思い出の釣り・これからの釣り

欧州の釣り、竹竿、その他、その時々の徒然の思いを綴るつもりです

ドライフライのハックルの真実(米国ハックルの歴史)

2019-02-28 18:55:36 | ハックル/Hackles
20世紀末から市場を席巻するアメリカのジェネティック・ハックル。ネックであってもサドルと同じ様な長さのハックル。バーブは短く超小型ドライフライを巻く事が出来、更に色々な色のハックルを安定的に産出します。
そのジェネティック・ハックルの源流にキャッツキルのフライタイヤーHarry Darbeeが果たした大きな役割は良く知られております。
Darbeeの前にも同じフライタイヤーのReuben CrossはLeghorn種の鶏を育て彼の必要とするハックルを調達していたそうですが、やはりフライタイヤーとして安定的に各種ハックルを入手するためにもDarbeeは自宅の裏でハックル用の養鶏を始めたのでした。

彼は最初、米国産のBarred Rock種と言う、所謂グリズリーのハックルに覆われた鶏とOld English Game、更にブルーの色を出すためにBlue Andalusiaを掛け合わせる事からスタート。そこから多分ブルーダンだと思いますが、ダン色の雄鶏が育つと、その雄鶏一羽に様々な色の雌鶏を掛け合わせる「ショットガン・メソッド」と彼が呼ぶやり方でハックルの改良に取り組んでいったと言います。
戦前・戦中・戦後と続くDarbeeの努力により、様々な色を持つ長いハックルがキャッツキルの地に誕生したのでした。

更にDarbeeは極めて気前良く彼の育てた鶏の卵を好事家に分け与えました。私は正確な時期を知りませんが、ミネソタの弁護士Andy MinerもDarbeeから卵を入手した一人。Minerは他にも英国人のキャプテンJohn Evansが戦前育てた鶏を受け継いだChip Staufferから入手した鶏とDarbeeの鶏を掛け合わせ、私は見た事がありませんが、素晴らしいと評されるハックルを作り上げたそうです。
そのMinerはハックルを飽くまで自家消費しかしなかったそうですが、Darbee同様大らかに彼の鶏の卵を分け与え、Metz、Keough、Hebert、Collins、Bob's Hackle等現在に残るジェネティク・ハックルの源になったのでした。
こうした、ダン系色のハックルを求めた養鶏家がいる一方、西部で、グリズリーハックルに特化し1965年養鶏を開始したのがHoffman。努力によりハックルケープは大きく、長いハックルを持つ鶏を育種した彼は1989年に彼のビジネスをWhitingに売却します。
その後、Whitingは1997年Hebertを買収し、東海岸のダン系色の鶏の血筋も手に入れ、アメリカン・ハックルの血筋を彼の下に統合したのでした。
その辺りの流れを上の図に簡単に纏めて見ましたので参照下さい。四角い枠の色は血筋毎に分けて見ました。

さて、上の写真ですが、これはHarry Darbeeが1966年、欧州に送った彼のハックルの見本。ダン系色で透明感に溢れた魅力的なハックルの数々。長さは、今日フランスで育てられているLimousin種のCoq de pecheの物程度で、ドライフライを巻くには十分過ぎる程。前回触れたオリジナルのDarbeeハックルが好事家の間で珍重されるのも非常に良く判る出来栄えです。
このハックルで止まってくれていれば、と思うのですが、何故かしら、現在入手出来るジェネティックは透明感を軽視しているとしか思えず、その点が残念です。
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ドライフライのハックルの真実(天然ハックルの色割合)

