つれづれ読書日記

SENとLINN、二人で更新中の書評ブログです。小説、漫画、新書などの感想を独断と偏見でつれづれと書いていきます。

へぇ、ミステリーなんだ

2007-10-21 17:34:22 | 時代劇・歴史物
さて、寒がりにはろくでもない季節になったのよなぁの第913回は、

タイトル:血ぬられた法王一族
著者:桐生操
出版社:ベネッセコーポレーション 福武文庫(初版:'96)

であります。

お初の作家さんです。
Wikiを見ると、ふたりでおなじペンネームを使っていると言うことだけど、どちらが書いたのかは不明。

まぁ、別にどっちでもいーんだけど。
では、ストーリーへ。

『「ボルジア一族の野望」
15世紀末、現法王アレッサンドロ六世の息子であるホアン・ボルジアが何者かに暗殺された。
放蕩息子だったが父である法王に溺愛されていたホアンの暗殺事件に、人々は誰が犯人かを噂しあっていた。

同じく法王の息子で枢機卿のチェーザレへ逢うために、フィレンツェの特使として旅路を進んでいたマキアヴェッリは、上司のソデリーニ司教に、暗殺事件の話をきっかけに、ボルジア家にまつわる様々な話を聞かされる。

法王アレッサンドロ六世が法王になるために行った権謀術数、チェーザレのロマーニャ地方制覇、チェーザレやホアンの妹で兄や父の謀略に翻弄されながら生きたルクレツィア……そんなボルジア家の生き様に思いを馳せながら、マキアヴェッリたちはチェーザレのもとを訪れた。

「探偵ダ・ヴィンチ」
チェーザレに出会い、フィレンツェ侵攻を思いとどまらせることが難しいことを知ったマキアヴェッリとソデリーニ司教。
ソデリーニは、マキアヴェッリにホアン暗殺事件の真相を探り、チェーザレを追い詰めろと命じた。
同時に、同郷でチェーザレのもとにいるレオナルド・ダ・ヴィンチに協力を仰ぐように、とも。

暗殺事件の真相を探る命を受けたマキアヴェッリは、ダ・ヴィンチのもとへ足繁く通い、ダ・ヴィンチにボルジア家の周囲で巻き起こる様々な事件や事情を語っていく。』

……あー、読んでた時間返してくんねぇかなぁ……。
いやぁ、それくらいお話としておもしろみもなけりゃ、ミステリとしての魅力も皆無だし、文章下手だし、構成も変だし、キャラも立ってないヤツ多すぎだし、これほど酷いのを読むのは久しぶりだわ。

評価しようにも上のだけでじゅーぶんな気がとてつもなくするけど、いちおう、個別にはやっておきます。
ただし、毒吐きまくりだと思うので、気分を害する場合があるかもしれません。
あしからず。

では、最初の「ボルジア一族の野望」から。
単なるアレッサンドロ六世とその子供たちの歴史紹介を、小説風にアレンジしただけで見るべきところは皆無。
この時点で、いったいどこがミステリなんだろう? とかなり疑問に思う方は多いでしょう。

で、よいところはない代わりに悪いところばかり。
まず文章。

下手です。

一行を開けて場面を区切るのはふつうだけど、区切りまくりでぶつ切れなので読みにくいことこの上ない。
また、視点の変更が極めてお粗末。
5行くらいルクレツィアの視点で書いて、その後にはチェーザレの視点に唐突に変わっていたり、話し言葉が男性は男性でほぼ一緒のため、いったい誰が喋っているのかがよくわからなかったり、いちおうマキアヴェッリがソデリーニ司教から聞いていると言う体裁なのに、その体裁がほとんど反映されていなかったり、歴史紹介のとごちゃまぜになって場面変換がおかしかったり。

ラノベでは文章のことをけっこう言ってきたけれど、さすがにここまで酷いのは若い作家が多いラノベでもなかなかいない。
と言うか、三点リーダの多用とか、そういうところに目をつぶれば、デビューしたてのラノベ作家のほうが何倍も上手。
文章で稼ぐんなら、文章の書き方くらいもっと精進してくれと言いたいくらい。

で、次の「探偵ダ・ヴィンチ」
単に、「ボルジア一族の野望」の話をマキアヴェッリがダ・ヴィンチに話すだけの会話文主体の構成。
これもたったふたりしかいないにも関わらず、話し方がまったく一緒なので、どっちのセリフなのかがわからないこと多し。

途中、たまにチェーザレとダ・ヴィンチの会話が入ったりするけど、なんか意味があるのか不明。
いちおう、ミステリとしての謎解きには必要だったらしい、とオチを読んでいれば思えるのだが、そのオチも謎解きしようと思えるほどのものでもないし、そもそもオチに至る伏線とかがいったい何だったのか、思い出せない……。
たいてい、「あれが伏線だったのか」って気にさせられる場面とか、小道具とかが思い出せるんだけど、それがない時点でこれはミステリなのだろうか、とかなり疑問。

