つれづれ読書日記

SENとLINN、二人で更新中の書評ブログです。小説、漫画、新書などの感想を独断と偏見でつれづれと書いていきます。

いちおうミステリだけど……

2012-09-25 19:28:40 | ミステリ
さて、フレに紹介してもらったのよの第1026回は、

タイトル:カナリヤは眠れない
著者:近藤史恵
出版社:祥伝社 祥伝社文庫(初版:'99)

であります。

探偵役の整体師がかっこいいのだそうです(笑)
薦めてくれたフレの言葉ですが、どんなふうにかっこいいのか、けっこう興味津々で読んでみましたが、さてどうなることやら……。

ストーリーは、

『「私」はまたやってしまった。
深いブルーグレーのワンピース――九万八千円。袖を通し、試着してしまったばかりにまた高いお金を使ってしまった。
しかもそれを買うためのカードは夫が作ってくれたもの。
レストランなどをいくつも経営している夫はカードの明細書になんか目を通さない。
それをいいことに何か――それは義母の訪問によるお節介だったり――があると、つい衝動的に買ってしまう。

「私」には前科があった。
大学を出て、就職してからのことだった。地元から出て、地元のデパートの数倍もあるようなデパートでカードを作ったことが原因だった。
カードならば月々いくらで買えてしまう。垢抜けた同僚に近づこうとカードを切り、カードの払いができなくなると消費者金融に走った。
気付くと四〇〇万以上の借金を背負ってしまい、返せなくなった「私」は親に泣きつくしかなく、親も「私」を叱り飛ばしながらも土地を売ってまで借金を返してくれた。

それからは地元に戻り、小さな会社で事務の仕事をしながら平穏な暮らしをしていた。
そこへ現れたのが、今の夫だった。些細な親切がきっかけで見合いを申し込まれ、何回か付き合ってみるうちに、その優しさに触れて結婚して、些細な不満はあるものの、幸せな結婚生活を送っていると思っていた。

一方、「週間関西オリジナル」の編集部の小松崎雄大は、寝違えたらしく、首が回らないほどの痛みだったが、出社。
そこで編集長に女性の買い物についての記事を書くように命じられる。
編集部で一番若いから女友達のつてでも辿って買い物依存症のような女性を見つけてこいと編集部を追い出された雄大は、路上で一人の女性とぶつかり、寝違えた首とも相俟って激しい痛みにしゃがみ込んでしまう。
それを女性は自分のせいだと勘違いしたものの、雄大の説得で納得した女性は、雄大を自分が勤めている合田接骨院という場所に連れて行く。

そこで営業していたのは、合田力という整体師で、商売っ気のない変わり者の整体師だった。
だが、腕は確かなようでたちまちのうちに雄大を治療してしまった。
その後、合田接骨院を紹介してもらったお礼も兼ねて顔を出すうちに、ちょくちょく通うようになった雄大は、ある日、ブランド物のバッグをたくさん抱えた女生と待合室で出会う。
出張治療に出かけていると言う力を待つ間に、その女性の問診票からその女性が墨田茜という名前だと知った雄大。
そして戻ってきた力は、先に来ていたはずの雄大を後目に、後から来た茜のほうを先に診察してしまう。

その後に診察を受けた雄大は、力から茜のほうを先にしてしまった理由の一端を聞かされる……』

読後の第一印象は「ミステリの名を借りた茜の成長物語」でした。
いちおう、読了後には「あぁ、ミステリっぽいなぁ」とは思いましたが、どちらかと言うと「私」こと茜が「自分」というものに目覚める過程に力点が置かれている感じで、ミステリっぽいと言うだけで、あんまりミステリという感じは受けませんでした。
とは言え、ミステリ作家らしいので、ミステリには分類しましたが。

さて、ストーリーですが、買い物依存症にかかってしまった「私」こと茜の導入部に始まり、雑誌記者の雄大が整体師の合田力と出会う下り、そして合田接骨院を訪れた茜を診た力が見てしまった茜の病理、それを治療しようとする力と茜のやりとり、そして茜にとって自分を取り戻す契機となる少年との出会いなどを経て、唯一のミステリらしい部分である自殺を装った殺人計画と茜の成長を描いていきます。
ちょっと力と雄大の関係が何故必要だったのかに違和感を覚えますが、主眼を茜の成長として見た場合にはよく描かれた作品だと思います。
茜の成長のキーパーソンとなる少年との出会いやそれからの茜との関係などもうまく描かれていて、女性作家らしい細やかな描写は好感が持てます。

文章は女性作家にしては淡泊なほうですが、茜の心理描写などは過不足なく描かれていて情報不足に陥ることはありません。
ただ、ミステリとして見た場合にはどうでしょうか。
序盤から中盤にかけてミステリらしい文脈が見当たらないので、ミステリとして手に取る方にとっては物足りないかもしれません。
解説文には「現代病理をミステリアスに描く」とあり、確かにミステリアスな部分はありますが、あくまでミステリアスであってミステリと言うには弱いでしょう。

次いでキャラですが、キャラはしっかりしています。
変わり者の整体師である力に雑誌記者の雄大、茜と同じく現代的な病理を抱えた合田接骨院の受付を担当する美人姉妹、そして物語の中心である茜――特に茜に関しては淡泊ながらも過不足のない心理描写で成長していく過程を楽しむことができます。
ところで、薦めてくれたフレの「かっこいい」力先生ですが……どうなんでしょうね?(笑)
終盤、茜を救うために自転車こいで奔走する力の姿が描かれますが……かっこいいんでしょうかねぇ。
まぁ、キャラの好みは人それぞれだとは思いますので、こういうキャラがかっこよく見える方もいるのだとは思いますが、私はさしてそういう印象は受けませんでした。

ただ、第一印象でも触れましたが、ミステリとしてではなく、茜の成長物語として読むのであればけっこうおもしろく読める作品ではないかと思います。
ミステリを期待するとあまりオススメはしませんが、そうでなければ手に取ってみてもいいのではないでしょうか。
キャラも文章もストーリーも及第点ですが、力と雄大の関係が何故必要なのかわからないのと、ミステリとしては弱い、と言うところから総評としては良品をつけることはできないでしょう。

と言うわけで、総評、及第。
でもジャンルとしてはミステリに分類して人は死なないし、成長物語としてはうまく描かれているので、個人的には次も読んでみようかと思います。
次が本格的なミステリになるのか、はたまた本作のような人間を描いた作品になるのか、そして力と雄大の関係性をどう説明してくれるのか、気になるところはありますのでね。


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意外と早かったな

2012-04-07 13:36:19 | ミステリ
さて、予約数も少なかったしねの第1005回は、

タイトル:万能鑑定士Qの事件簿Ⅱ
著者:松岡圭祐
出版社:角川書店 角川文庫(初版:'10)

であります。

1巻を忘れないうちに借りれればいいなー、なんて思っていたけど、意外と早く返却されてきたみたいで、あんまり間を置かずに借りることができた。
1巻で引きに引いて終わってくれて期待させてくれた本書ですが、はてさてどうなることやら……。

