つれづれ読書日記

SENとLINN、二人で更新中の書評ブログです。小説、漫画、新書などの感想を独断と偏見でつれづれと書いていきます。

冒険はしません

2006-06-27 23:36:04 | 小説全般
さて、久々にお初の方な第574回は、

タイトル:冒険の国
著者:桐野夏生
文庫名:新潮文庫

であります。

名前は知ってたけど、また読んだことがなかった方の『幻の処女作』です。
崩れかかった家庭、寂れつつある旧市街、忌まわしい過去、様々な要因に追いつめられていく女性の姿を描きます。
(って、さりげに相棒が別の作品読んでたりするしっ!)

五歳年上の姉、老いてなお働く母、失職して主婦代わりをしている父に囲まれて暮らす永井美浜は、埃を被ったような家庭に嫌気がさしていた。
母の同僚に紹介してもらった関係で、職場に両親の昔馴染みが現れ、しきりに結婚をほのめかすのも鬱陶しかった。
美浜は思う、自分はこうしたいという強い願望が持てなくなったのはいつ頃からか、そして、何かを諦めることが生き方になったのはいつからだろうか、と。

偶然にも、美浜は職場で幼馴染みの恵一と再会する。
一通り、昔話やその後の話をした所で、彼の弟の英二の話題が出た。
二十歳の時に自殺した英二……事件の前日に彼と喧嘩をしたこと、彼の死に関して周囲から疑いの眼を向けられたことが脳裏をよぎり、美浜の心は曇る――。

窓からディズニーランドが見える新築マンション、そして取り残された旧市街を舞台にした、淡々と進む、暗いトーンの物語です。
と言っても、若竹七海のように、世界が悪意に満ちている感じではなく、登場人物達が自分で自分を追い込んでいっている印象が強い。
特に主人公の美浜はそれが顕著で、耐えきれなくなった時に毒をぶちまけることで、さらに自分自身を追い込んでいきます。

美浜は常に『取り残されることの恐怖』に支配されています。
作中で幾度となく描かれる、くたびれた家族への嫌悪感、周囲への不満、友人に対する複雑な感情は、すべてここから来ている。
英二の死にこだわっているのも、彼が何も告げずに死を選んだからです……自責の念もあるのですが、どちらかというと憎悪の方が強い。無論それは、自分が取り残されたことに対する怒りにほかなりません。

物語は、美浜が英二の記憶を掘り返すことで始まり、それが元から存在していた家族の亀裂を深めていく形で進行していきます。
さらに、ある疑惑をきっかけに、美浜は長い間抱いていた疑念を口にしてしまいます……まさに、誰も幸せになれない展開。(笑)
ここらへんの描写は、読んでて嫌な気分になるものの、上手く書けているなと感じました。

気になったのは、美浜の英二へのこだわり方。
彼女は英二という人物にこだわっているのではなく、英二が自殺したという状況にこだわっているに過ぎません。だから出口がどこにもない。
一応、最後の恵一との対決(?)シーンで英二に対する心情を吐露するのですが、この時の美浜はもう支離滅裂で、単にやけくそになっているとしか思えない。
回想で登場する英二のキャラクターも薄いため、オチで美浜が思う『もし英二が生きていたら?』という部分が殆ど無意味になってしまっているのはかなり不満。

何とも言えない作品です。
他の作品を読んでいないので、ファンに勧めて良いかも不明。
美浜が他人を観察する時の描写はかなり上手く書かれているので、同じ年代の女性ならば共感できる部分があるかも知れません。
ただ、当の美浜を好きになれるかどうかは保証しかねますが……。



ところで、これのどこが『冒険の国』なんだ?