キャラも、「ボルジア一族の野望」のときのキャラ造形と違っていたりして、立っていない。
そもそもソデリーニからボルジア家のことを聞いたマキアヴェッリが話してんのに、なんで造形が違ってしまうのか、理解不能。

まー、もーなんて言っていいのかわからんないくらい、いいとこないね、この本。
あ、ひとつだけ私にはいいことはあったかも。
この手の世界史関係は明るくないので、「へぇ」と勉強にはなったかな。

でもそれだけなので、総評、落第。
と言うより、留年決定。
きっと、このひとの作品は二度と読みません。

窃盗は犯罪です

2006-12-08 20:55:02 | 時代劇・歴史物
さて、標語じゃないぞの第738回は、

タイトル:中国大盗伝
著者:駒田信二
出版社:筑摩書房 ちくま文庫(初版:H12 前初版:S51)

であります。

古っ!(笑)
単行本で出てるかもと思ってぱらぱらめくってたら、76年刊行のを再編集、ってあったから思わず……。

さておき、本書はタイトルどおり、中国もので、「盗」の文字が入っているとおり、中国の歴史などに登場する、何らかのものを「盗」んだ人物を、史実などをもとにして描いた短編集。
では、6話それぞれに。

襤褸らんると錦――陳勝・呉広(秦)」
秦の始皇帝の時代、徴収された農民兵の班長である陳勝と呉広と言うふたりを中心にした物語で、任地へ赴く際に叛乱を起こし、圧政に苦しんでいた集団を取り込みながら進軍、ついに陳勝は王を名乗り、大楚を樹立する。

しかし、王となった陳勝は次第に叛乱のときの心を忘れるとともに、破竹の勢いをなくした軍は敗戦を繰り返すようになり、大楚はたった6ヶ月の幕を閉じる。

タイトルそのままの物語で、襤褸……日本語読みをすれば「ぼろ」を着た農民兵から錦をきらめかせる王にのし上がり、滅んだ国と陳勝の姿を描いたもの。
こうした時代らしい栄枯盛衰の物語。

「鼓腹の雑胡――安禄山(唐)」
安史の乱で有名な安禄山の物語で、その生誕から、いわゆる交易の仲介人を経て、張守珪のもとである部隊の小隊長になる。
そこから軍功を立て、唐の玄宗に取り入り、出世を遂げた後、乱を起こして皇帝を名乗り、息子に殺されるまでの障害を描いている。

歴史の教科書からでは絶対に知り得ない安禄山の姿というものを知ることが出来る作品。

「床下の義賊――無名氏(唐)」
これは名も残っていないある義賊の物語だが、その義賊が出てくるのはかなり後。
房徳は、学問を志し、試験を受けるも毎回落ちてばかり。女房にはつらく当たられている毎日だったが、ひょんなことから盗賊たちの頭目にさせられる。
だが、これは盗賊たちが逃げるための生け贄のようなもので、案の定捕まるが、そのときの役人李勉のおかげで逃げることが出来る。

その後、いわゆる県知事になった房徳は、命の恩人である李勉に出会い、妻の諫言に乗せられ、李勉の命をある者に狙わせるが……。

「黄金の蝶――無名氏(唐)」
まるで本物のように動く細工物を作る馬句田と言う人物の物語。
唐の代宗の時代、その細工物で近く侍ることを許された馬句田は、その細工の腕をもって宝物庫にある黄金をすべて蝶に変えてしまい、逃げ出す。

また、富裕な家の息子に取り入り、おなじようにその財産を蝶に変えてしまう話の二本立て。

「美女と崑崙奴――朱全忠(唐)」
唐の昭宣帝から禅譲を受け梁を建国した朱全忠の物語。
……だが、国をどうこうする話ではなく、その前の盗賊時代の話で、ある宦官の下僕となり、美女姉妹を利用して、その宦官の財産をくすねるのが中心の話。

「韓夫人の神様――孫神通(宋)」
皇帝の寵愛を失い、太尉夫妻のもとで養生することとなった韓夫人は病気の快癒に霊験あらたかだった二郎神の姿をした男と出会い、その男……道士孫神通とともに逃げる物語。

中国ものや、歴史ものに興味がなければ、まったくおもしろみのない短編集のような気がする。
ただ、そうでなくても、歴史の教科書には出てこない史実と知識に裏打ちされた、こうした裏話みたいな感じに読むにはいいんじゃないかなとは思うけどね。
物語として読むよりも、こうした読み方のほうがおもしろかったけど。

しかし、漢字のルビの少なさ……特に名前とか地名とかの名詞がつらいところはある。
まぁ、それでも短編だから手軽だし、借りるには適(爆)

……買えよ! と言う突っ込みは受け付けません(笑)

で、鷺の墓って結局何だっけ?

