つれづれ読書日記

SENとLINN、二人で更新中の書評ブログです。小説、漫画、新書などの感想を独断と偏見でつれづれと書いていきます。

加納伝説

2006-05-31 23:27:22 | ミステリ
さて、初のクロスレビューとなる第547回は、

タイトル:沙羅は和子の名を呼ぶ
著者:加納朋子
出版社:集英社文庫

であります。

第417回で紹介した加納朋子の短編集です。
表題作を含む全十編を収録。
例によって一つずつ感想を述べていきます。

『黒いベールの貴婦人』……地元の大学に入学した夏、カメラ片手にサイクリングしていたユータは一つの廃墟を発見した。荒れ果てた病院、その外壁に書かれた〈タ ス ケ テ〉の文字が彼を内部へと誘う。そして、次々と奇妙な現象が――。
夏と言えば怪談、主人公が惑わされるのは階段、生者と死者が出会うのは会談……今のは言わなかったことにしよう。理不尽ではないタイプのホラー。とはいえ、病院、幽霊、金属音をフルに使ってくる序盤はかなりぞくりとするものがある。最初から最後までお約束のオンパレードだが、サブの信吾君の使い方が非常に上手い上、展開に無駄が一切ない完成度の高い作品。ちなみに、予想していたとは言え、最後の麗音の台詞でさぶいぼが立ったのは公然の秘密である。(爆)

『エンジェル・ムーン』……伯父の経営する喫茶店エンジェル・ムーンで、かおりは彼の過去の話に耳を傾けていた。果たされなかった約束、待ち合わせ場所だったエンジェル・ムーン、何度も繰り返す会話。雨の降る季節に、再びそれはやってくる――。
イチオシ。ロマンチストの伯父に甘える主人公、思い出とともに生きる伯父、雨の日にやってくる『彼女』、三人の時間が絡み合い、極めて自然に現実と過去が解け合っていく描写が絶品。飽くまで常識の範囲内でケリをつけようとする主人公の行動は非常に納得いくが、そんな彼女が次第にエンジェル・ムーンという奇妙な場に引きずり込まれていくのは……怖い。魚や日記の使い方等、いいところ挙げていくとキリがないが、やはりラスト一行が秀逸。

『フリージング・サマー』……三つ年上の従妹である真弓がニューヨークへと行ってしまったので、彼女が住んでいたマンションを借りて暮らすことになった知世子。そこに、一羽の伝書鳩がやってくる。手紙に記されていたのは、「コロサナイデ。コロサナイデ。コロサナイデ。ワタシヲコロサナイデ」――。
真弓の行動に疑問符が付いたところで、横合いから不意打ちを食らった作品。この話に限ったことではないが、加納朋子の描く『人ならざるもの』は非常にはかなく、それでいて忍耐強い。生者の方が圧倒的に強く、同時に、破滅的に弱いからそう感じるのだろうか? にしても私は真弓を好きになれない、二つの境に立ったのだとしても。

『天使の都』……夫との別れを決め、麻理子はバンコクに降り立った。観光の誘いを断り、ホテルの庭で亡き娘の回想にふけっている時、彼女の前に一人の少女が姿を現した――。
夫の部下ティプニコーンの行動に拍手したくなる小品。登場はしていないが、奥様もさぞや化物に違いない……ま、神キャラだから当然か。それでも無粋な私は、「何で名前の謎について尋ねなかったんだ、麻理子?」とツッコンでしまうのだが。(爆)

『海を見に行く日』……旅行に行くという娘。自分も二、三十年前に一人旅したと語る母。海の見える町での奇妙な体験。
すべて、母親の語り口調で書かれている作品。相手役の娘はかなりの跳ねっ返りのように描写されているが、やはり母親の方が三枚上手であった。え~話やのぉ~……と思わずつぶやいたのは秘密。

『橘の宿』……故あって都を出奔した若者は、とある山中で美しい娘に出会った――。
むかしばなし、のようなショートショート。ただ、これといった特徴がない。

『花盗人』……十坪ばかりの庭に、山のような花を植えているおばあちゃん。でも、そこには花盗人が現れる――。
短いが、色々想像できる面白いショートショート。寓話とも取れるし、小咄とも取れるし、他にも……。おじさん、何で建て替えしたがるの?(恐)

『商店街の夜』……夜が来ると謎の男が現れ、寂れた商店街のシャッターに絵を描く。最初は何の変哲もないツートンカラーに過ぎなかったそれは、日を追うごとに見事な絵画となり、やがて圧倒的な存在感を以て人々を異界へと誘う――。
舞台は現代だが、おとぎ話のような物語。非常に淡々と進む上、盛り上がりもないため、イマイチ乗れなかった。『驚き』の仕掛けがもう少し上手くいっていれば……と思わずにはいられない。

『オレンジの半分』……加奈と真奈は双子の高校生。姿は似てても性格は当然違うし、加奈には彼氏がいるが。真奈にはいない。しかし、そんな真奈に一つのチャンスが――。
この作品集では唯一、ミステリらしいミステリ。同じ顔の相手に対する感情を丁寧に描きつつ、それによって発生するトラブルを描いた双子物(?)の定番、かと思わせておいて、さらりとかわすのはお見事。しかし松木君、貴方最低っすね。(笑)

