さて、初のクロスレビューとなる第547回は、
タイトル:沙羅は和子の名を呼ぶ
著者:加納朋子
出版社:集英社文庫
であります。
第417回で紹介した加納朋子の短編集です。
表題作を含む全十編を収録。
例によって一つずつ感想を述べていきます。
『黒いベールの貴婦人』……地元の大学に入学した夏、カメラ片手にサイクリングしていたユータは一つの廃墟を発見した。荒れ果てた病院、その外壁に書かれた〈タ ス ケ テ〉の文字が彼を内部へと誘う。そして、次々と奇妙な現象が――。
夏と言えば怪談、主人公が惑わされるのは階段、生者と死者が出会うのは会談……今のは言わなかったことにしよう。理不尽ではないタイプのホラー。とはいえ、病院、幽霊、金属音をフルに使ってくる序盤はかなりぞくりとするものがある。最初から最後までお約束のオンパレードだが、サブの信吾君の使い方が非常に上手い上、展開に無駄が一切ない完成度の高い作品。ちなみに、予想していたとは言え、最後の麗音の台詞でさぶいぼが立ったのは公然の秘密である。(爆)
『エンジェル・ムーン』……伯父の経営する喫茶店エンジェル・ムーンで、かおりは彼の過去の話に耳を傾けていた。果たされなかった約束、待ち合わせ場所だったエンジェル・ムーン、何度も繰り返す会話。雨の降る季節に、再びそれはやってくる――。
イチオシ。ロマンチストの伯父に甘える主人公、思い出とともに生きる伯父、雨の日にやってくる『彼女』、三人の時間が絡み合い、極めて自然に現実と過去が解け合っていく描写が絶品。飽くまで常識の範囲内でケリをつけようとする主人公の行動は非常に納得いくが、そんな彼女が次第にエンジェル・ムーンという奇妙な場に引きずり込まれていくのは……怖い。魚や日記の使い方等、いいところ挙げていくとキリがないが、やはりラスト一行が秀逸。
『フリージング・サマー』……三つ年上の従妹である真弓がニューヨークへと行ってしまったので、彼女が住んでいたマンションを借りて暮らすことになった知世子。そこに、一羽の伝書鳩がやってくる。手紙に記されていたのは、「コロサナイデ。コロサナイデ。コロサナイデ。ワタシヲコロサナイデ」――。
真弓の行動に疑問符が付いたところで、横合いから不意打ちを食らった作品。この話に限ったことではないが、加納朋子の描く『人ならざるもの』は非常にはかなく、それでいて忍耐強い。生者の方が圧倒的に強く、同時に、破滅的に弱いからそう感じるのだろうか? にしても私は真弓を好きになれない、二つの境に立ったのだとしても。
『天使の都』……夫との別れを決め、麻理子はバンコクに降り立った。観光の誘いを断り、ホテルの庭で亡き娘の回想にふけっている時、彼女の前に一人の少女が姿を現した――。
夫の部下ティプニコーンの行動に拍手したくなる小品。登場はしていないが、奥様もさぞや化物に違いない……ま、神キャラだから当然か。それでも無粋な私は、「何で名前の謎について尋ねなかったんだ、麻理子?」とツッコンでしまうのだが。(爆)
『海を見に行く日』……旅行に行くという娘。自分も二、三十年前に一人旅したと語る母。海の見える町での奇妙な体験。
すべて、母親の語り口調で書かれている作品。相手役の娘はかなりの跳ねっ返りのように描写されているが、やはり母親の方が三枚上手であった。え~話やのぉ~……と思わずつぶやいたのは秘密。
『橘の宿』……故あって都を出奔した若者は、とある山中で美しい娘に出会った――。
むかしばなし、のようなショートショート。ただ、これといった特徴がない。
『花盗人』……十坪ばかりの庭に、山のような花を植えているおばあちゃん。でも、そこには花盗人が現れる――。
短いが、色々想像できる面白いショートショート。寓話とも取れるし、小咄とも取れるし、他にも……。おじさん、何で建て替えしたがるの?(恐)