2006-11-21 23:54:31 | 時代劇・歴史物
さて、何かしっくりこない第721回は、

タイトル:鷺の墓
著者:今井絵美子
出版社:角川春樹事務所 ハルキ文庫(初版:H17)

であります。

お初の作家さんです。
瀬戸内のある藩を舞台に、様々な人物の日常を描く連作短編集。
全五編を収録。例によって、一つずつ感想を述べていきます。


『鷺の墓』……ある日突然、馬廻り組に所属する保坂市之進は藩主の弟・松之助の警護の任を言い渡された。近習組に役替えになるわけではなく、飽くまで臨時の役目とのことだが、これを機に家禄が戻るかも知れないと彼は期待する。さっそく祖母の槇乃にそのことを伝えたが、なぜか返ってきた反応はつれないものだった――。

本書の主人公的存在・市之進の出生にまつわる話。他の話にも顔を出すお助けキャラ・保坂彦四郎も登場する。序盤はいかにも裏がありそうな雰囲気があるが、予想外のことなど何一つ起こらずにすべては終わる。結局の所、市之進の葛藤がすべてなのだが、それにしてはラストが軽くて薄い。


『空豆』……その面相故に空豆と呼ばれている男・栗栖又造には悩みがあった。家禄のことではない。妻に先立たれ、子もない身ならば、三十五石でも食うには困らぬ。荒れ放題の庭を見るのは悲しいが、悩む程ではない。今考えるべきなのは、妻の遺言に従って身の回りの世話をしてくれている姪の芙岐の縁組みである――。

出世にも人間関係にも興味を持たず、ただ朽ちていくだけの人生を選んだ男が、過去と現在の双方に追われて苦悩する姿を描いたリアリズム溢れる力作。自分自身は良くとも周囲はそうはいかぬという、現代にも通じる問題を扱っているが、ちゃんと時代劇ならではの展開を用意しているのも素晴らしい。


『無花果、朝霧に濡れて』……牛尾爽太郎の妻・紀和は、火の車の家計を支えるために針仕事を行っていた。しかも、義姉が持ち込んできた出世の話に乗るためには、五両もの大金が必要になる。意を決して、紀和は質屋へと向かうが――。

とにかく顔の広い男・保坂彦四郎が再登場し、紀和を助ける、ただそれだけの話。『鷺の墓』で彦四郎が語っていた駆け落ち騒ぎの真相が明かされるので、連作短編のつなぎとしては一応意味がある。しかし、昔の思い人に会っただけですべてが好転したような御都合主義全開のラストは頂けない。


『秋の食客』……十年目にしてようやく勘定方下役に出世し、田之庄町の組屋敷に移れるようになった祖江田藤吾。しかし、浮かれ気分も長くは続かなかった。高尾源太夫と名乗る無精髭の男が現れ、江戸留守居役の添え状を盾に居候を決め込んでしまったのだ。藤吾は何とかして源太夫を追い出そうと策を練るが――。

他四編とは異なり、妙に明るいタッチの作品。妙に器用で憎めない源太夫のキャラも面白いが、最初は源太夫を嫌がっていたのに、役に立つと解ると態度を一変させる瑠璃(藤吾の妻)もかなりいい味を出している。『空豆』の続編にあたり、あの話はその後どうなったの? というモヤモヤを晴らしてくれるのもありがたい。


『逃げ水』……ある日、市之進は落ち着いた雰囲気の美女とすれ違った。槇乃の話で、それが幼馴染みの野枝であり、遠方の嫁ぎ先から離縁されて戻ってきたのだと知る。市之進は彼女の力になりたいと望むのだが――。

市之進を主役とした悲恋物。枝エピソードとして、彦四郎が自分の宙ぶらりんな状態にケリを付ける話も挿入されている。彦四郎と野枝の物語に特に問題はない(同時に面白みもない)が、最後の最後になって唐突に明かされる真相と、取って付けたようなめでたしめでたしはいかがものか。特に、市之進が赤い糸という単語を持ち出すあたりは、はぁ? と首をかしげてしまった。ただし、タイトルだけは秀逸。


非常に時代の描写が細かい作品です。
これ書こうと思ったら並みの勉強量では足りないでしょう、とにかく知識が凄い。
不勉強な私の場合、ルビなかったら多分読めません。(爆)

ストーリーの進め方も特に問題はないのですが……オチがちょっと。
どの短編も、後にモヤモヤが残る中途半端な終わり方をしています。
これを味と取るか、単に下手と取るかで評価が大きく変わるでしょう。