ストーリーは、

『怪しげな輸入業者の犯行を未然に防いだ鑑定士の莉子と、週刊角川の記者小笠原は、逮捕された輸入業者が取り調べを受けている牛込警察署へと向かっていた。
しかし、そこで待っていたのは思いがけない出来事だった。
輸入業者の犯行は、実は警視庁公安部の行ったもので、極秘裏に進めていた偽札調査のための被疑者確保を目的としたものだった。
被疑者は国立印刷局の工芸官藤堂。紙幣の原盤の絵を描く男で、輸入業者の犯行時に、莉子と小笠原も見かけた男だった。

極秘裏に進めていた偽札調査――だが、それは犯人と目される人物がテレビ局や新聞社、雑誌社に送られた犯行声明とも取れるものによって日本中に知られることとなる。
まったく同じ番号の1万円札。科学鑑定の結果も、偽札とは判断できないほど精巧に作られた代物だった。
週刊角川にも同じものが送られてきており、それを鑑定した莉子も、紙幣に施された偽造防止技術のすべてが再現されている同じ番号の1万円札に、どちらが偽札なのか、判断できなかった。

未然に防いだはずの事件が、実はもっと大きな事件を解決するための糸口だった――責任を感じる莉子だったが、偽札報道は日本どころか、世界を駆け巡り、国際的な円の信用は暴落、国内ではハイパーインフレを引き起こす結果になっていた。
だが、莉子は犯行声明の文書からそれが沖縄で書かれたものであることを知り、故郷である波照間島へと向かう。
波照間島で知った小さな手がかりをもとに、偽札の真相を探る莉子だったが、得られた情報から辿り着いたのは空振りばかり。
馴染みのものと言えば、力士シールの存在だけだった。

一方、小笠原もハイパーインフレの影響を受けて休刊した週刊角川の記者として、何かの手がかりがないかを独自に調査して、ひとりの怪しい人物に辿り着く。
しかし、それも勘違いで挙げ句の果てにはストーカー容疑で警察に捕まってしまう。

何も得られなかった失意のうちに東京へ戻ってきた莉子は――しかし、意外なところから偽札の真相を突き止める。』

引きに引いて、1巻の解説でも煽りに煽ってくれた2巻。
どんなトリックでハイパーインフレを解決してくれるのか、かなーり期待して読んでいたのだけど……。

はっきり言って、かなり拍子抜け……。

偽札で円の国際的信用がなくなった世界、ハイパーインフレで混乱する日本……話がかなりでかくなっているので、さぞかし大々的なトリックでもあるのかと思いきや、あまりに静かなトリックとその解説にがっくり来たのが正直なところ。

とは言え、ストーリーの作りは問題ない。
1巻で出てきた力士シールの存在と意味や、工芸官藤堂のまるで逃亡者のような行動、偽札のトリックまで、よく調べ、よく練られた作品だと思うし、2冊に渡って散りばめられた伏線をすべて回収して終わっている。
1巻解説であったけど、鑑定士を名乗る前に教導者として出てきた瀬戸内が重要な役回りをする、と言うのもそのとおりで、かなり重要な立ち位置にいて、意外性もある。
2巻の後半に至るまで、解決の糸口がまったく見えず、莉子の行動がほとんど空振りだったりするので、どう収拾つけてくれるのか、心配になったところもあったけど、ストーリー展開についてはまずくない。

ただ、ちょっと気になるのが小笠原のキャラ。
莉子が東京を離れ、波照間島を拠点に調査をしている間に記者魂を発揮して独自に調査をするのだが、これが1巻で見る小笠原のキャラからはまったく感じられないこと。
こいつってこんなに熱いキャラだったか? って感じだし、どちらかと言えば莉子に淡い好意を抱く若者と言った印象だっただけに、これには違和感がある。
でもまぁ、逆に言えば、気になるところと言えばそれくらい。

ストーリー展開に難はないし、小笠原のキャラに引っかかるところはあるけど、他のキャラは行動原理に一貫性があってしっかりしている。
偽札騒動の犯人にも意外性があるし、力士シールとも絡んでいてミステリとしてはよく練られているだろうと思う。

ただ……。
やっぱり1巻で期待させすぎじゃないかなぁ、ってのが……ねぇ……。
総じてストーリーもキャラも悪くないのだけど、オチにがっくり来たのだけは残念。
1巻読んで、解説も読んで、煽られていただけに、静かな着地点に期待外れの印象があるのはしょうがないと思う。
これさえなければ、文句なしに良品をつけられるんだけど……。

とは言え、過度な期待をせずに1巻2巻と読んでいけば、ミステリとしての出来はかなりいいのではないかと思う。
死人が出るわけでもないし、こういうところは好印象だし、客観的に見れば、良品と言ってもいいだろう。
ただ、3巻読むかなぁ……。
また巻末に煽り文句なんかがついてるけど、2巻のオチの拍子抜けを考えるとあんまり期待できないからなぁ。
そのうち、気が向いたら借りて読むかもしれないけど、今の時点では読みます、とは言えないなぁ。


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や、ややこしい……

2012-03-31 21:11:34 | ミステリ
さて、いろんなジャンルを書くねぇの第1002回は、

タイトル:鬼女の都
著者:菅浩江
出版社:祥伝社 NON・NOVELS(初版:'01)

であります。

SFでデビューした菅さんだけど、SFだけじゃなくてファンタジーも書くし、ミステリも書く。
よくまぁいろいろと書くもんだと感心するけど、本書は「長編本格推理」と銘打たれていて、ミステリらしい。
菅さんのミステリと言えば「歌の翼に ~ピアノ教室は謎だらけ」を読んだけど、これはミステリの体裁を取った人間ドラマだったからなぁ……。

で、本書であるけれど、ちゃんとミステリになっているのかどうか……。
ストーリーは、

『優希は、同人誌仲間のちなつと櫻とともに京都にいた。それは優希が憧れていた同人の小説家藤原花奈女の葬式に参列するためだった。
大学で京都に下宿中のいとこの忠雄に車を出させ、花奈女の葬式へ向かう優希たち。
葬儀が終わり、出棺されると優希たちは花奈女の友人で、花奈女の自殺を防ぐことができなかったことを悔やむ梶久美子と出会う。
自殺に至るまでの様子を久美子と語る優希たち――しかし、優希には花奈女の死がただの自殺ではないと思っていた。

ミヤコ――それが花奈女を自殺に追い込んだ者だと言うのだ。
その根拠は花奈女が自殺する数日前、優希に送られてきた商業デビューとなるはずのあらすじと、そのことに関しての電話からだった。
ミヤコは花奈女の中に存在する自己批判の存在――そういうちなつや櫻に、久美子は優希の説を補強するかのようにミヤコから届いたという手紙を差し出す。
古文を引用したその手紙はまるで呪詛のような内容だった。