2019-02-17 21:03:56 | ハックル/Hackles
毛針に使うハックルで一番優先されるもの。ダンを模したドライフライであれば水面に高く乗るための固くて密にバーブが生えたハックルが機能面で重要でしょうし、ウェットフライであれば、ヘン、或いはソフトフェザーの鶏のハックルの柔らかさが重要かも知れません。しかし、それにも増してハックルの色を選ぶのが毛針を巻く際にまず最初に釣り人が行う事だと思います。以前、数あるフライ・パターンをキチンと巻くために英国の伝統的なハックルの色の呼び方を基本にした15のハックルの色の区分を載せました。シングルカラーでは、ホワイト、クリーム、ジンジャー、レッド、ブラック。バイ・カラーでは、バジャー、イエロー・バジャー、ファーネス。バードでは、クックー、クリール、グリッズル。ダンでは、ダン、ブルーダン、ラスティーダン、ハニーダン。その他左記どれにも当て嵌まらないものはオフ・カラーとした分類です。ファーネスにはコッキー・ボンデュも含む等、更なる細分化も出来ますが、取り敢えず、フライパターンを間違いなく後世に伝えていくための色の区分です。


しかし、ブルーダン、ハニーダンは殆ど見ることが出来ませんし、レッド(茶色)はどこでもお目にかかる事が出来ます。また、最近はブラックを見ることが難しくなっております。ブルーアンダルシア、白色レグホン等、鶏の種類と色が一体化しているものは別にして、通常の鶏のハックルの色の割合はどんなものなのでしょうか。
ハックル研究のバイブル、The Book of the Hackleの108ページに1936年よりハックル商を営んできたSam Harris氏が寄稿した、1970年代以前英国が中国から買っていたハックルケープの色の割合の概数が載っておりますので、下記ご紹介致します:

Red: 26% (上の写真の様な茶色のハックルを英国の伝統的な呼び方ではレッドと言う)
Light Red: 6%
Chocolate: 2%
Ginger: 4%
Pale Ginger: 1%
Black/Red (not furnace): 12%
Furnace, Cochy Bondhu,
Greenwell: 3%
Cree: 12%
Grizzled: 4%
Badger: 4%
Light Sussex: 4%
Natural Black: 2%
Nondescript: 6%
White, Cream: 9%
Rejects: 4.9%
Duns: 0.1%
--------------------------------
Total: 100%


最初の写真は、当方が以前入手した戦前から戦中にかけての英国のお医者さんの毛針用マテリアル・コレクションの中で見つけた手製のハックル見本。上の写真は更にその一部で、レッドの中でもブラックがリストや基部、先端に乗ったもの。


ゲーム・コック。ハックルの形がそれ以外のものに比べ良い。

上で紹介のハックル色のざっくりした統計では、色の濃淡はあるものの、レッドで46%、クリー(とありますが、これはクックーでは?)12%、ホワイト、クリームが9%、後は数%程で、ダン系統に到っては0.1%しか有りません。つまり自然の鶏のハックル色は、ご先祖であるジャングル・フォウルの色、レッドが圧倒的で後は米国で言うグリズリーとホワイトが続くと言うもの。これは自然の鶏のハックル色なので、毛針用に飼われる鶏の場合とは必ずしも当てはまらないでしょうが、釣り人が珍重するハックルは極めて少数の鶏からしか取れない事が見て取れます。


これはレッド以外のハックルの見本。


Pale Blue Cockのブルーのリストとハニーの色は中々お目にかかれないもの。


但し、色は良いのですが、シェイプとバーブの硬さがドライフライ用としては今ひとつ。Frank Elder氏がBaigent博士のハックルを「色は素晴らしいがシェイプと硬さがダメ」と評した事が思い出されます。


Cream。ペイル・ジンジャーが先端に乗っております。


White Furnace。これは基本分類ではオフ・カラーでしょうが、芯黒・先黒の面白いもの。


これもWhite Furnaceと記載されているもの。これはイレギュラーなバジャーと分類しても良いかも知れません。


Sam Harris氏の語るハックル・ビジネスの過去の発展はとても興味深く、更に現在でも世界のフェザー・ダウン業界を仕切るポーランド・ユダヤ系の人達が如何にその地位を築いたか等、以前ハンガリーにいた際、国際フェザー・ダウンビジネスの一端を知る機会を得た事もあり、なる程というお話もあります。
さて、Harris氏曰く、戦前の英国のハックルケープの供給源は鶏肉市場で、市場では鶏のケープを鈍いナイフで切り裂き、ケープの裏には新聞紙を貼って色に関係なく一枚1ペニー程度で投げ売りしていたそうです。