チャンバラメインではない時代劇が好みの方には合うかも知れません。
でも、同じタイプの短編集なら『御宿かわせみ』の方が私は好きだなぁ……。

こんなのも書けるのか

2006-11-19 17:47:38 | 時代劇・歴史物
さて、記事書いてるときの左下にある画像がいつも気色悪くて気分が悪くなるの第719回は、

タイトル:独孤剣
著者:藤水名子
出版社:角川春樹事務所 時代小説文庫(初版:H14)

であります。

中国を舞台にしたいわゆる剣侠小説を得意とする著者の、剣侠ものの長編。
前回「王昭君」の評価もよく、だいぶん月日も経った……と言うか、6月だから5ヶ月経て(爆)の再登場。

……ただし、かなりのを吐きまくる予定なので、見たくない方はご注意を。

流刑という重罪を得、そして刑期を終えて出てきた、元罪人であることを示す金印を額に晒したひとりの男、李竣。
剣を鞘に収め、鞘のうちから敵を屠る独孤剣と言う剣技を身につけた李竣は、3人の悪辣な男たちに支配されている穏華荘と言う宿場町を訪れていた。

過去に、軍事費の公金横領と言う冤罪を、親友であった林之睦とともに被せられ、獄中で自殺した林、そして自らを拷問し続けた獄吏、それが穏華荘を支配する男たちだった。
また、林と病死したその妻、暎華の娘である美芳が穏華荘の小さな宿に引き取られ、苦しい生活をしていることもここを訪れる要因だった。

だが、3人の支配者たちが差し向けた役人たちとの戦いに傷ついた李竣は、一時立ち寄った酒場の女主人小苓に助けられ……。

総評、駄作

おそらく、「王昭君」を読んでいなければ、二度とこのひとの作品は読まない、と決断したであろうほどに、駄作。
ぶつぶつと繋がりに乏しい場面&ストーリー展開、読みやすい敵の首魁、その理由のどうでもよさ加減&ありきたりなネタ、ラストの尻切れトンボ、まったく意味を見出せない小苓や美芳のキャラ、無駄としか言いようがなくうざったいだけの擬音、中途半端なキャラや固有名詞の中国読みと日本語音読みの混在などなど、よくもまぁ、これで出そうと編集部も著者も思ったものだと、つくづく思ったね。

だいたい、序盤から中盤がほとんど状況だけの流れで、終盤に至って「実はこうでした」というような、回答だけ最後に用意して満足する下手な推理小説みたいな展開がおもしろいわけがない。
久しぶりに、読んでいてあまりのつまらなさに眠くなると言う拒否反応を体験してしまったね。

120%、オススメしない。
250ページあまり、660円+税、ぼったくられないようにしましょう。

殷周革命でGO!

2006-10-25 23:36:38 | 時代劇・歴史物
さて、実は『封神演義』は未読だったりする第694回は、

タイトル:周公旦
著者:酒見賢一
出版社:文藝春秋 文春文庫

であります。

酒見賢一、三度登場です。
『墨攻』にするか『童貞』にするか考えていた時に、たまたま見かけて拾いました。(爆)



文王が没し、子の武王が即位して九年……遂に武王は殷討伐の兵を挙げた。
だが、この時の武王は殷の臣下・西伯に過ぎず、いかなる理由があろうとこれは大逆だった。
武王は文王の威光にすがり、各諸侯が対殷戦争に反対しないことを祈るしかなかった。

行軍中、王弟・周公旦は一人の人物に注目していた。
武王の師にして自軍最高の軍師・太公望呂尚である。
ある二名の賢人が武王の行く手を遮った際、その場を収めた呂尚は天下を望む者の顔を垣間見せたのだ。

仮に呂尚が天下を獲んとしたならば、周公旦は彼と争わねばならない。
だが、同時に自分と呂尚が争うことはあるまい、とも思う。
文王には及ばぬものの武王もまた覇者の資格を持つ人物であり、彼が健在である限り、呂尚とて迂闊に動けはしないからだ。

周公旦の妄想は、妄想で終わらなかった。
周建国の後、武王は早々に病没したのである。



私が『後宮小説』を読んで、相方が『墨攻』を読んで、三冊目となる、酒見賢一ですが――

圧巻でした。

例によって、いくつもの資料を紹介し、それについて著者が持論を述べるという歴史書風の書き方で、古代中国の一大事件『殷周革命』とその後の顛末を描きます。

著者は冒頭で、武王の弟であり、周の重鎮であった周公旦に興味を持った理由――主君である成王に疑惑を持たれ、楚に亡命したこと――を書いています。
南蛮の国・楚は周と折りの合わない異文化圏で、はっきり言ってしまえば敵国でした。
なぜ、成立したばかりの周を支えるべき人物が、自領に帰ることも有力諸侯に頼ることもせず、わざわざ危険な敵国に逃げ込んだのか? 著者の探求はそこから始まります。