それを読んでミヤコへの怒りを強めた優希は、必ず正体を突き止めてやると意気込むが……』

読んでいて、めちゃくちゃややこしい話だなぁ、と思いました。
舞台は京都。京女を体現したかのような小説と姿で優希を魅了した花奈女の自殺の真相を探るべく、優希が、遺したあらすじなどから京都を巡り、様々なものを見たり、不可思議な体験をしたりする。
そんな中、第二、第三とミヤコからの手紙が届いたりして、物語はどんどん混沌としていく。
混沌の原因は、京都の歴史や地名との齟齬や、ミヤコからの手紙、手紙に引用された能の「葵上」と京都らしい婉曲表現など。
これらが重層的に絡み合って、作品の雰囲気を濃密にしている。
章段も、能の序破急などを使って区切られていて、雰囲気作りに一役買っている。

推理ものとしては、能の「葵上」、京都らしい婉曲表現が重なり合って謎解きにはかなり苦労するのではないかと思う。
まぁ、ここが読んでいてややこしいと感じた最たる部分なんだけど、謎解きが好きな人には手応えのあるものに映るのではないかと思う。
ミステリとしては、忠雄の友人の杳臣と言う青年が、優希が京都を巡ったりして得た情報をもとに、自前の京都の知識などを加えてミヤコの正体を突き止めると言うもので、いわゆる安楽椅子型のミステリと言えるだろう。

ただ、「本格推理」とか「本格ミステリ」とかから一般的に受けるミステリの印象とはかなり違っている。
どちらかと言うと、これも推理もの、ミステリの体裁を取った人間ドラマと言う印象で、能の「葵上」を引いた手紙の真意や優希たちが体験する不可思議な現象など、謎は散りばめられているが、ミステリと言うにはやっぱり弱い。
花奈女の自殺という要素はあるものの、この後誰かが死ぬわけでもなく、目を瞠るようなトリックがあるわけでもないので、余計に「本格推理」という言葉から受けるイメージからは遠くなっている。
まぁ、謎はかなり複雑で謎解きのおもしろさはあるのかもしれないので、そういう意味では「本格推理」なのかもしれないけど、感性派で謎解きとは無縁な私から見ると、推理ものって感じじゃないんだよねぇ。

とは言え、ストーリー自体の破綻はなく、謎解きも納得できるもの。
前半はもっぱら優希たちが情報を集め、後半にいくに従って探偵役の杳臣が出張ってきて謎を解いていく、と言う体裁。
キャラも竹を割ったような少年っぽい優希に、かわいらしい姿ながら女性らしい計算高さを見せるちなつなど、細やかに描かれている。
ただ、女性陣に比べて忠雄や杳臣と言った男性陣に、女性陣に見られるような細やかさがないので、キャラについてはそこが気になると言えば気になるところか。

能などを引用して作られた濃密な雰囲気、複雑に絡み合う謎、ストーリーは悪くないし、納得できる展開と結末、キャラも気になるところはあるものの立っている。
悪いところはほとんど見られないんだけど、総評として下す結論は、及第、ってところなんだよねぇ。
納得はできるんだけど、謎があまりにも複雑でややこしすぎるのが難点なんだよね。
謎解きを楽しめない人にはこのややこしさは、途中で投げ出しかねない気がするので、オススメしづらいんだよね。
なので、特に悪いところはないけれど、良品とは言えないので、総評が及第になってしまう、と言うことに……。


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帯の文句に負けました(笑)

2012-03-16 22:21:59 | ミステリ
さて、本屋はすでに図書館で借りる本を探す場と化しているの第995回は、

タイトル:万能鑑定士Qの事件簿Ⅰ
著者:松岡圭祐
出版社:角川書店 角川文庫(初版:'10)

であります。

ミステリと言うと、人がばたばた死んでいくイメージがあってあまり好きなジャンルではありません。
なので、死人が出まくりの「金田一少年の事件簿」より、人が死なない場合もある「名探偵コナン」のほうが好きで、だから日常のミステリを優しく描く加納朋子さんが大好きです。

本書の場合、書店に平積みされていた帯に「人の死なないミステリ」とあってので、読んでみることにしました。
ストーリーは、

『角川書店の週刊誌「週刊角川」の記者、小笠原悠斗は、銀座から始まったと言われる「力士シール」の謎を記事にするために活動を行っていた。
ただ太った中年男を描いただけのような「力士シール」――そのサンプルを持ち帰るために、シールをはがそうとしている区役所の職員に声をかけ、短いやりとりのあと、ガードレールの波板を借りることでサンプルを得ることができた。

しかし重い波板を持ち帰った編集部で待っていたのは、頼りにしていた鑑定士の鑑定依頼拒否の連絡と、他紙より先んじて記事にすべしとの編集長の言葉。
サンプルは入手したが肝心の鑑定士がいない。――誰か他の鑑定士がいないかと一縷の望みをかけてネットで検索をかけて見つけたのは「万能鑑定士Q」

そこへシールのサンプルである波板を持ってその事務所に出向いた小笠原は、先客らしい男と対応に出た若い女性と会う。
名前から鑑定士の寄り合い所帯のようなものを想像していたのだが、事務所には若い女性――凜田莉子だけしかいなかった。
先客の男も小笠原と同じように考えていたようで、話にならないとばかりに帰ろうとするが、莉子はそれを押しとどめ、依頼品である絵画の鑑定を行う。
すると淀みなく絵画に施された偽装を見抜いていく莉子。
結果に満足して帰って行った先客の男のあと、小笠原は手首にしていた時計からその実力を試そうとするが、着ている服や持ってきた波板などから莉子は小笠原の勤めている会社や週刊角川の記者であることまで見抜いてしまう。
その観察眼に脱帽するしかない小笠原は、よほどの秀才かと想像するが……。

莉子は、高校時代、おちこぼれだった。普通科目の通知表はオール1。高校入学、進級ですら奇跡としか言いようのない成績だったが、性格だけは前向きでよかった。
そんな莉子は、沖縄の波照間島の出身で高校卒業後は上京して働こうと考えていた。
とは言え、致命的に成績の悪い莉子がすんなり就職できるはずもなく、生活は苦しくなっていくだけ。

転機が訪れたのはあるリサイクルショップのキャンペーンだった。そこで出会ったリサイクルショップの社長、瀬戸内陸。
莉子の感受性の高さを見て取った瀬戸内は、莉子に知識を得る方法、計算する能力などを、見聞きしたり経験したりしたことから莉子に教えていく。
その甲斐あって莉子は片っ端から知識を得、瀬戸内の計らいで働くことになったリサイクルショップで観察眼を磨き――万能鑑定士を名乗ることになったのである。