『沙羅は和子の名を呼ぶ』……どこか古めかしい家に引っ越した元城和子は、そこで沙羅という名の少女と出会った。だが、周囲の人間は沙羅の存在を否定し、不安げに和子を見る。そしてある日、二人は人々の前から姿を消した――。
見えない少女物パート3(笑)。途中で主人公が和子からその父の一樹へとシフトし、ホラー色が濃くなる。作品全体を支配する沙羅のキャラクターが強烈で、その分、本来メインである筈の和子の世界が霞んでいくのは不気味。つか、子供の発想ってやっぱり恐いわ。

以上、LINNがはまるのも納得、といった上質の作品集でした。
個人的には『エンジェル・ムーン』『オレンジの半分』『沙羅は和子の名を呼ぶ』がお気に入り……って、相棒とまるっきり逆かっ!(笑)

文句なしにオススメ、短編集ってのも嬉しい。
このままいくと、クロスレビューがガンガン増えそうです。


☆クロスレビュー!☆
この記事はSENが書いたものです。
LINNの書いた同書のレビューはこちら

空き部屋には死体

2006-05-30 20:43:43 | ミステリ
さて、読む順番逆だなぁ、と思う第546回は、

タイトル:ヴィラ・マグノリアの殺人
著者:若竹七海
文庫名:光文社文庫

であります。

若竹七海の長編ミステリです。
『古書店アゼリアの死体』と同じく、葉崎市を舞台にした群像劇で、こちらでも駒持警部補が登場します。
実はアゼリアよりこっちの方が出版は先なのですが、どちらから読んでも特に支障ありません。

海の見える建売住宅ヴィラ・葉崎マグノリア。
児玉不動産の児玉礼子は、この物件の扱いに頭を痛めていた。
バスの便が日に四本、渋滞が当たり前の海岸道路、山一つ越えないと洗剤一つ買いに行けない不便さのため、売れ行きは最悪だった。

駄目で元々、と礼子はくしゃみに襲われる身体を引きずって若い夫婦を案内する。
思えば、三ヶ月前に売った物件は良かった……しかも買い手は今をときめくハードボイルド作家・勝田港大夫妻!
さっさと釣りに行ってしまった夫を呪いつつ、空き屋である三号棟に入った時、妙なものを発見した――死体だった。

十棟あるヴィラ・マグノリアの住人の日常を描きつつ、そこで起こった殺人事件の核心に近づいていく、若竹七海らしいミステリです。
濃いキャラクター達の演ずる、いかにも現実にありそうなトラブルや、御近所付き合いのドロドロを楽しめるかどうかがポイント。
とにかくキャラが多いので序盤は名前覚えるだけで大変かも。

で、そのキャラ配分ですが、気のいい奴らと嫌~な連中、半々といったとこ。
ただ……いつものように、読書家が妙に優遇されてるのはどうなんでしょう?
作者の願望があるんだろうけど、何かこう連発されると正直呆れます。

面白かったのは某女性の双子の娘とハードボイルド作家。
前者は駒持警部補相手にミステリ講釈を行い、ラスト付近では犯人追いかけて大はしゃぎする強者。しかも重要な証拠を握っていて……。
後者は必死扱いてハードボイルドな印象を作りつつも実は……な人。犯人相手に格好付けた直後のシーンは結構笑えた。

他に特徴といえば、駒持警部補と一ツ橋刑事の出番が多く、『古書店アゼリアの死体』よりもミステリ色が強くなっていること。
住人達の視点もあるのですが、どちらかというと刑事二人の捜査によって、キャラの性格と裏の関係が見えてくることの方が多いです。
ただ、最後に過去話を出して無理矢理まとめているのは、ミステリとしてどうかと……いつものことと言えばいつものことだけど。

出来が悪いと言うより、何冊か読んでて気になってた粗がくっきり見えてしまった作品でした。
相変わらず、段落なしで視点が変わっちゃう癖(本作では某男性から犬に変わるシーンがあった)も直ってないし。
もう一冊読むとしたら……短編集で、『スクランブル』かなぁ。



――【つれづれナビ!】――
 ◆ 『若竹七海』のまとめページへ
 ◇ 『つれづれ総合案内所』へ

これはひどい

2006-05-29 23:21:21 | 時代劇・歴史物
さて、気持ちは解らんでもないが、な第545回は、

タイトル:新編 実録・宮本武蔵
著者:早乙女 貢
文庫名:PHP文庫

であります。

突然ですが、私は宮本武蔵が嫌いです。
吉川英治の小説が嫌いだとか、バガボンドが面白くないなどと言っているわけではありません、本家本元の武蔵に胡散臭いものしか感じないのです。
吉川武蔵が余りにも印象的だったためか、本家の武蔵も物凄い持ち上げられ方をしているのを考えると、正直引きます。

んで、本書。
1989年に出た本の新版で大河ドラマ武蔵の半年前に初版が出てます。
ちょうどバガボンドが大ヒットして、手塚治虫文化賞を受賞する頃ですね。(苦笑)