また、著者は周公旦の特徴として、彼が祭祀を司る神官であったことを挙げています。
当時既に、専門家の仕事であった呪術行為を、貴人である彼がなぜ行ったのか?
そして、彼が整理改編に一生を捧げた『礼』とはいかなる概念か?
著者は、各種記録を読み解くことで、周公旦という人物を掘り下げていきます。

物語は概ね二部構成で、前半は武王と殷の戦い、周の建国、武王の不調等のイベントを通して、周公旦が『礼』を研究、実践する姿を描くのがメイン。
で、武王の崩御をターニング・ポイントとして、後半は冒頭にあった楚への亡命、『礼』が異文化に通じるかの実験、そして、周への帰還と最後の後始末が描かれます。
戦争描写は皆無、物語的な盛り上がりも乏しいのでカタルシスを求める方は不満を覚えるかも知れませんが、呪術と政治が密接に結びついていた時代を丁寧に描写しており、その中で繰り広げられる政争はかなり読み応えがありました。

もちろん、それだけではただの解説書で終わってしまうので、小説ならではのアレンジも加えられています。
もっとも顕著なのは、周公旦がシャーマンとして呪術を行うシーンで、歴史小説と言うよりはファンタジーに近い描写がなされています――いや、もちろん『封神演義』のようにド派手なことはやらないんですけどね。
個人的には、聖人の如く扱われている太公望を、冷徹な現実主義者として描いているのが新鮮でした。野望に責任を混ぜることで自分を納得させる所など、非常に味があって好きです。

中国史マニアは必読。
やっぱりこの人の歴史観は好きだなぁ。

彦馬が撮る!

2006-10-24 23:34:56 | 時代劇・歴史物
さて、初めて名前を知った第693回は、

タイトル:坂本龍馬の写真―写真師彦馬推理帖
著者:伴野 朗
出版社:新潮社 新潮文庫

であります。

お初の作家さんです。
日本初の写真家・上野彦馬を探偵役にした時代ミステリ。
短編集なので、一つずつ感想を書いていきます――

と、普通なら言うところですが……。

すいません、これ進む毎にテンション下がる作品なんで、今回はまとめて紹介します。

冒頭にも書いた通り、主人公は日本初の写真家・上野彦馬。
坂本龍馬の有名な写真(木の台によっかかってる奴)を撮った方です……初めて知った。(爆)
全七編の連作短編で、二十七歳で龍馬と出会い、六十六歳で没するまでの彼の人生を追います。

どの短編も彦馬が撮った写真がタイトル、及び、事件解決のキーとなっているのが特徴。
最初の坂本龍馬だけでなく、桐野利秋(人斬り半次郎)、丁汝昌(日清戦争時の清の提督)、ニコライ皇太子(後のニコライ二世)等、歴史の有名人が多数登場します。
また、写真技術の解説が非常に詳しく、短編も時代順に並んでいるため、読んでいるだけで写真史の勉強になります――興味がない方は退屈に感じるかも知れませんが。

ミステリとしては……良く言えば素直、悪く言えば安直。
事件終了と同時に話を切って、『彦馬の撮影控』で謎解き、または、まとめを行うパターンもちと強引に感じました。
ただ、犯人が既に解っている状態で、彦馬が写真による罠を仕掛ける『幽霊の写真』は面白かった。
後付けで犯人を作る必要も、他に候補がいない状態で犯人当てをする必要もなかったのが幸いしたといった所でしょうか。

時代小説として読めば……そこそこ。
ただ、一編終わる毎に五~十年の時が過ぎ、それに伴って彦馬の俗物ぶりが目立ってくるのはどうかと……特に女性関係のだらしなさは呆れるばかり。
基本的に彦馬中心の話のため、出てくる人物達にほとんど魅力が感じられないのも引っかかりました。歴史上の人物も存在感薄いし。
(好奇心の塊の龍馬が、暗室まで入ってきたのは笑えたけど)

駄目! とは言いませんが、イマイチ。
写真史に興味がある方はさらっと読んでみてもいいかも知れません。
当時の写真家の苦労がよーく解ります。

飛んでコンスタンティノープル

2006-09-27 17:39:12 | 時代劇・歴史物
さて、さりげに獣の数字な第666回は、

タイトル:コンスタンティノープルの陥落
著者:塩野七生
出版社:新潮社 新潮文庫(初版:H3)

であります。

塩野七生の『地中海戦記三部作』の第一部です。
シャレでもハッタリでもなく本物のミレニアム・エンパイア――ビザンチン帝国(東ローマ帝国)、その首都として栄華を誇ったコンスタンティノープルの最期を描く歴史絵巻。
第三部『レパントの海戦』を先に読んじゃったりしてますが、気にしないで下さい。