そして小笠原の持ち込んだ「力士シール」の鑑定に挑むことになった莉子は……』

1巻で終わらないのかよ、このエピソード……。
正直、最後に注記された「(「万能鑑定士Qの事件簿Ⅱにつづく。次刊このエピソード完結)」にはがっくり来ました。
まぁ、裏表紙の紹介にも「シリーズ第1弾」とあるのだから「2につづく」もありだとは思うけど、シリーズがおもしろいかおもしろくないかを判断する1冊目。個人的には解決してもらったほうが判断しやすいと思うんだけどなぁ。
まぁ、中途半端に終わるから続きが気になる、と言う見方もできるけど、気にならない程度ならそれまでの話だし。

で、本書の場合ですが、正直続きが気になります(笑)
私にしてはかなーり珍しく、オチなしでも許容できるくらい、読める作品でした。

ストーリーは、力士シールの謎から始まりますが、おちこぼれだった高校時代のエピソードや、ふとしたことで知った輸入業者の犯罪を見抜く事件、ハイパーインフレに陥った未来などが、細かい章立てで描かれています。
時系列が前後したりと、読みにくい箇所はあるものの、ストーリーの流れが破綻するほどではないので許容範囲内。
瀬戸内が莉子に知識を得るための方法を教授する場面や科学的な説明など、説明的な文章がうざったいこともありますが、まぁ、これは仕方がない面でもあるでしょう。ミステリですし、莉子が万能鑑定士を名乗るきっかけにもなるエピソードだったりするのですから、大目に見ましょう。

文章も過不足なく書かれていて読みやすいほうでしょう。
キャラが薄い印象がありますが、各キャラの個性や行動原理と言ったものはしっかりしているので、大きなマイナスにはなっていません。
他にも出版社の内実を描写した場面など、リアリティがありますし、解説によると莉子が万能鑑定士を名乗れるほどになった原因も論拠のあることのようですから、よく調べ練られたものであることが窺えます。

……と、いいところも気になるところもありますが、やっぱり「続きを読みたい気にさせた」という点で、シリーズ1作目としては成功していると言っていいでしょう。
これまた解説によると、莉子の指南役としてしか描かれていない瀬戸内も2冊にかかるエピソードに絡んでくるようですし、力士シールの謎やハイパーインフレに陥った近未来などを2巻でどのように解決させてくれるのか、興味は尽きません。

と言うわけで、気になるところはあるものの、それは些細なこと。
総評としては良品と言っていい作品だと思います。
もちろん、オチが気になるので2巻も読みます。――もっとも、図書館頼みで予約が数件入っていたので、2巻が読めるのはいつになるかはわかりませんが(笑)


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大好きな平安もの(笑)

2012-03-02 21:36:50 | ミステリ
さて、それでもラノベが続くよの第989回は、

タイトル:嘘つきは姫君のはじまり ひみつの乳姉妹
著者:松田志乃ぶ
出版社:集英社 コバルト文庫(初版:'08)

であります。

タイトルの前に実はまだ「平安ロマンティック・ミステリー」と名前がつきます。
なので、ラノベではありますが、ミステリに分類しました。

いやー、平安ものと言うとついつい手に取ってしまうのですが陰陽師とかが主人公ではなく、ミステリというところが珍しいですね。
さて、ストーリーはと言うと、

『京の七条界隈、東の市ではちょっとした名物になっている値切り合戦が繰り広げられていた。
片や糸屋の若店主、片や小柄な若い女房――それなりの観客が見守る中、勝負は若い女房のほうに軍配が上がった。

若い女房の名は藤原宮子。女主人で乳姉妹でもある藤原馨子に仕える若女房だった。
宮子、馨子ともに若いうちに親と死に別れ、家人たちも離れていってしまった中、受領の三男坊の妻となった宮子の姉や、馨子の叔母である三条の婦人の援助、ついでに庭でも自家栽培や内職の仕事をこなして、貧乏ながらも五条の荒れ家で日々をたくましく生きていた。

馨子は実は系譜をたどれば皇族の末裔、父は身分ある殿方なのだが、手がかりは母が遺した琵琶ひとつきり。
だが、馨子は父親などには頓着しない現実主義者。しかもこのとき妊娠8ヶ月。さらにその父親は候補が3人もいて、それでも3人とも仲良く付き合っている破天荒な姫だった。
いくら破天荒であろうと何であろうと宮子にとってはかけがえのない女主人であり乳姉妹。
相思相愛のいとこの真幸とともに、幸せな日常を送っていた。

ある日、宮子は真幸に求婚され、とうとう新妻に……と胸ときめかせるとき、ひとりの男が宮子と馨子の前に現れる。
三条の婦人は馨子の母の形見である琵琶をもとに馨子の父親を捜していたのだが、その琵琶は故九条の右大臣のもので、その次男である藤原兼通が九条家の落胤として馨子を迎えに来たのだった。
しかも宮子を馨子と勘違いして。

ただし、兼通が馨子を九条家の一員として迎えに来たのは多分に政治的思惑があってのことだった。
賢い馨子は、そのことを敏感に察知し、兼通の勘違いをたださないまま、兼通の導きのまま、兼通の邸宅である堀川邸へと赴く。
そこで知らされたのは、近々御匣殿(みくしげどの(注))として就任するはずだった兼通の兄伊尹(これだた)の娘、大姫の失踪だった。
御匣殿の就任は決定事項――そのため、必要となったのが九条家の落胤である馨子だった。

だが、兼通は宮子と馨子の入れ替わりを勘違いしたまま。本当の馨子は身重の身で御匣殿など務まるはずもない。
そこで馨子は大姫の事件解決と引き替えに、たんまり礼金をいただいて貧乏生活から少しでも脱却しようと企んで、大姫失踪の謎に挑むことになる。』

(注)「御匣殿」とは後宮の役職のひとつで天皇や皇族と言った身分の方々の衣服を調製する役所の長官で、この時代ではほぼ名誉職。本作では東宮妃候補と目される立場にあるけれど、実際には主上が手をつけたりすることもあって、後世では身分の低い妃のようなものとなった場合もある。

ミステリと言っても本書では人死にはでません。
いまのところ、8巻まで読んでるけど(ちなみに全11巻らしい)、その中には人死にの出るミステリもありますが、第1巻であるこの作品ではそれはありません。
あくまで大姫の失踪事件の真相を解明するのがミステリ部分です。

さて、平安もの大好きな私ですが、その贔屓目を差し引いても、平安ものとしてはとてもよくできているし、よく調べています。
藤原伊尹、兼通(三男に兼家)と言えば史実にも出てくる実在の人物で、時代もその時代に則しています。
(兼通と兼家の仲が悪い、とかも史実通り。ちなみに、兼家は病気の兼通の屋敷の前を行列で通ろうとし、兼通は仲が悪くても見舞いに来てくれたのだと思うが、実際は単に参内の途中であったため、素通り。それに激昂した兼通は、病気を押して参内し、次の関白を兼家ではなく、別の公卿にする人事を行って帰った、と言う逸話もあったりします(笑))
もちろん、創作部分も多々ありますが、それを差っ引いても「平安もの」としての出来は秀逸です。
有職故実をかじっている私から見ても、服飾の描写や和歌の作りなど、ラノベとバカにできないくらいです。
かなりの資料を持ってこないとこれだけのものは書けませんから、それだけでも十分評価に値します。