内容としては、いわゆる武蔵の研究本。
いくつか資料を持ち出し、武蔵の虚像と実像の違いについて述べていく……という趣旨で書かれています、が……。

あまりにも偏見がひどい

この時代の人間はこういう奴らだった筈だ、侍とはこういう奴らだった筈だ、下から這い上がってきた人間は強く、ボンボンは弱っちぃ筈だ、筈だ筈だ筈だ……。

大学生の卒論の方が余程か論理的で説得力があります。

この手の研究者気取りの人間のお家芸、気に入った情報は通し、自分の推論に反する情報は「疑わしい」とか「××の創作であろう」と言って否定するというやり方で、縦横無尽に自己の妄想を展開して下さいます……誰か止めてくれ。

そりゃ後年の武蔵の動き見る限り、山師みたいな印象を受けるのは間違いないんですが、にしても本書の見方は、現代人の偏見で当時の人間を馬鹿にしているとしか思えない。

一番凄いのが、小次郎は美青年などではなく老人だったという説を展開する部分。

――天草の乱における天草四郎は、キリシタンの、つまり神の生まれ変わりだから、美青年で前髪のほうが、男色好みの男や、多くの愚かな老幼婦女子を騙すのに都合がよかったのだろうが、剣客の場合、そうはいかない。(後略)

どうやらこの方、島原に沈みたいらしい。

そりゃね、小次郎=美青年のイメージが定着したのは、その方が見栄えがいいからってのはよく解りますし、恐らく創作でしょう。でも、この例えはちょっとひどかありませんか?

色んな意味でオススメできません……つーか、読むな。
アンチ武蔵の私が読んでこれですから、ファンが読んだら凄いことになりそうです。

変なほうが楽しい

2006-05-28 16:42:22 | 小説全般
さて、これもかと思ったの第544回は、

タイトル:びんぼう草
著者:群ようこ
出版社:新潮文庫

であります。

これまた短編集で7編収録。
では、各話ごとに。

「満員電車に乗る日」
満員電車で通勤するのがイヤで勤めていた広告代理店を辞職した女性の話。
辞職して悠々自適はいいものの、さすがにお金もなく、製菓会社に働きに出るハメになってしまい、そこでの出来事などを描いたもの。

「シジミの寝床」
シジミをペットにしているフリーライターの女性ひい子と、飼われているシジミとの交流(?)を描いた話。
子供のころから独特の感性を持ったひい子の姿がおもしろい。
いろんな意味で。

「胡桃のお尻」
これまた失業した女性の話で、アパートの隣の女性との交流(?)を描いた話。
また「?」なのは、その交流と言うのがけっこう微妙だからである。
気まずいよりはひとりで文庫でも読んでいたほうが楽しい主人公と、隣の女性との噛み合わない会話や、ラストの隣の女性の一言がけっこう印象的。
つか、ラストのはある意味怖い(笑)

「友だちの子供」
まったく子供をかわいいと思えない主人公が、たまたま息子をもうけた高校時代の友人に出会い、その友人の家に遊びに行く話。
個人的にはとても共感できる話だったりして。

「爪をみがく女」
勤めていた小さなデザイン会社が潰れ、私鉄沿線のしがないレコード店で働くことになった女性と、そこに勤める同僚ふたりの話。
何くれと見た目をとにかく完璧にしないと気がすまない店長の「彼女」に起きる出来事が中心。

「ぶー」
OLをしている主人公の女性が拾った仔猫ぶーとの交流を描いた話。
これはまぁ、交流と言っていいだろう。
とにかくぶさいくな仔猫で、もらい手を探すために会社の食堂に写真張っても笑いを提供するだけと言うところのおかしさと妙なかわいらしさがある。

「おかめ日記」
88歳になっても矍鑠とし、歯に衣着せぬ毅然としたカメヨと言うおばあさんの日常を描いた話。
子供と同居するよりひとりで犬と暮らしていたほうがいいとか、ゲートボール場に来る、気に入らないじいさんをやりこめたり、親切なふりをして家に上がり預金通帳などを盗んでいく男を撃退したりと、様々な武勇伝を持ちながらもひ孫には弱かったりと人間味溢れるカメヨばあさんの姿が楽しい。

と言うところだが、総じて、いまいち……。
やはり裏表紙の「一読爆笑」とか、そういううたい文句はまったく信用できない。
「ぶー」や「おかめ日記」は楽しんで読めたが、その他のはねぇ……。

まぁ、独特のキャラや雰囲気を持った作品ではあるので、そう言う意味ではいいのだが、及第かどうかと言われると、甘めに見てぎりぎり及第かな。

タイトルだけ

2006-05-27 14:44:19 | 小説全般
さて、ウコン~のち・か・ら♪ はなかなか効くなぁの第543回は、

タイトル:かつどん協議会
著者:原宏一
出版社:幻冬舎文庫

であります。

表題作を含む3編の短編が収録された短編集。
いつものように各話ごとに。

「かつどん協議会」
かつどんをこよなく愛する主人公の蓑田は、失業保険で暮らしているとき、行きつけの大衆食堂の主人の代理である会議に出席することになる。
それはファミレスなどの外食産業に押され、低迷したカツ丼を復権するために行うキャンペーンの会議。
食肉、卵などの業界団体の思惑が入り乱れるそこに放り込まれた蓑田と、会議の行方を描いたストーリー。

