つれづれ読書日記

SENとLINN、二人で更新中の書評ブログです。小説、漫画、新書などの感想を独断と偏見でつれづれと書いていきます。

月の船は来たか?

2007-02-26 23:59:36 | 小説全般
さて、相棒につられて、な第818回は、

タイトル:つきのふね
著者:森絵都
出版社:角川書店 角川文庫

であります。

お初の作家さんです。(※私の方は)
第242回で相方が紹介したのは短編でしたが、本作は長編。
こちらも中学生が主人公で、不安定な心理を丁寧に描いています。



時は1998年。中学二年生の鳥井さくらは人生にくたびれ果てていた。
親友だった中園梨利とは気まずくなり、進路は定まらず、同級生の勝田はしつこく付きまとってくる。
二年後、自分達は本当に高校生になれるのか? そもそも西暦2000年自体やってくるのか? 抱えた不安をよそに、容赦なく時間だけが過ぎていった。

そんなさくらにも、唯一安らげる場所があった。
年上の友人・智さんが住む部屋――そこにいるだけで、さくらは心の平穏を得ることができる。
全人類を救うための宇宙船の設計図に没頭しているのがちょっと気になるが、それでも、彼が優しい友人であることに間違いはなかった。

だが、そんな危なっかしい平穏は長く続かない。
意地でもさくらと梨利との仲を修復しようする勝田が、遂に智さんの部屋にまで乗り込んで来たのだ。
自分の聖域を汚されたさくらは激しい怒りを感じるが、その後も勝田は執拗に智さんの部屋に現れ――。



例によって、一言感想を述べると。

実に美しいお話でした。

自らの出口を塞いでしまった主人公、逃げたくても逃げられない泥沼の中にいる親友、不器用な方法でお節介を続ける友人、優しいが闇を抱えている年長者――四人のキーパーソンが揃った時点で、ある程度先の予想はつくし、実際その通りの予定調和なラストを迎えてはいるのですが、そこまでの展開が非情に自然で、素直に大団円のラストを受け入れることが出来ました。

最初から最後まで、主人公・さくらの一人称。
ちょっと臆病だけど観察力に優れる彼女は、自分のことで悩む姿と他人を心配する姿を交互に見せつつ、読者を中学生の時間へと誘ってくれます。
私は『今のリアルな中学生』を知らないので断言はできませんが、自分の時代の価値観を修正出来ない大人が言うところの『理解できない現代っ子』の心理を上手く描けていると感じました。

作者が若いから(本作発表時三十歳)と言ってしまえばそれまでかも知れませんが、少なくとも読者一人(私のことですね)を納得させてしまった時点で勝利でしょう。
さくらと梨利が万引きをやっていたこと、勝田がさくらを付け回していたこと、中盤でさくらが智さんに「セックスしよう」と言ったこと等、頭の固い人なら眉を潜めそうな行為にも、彼女や彼なりのちゃんとした理由付けがされています。
これでも、『今の子供は理解できん』とか言う奴がいたら、蹴った方がいいですね。(乱暴)

物語は、人の領域にずかずかと踏み込んできてお節介を働く勝田がさくらと梨利を強引に仲直りさせようとし、それがエスカレートした結果、智さんの闇の部分が浮き彫りになっていくという流れで進みます。
現状に不満はあってもなかなか次の一歩が踏み出せないさくら。パワーはあるものの思考回路が単純過ぎるため余計に事態を混乱させる勝田。デコボココンビの迷走は凄まじく、一時はかなり危険なとこまで行きました。
もちろんこれで、最悪の事態を引き起こして終わり! では悲惨過ぎるので、二人には最後の救いが与えられます。智さんの親友にして、本作の神キャラ――ツユキさんです。

彼はウィーンに留学しており、日本にはいません。
最後まで本人は登場せず、智さんの言葉と、手紙だけで存在を示します。
特に、後半送られてくる手紙は非情に重要な意味を持つのですが――
これが智を救う決定打になっていない点が秀逸。

仮に、この手紙で智が立ち直るなんて話になっていたら、私は迷わず本を放り出したでしょう。
飽くまで、すべてのケリはメインキャラ四人が付けます。
しかも、最後にちゃんとタイトルネームでもある『つきのふね』のエピソードにもオチが付くというオマケ付き。

何度も言いますが、ラストの展開は予想が付きます。
最後の智の告白も……月並みな感じがしないでもありません。
さんざん引っ張った割には、梨利が妙にあっさりと動いたのもちと違和感があります。
しかし、敢えて言いましょう――実に美しいエンディングだから良いではないかっ!
(私がこういう感想吐くのも珍しいなぁ)

児童文学に近い雰囲気ですが、どちらかと言うと大人に読んでもらいたい作品です。オススメ。
いつもなら、ここでちょっとだけ皮肉を言うところなんだけど……主人公達の頑張りを考えると、言えません。(爆)