次にキャラの話で言うと、キャラは個性がしっかり出ていてきちんと立っています。
ストーリーも……と言いたいところだけど、どうも肝心のミステリの部分がなんか納得いかない。
この辺りの分析は相方が得意なんだけど、私はそういうタイプではないので、どう納得いかないのか説明するのは難しいんだけど、探偵役の馨子が得た情報から大姫失踪の謎と犯人を割り出すと言う流れで進むわけだけど、そのトリックにどこか無理があるような気がしてならない。

ミステリと銘打っておきながら、肝心のトリックがこれではおもしろさが半減してしまう。
平安ものとしての出来はいいのに、ミステリとしての出来はいまいちと言う残念な評価になってしまう。
なので、ミステリとして読む場合にはあまりオススメできません。
まぁ、そこには拘らず、時代ものとして読む場合にはいい出来なので手に取ってみても損はありません。
(個人的にミステリの部分はあまり拘らないので、私は好きな平安ものとして8巻まで楽しく読ませてもらいました(笑))

と言うわけでいいところ、悪いところもあって、総評としては及第ですが、ミステリ好きの人は遠慮したほうがいいと思います。


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意外や意外

2007-10-28 22:57:57 | ミステリ
さて、私はぢつは2冊目の第915回は、

タイトル:おれは非情勤
著者:東野圭吾
出版社:集英社 集英社文庫(初版:'03)

であります。

ミステリのひとだけど、前はミステリじゃないよなぁって短編集を読んだので、今度はきちんとミステリをば。
こちらも短編集なので、各話から。

『「おれは非情勤」
○第一章 「6×3」
おれは金はなくとも自分の好きなことをしていたいタイプの人間だった。とは言え、働かなければ食っていけない。だから非常勤の教師をして食いつないでいた。
おれはその日から一文字小学校で産休を取る教師の替わりとして5年2組を教えることになった。

特に教職に情熱もなく、何事もなく産休の教師が戻ってくることを考えているようなおれは1日目を無難にこなし、2日目を迎えた。
雨の降る2日目、常勤の浜口教諭が出勤してこない。どうしたのだろうと言う声を聞きながら、体育の授業でドッジボールをさせるため、体育館に向かったおれとクラスの生徒たちは、そこで浜口教諭が殺されているのを見つける。
そして浜口教諭の側には、スコアボード用の数字盤が「6×3」の形で置かれていた。

○第二章 「1/64」
担当教諭の突然の病気で、二階堂小学校に赴任してきたおれはクラスの女のコたちが「64分の1だから難しい」とかなんとかお喋りをしているのを聞いた。
また、教室の後ろの黒板には「ブス」とか「バカ」とか「ジ」とかの文字。

何のことやらさっぱりわからないが、大したことではないだろうと放っておくことにした矢先、体育の授業が終わって教室に戻ったとき、クラスの男子ふたりの財布がなくなっている、と言う事態が起きる。
さらに、そのうちのひとりは中学生にカツアゲされた、と言う話まで警察から舞い込んできた。

○第三章 「10×5+5+1」
5年3組の教諭が事故で亡くなったために、後任の教諭が赴任するまで三つ葉小学校で働くことになったおれは、そのクラスのあまりのおとなしさに首を傾げていた。
担任の教諭が突然事故死して消沈しているのだろうと思っていたおれのところに、ある刑事が死んだ教諭の事故死の不自然さから、接触してきた。

教室の窓から飛び降り自殺をしたとされる教諭が、当日買い物をしていたり、登山用具を求めていたり。
実際に生徒との関係に悩んでいたらしいが自殺とは言い切れないそれに、おれは刑事に協力することになった。

○第四章 「ウラコン」
四季小学校6年2組を担当することになったおれは、そのクラスでは意見の対立やケンカと言ったことないことに不自然さを感じていた。
またある女子は心ここにあらずと言った様子だったりと気にはなっていた。

そんなことを考えていたとき、学校から見えるマンションからクラスの悪ガキ4人が出てくるのが見えた。そこに住んでいるはずのない4人組を不自然に思いながら帰るために学校を出ると、そのマンションの4階のベランダに、今日一日ぼんやりとしていた女子生徒が立っていた。しかも手すりの上に。

自殺しかけた女子生徒を古紙回収のトラックを使って助けたおれは、その動機を女子生徒の両親に尋ね、そこでウラコンという気になる言葉を聞いた。

○第五章 「ムトタト」
五輪小学校で働くことになったおれは、間近に迫った運動会のリレー選手を決めるために体育でタイムを計っていた。
リレーだけでなく、他の競技の選手も決めなければならず、さらにこれが終われば修学旅行なんてイベントがあり、憂鬱だったが仕事は仕事。選手を決めるために、競技名などが書いてあるペーパーを教室まで体育委員に取りに行かせた。

すると体育委員のふたりが教室に変な手紙があると報告してきた。
早速それを見に教室に戻ると、「先生ムトタトアケルナ」と書かれた封筒と、活字を切り取ってつなげた文字で「修学旅行を中止せよ。しなければ自殺する。いたずらではない。」と書かれた手紙があった。

○第六章 「カミノミズ」
六角小学校で音楽の時間が終わり、教室に戻ってきた生徒たち。
続けて授業をしようとした矢先、生徒のひとりが突然苦しみだして倒れてしまう。その生徒を保健室に運び、養護教諭に任せて教室に戻ったおれは、その生徒の机から「神の水」と書かれたペットボトルを見つけた。

後日、倒れた生徒はペットボトルの水に入っていたヒ素で中毒症状を起こしたとわかり、ペットボトルは警察で指紋の採取が行われた。
そこで浮かび上がってきたのは倒れた生徒以外に3人の生徒。
全員、倒れたあとからペットボトルに触ったと言うが、指紋の重なり具合から倒れた生徒が触る前に、誰かが触った形跡があることが発覚する。

「放火魔をさがせ」
おれ、こと小林竜太の住んでいる住宅街では最近放火によるボヤ騒ぎが起きていた。
そんなことが続いていたから、町内で見回りをすることになった。
珍しい出来事に、おれはとうちゃんと一緒に他の大人たちと見回りをすることになったけれど、見回りをしては集合場所になっている細川というおっさんの家で酒盛りをするとうちゃんたち。

とうとう酔っ払って何回かの見回りのあと、眠ってしまった大人たちと一緒に寝てしまったおれは、焦げ臭い匂いで目が覚めた。
見回りをするために集まった家が燃やされてしまうなんてことになっていたのだ。
だが、なのにその放火の容疑者に細川のおっさんの名前が挙がっていた。そんなわけがないと思っていたおれは、ある失敗で先生に説教させられているときに閃いた。

「幽霊からの電話」
家に帰ると、留守電にかあちゃんからのメッセージが入っていた。
だが、それは実際にはかあちゃんが入れたものではなく、またおなじクラスでもおなじメッセージが留守電に入る、なんてことが起きていた。