タイトルはおもしろいし、発想もおもしろいのだが、中身がまったくついていっていない。

「くじびき翁」
しがない下請けのフリーライターの小田嶋は、依頼された取材の途中で、日本政治にくじ引き制度を導入すべしと主張する老人作野翁に出会う。
最初は歯牙にもかけない小田嶋だったが、老人のしつこい勧誘と、それを知った出入りの編集部で電話番をしていた桐谷美保との会話の中で、作野翁の主張を記事にすることになった。
日本ではけんもほろろの記事がアメリカの特派員の目に留まり、事態は思いがけないほど急速に進んでいく。

これも着眼点はおもしろい。
とは言え、「かつどん協議会」よりはマシだが、着眼点以外は政治向きの話を小説に持ってきただけのもので見るべきところはない。

「メンツ立てゲーム」
広告代理店に勤める妹尾は、彼女にふられた居酒屋で謝罪士と名乗る徳丸という名の初老の男と出会う。
徳丸と出会った直後、食品会社のキャンペーンの仕事で大きな失敗をしてしまった妹尾は、徳丸に相談を持ちかけ、それを解決、さらには逆に仕事まで取ってくることになり、ついには徳丸と同様謝罪士へに道を進むことになる。

これも「くじびき翁」と同様。
まったく実用書とか、解説書みたいな感じで日本とアメリカの比較文化論を、謝罪というところに焦点を当てて、小説仕立てにしただけじゃないかと言うレベルで、小説としてのおもしろみがまったくない。
これなら解説書とか、そういうのを読んでいたほうがおもしろい。

総じて、くだらない。
裏表紙には「奇想天外なニューウェイブ爆笑小説集」とあるが、これのどこで爆笑できるのか、教えてもらいたい。
笑えると言う意味では、デルフィニアの夫婦(?)漫才や、スカーレット・ウィザードの(ほんとうの)夫婦漫才のほうが遙かにいい。

タイトルや着眼点などには3編とも見るべきところがあるが、小説としては並程度の出来で、最初の「かつどん協議会」などはオチが酷いから余計にダメダメ。
構成や展開も、主人公の男性が途中、ヒロインの位置にいる女性キャラの助言などで物事を進めていく、と言うものでワンパターンだし、その女性キャラも結局は物語を進める上できっかけとなるだけで、人間と言うよりロボット。
女性キャラである必要性はまったくなく、主人公に関わりがあれば老若男女、どんなキャラでもいいだろうね。

そんなところ。
オススメは、100%しない。

それぞれ

2006-05-26 22:20:57 | 小説全般
さて、カテゴリーは間違ってないぞの第542回は、

タイトル:神祭
著者:板東眞砂子
出版社:角川文庫

であります。

土佐にある小さな嬉才野きざいの村と言う村を始め、戦後の高知市など、高知県を舞台にした短編小説集。
表題作を含め、5作の短編が収録されている。

「神祭」
村に住む老女の由喜が、農作業の合間にふと40年前に村の家々で行われていた「神祭」のときのことを思い出す。
その祭の最中に、その生き血で夫の精を強くするためと言うことと、本来は山のものを備えると言う祭の趣旨に則して首を落とされた鶏。
だが、首をなくしたまま逃げた鶏は40年以上経て、お守り代わりにその頭蓋骨を持っていた由喜のもとへ姿を現す。

まだ土着の信仰が篤かった時代の不思議と戻ってきた鶏など、泥臭さを感じるもののそうした古くさい伝統の中の幻想を感じさせてくれる作品。

「火鳥」
ミズヨロロと言う鳥を食べてしまったがために、火事で家族を失ったみき。
そんなミズヨロロの呪いを気にしていた少年竹雄は、次第にみきと接点を持つようになっていく。

こちらは信仰と言うより、昔はよくあったであろうが、祟りに対する怖れを題材にした少年の話。
淡々とした文章の中に、生々しさが感じられる作品。

「隠れ山」
村の役場で公務員をしている北村定一は、趣味でやっている農作業をするために家を出たが、それから行方不明になる。
村の消防団や警察の捜索も虚しく見つからない日々が続いたが、あるとき、山から出てきてはあることないことを吹聴するようになった。
姿は見えるが、いつも出てくる山を捜索しても見つからない定一。
その吹聴する噂が原因で、残された妻と子供ふたりが村を出て行くことになるまでの話。

「紙の町」
知的障害を負った女性ヒサが、昔は和紙作りが盛んだった小さな町を散歩しながら昔のことを回想する、と言う体裁で語られる物語。
知的障害がある、と言う設定で、物事をあまり深く考えられないため、ヒサの視点からは子供時代にいじめられていたことや、小さな和紙工場で働いていたときの出来事、手軽に抱ける女だと町の男からも女からも蔑まされていたことなどが、けっこうあっさりと受け止められるようには見えるが、和紙作りの工程や和紙を漉く動作、材料などを利用しながら、社会というものを深く洞察した作品。
5作中、これが一番の秀作かと。