このジンジャー・ハックルケープの裏側には正に新聞紙が貼られ、鶏肉市場からやってきた事が分かります。


これは、同じ様に新聞紙を裏に貼ったハックル・ケープですが、米国ジェネティック・ハックル全てを遡ると行き着く、元祖Harry Darbee氏の作ったハックル・ケープ(私は所有しておりません、念のため)。Darbee氏のオリジナル・ハックル・ケープは米国では好事家が血眼になって探すそうですが、オリジナルである事の裏書きがこの新聞紙。Darbee氏は英国人と同様にケープを処理していたのでした。
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ドライフライのハックルの真実(日本鶏の貢献)

2019-02-10 13:24:01 | ハックル/Hackles
ハックルに関するほぼ唯一の専門書、 Frank Elder氏の「The Book of the Hackle」で著者は、オールドイングリッシュゲーム(OEG)の長所は、ハックルの色として知られる全ての色がOEGから得られる事としております。また、OEGは素晴らしいハックルを産出する事もあればどうしようもない品質のハックルを生み出す事もあるとしております。
そのElder氏がハックルのための養鶏を始めて当初の悩みは彼のOEGでは彼が理想とする槍の様な形のハックルを実現出来ない事でした。その時、Elder氏は1922年のFishing Gazette誌に寄稿した記事で、Thomas Hughes氏がYokohama(ヨコハマ)という鶏に言及しているのに出会います。そして、アバディーンのMr. McEwan氏からヨコハマのペアを入手し、OEGと交配。即、ストークに比べバーブの短い、理想に近い形のハックルを得ております。OEGの耳は赤、ヨコハマの耳は白なのだそうですが、以後、Elder氏のOEGはいくらOEGの血を濃くしていっても、耳は白いままであったとしております。
一方、ヨコハマのハックルの硬さはOEGに比し柔らかく、それを改善するためにRed Jungle Fowlとも交配をしております。このRed Jungle Fowlは鶏のご先祖のJungle Fowlの近縁。硬くかつ形の良いハックルを持つという機能面では理想的なハックルの鶏なのですが、一番の欠点はハックルの裏がチョークの様に白い事。この色のリスクを取りElder氏はRed Jungle Fowlの血もOEGに取り入れ、ハックルの機能面の品質向上と彼の求める色の発現に成功したそうです。

この「ヨコハマ」。日英独仏語情報を漁ってみると、幕末1864年に日本から尾の長い鶏が最初に欧州に輸出され、パリのJardin Zoologique d’Acclimatationに到着、輸出港の名前を取って「ヨコハマ」と名付けられ、その後、ドイツに1869年導入。品種改良の結果白地に赤の体色を持つ「ヨコハマ」という品種として確立されております。元々日本から輸出された鶏についての情報は不明で、尾長鶏だったのか、他の鶏だったのかハッキリしておりません。
一方、その動きとは別に、1878年日本からドイツに初めて「尾長鶏」が輸出され、欧州の地で根付かせるためにドイツのHugo du Roi氏により、OEGと交配され、そこから「フェニックス(Phoenix)」という尾の長い様々な色を持つ品種が作り出されました。
この「ヨコハマ」と「フェニックス」はドイツでは夫々別の品種として峻別されておりますが、英国では日本にルーツを持つ尾の長い鶏を全て「ヨコハマ」と呼んでおり、「ヨコハマ」と「フェニックス」を一緒にしているそうです。