まさか幽霊か!? なんて思っているとおなじクラスの連中と幽霊かどうかを探すハメになってしまった。』

……短編集のときは、もうちょい書き方考えたほうがいいかなぁ。
長ぇし……(爆)

さておき、前の「怪笑小説」とは違ってこちらはちゃんとしたミステリになっている。

まずは表題作の「おれは非情勤」
赴任する先の学校で起きる事件などを主人公の「おれ」が解決するもので、第一章と第三章を除いて人死にが出ない。
ミステリと言うと、どうしても死んでナンボという印象が強いので、こういうのは印象がよかったり(笑)

ただ短編だからどうしてもミステリとしての謎解きが、安直というか何というか……。
たぶん、ミステリを読み慣れているひとにとっては簡単な部類に入ってしまうのではないかと思う。
また、同種のトリックを使ったのが2編あったり、タイトルからあっさりとそれが何を意味しているのかがわかってしまうのがあったりと、拍子抜けしてしまうところがある。

とは言え、ミステリらしい話にはなっているし、主人公の一人称も男性らしい簡潔な書きぶりで読みやすく、また謎解きだけでなくきちんとドラマを作っているところも評価できる。
ちと各章のラストとか、説教臭いのがなんか微妙ではあるんだけど……。

でもまぁ、ミステリにしては比較的軽めの短編集で読みやすい短編と言える。

次の「放火魔をさがせ」と「幽霊からの電話」はともに小学生が主人公の独立した短編。
「放火魔をさがせ」は……かなりいまいち……。
あまり勉強は出来ないが快活な少年が放火魔が誰なのか、ある出来事をきっかけに推理して当ててしまう、と言うことなんだけど、なんかこうすとんと落ちてこないんだよね、トリックが。

それ以外ではラストのオチはこのタイプの少年らしい終わり方で、定番とは言え、思わずくすっと笑えてしまうところがあるなど、いい部分はある。
ただ、肝心のミステリとしての部分がいまいちなのは……ねぇ。

あとは「幽霊からの電話」
これも「放火魔をさがせ」同様、トリックとその謎解きが……。
両方とも短編だし、仕方のない部分もあるだろうとは思うけど、ドラマの部分とミステリの部分がともに中途半端で、ラストのいわゆる「いい話」的なオチも取って付けたような感じがする。

おなじ短編なのに、「おれは非情勤」のほうはまだしっかりしている。
このあとの2作はそれよりもレベルが下がってる印象。
だからあとの2作は入れないほうが本全体としての評価はいいんじゃないかなぁ。

いい短編もあればそうでないのもあり、と言うことで、総評は及第。
ただ、がちがちのミステリのひとだと思っていた(偏見(爆))ので、読める話だったりしたのは正直意外だったりして(^_^;

実は恋愛小説?

2007-04-25 23:59:59 | ミステリ
さて、何がごっついのかよく解らない連休が近付いている第876回は、

タイトル:ランチタイム・ブルー
著者:永井するみ
出版社:集英社 集英社文庫(初版:H17)

であります。

お初の作家さんです。(久々の定型文)
三十路を目前に転職し、畑違いの職場で奮闘する主人公の姿を描く連作短編。
例によって、一つずつ感想を書いていきます。


『ランチタイム・ブルー』……新米インテリア・コーディネーター、庄野知鶴は、雑用ばかり押しつけられる日々に嫌気がさしていた。中でも憂鬱なのが社員の弁当の調達で、注文忘れ、注文後のキャンセルなど、実につまらないトラブルが毎日のように起こる。今日も部長の水沢が、注文してもいない弁当を平然と要求してきて――。
昼飯係って、意外に神経使うんだよねぇ……。自分が注文した品を間違える奴がいたり、電話で注文した後で別の弁当に変えたいとかぬかす奴がいたり、しまいにゃ全員が全員、さも当然のようにお札を出してきて釣りくれ――って、私は常に自分の財布を小銭で一杯にしとらにゃいかんのかっ! そんな雑用係の苦労が滲み出ている一編。ミステリとしては、犯人該当者が一人しかおらず、理由も後付けでちとイマイチ。あと、××さん、ちょっとこらしめるって……あンたそれ犯罪だよ。

『カラフル』……その日、千鶴は友人の遠藤美和を連れて、とあるファブリック専門店を訪れていた。一週間前、突然、美和が部屋の内装を替えたいと言い出したからだ。千鶴は、ひとまずカーテンだけでも替えることを勧めるが、ある事件のため、すべては無駄になってしまう――。
本書唯一の殺人事件もの。気が付いた時には事件が解決しており、いささか拍子抜け。これまた最後に真相が明らかになるが、被害者にも犯人にも同情できない後味の悪いものだったりした。千鶴には大いに同情するが。

『ハーネス』……千鶴は、広瀬の代理として高見家を訪問した。カタログを見せて一通りの説明を行い、相手の要望を聞くだけの簡単な仕事。だが、顧客の高見滝子は、それとは別にちょっとした相談を持ちかけてきた――。
うって変わって、明るいタッチの話。滝子はなぜ寝室を二つに分けたがるのか? 犬の散歩をしなくなったのはどうしてか? という謎を、さらっとしたヒントで解かせてくれるのは上手い。オチも綺麗で、本書中最もミステリらしい作品。ちなみに、『ランチタイム・ブルー』にも登場した広瀬が千鶴の直属の上司になっており、この関係は本書ラストまで続くことになる。

『フィトンチッド』……髪を切り、お気に入りのライラックも買ってきて上機嫌な休日、千鶴は奇妙な電話を受けた。低く囁くような男の声で、「髪、切ったんだね。似合うよ」。さらに後日、追い討ちをかけるような事件が――。
後に付き合うことになる、森くん登場編。しかし、何の前フリもなく、いきなり食事に誘うって……顔に似合わず積極的ですな。ミステリとしては顔の見えない侵入者を探すというサスペンスタッチの話で、一人暮らしの女性がこういう事件に遭遇した時の不安感が上手く出ている。ただ、最後の千鶴の謎解きに関して言えば……それで犯人特定するのってかなり弱くないか? ってところ。

『ビルト・イン』……広瀬と分担して、二世代住宅の内装を決める仕事を担当することになった千鶴。しかし、館林真美は、姑の綾子が住む一階の内装が気になるようで、なかなか色よい返事をしてくれない。挙げ句の果てには、なぜ姑にはベテランの広瀬が付いて、自分の方は新米の千鶴が担当するのかと文句を言い出す始末――。
うわ~、性悪な嫁、ってのが第一印象。自分が住む二階が姑の住む一階より見劣りするのは嫌だとか、姑が打ち合わせを別々にしようと言い出したのも自分の住むとこだけに金をかけようって魂胆じゃないのかとか、好き放題ぬかした挙げ句、そこらへんの問題を千鶴に放り投げようとするあたり、客としても人間としても最低レベルだと思う。えー、ミステリとしては、姑がこっそり一階に作ろうとしていたものとは何か? というところまでは面白かったのだけど、その後ヒントが皆無のまま説明台詞だけで終わっちゃったのでイマイチ。さりげに、千鶴と森の関係が進展してたりもする。