「祭りの記憶」
戦後の高知市で企画され、行われたよさこい祭りで起きた外国人記者ふたりに対する殺人事件。
その犯人が自分の教え子の村上卓雄ではないかと考えた良則は、卓雄が住んでいた蓮浜へ赴く。

戦後10年近くを経て、ようやく復興へ向けて顔を上げたその背中に潜むものを描いた作品。

amazonのレビューを見るとホラーのひとなのか、このひと……。
まったくそういう先入観がないと、感じ方も変わってくるもんなのかねぇ。
個人的にはどの短編も、生々しさを感じさせてくれる独特の雰囲気を持った作品だとは思う。

まぁ確かに、ホラーとして読むのならばインパクトはないし、怖さとか、そういったものはほとんど感じられない。
だからホラーとしては勧めにくいし、全体的に各短編ごとの善し悪しがあるので、これまた勧めにくい。
雰囲気も、こういう生々しさが苦手だとまったくダメだろうねぇ。
個人的には悪くないと思うけどね。

四号までいます

2006-05-25 21:28:17 | 木曜漫画劇場(白組)
さて、島本企画第二弾な第541回は、

タイトル:炎の転校生(文庫版全七巻)
著者:島本和彦
文庫名:小学館文庫

であります。

扇:燃える漢のイ○キト○クター……ではないSENでーす。

鈴:冷える漢のクボ○トラ○ター……なわけないLINNで~す。

扇:いや、CM谷○子だし……燃えてないし、漢でもないぞ。

鈴:はっ!!!!!!!
……そ、そうだった……おのれ、では美空ひばりの「柔」で……ってこれも漢じゃない~(TT)

扇:古っ! ――歌えるけどな。
美空ひばりと言うたら、東京キッドやろっ! これも歌えるけどね。

鈴:歌えるところが君だよ。
って、東京キッドって、あれだろ。
「東京ブ○ウギ~♪ リズムウ○ウキ~♪ 心ズキ○キワク○ク~♪」だろ?
(注:どこかの強権的で権利しか主張しない実態のよくわからない腐れ協会を警戒するために一部伏せ字にしております。)

扇:違うわっ!
「○も楽し~や♪ 東京○~ッド♪」だっ!
(注:CDの売り上げが落ちたのはコピー野郎のせいだとほざき、逆らうと裁判起こして強引に制裁を加える腐れ天下り集団が怖いので一部伏せ字にしております)

鈴:あぁ、そっちかぁ。
御嬢の歌は「川の流れのように」しか出てこんなぁ。
でもカラオケ行ったらたぶん、有名なのは歌える気はしないでもないが……って前にほとんど知らないはずの「真っ赤な太陽」を歌って、また友人連中に逸話を与えてしまったが(笑)

扇:イキだねぇ。
他に御嬢の歌と言えば、『お祭りマンボ』『人生一路』『愛燦燦』ぐらいかなぁ――歌えるのは。
何だかんだ言って、有名どころしか知らんな、俺も。

鈴:つか、それを歌えるだけでじゅーぶんだと思うぞ。
まぁでも、昔の歌って3番まであったりと長かったりするけど、基本的におなじメロディを続けるだけのが多いから、1番知ってれば歌えるのが多いけどな。

扇:確かにそうだが、間に台詞入ってたりすると、やべっ、とか思うな。(笑)
でも、覚えようとして覚えたわけじゃないぞ、漢字も読めない幼少時にテレビの曲とかを耳コピしただけだ。
『矢切の渡し』とか『北酒場』とかもそれで覚えたなぁ。

鈴:そういう妙なところに脳みその記憶領域を使ってるんだな。
……なんか納得……(笑)

扇:すんな。
つーか、一曲に使う記憶領域なんてたかが知れてるぞ。せいぜい――って、メガいくのか……。

鈴:いかんだろうなぁ。
歌詞が全角2バイトとして、曲は……(考え中、考え中:平成教育委員会的に)

扇:実はいくんだな、メガ。
そういう意味では、人間の記憶とは恐ろしい……覚えるのも忘れるのもマッハだ。

鈴:マッハ? ふっ、遅いな。
どっかの黄金の鎧着たヤツなみに早いぞ、ふつうは(爆)

扇:いや、やつら記憶力は鳥並みだから。
そもそもあれだ、多対一は駄目とか武器使用不可とか言ってた筈なのに、どこへ言ったんだそういう話は?
ついでに言えば、アテナエクスクラメーション使ったら永久追放ぢゃなかったっけ?

鈴:あぁ、そういえばそういう話もあったのぅ。
まぁ、戦時中だし、特例だったんじゃないのか?
特例だらけのような気はしないでもないが(笑)

扇:特例と言えば、初手からどっかの弟キャラは鎖使ってたぞ、主戦力で。
つか、拳で戦ったのってアフロ戦が初めて……ま、その前に師匠の聖衣を粉々にしたけど。
で、なんで聖闘士聖矢の話になってるんだ! トラクターはどうなったんだ?

鈴:トラクター?
もう田植えの時期は終わったから、倉庫で眠ってるんじゃないか?

扇:萌える男の話だぁっ!

鈴:萌えてどうするっ!
島本キャラに萌えられるのか!?