『商店街の夜』……夜が来ると謎の男が現れ、寂れた商店街のシャッターに絵を描く。最初は何の変哲もないツートンカラーに過ぎなかったそれは、日を追うごとに見事な絵画となり、やがて圧倒的な存在感を以て人々を異界へと誘う――。
舞台は現代だが、おとぎ話のような物語。非常に淡々と進む上、盛り上がりもないため、イマイチ乗れなかった。『驚き』の仕掛けがもう少し上手くいっていれば……と思わずにはいられない。
『オレンジの半分』……加奈と真奈は双子の高校生。姿は似てても性格は当然違うし、加奈には彼氏がいるが。真奈にはいない。しかし、そんな真奈に一つのチャンスが――。
この作品集では唯一、ミステリらしいミステリ。同じ顔の相手に対する感情を丁寧に描きつつ、それによって発生するトラブルを描いた双子物(?)の定番、かと思わせておいて、さらりとかわすのはお見事。しかし松木君、貴方最低っすね。(笑)
『沙羅は和子の名を呼ぶ』……どこか古めかしい家に引っ越した元城和子は、そこで沙羅という名の少女と出会った。だが、周囲の人間は沙羅の存在を否定し、不安げに和子を見る。そしてある日、二人は人々の前から姿を消した――。
見えない少女物パート3(笑)。途中で主人公が和子からその父の一樹へとシフトし、ホラー色が濃くなる。作品全体を支配する沙羅のキャラクターが強烈で、その分、本来メインである筈の和子の世界が霞んでいくのは不気味。つか、子供の発想ってやっぱり恐いわ。
以上、LINNがはまるのも納得、といった上質の作品集でした。
個人的には『エンジェル・ムーン』『オレンジの半分』『沙羅は和子の名を呼ぶ』がお気に入り……って、相棒とまるっきり逆かっ!(笑)
文句なしにオススメ、短編集ってのも嬉しい。
このままいくと、クロスレビューがガンガン増えそうです。
☆クロスレビュー!☆
この記事はSENが書いたものです。
LINNの書いた同書のレビューはこちら。
タイトル:沙羅は和子の名を呼ぶ
著者:加納朋子
出版社:集英社文庫
であります。
第417回で紹介した加納朋子の短編集です。
表題作を含む全十編を収録。
例によって一つずつ感想を述べていきます。
『黒いベールの貴婦人』……地元の大学に入学した夏、カメラ片手にサイクリングしていたユータは一つの廃墟を発見した。荒れ果てた病院、その外壁に書かれた〈タ ス ケ テ〉の文字が彼を内部へと誘う。そして、次々と奇妙な現象が――。
夏と言えば怪談、主人公が惑わされるのは階段、生者と死者が出会うのは会談……今のは言わなかったことにしよう。理不尽ではないタイプのホラー。とはいえ、病院、幽霊、金属音をフルに使ってくる序盤はかなりぞくりとするものがある。最初から最後までお約束のオンパレードだが、サブの信吾君の使い方が非常に上手い上、展開に無駄が一切ない完成度の高い作品。ちなみに、予想していたとは言え、最後の麗音の台詞でさぶいぼが立ったのは公然の秘密である。(爆)
『エンジェル・ムーン』……伯父の経営する喫茶店エンジェル・ムーンで、かおりは彼の過去の話に耳を傾けていた。果たされなかった約束、待ち合わせ場所だったエンジェル・ムーン、何度も繰り返す会話。雨の降る季節に、再びそれはやってくる――。
イチオシ。ロマンチストの伯父に甘える主人公、思い出とともに生きる伯父、雨の日にやってくる『彼女』、三人の時間が絡み合い、極めて自然に現実と過去が解け合っていく描写が絶品。飽くまで常識の範囲内でケリをつけようとする主人公の行動は非常に納得いくが、そんな彼女が次第にエンジェル・ムーンという奇妙な場に引きずり込まれていくのは……怖い。魚や日記の使い方等、いいところ挙げていくとキリがないが、やはりラスト一行が秀逸。