一四五一年二月、オスマントルコに新たなスルタンが誕生しました。
彼の名はマホメッド二世。十二歳の時に一度即位しながらも、わずか二年で権力の座を追われ、さらに五年後、父の急逝に伴って再び玉座に就いた十八歳の青年君主です。
この若者が歴史上一度しか成功していないコンスタンティノープル攻略に着手することを予測できたのは、ごく僅かな人々だけでした。
(コンスタンティノープル陥落まで、あと二年)

一四五二年三月、マホメッド二世はコンスタンティノープルの目と鼻の先に『ルメーリ・ヒサーリ(ヨーロッパの城)』と呼ばれる要塞の建設を始めました。
自身の領内に無断で城を建てようとする行為に怒ったビザンチン皇帝の抗議を、ボスフォロス海峡の安全確保のためと退け、トルコは八月末に要塞を完成させます。
さらに、ルメーリ・ヒサーリとその対岸に元からあった『アナドール・ヒサーリ(アジアの城)』の両方に大砲を設置し、海峡を通る船に莫大な通行量を要求しました。
若きスルタンがコンスタンティノープル攻略を目指していることは、誰の目にも明らかでした。
(コンスタンティノープル陥落まで、あと九ヶ月)

一四五三年四月十二日、トルコ軍は陸海両面からコンスタンティノープルに襲いかかりました。
陸では巨砲が火を吹いて城壁を震わせ、海では三百艘の船が金角湾の入口に押し寄せます。
攻撃側は陸軍だけで十六万、守備側はすべて合わせても七千しかいません。
ヴェネツィアとジェノヴァの支援を待つ、絶望的な戦いが始まったのです――。

本の解説というより歴史話になってしまいましたが、概要はそんなところです。
後に記録を残している人々が多数登場し、それぞれの視点で歴史を語るスタイルは『レパントの海戦』と同じ。ついでに名前覚えるのが大変なのも同じ……。
物理的な戦いだけでなく、ビザンチン帝国&トルコ&ヴェネツィア&ジェノヴァ、四つの勢力の立場と、コンスタンティノープルを巡る水面下のやりとりも描かれているので、無学な私でも背後関係やら戦いに至る経緯がよく理解できました。

解説に「」を付けただけの説明台詞が多かったり、各人物に対する作者の好みが露骨に出てたり、ヴェネツィア贔屓の視点がそこかしこに見えたり……と、三百六十度全方位で七生イズムが炸裂してますが、歴史年表だと『陥落』の一言で済まされてしまう事件をここまでダイナミックに描いてくれるならそれも良し。

そして皆さん、いよいよ今日のその時がやってまいります。

一四五三年五月二十九日、トルコ軍の総攻撃によりコンスタンティノープルは陥落します。
それは同時に、千年の歴史を誇るビザンチン帝国の終焉をも意味していました。
征服王と呼ばれたマホメッド二世は以後も各地を転戦し、オスマン帝国の版図を拡大してゆきます……。

西洋史好きは必読。
かなりの気合いがいりますが、読んで損はないです。
いや、『その時歴史が動いた』ごっこがやりたくて紹介したわけではないですよ。(笑)

さぁ、どこまで創作でしょう?

2006-09-11 23:54:51 | 時代劇・歴史物
さて、さりげにキリ番ゲットな第650回は、

タイトル:五台山清涼寺
著者:陳舜臣
出版社:集英社 集英社文庫

であります。

ミステリ作家にして中国歴史小説の大御所、陳舜臣の短編集。
拾い読みではなく、まともに一冊読むのはこれが初めてだったり。(爆)
例によって、一つずつ感想を書いていきます。

『日鋳の鏡』……時は三国時代、舞台は呉の国。鏡作りで知られる日鋳嶺の工匠達は、孫権の命で武器作りを強制されていた。本来の仕事に戻りたいが、戦は当分終わりそうにない。そんなある日、脱走した若者の一人が帰郷し、東方にある倭の国に行けば鏡が作れると持ちかける――。
三国時代、倭の国、鏡と来ればあのネタか? と思っていたら、見事にラストで出てきました。ただ、呉の国の工匠が『景初』を使うのは不自然なので、例の論争を巻き起こした奴とは違うよね?(マイナーなネタですいません)

『天魔舞の鐘』……時は元朝末期。王室需要の物資製造を担う厳安福は、部下の工匠であり幼馴染みでもある羅忠に時計製作を頼んだ。羅忠はこまごました仕事を嫌い、何万斤という大鐘を作ってみたい、ともらす。友のため、厳安福は一計を案じるが――。
元の支配に対する、漢人工匠のささやか(?)な抵抗を描いた物語。厳安福と羅忠の微妙な友情も上手く描けている。