扇:無理だな。(断言)
って、ようやく出たね島本

鈴:……そういや、そうね。>島本
つか、相変わらずここまで島本の名前以前に本題の話をぜんっぜんっしてないからなぁ。
じゃぁ、ストーリー紹介するかぁ。
オチのない主人公の戦いを描いた勢いだけのマンガ。
以上。

扇:まんまぢゃねぇかっ!
えー、秘密教育委員というけったいな職に就いている男の息子が、あっちこっちを転校して回って悪(?)と戦う、学園ヒーロー漫画です。

鈴:……息子じゃなくて、そのうち本人もそのけったいな職についてなかったか?

扇:給金出ないけどな。(笑)
まぁ、あの親父のことだ、「その歳で大金を手にしようなど、思い上がりも甚だしいっ!」とか、それっぽい理屈をつけて自分の懐に入れてる可能性が高いが。

鈴:出ないのか!?
って、本気で言いそうだな、あの親父……。
正体明かそうかどうかと言うときに金の心配してるしなぁ。

扇:あの親父、島本そのまんまだからな……。(笑)
ではいつものようにCM、その後はキャラ紹介です。


つれづれ読書日記


つれづれ読書日記、ちょっと進化

『作家別目録』、大幅修正! 国内作家と海外作家を分割しました!
『怪しいページ』は……更新止まってますね、すいません。
御覧になりたい方は、最新記事の『目録へのショートカット』、もしくはこちらから!


つれづれ読書日記


扇:では、主人公の滝沢昇。
人間離れした身体能力と舌先三寸で敵と戦う、微妙にズレた主人公。
結構強いが専門職には負けることが多く、特に努力家相手だと舌先以外で勝った試しがない……まぁ、スペックで劣る以上それしか勝つ方法がなかったとも言えるが。
必殺技は、重力法則を無視した滝沢キック、上りと下りで二度攻撃する滝沢国電パンチ、片足でフェイントかましてもう片方の足で蹴る両方滝沢キック等、多数。
なお中身は、猪突猛進単純直情で中学生日記並みのロマンス展開で赤面してしまうという、至って普通の高校生である。

鈴:中学生レベルか? いまどきの小学生でも赤面せんぞ。
では、次、ヒロインの高村友花里。
主人公滝沢とのろまんすを演出するヒロインだが、ない胸を気にしつつも、それを延々指摘した伊吹を撲殺する、バク宙で敵を葬るなど、ヒロインにしてはめっぽう強い。
敵に捕まるのも基本的に滝沢に助けてもらう、と言う目的のためとしか思えないひと。
このキャラに萌えられるかどうかは、そのひとの趣味による。

扇:さんざんな言われようだが、その通りだから何も言えんな。
では、初期の二番手キャラ伊吹三郎。
実力的には滝沢より上だったが、持ち前のサディスティックな性格と、滝沢と双璧をなすセコさが災いして敗北……以後は、サブキャラの一人になってしまう。
恵まれた体格、強引な理論、どう考えても卑怯としか思えない戦法を駆使してたまに敵を倒すが、基本はやられ役。
なお、迷走状態の滝沢に向かって放った、
「心に棚をつくれっ!」
はなかなかの迷言である。
(要は、自分の悪いところはとりあえず置いといて、他人の悪いところを指摘しろ! ぐらいの意味)

鈴:うむっ、迷言だな、確かに。
じゃぁ、滝沢昇一。主人公滝沢昇の父親。
この父にしてこの息子あり。
……これですべてが語れるキャラだが、そのうちX仮面と名乗って主人公の活躍の裏方として活動するのがメインになった。
……つか、主人公よ、仮面かぶっただけで親父かどうかわからんってのもどうかと思うぞ。

扇:親父も怒ってたな。
「父さん悲しいぞっ!」
ってな……自業自得だが。
つーかこの親子、まんま『あばれはっちゃく』なんですけど。(笑)

鈴:それは聞いたことあるなぁ、「あばれはっちゃく」
……って、曲聞いたらそれだけ満足やわ>ネットで検索した

扇:それで満足するなっ!
「父ちゃん情けなくて涙出てくらぁ!(東野英心調)」
(これで解んない人は諦めて下さい)

鈴:諦める人間がどれくらい出てくるんかのぅ。
って、なんでそんなピンポイントの時代の話題で〆てんかなぁ。
まぁ、前回が前回だけに、少々のことじゃ大したネタではない気はするがな。
……と言うわけで、そろそろお開きでございまする~、あ、べんべんっ。
では、さよ=な=ら=

扇:要は、学園を舞台にしたヒーローもののパロディなのですが、無意味に熱くて、微妙に世知辛い人生を語ってくれちゃったりする、勢いのある漫画です。
これで、滝沢が熱いだけの男だったらただのスポ根漫画なのですが……とにかくセコくて情けない所もあって、色んな意味で笑えます。
では、さ/よ/うな/ら~

