場した4代目美子ちゃん。4人の美子ちゃんはキャラもそれぞれ違うみたい。ただ、美子ちゃんが変わっても、毎回毎回、9コマ中3コマを使って行われる「日ペン」の宣伝ゼリフは不変。「日ペンには50年の歴史があって先生方も一流なの」「一日20分の練習でペン字検定に合格できちゃうの」「1級合格者の4割が日ペン出身者よ」「テキストはバインダー式で使いやすいの」…こんな感じのセリフを、言い続けて27年!
美子ちゃん研究本『あの素晴らしい日ペンの美子ちゃんをもう一度』(第三文明社)によれば、歴代美子ちゃんの中で最も人気が高いのは1972年~1984年に活躍した初代。この本に掲載されてる歴代美子ちゃんの広告漫画を読み、私も初代美子ちゃんの魅力に夢中になった。綺麗な文字で書いたラブレターを様々な男の子に出し、その度に相手を振り向かせてきた美子ちゃんは常にモテモテで、ボーイフレンドもかなりの数。でも悪女という感じはない。知らず知らずのうちに男を振り回してる感じか?憧れのアイドルにファンレターを描けば、その字の美しさにアイドルから一目置かれる、なんてこともあり。あの王貞治やミスターも美子ちゃんに夢中(時代だな…)。尊敬するで、美子……。
ちなみに美子ちゃん研究文献として、私が知る限りで最も古いのは、1988年にさくらももこが「うみのさかな」という変名で書いた、当時の担当編集者であり元夫だった人との共著エッセイ『幕の内弁当』。美子ちゃんのプレイガールっぷりから「美子ちゃん非処女説」を唱えたりしていた。
さて、美子ちゃんが初登場した1972年といえば、萩尾望都の『ポーの一族』の連載が始まった頃。膨大な数の美子ちゃん漫画の中で美子ちゃんは、そんな時代と呼応するようなセリフをつぶやいている。
「バレーにデザイナーにお涙と恋愛…少女漫画にもうちょっと新風を送りこみたいわ。少女漫画にSFがあってもいいと思うわ」
萩尾望都や竹宮恵子、山岸涼子、大島弓子など、昭和24年前後に生まれ、70年代に少女漫画に新風を送り込んだ「24年組」の代表作家たちが頭角を表してきたのと同時に登場した、美子ちゃんらしい発言である。24年組の作家たちは、それまで致命的に低かった少女漫画の地位を向上させようと、様々な取り組みをした。青年誌で流行した背景を写真並にリアルに描く技法を取り入れたり(それ以前の少女漫画家は人物に比べて背景画が適当だった。やたらと花描いたり)、人間の骨格を正確に描いたり(それ以前の少女漫画は変に手足が長くても誰も気にしなかった)、読者が喜ぶものではなく作家本人が描きたくてたまらない物語を遠慮無しでぶちまけたり(SF描いたり少年愛描いたりサイコサスペンス描いたり…)して、世間の漫画好きの人々の関心を一気に少女漫画に集めることに成功した。少女漫画を敬遠してた男性達も夢中になった。最も人気があったと言われる初代『日ペンの美子ちゃん』は、少女漫画に起きた革命のような現象と同時代を共にした…。
ただまぁ、今現在広く一般的に、それこそ漫画をあまり読まない人にまで「名作」として知れ渡るような作品は『ポーの一族』などではなく、少女読者のツボを押さえた演出や展開が繰り広げられる『ベルばら』や、数々の試練をド根性で乗り越えていく『ガラスの仮面』など、24年組以前の少女漫画クラシックスだったりするのだが(『ガラかめ』が描かれたのは少女漫画革命以降だが、あの作品はそれ以前の技法で描かれている)。美子ちゃん本人も宝塚ファンという設定があるし、「メリーベルと銀のばら」より『ベルばら』派だろう…。

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