『紙は舞う』……時は北宋末期。名だたる書家の文字に似せた形に紙を切り、客に披露する芸で知られる兪敬之は牢に入れられた。皇帝の寝所に潜り込み、切り抜き文字で脅しをかけた罪であった。兪敬之は身に覚えのないことと釈明するが――。
水滸伝の時代を扱っているが、国の興亡は飽くまで枝葉で、兪敬之の芸に対する想いを描くことに重点を置いている。サブで登場する、娘や助手との会話もいい。

『舌声一代』……時は明代末期。子供同士の戦争ごっこでいつも悪玉をやらされていた曹逢春は、全員を物語に合わせて動かす『語り役』をやりたいと強く願っていた。彼はある講釈師の弟子となるが――。
激動の時代を生き延び、その道の第一人者として名をはせた講釈師の物語。『紙は舞う』よりさらに深く、主人公の芸に対する想いが描かれている。ライバル(?)の名妓・王月生の使い方も面白い。

『五台山清涼寺』……時は清代初頭。南下する清軍と迎え撃つ明の残党に挟まれた豪族・冒襄は、軍隊によって愛妾・董小宛を奪われてしまう。董小宛以外の女性を否定する冒襄は、執拗に彼女を探し求めるが――。
史実を上手く利用したミステリ。最後の真相はちょっと裏技っぽいが、登場人物の設定を考えると納得はいく。イチオシ。

『花咲く月琴』……太平天国の重鎮・楊秀清が、天京内部に潜むスパイを探す話。作者自身が聞いた物語、という体裁なためか、小説と言うよりは中国史解説といった感じ。

『虎たちの宝』……これも形式的には『花咲く月琴』と同じ。第二次大戦終了後、香港に潜伏していたアーサー・ウィルソンの謎を追う話。こちらもイマイチ。

以上、最後の二編以外はかなり楽しめました。
軍人でも王族でもない人々の視点、というのがかなり好み。
ただ、主人公達の話と並行して、結構長い歴史解説が入っているので、中国史に興味がない人にはちと辛いかも。

はぁ……(溜息)

2006-07-30 21:56:30 | 時代劇・歴史物
さて、まだ無駄な時間を使ってしまった……と五右衛門風にの第607回は、

タイトル:二条の后
著者:杉本苑子
文庫名:集英社文庫

であります。

表題作を含む9編の時代小説が収録された短編集。
いつものように各編ごとに。

「二条ノ后」
藤原良房、基経父子の権勢に泥を塗るため、清和天皇に入内させるためにいた姫高子たかいこにとうとう通うことができた在原業平だったが、当初の目的を変じ、高子を連れて逃げようとするが基経に高子は連れ戻され、入内させられてしまう。
入内した高子は、天皇の寵愛を受けるが、高子は業平のことが忘れられず、天皇は一度業平に手折られた姫であることを知り懊悩する。
しかし、そんなそれぞれの思いはともかくも、藤原一門の天皇交代劇の謀略は進んでいく。

「焔の果て」
崇徳天皇の時代、藤原信西は愛人の朝子が皇太子候補の四ノ宮の乳母になることを機に、四ノ宮に賭けることにする。
いくつかの紆余曲折を経て、その望みがかない、位はどうあれ、権勢を振るうことが出来るようになった信西だったが……。

基本的に藤原信西の物語だが、本来の主人公は朝子だろうねぇ。
信西、その息子俊憲に通じたしたたかさがある。

「尼と人魚」
戯作者の山東京伝を亡くした妻ゆりとその叔母で尼の妙順は、京伝の弟の娘お増がこの土地家屋などの財産を狙っているとして、姪御然と接してくるお増に対抗しようとするが。

この短編集で唯一マシな作品。
まぁ、救いのない話ではあるが、ぞっとする恐ろしさがある。

「雪うさぎ」
雪うさぎなどと揶揄されながら、家の再興を願う津多女とその息子郡次郎は、松浦肥前守の奥方の出産の産婆をした際の出来事から、母子ともども取り上げられることとなる。
衆道の相手などを忍従しながら武士として生活していく中、しかし郡次郎が病に倒れ……。

いちおう、親子愛とかそういうのが見え隠れしないでもないが、母の津多女の深い執着を描いたもの。

「わびすけ」
蒲生下野守に殉じて死ぬことになってしまった夫、森川若狭を助けるために千世は父に嘆願するが、武家として助けることは出来ないと突っぱねられる。
それを聞いた馴染みの女絵師、深尾秋泉はふたりを逃がす強力をし、無事逃がすことに成功する。
だが、追っ手を差し向けたはずの父は、実は秋泉とともにふたりを逃がすつもりだった。

「西鶴置きみやげ」
『好色一代男』で名を売った西鶴は、しかし俳句、浮世草子に至るまで別人の著作を出して、大当たりしてしまっていた。
物語など書けない西鶴は、あるとき、とある事件で片腕を、もう片方の手の指の何本かも失った青年と出会い、その青年をゴーストライターとして次々と浮世草子を発表する。