ナンセンスの極地

2006-05-24 23:31:47 | 伝奇小説
さて、伝奇か? 時代劇か? な第540回は、

タイトル:剣鬼喇嘛仏
著者:山田風太郎
文庫名:徳間文庫

であります。

風太郎忍法帖、最後の作品集。
例によって、一つずつ感想を書いていきます。

『女郎屋戦争』……田沼意知がお庭番として使っていた男が不祥事を起こした。こともあろうに、吉原に行く金が欲しさに辻斬りをしたのである。報告を受けた意知は、呆れながらも、そこから一つの金儲けを思いついた――。
侍専門の公営遊郭を造ってしまおうというアイディアが面白い。突如現れたライバルにあたふたする吉原、最初は調子が良かったもののサービスの悪さから次第に落ち目になっていく新遊郭の姿が皮肉っぽく描かれている。身に付けた技を発揮することも出来ず、ひたすら落ちぶれていく服部億蔵に哀愁を感じるのは私だけではあるまい。

『伊賀の散歩道』……伊勢の老公・藤堂高次が新しい妾を連れて帰国した。名はおらん。彼女自身は申し分のない聡明な人物だったが、一緒に連れてきた弟・歩左衛門に問題があった。大目付は配下の風忍斉に命じ、歩左衛門の調査をさせるが――。
師匠である江戸川乱歩をネタにしたパロディ小説。『江戸川乱歩傑作選』を先に読んでおくとかなり笑えると思う。個人的に、こういう遊びは好きではないが、最終行で「そうきたか」と思わせてくれたので黙認。

『伊賀の聴恋器』……忍の術を否定し、軍学をもって身を立てようとする男・服部大陣。柳生但馬の娘・お万様に一目惚れした彼は、自ら発明した『聴恋器』を使って恋を成就させようと企むが。
ことごとくこちらの予想を裏切ってくれるドタバタ話。口八丁手八丁で売り込んだ怪しげな機械・聴恋器に振り回されていく大陣も笑えるが、いかにも雑魚っぽい登場をしておきながら最後まで出張る××もなかなか楽しい。にしても、サドマゾって単語を堂々と時代劇で出しても違和感ないのは山田風太郎ぐらいのものだと思う。

『羅妖の秀康』……家康の子ながら、その容貌故に遠ざけられた男・秀康。梅毒のために鼻を失い、さらに荒れていた時、彼は興味深いものを目にする。部下の忍が、失った耳を取り戻していたのだ――。
ネタが下品……って、風太郎忍法帖では当たり前と言えば当たり前だけど。主人公より、彼に敗れた忍者の方が憐れな気がするのは私だけだろうか?

『剣鬼喇嘛仏』……小次郎との死闘を制し、素早く船に乗って巌流島を後にする宮本武蔵。だが、彼の前に新たな挑戦者が現れ――。
表題作、ちなみに主人公は武蔵ではない。これまたネタが下品。書くとネタバレになるので伏せておくが、あの姿で挑戦されたら、武蔵じゃなくても絶対引くと思う。ただ、主人公の姿は武蔵の末路の一つかも知れない、と考えて読むと意外と深い話……かも。でもやっぱりナンセンスな部分の方が目立つんだよなぁ。

『春夢兵』……大探検家から忍びへと転身した男・間宮林蔵。彼は八戸藩の異変を探るため、次々と忍びを送り込む――。
ネタがバラバラで、まとまっていない感じのする短編。間宮林蔵が出る必要はあまりないし、半ば独立国のようになっている八戸藩の設定も生かされているとは言い難い。要は三匹の子豚ならぬ三人の忍者の忍法を描いて終わりといった感じ。しかも、事件を解決する最後の忍法が……もの凄く汚い。(卑怯という意味ではなくて)

『甲賀南蛮寺領』……甲賀は追いつめられていた。信長より、南蛮寺の寺領になれという命が下ったのである。甲賀五十三家は甲賀宗家の家老格が出した策に命運を賭けるが――。
甲賀忍者軍団! 対 伴天連の妖術! という妖怪大戦争みたいな話……ではない。何だかんだ言って数の暴力には歯が立たず、起死回生の風太郎流忍法(色仕掛けとも言う)も役に立たずに、甲賀衆は追いつめられていく。派手さはないが、最後の最後に使った策は面白かった。

微妙です……下品なとこをさっぴいても。
小粒な作品が多く、これは当たり! とオススメできるものがない。
戦闘シーンは盛り上がりに欠けるし、『甲賀忍法帖』のようなカタルシスもない、と来ては……ハズレかなぁ。

本当に久々だと思う

2006-05-23 20:21:23 | 伝奇小説
さて、たまには、ということで第539回は、

タイトル:ブルー・マン〈神を食った男〉
著者:菊地秀行
文庫名:講談社文庫

であります。

菊地秀行の伝奇ホラーです。
超絶美形の殺人鬼・八千草飛鳥が悪を……斬らない、つーか、こいつ自体がかなりの悪。(笑)

18歳で57人を惨殺した殺人鬼・八千草飛鳥。
類い希なる美貌を持ちながら、肉欲と殺戮欲に支配されたこの男に、一柱の神が降臨した。
かつて日本を闇の側から支配し、渡来の神によって駆逐された――国津神と呼ばれる存在である……。

再び現世に害を為さんとする災神を打ち破るため、日米の猛者が奈良に集結した。
だが、神は用意された依代には降りず、大仏の指の示す先にいる青年を選んだ。
法力、呪力、超能力を駆使して、彼らは飛鳥を追った!