『ムービング』……以前遭遇した事件を期に、千鶴は引っ越しすることを決めた。築五年、三階の角部屋、駅から徒歩五分となかなかいい物件も見つかり、いざ契約と不動産屋に向かう。しかし、保証人を広瀬にしていたことが問題となり――。
保証人は親族じゃないと……というのは納得いくが、男性の方がいいってのは確かにちとアレかも。ミステリ色は皆無で、千鶴と森の痴話喧嘩がメインとなっている。ただ、読者の視点では明らかに千鶴の勘違いと解るので、盛り上がりはさほどなかった。

『ウィークエンド・ハウス』……いつになく真剣な表情で、話したいことがある、と森は言った。だが、直後に起こったトラブルでうやむやになってしまい、その後も千鶴はその話を聞くのを先延ばしにしてしまう。そんな折、二人は広瀬の別荘に招待され――。
当然出てきた千鶴と森の結婚話。それ以外……何もないかも。一応、広瀬の母と、三島という怪しげな人物が登場し、倉の中のワインが消えるという騒動が起きるのだが、森くんがあっさり謎を解いてしまうので感慨も何もなし。

『ビスケット』……千鶴は、森と仕事の間で揺れていた。転勤となる彼に付いていくなら、今の仕事は辞めざるを得ない。だが、ようやく今の仕事の面白さが解ってきたのに、ここで打ち切ってしまう気にもなれない。果たして、彼女の決断は――?
千鶴が自分の気持ちに整理を付ける完結編。ゲストの老夫婦の話も面白く、なかなか読ませる。夫の身体を気にして内緒でリフォームの話を進めようとする妻、自分の留守中に建築業者を家に入れたことを怒る夫、と、ここまでなら普通のトラブルだが、これに、夫婦が交互に倒れるというエピソードを入れているのが上手い。夫の発した台詞により、千鶴が仕事に対する視点を広げるという展開も見事。


な、長かった。
ミステリかどうかは置いといて、千鶴の成長物語としてはなかなか面白かったです。
森との関係が、妙にあっさりと進展してる気もしないではありませんが、まぁ、良しとしましょう。

突き抜ける面白さはありませんが、さらっと読めます。
でも……やっぱりミステリと言うより恋愛小説だよなぁ。

あなた邪魔よね~♪

2007-04-13 22:22:57 | ミステリ
さて、某有名曲のフレーズでお楽しみくださいの第864回は、

タイトル:未来形J
著者:大沢在昌
出版社:角川書店 角川文庫(初版:H13)

であります。

あれ? またミステリだ……。
おかしい……加納朋子以外でここまでミステリが続くなんて……。
誰かの呪いか?(笑)

呪いかどうかはさておき、確か、それなりに有名なひとだったような気がするはずの著者ですが、検索してみると、第679回で相棒が読んでいました(爆)
図らずも(定型文)クロスレビューとなった本書ですが、ストーリーは。

『フリーターで作家を目指している菊川真のワープロに奇妙なメッセージが表示されていた。
「午後五時、丸池公園噴水前。あなたの助けが必要です。J」
おなじように、宇宙物理学を学ぶ大学院生、茂木太郎のパソコンに。また丸池中学3年の立花やよいの携帯電話にも。
そのメッセージに導かれて指定の場所へ行った3人の他、別の理由で占い師の赤道目子まなこも、同時刻におなじ場所にいた。
そして通りがかったスポーツ少年の高校生、山野透。

Jと名乗る謎の人物に選ばれた5人は、「助けが必要」だと言うJと、現代の技術では説明できない通信方法で会話を交わしながら、Jに近く訪れる運命を覆すために行動を起こす。

接点も何もない5人は、Jを助けるための手がかりを探すうちに、大きな手がかりになるはずの人物が行方不明になっていることを知る。
Jを助けるために行方不明となった人物を捜す5人は……』

ストーリーは、助けを求めるJと言う人物に応じて、5人がそれぞれの個性を発揮しながらJを探すために、様々な手がかりを求め、解決する、と言うもの。
なんか、ミステリと言うより、「とらわれのお姫さまを救い出すために立ち上がった勇者パーティの冒険記(現代版)」と言ったほうがしっくり来るんじゃないんだろうかしらん。
ミステリっぽい謎は用意されてるけど、あんまりミステリっぽくないし、この程度の謎なら、いまどきのRPGならゴロゴロしてるだろうしなぁ。
実際、本気でカテゴリをミステリにするか、小説全般にするか、迷ったくらい。

展開はとても素直。
なんか、Jの助けに応じるあたりが唐突な感じはするが、手がかりを求めて行動するところからは、すらすらと読めてテンポがいい。
キャラに宇宙物理学を学ぶ茂木やら、作家志望の菊川、占い師の目子とかがいて、ともすれば説明文過多になりそうなところだが、そういうところもあんまりなく、読みやすい。
キャラも菊川と茂木のキャラが若干被り気味なのがいまいちだが、それ以外は個性がわかりやすく、菊川と茂木を除いて話し言葉で誰が話しているのかがわからない、と言うことも少ない。

ミステリとして読むと、物足りないかもしれないが、RPGとして読むと、軽めのストーリーでそれなりに楽しめる作品であろう。
オチもちゃんとついているし、ラストの透のほんとうの役目とか、その後を予想させる余韻とか、個人的にもいい感じの終わり方になっているのでなかなか高評価。

ただ、この作品、エンディングコンテストというのをやっていて、その最優秀賞受賞作が掲載されているのだが、はっきり言って「邪魔」
完結した本編のその後……というのはいいのだが、まぁ、なんか説明好きのSF作家みたいな説明の多さは本気で辟易する。
ストーリーとしては、きちんと作ってあるのだが、それを宇宙の彼方まで蹴飛ばしてもあまりある説明文が全部台無しにしてるよなぁ。

これさえなければ、本編は軽めのRPG風の小説で高評価のままだったのにねぇ。
まぁでも、著者本人とはまったく違うひとの書いた後日談だし、そこまで評価を下げる必要もないだろう。

と言うわけで、本編はけっこう評価高めだけど、ミステリとしては弱いし、ラストとかもひとによっては「何じゃそりゃ」だろうと思うので、良品まではいかない及第、と言ったところかな。


☆クロスレビュー!☆
この記事はLINNが書いたものです。
SENの書いた同書のレビューはこちら

小心署長の奮戦記?