『フリージング・サマー』……三つ年上の従妹である真弓がニューヨークへと行ってしまったので、彼女が住んでいたマンションを借りて暮らすことになった知世子。そこに、一羽の伝書鳩がやってくる。手紙に記されていたのは、「コロサナイデ。コロサナイデ。コロサナイデ。ワタシヲコロサナイデ」――。
真弓の行動に疑問符が付いたところで、横合いから不意打ちを食らった作品。この話に限ったことではないが、加納朋子の描く『人ならざるもの』は非常にはかなく、それでいて忍耐強い。生者の方が圧倒的に強く、同時に、破滅的に弱いからそう感じるのだろうか? にしても私は真弓を好きになれない、二つの境に立ったのだとしても。
『天使の都』……夫との別れを決め、麻理子はバンコクに降り立った。観光の誘いを断り、ホテルの庭で亡き娘の回想にふけっている時、彼女の前に一人の少女が姿を現した――。
夫の部下ティプニコーンの行動に拍手したくなる小品。登場はしていないが、奥様もさぞや化物に違いない……ま、神キャラだから当然か。それでも無粋な私は、「何で名前の謎について尋ねなかったんだ、麻理子?」とツッコンでしまうのだが。(爆)
『海を見に行く日』……旅行に行くという娘。自分も二、三十年前に一人旅したと語る母。海の見える町での奇妙な体験。
すべて、母親の語り口調で書かれている作品。相手役の娘はかなりの跳ねっ返りのように描写されているが、やはり母親の方が三枚上手であった。え~話やのぉ~……と思わずつぶやいたのは秘密。
『橘の宿』……故あって都を出奔した若者は、とある山中で美しい娘に出会った――。
むかしばなし、のようなショートショート。ただ、これといった特徴がない。
『花盗人』……十坪ばかりの庭に、山のような花を植えているおばあちゃん。でも、そこには花盗人が現れる――。
短いが、色々想像できる面白いショートショート。寓話とも取れるし、小咄とも取れるし、他にも……。おじさん、何で建て替えしたがるの?(恐)
『商店街の夜』……夜が来ると謎の男が現れ、寂れた商店街のシャッターに絵を描く。最初は何の変哲もないツートンカラーに過ぎなかったそれは、日を追うごとに見事な絵画となり、やがて圧倒的な存在感を以て人々を異界へと誘う――。
舞台は現代だが、おとぎ話のような物語。非常に淡々と進む上、盛り上がりもないため、イマイチ乗れなかった。『驚き』の仕掛けがもう少し上手くいっていれば……と思わずにはいられない。
『オレンジの半分』……加奈と真奈は双子の高校生。姿は似てても性格は当然違うし、加奈には彼氏がいるが。真奈にはいない。しかし、そんな真奈に一つのチャンスが――。
この作品集では唯一、ミステリらしいミステリ。同じ顔の相手に対する感情を丁寧に描きつつ、それによって発生するトラブルを描いた双子物(?)の定番、かと思わせておいて、さらりとかわすのはお見事。しかし松木君、貴方最低っすね。(笑)
『沙羅は和子の名を呼ぶ』……どこか古めかしい家に引っ越した元城和子は、そこで沙羅という名の少女と出会った。だが、周囲の人間は沙羅の存在を否定し、不安げに和子を見る。そしてある日、二人は人々の前から姿を消した――。
見えない少女物パート3(笑)。途中で主人公が和子からその父の一樹へとシフトし、ホラー色が濃くなる。作品全体を支配する沙羅のキャラクターが強烈で、その分、本来メインである筈の和子の世界が霞んでいくのは不気味。つか、子供の発想ってやっぱり恐いわ。
以上、LINNがはまるのも納得、といった上質の作品集でした。
個人的には『エンジェル・ムーン』『オレンジの半分』『沙羅は和子の名を呼ぶ』がお気に入り……って、相棒とまるっきり逆かっ!(笑)
文句なしにオススメ、短編集ってのも嬉しい。
このままいくと、クロスレビューがガンガン増えそうです。
☆クロスレビュー!☆
この記事はSENが書いたものです。
LINNの書いた同書のレビューはこちら。