西鶴と青年、北条団水、西鶴の娘などを登場人物にした話で、西鶴の死、遺稿と称して団水が作品を発表し続けるが、最終的に団水は歴史から名が消える、と言うところでおしまい。

「ほたるの庭」
産婆を呼びに行った夫が殺され、その仇を討つことを支えに母子ともども生活していたお柳と道之助は、浅井兵庫のもとで繕い物などをする針妙になる。
そこで仇の重要な証拠を掴んだが、その相手は妹と人目を忍んで逢う若衆のひとりだった。

「雪うさぎ」に通じる女性の情念を描いたもの。

「緋ざくら」
福永宗右衛門の側女の津和は、秘かに宗右衛門の息子理一郎を慕っていて、宗右衛門の存在がありながらもその訪れを秘かに願っていた。
それがとうとう訪れたと思ったとき、それは理一郎ではなく家士の宮原進七で、宗右衛門に見つかった進七は、主人を殺し、津和を連れて逃げ出してしまう。
進七から逃げることも出来ず何年かして江戸に戻ってきた津和だったが、仇討ちに出ていた理一郎に見つかり……。

「草ひばり」
故郷での勤めを辞して江戸で手習いを押しながら質素な生活をし、お光という婚約者まで出来た松谷主馬は、最近お光の話によく出てくる菊次という貸本屋の男に嫉妬し、その菊次が言い寄られている女の情人に絡まれているのを助けもせず眺めていた。
だがそのとき、菊次のやむない事情を知り……。

いやぁ、読むのがめんどうくさかったなぁ。
なんべん斜め読み……というか、とばし読みしてやろうかと思うくらいおもしろくなかった。
けっこうどろどろした話が多くて、そういうのは嫌いではない……のだが、感じるものはほとんどないし、中途半端に終わる感じのものもけっこうあったりと、短編集としてもかなりいまいち。

こういう時代小説が好きでなければオススメは出来ない。
9編収録で長い割に得るものは少ないので。

歴史コラム?

2006-07-10 23:57:01 | 時代劇・歴史物
さて、実は主役が存在しない第587回は、

タイトル:まぼろしの城
著者:池波正太郎
文庫名:講談社文庫

であります。

上杉、武田、北条等の巨大勢力に囲まれた地に座し、内紛の果てに真田昌幸によって滅亡させられた沼田家の人々を描く歴史長編です。
小国の悲劇といった話ではなく、自分の立場を自覚せずに狭い範囲内での権力争いに終始した人々の末路、と言った方が正しいかな。
事実上主人公は存在せず、沼田城の主・沼田万鬼斉(顕泰)、その側室ゆのみ、ゆのみの父・金子新左衛門、万鬼斉の嫡子・弥七朗(朝憲)、ゆのみの子・沼田平八郎(景義)など、様々な人々の視点で物語は進行します。

メインキャラが徹底的に甘い人物として描かれているのが特徴で、同じ小勢力でも機知によって激動の時代を切り抜けた真田の方々とは雲泥の差です。
謀略により自分の地位を固めようとする金子新左衛門ですら現実認識がかなり甘く、自分の立場を理解できないまま醜態を晒して舞台を去っていきます。
作者としては、そういう人々を哀れむわけでも蔑むわけでもなく、淡々と眺めている、そういった印象。

愛に溺れ、野望に溺れ、空回りしてすべてを失う、そんな人々の姿を描くのが主題の筈なんだけど……描き切れてないな、というのが正直なところ。
どのキャラも単純思考で物語のパーツ以上になっていないし、心理描写もかなり軽いため、情念も何も全く伝わってこない。
一人だけ、和田十兵衛というなかなか面白い役回りの人物がいたのですが、飽くまで脇役として身を引きました……この方だけオリジナルキャラだったのってある意味凄い皮肉かも。

キャラクター同士の個人的な絡みはともかく、沼田氏の内紛、万鬼斉の逃亡、平八郎の沼田城奪回作戦等、マクロなストーリーは史実を追っています。
そこで、折々に当時の情勢の簡単な解説を入れ、それについて作者が雑感を述べるという形を取っているのですが……非常に表層的な内容で、呆れました。
無意味な改行が多いためページ数の割には情報も少なく、歴史コラムと割り切るにしても底が浅い……ま、他がおざなりなおかげで最後に登場する真田昌幸だけ目立つのですが、それってどうかと思います。

全体的にイマイチでした、分量の問題もあるかも知れませんが。(全240頁)
『裏真田太平記』として読めば面白い……かも、平八郎を手玉に取る真田昌幸は結構ダークで格好いいです。
もっともその昌幸も、後に凄まじいっぷりで知られる小松姫に、沼田城の前で門前払いを食らうあたり、歴史は繰り返すと言うか何と言うか……。(笑)