2007-04-10 21:04:18 | ミステリ
さて、なんやかやと日付は埋まってるよなぁの第861回は、

タイトル:絶体絶命1 署長の首
著者:松田美智子
出版社:幻冬舎 幻冬舎文庫(初版:H13)

であります。

またミステリを増やすなんて……って、まったく先週とおなじやな(笑)
別に週に1冊はミステリを読もう! なんて気概はまったくないんだけどなぁ。

さて、本書は副題からも想像がつくように、署長、つまり警察官が主人公のミステリ。
となると、当然のように殺人事件が巻き起こり、飄々としながらも切れ者の刑事が……なんて話ではない。
ストーリーは。

『久米正治郎は、朝からひどく気分が悪かった。
警察官となり、イヤな現場を離れて事務方一筋。定年よりも早く退職し、再就職、その後、17歳年下の美人妻と余生を過ごす予定だった。
しかし、それは近松署の署長となる予定だった警視の突然の死によって泡と消える。……つまり、人事の混乱の中、とりあえず毒にも薬にもならない久米に、署長のポストが回ってきたのだ。

しかも着任早々に、大きな事件なんて起きないはずの住宅街で起きた殺人事件。
さらに、最初の殺人事件の最重要人物が殺され、次々と目星をつけた人物が殺害されると言う連続殺人事件に発展してしまう。

うだつの上がらない署長と目されていた久米は、刑事たちになめられっぱなしだったが、一念発起、ヤンキー上がりだが有能な秋元刑事の捜査と、妻・登美江のアドバイスで事件の真相に迫る!』

けっこう、楽しく笑わせてもらいました(笑)
何事もなく円満退職を望んでいた、うだつの上がらない久米が、高血圧や胃痛、ついでに刑事たちの冷たい仕打ちに悩みながらも事件を解決するコメディタッチのミステリで、切れ者でも何でもない久米の人間くささ溢れるキャラがとてもおもしろい。

ストーリーは、着任早々に起きた殺人事件を発端とする一連の殺人事件を扱ったもの。
ミステリ要素は殺人事件の捜査で得られる情報と、そうした情報をもとに妻の登美江が語るアドバイスから、犯人や事件の発端となったタンス預金の謎を解き明かす、と言ったところだろうか。
ミステリ好きなら簡単なのかもしれないが、私はそのネタからそのオチはありかいな、と言う感じでちょっと卑怯な気がする。

とは言え、ミステリ要素をさほど重視しない私は、少々ミステリ部分が卑怯くさかろうが、他の部分で楽しめたのでOK。
人間くさい久米以外にも、久米を侮って報告しない刑事第一課長や、マスコミ対応などに追われて生え際が後退していく副署長など、人間くささでは負けず劣らずのキャラも多く、コメディタッチで笑えるのだが、きちんとリアリティを感じさせるところもいい。

文章も適度で破綻なく、すらすら読める。
コメディらしいテンポもあり、逆にミステリタッチのコメディとして見れば、ミステリはいまいち好きになれないひとにもオススメできるのではないかな。
また、巻数はついているけれど、この巻できちんとオチはつけて完結してくれているので、その辺も安心できる。
もっとも、さくさくひとが死んでいくので、そういうところが気になるひとには向かないだろうけど。

でも、総評としては単純に楽しめた作品なので、良品。
ひとが死んでナンボのミステリは嫌いだったはずなんだけど、これは例外だなぁ(笑)

薄いなりに

2007-04-03 21:10:08 | ミステリ
さて、ひとつだけで見るなら迫ってきたなの第854回は、

タイトル:街占師
著者:姉小路祐
出版社:祥伝社 祥伝社文庫(初版:H12)

であります。

これでミステリのカテゴリは80。
ひとつだけで見るなら、とうとう「ファンタジー(異世界)」に迫る勢いやね。
……って、日曜ラノベでファンタジーを増やしてるほうがミステリも増やしてどうすんだろね(笑)

さて、本書はタイトルからもわかるとおり、街占師……店を持たず、街の一角で机を置いて占いをしている占い師……が主人公。
ストーリーは、次のとおり。

『北白川晶子は、文化村通りに簡易テーブルを置いて手相占いをしている街占師だった。
師の頼みで受けたインタビューの後日、奇妙な3人の客に出くわす。

ひとりは自ら経営する会社のこと。
ひとりは妙な恋愛相談。
ひとりは占いをせずに、晶子に「男性を占うのはやめろ」と忠告してきた。

そんな妙な日の翌日、再び会社のことを占ってほしいと訪れた客が現れる。
今度は自分と恋人のことを占ってほしいと依頼され、身体が不自由だからとワンボックスカーの中で待つ女性のもとへ。
そこで晶子は薬を嗅がされ、意識を失ってしまう。
目が覚めたとき……廃工場で寝かされていた晶子の隣には、ひとりの女性の遺体が横たわっていた。

粗末な拘束ですぐに逃げ出した晶子は、師とその常連客である大手部品メーカーの社長の手助けを得て、自らを拉致し、監禁した者、そして女性の遺体の謎を追っていく。』

ストーリーは、事件に巻き込まれた主人公の晶子が、探偵役として推理し、犯人を割り出すと言う、ごくごくふつうのミステリ。
展開はとにかく平坦で、盛り上がりに欠けまくっておもしろみは薄い。
推理部分は、ちらほらとヒントや惑わすネタなどを織り交ぜてはいるものの、意外性とかそういうものとは無縁。
登場人物は少ないし、150ページ程度のページ数で、1ページの文字数も若干少なめなので、推理部分に凝った仕掛けを作りにくい、と言うのはあるだろうから、ここは仕方がないところではあるだろうね。

まぁでも、そうしたところを補うのに、手相というものを持ってきたのはうまいかも。
手相は千差万別で、晶子が犯人を見分ける手がかりにもなり、そうした手相から様々な情報を得ることが出来る。
少ないページ数で、晶子が犯人を割り出す手段を持たせるためにはいい方法だろうね。
逆に、いろんなことを「手相で見たから」の一言ですませてしまう可能性もあるので、いいことだけではないだろうけど。

文章は男性らしい行動や事実のみを書いたタイプだが、変な言い回しとかを使わないぶん、読みやすい。
個人的にはあっさりしすぎていて情趣が感じられないから、この手の文体はいまいち好きにはなれないのだが、これと言って欠点がないのはいい。
ただ、流れで読んでいると重要な伏線とかを見落としてしまいそうだが……(笑)

盛り上がりに欠けていてミステリとしておもしろみがない、と言うことを除けば概ね良好な作品であろう。
ページ数が少ないながらもきちんと作っている、と言う印象。
おもしろくない、ってのは致命的だと思うが、それはミステリの部分。
もうひとつ、晶子の犯人探し以外に、盤石に見える大手部品メーカーの社長と、もてはやされながらも栄枯盛衰が激しいITベンチャーの社長の立場という部分があって、そうしたところはけっこうおもしろく読めた。

ミステリなのにミステリ以外の部分がおもしろい……ってこれも致命的な気がしないでないが、パズルを解くだけのミステリよりはまだマシかな。
と言うわけで、総評だけど、ミステリとしてはいまいちだが、それ以外では概ね良好と言うことで、評価点高めの及第、ってとこかなぁ。