何というか……菊地ですね。

普通の人間に神が宿り、スーパーパワーを発揮する、ここまでは至って普通。
問題は、宿った相手がサドでヘタレで外道だと言うこと――しかも、改心したりしない。
神の力を使ってやりたい放題やります、おおよそヒーローらしいところは一つもありません。

気に入った相手は全部食う!(色んな意味で)
権力者に近づいて身の保身を計る!(死体の始末もそっち持ち)
強いヤツにボコられたらひたすら逃げる!(泣いて命乞いをする場合もあり)

素晴らしくセコイですね。(笑)

このセコさがキャラを立てているんだから、世の中面白い。
力を手に入れた途端に聖人君子になったり、軟弱ながらも努力する主人公ってのはよく見かけますが、ここまで情けない主人公って初めて見ました。
これが単に情けないだけなら愛嬌があるんですが、やること為すことすべてが自分の欲望の発散のためだけという外道なので同情の余地なし。

それでも、その美貌だけで人がふらふら~っとなってしまうのはさすが菊地と言うべきでしょうか。
敵も餌食も一般人も、飛鳥の顔だけは褒めてます……それ以外は相手にしてもらえないのだけど。
ちなみに一つだけやった善行『某少女の敵討ち』も、顔絡みでした、ある意味不幸な人物かも知れない。

ストーリーは……まぁ、あってないようなものです。
国津神と天津神の因縁とか、法力がどーしたとか、ESPがどーたらとか、日本の支配者は古来より~云々とか、それっぽいネタは転がってるけど大した特徴なし。
よーするに、強力な力を持った存在が出現したんで、それを巡って怪しい方々が暗躍する、それだけです。(伝奇物って大体そうか?)

菊地ファンならオススメ、なのかなぁ?
例によって御子様にはオススメできません。

最大のサプライズは――これ、一冊で完結していないこと。
かなり中途半端な終わり方の後に、「この物語はさらにつづく」と言われた日にゃ、目が点になりました。
続き読むか? と聞かれたら、別にいーやと答えますが。(笑)

知らぬが仏

2006-05-22 23:52:47 | ミステリ+ホラー
さて、再びこの方にハマるのか? な第538回は、

タイトル:天帝妖狐
著者:乙一
文庫名:集英社文庫

であります。

乙一の作品集です。
黒か白かと言われると……どっちも混じってる、かな。
二作品あるので、それぞれ感想を書いていきます。

『A MASKED BALL ア マスクド ボール――及びトイレのタバコさんの出現と消失』

高校二年の秋、隠れて煙草を吸う場所として使っていたトイレで、ある出来事が起こった。
それまでずっと綺麗な状態を保っていた個室の壁に、「ラクガキヲスルベカラズ」という落書きが書かれていたのだ。
次の日には、別の落書きがツッコミを入れ、同じ日の夕方にはさらに二つの落書きが増えた。
『僕』も加わり、以後、顔も本名も解らない五人の奇妙な会話が続くことになるが――。

今で言うところの、匿名のネット掲示板会話をトイレの壁でやったような話。

すぐ近くに本人がいること、正体を看破しようと思えば容易にできること等が独特の緊迫感を生んでいる。
この色彩は、偽名すら名乗らずにカタカナだけで書き込みを行う『カタカナ君』の暴走により、一層濃くなってゆく。
主人公と匿名の人々の会話、主人公と友人達の平凡な会話、二つが次第に接近していき、一つのカタスロフ(というほど大げさではないが)に収束していく展開は見事。

それにしてもこの主人公、結構幸せ者だなぁ……程よく善人な人々に囲まれてるし。


『天帝妖狐』

ある日杏子は、包帯で顔を隠した青年・夜木を助けた。
全身から不気味な気配を発散していたにも関わらず、常に腰が低く、食事も固辞する夜木に興味を覚え、彼女は自宅に彼を住まわせることを決める。
だが、周囲は夜木をそっとしてはおかなかった……ある事件を機に、彼は杏子の前から姿を消した――。

夜木から杏子に宛てた手紙と、杏子の回想が交互に綴られるホラー。
手紙で語られる夜木の過去、特にコックリさんで呼び出された存在との会話、は非常~に不気味。
違う世界に住む男女が出会い、ぎこちない接触を経て救いの片鱗を見る展開は後の白乙一を彷彿とさせるが、事実上ハッピーエンドではないのは個人的にマル。


あれ……終わっちゃった。
長さ的には中編二つ、といったところです。
『A MASKED BALL~』は軽めの文章で読みやすい一方、『天帝妖狐』は結構重めなので、続けて読むとちょっと感覚狂うかも。

どちらも水準の高い作品だと思いますが、好みでいくと前者でしょうか。
結構ヤバめの展開の割には、超がつくほど善人な主人公や、少しひねってあるヒロイン(?)のおかげで、妙に爽やかな作品に仕上がっています。
後者も悪い作品ではないのですが、途中から淡々とし過ぎてて、最後まで特に変化が感じられなかったのが難点。

いい作品集だと思います、オススメ。
さて、次は何を拾ってこようかな……。



――【つれづれナビ!】――
 ◆ 『乙一』のまとめページへ
 ◇ 『つれづれ総合案内所』へ