上は「フェニックス」ですが、Elder氏は著書で、彼の「ヨコハマ」はOEGのBrown-breasted Redに似ていたとしておりますので、尾長鶏とOEGを交配した「フェニックス」がElder氏のハックルに入った血統ではないかと推測致します。
また、フランスのcoq de pecheの養鶏家のインタビュー記事では、ハックルの品質を向上させるために「尾長鶏」と交配したと記述されておりました。「尾長鶏」の日本からの輸出は長い事禁止されておりますので、養鶏家の言う「尾長鶏」は欧州にいる日本原産の血を持った鶏、多分「フェニックス」を交配したのではないでしょうか。

以前作ったハックルカラーの標本。

上はシングルカラーのハックルの標本ですが、4番目、5番目の戦前・戦中のOEGハックルの幅広三角形に比べ、左端のKeoughのハックルの長さは全くの別物。今のWhitingは更に長さを増し、殆ど鶏とは思えないハックルとなっておりますが、どうも世界中のドライフライ用ハックルの品種改良には日本原産の鶏の血が使われている様なのです。
軍鶏のハックルの色のバリエーションがOEGと同じくらいあるのかは分かりませんが、軍鶏と尾長鶏系統の血を交配させるとジェネティックハックルの様なものが出来るかも知れません。ドライフライ・ハックルへの知られざる日本の貢献。実際の釣りにはどうでも良い話なれど、東洋と西洋の毛針の交流とも重ね合う様な、ロマンを感じてしまいました。

数日前の寒波と嵐が嘘の様な今日のチュニス。バルコニーから臨む地中海は碧く穏やか。気温は19度と素晴らしい日曜の天気です。
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ドライフライのハックルの真実(フランスのハックル)

2019-02-04 19:08:11 | ハックル/Hackles

Whiting等の米国のジェネティックハックルはドライフライハックルのスタンダードであると日本のみならず英、仏、独の釣り雑誌で広く取り扱われております。しかし、ジェネティックハックルの欠点である大きい鉤に合うサイズのハックルが少ない事(そもそも12番や14番は大きな鉤ではないと思うのですが)、ハックルの裏が白く、表面の発色は良くても透明感に欠ける事、等、納得出来ない点があるため、オールドイングリッシュコック(OEG)、インド・中国鶏と過去見てきましたが、他にも日本では殆ど知られていないものの、長く釣り人に支持されてきたハックルがあります。
以前、スペインのレオン鶏(パルド及びインディオ鶏)を紹介致しましたが、フランスにもリムザン鶏というドライフライ用のハックルが取れる鶏が存在するのです。

このリムザン鶏を更に毛鉤のハックル用に育種したものがcoq de pêche (コック・ドゥ・ペッシュ/釣りの鶏:毛鉤用の鶏)と呼ばれ、何人もの養鶏家に飼われており、フランスの中央部旧リムザン地方、今のCorreze県のNeuvicという町では毎年5月1日にcoq de pecheの品評会が開催されている程。

これはcoq de pecheのハックルですが、リストが透明のブルーダン、バーブは金色と極めて魅力的なハニーダン。

これは透明感に溢れるダークブルーダン。

これはライトダン。透明感に溢れます。
このハックルの入手には仏語のやり取りが必要なのと、かなりの田舎である現地の養鶏家は零細事業家であり、支払いはフランスで伝統的に使われている小切手でないとダメという事で、日本で手に入れるのは極めてハードルが高いのが難点です。
現在、入手ルートを開拓中ですので、入手出来ましたらいつか報告させて頂きたいと思います。
さて、coq de pêcheのハックルを見て頂くと、米国ジェネティック程ではないものの、どれもインド鶏等と比較し長くなっている事が見て取れると思います。

上は1886年に発表されたFrederic Halfordの「Floating flies and how to dress them」ですが、ここで描かれているハックルはcoq de pêcheのハックルやFrank Elder氏のOEG比べ短く三角形になっております。この絵をよく見てもらうとバーブが先端に行くに従い極端に短く描かれと実物とは非常に乖離した空想の産物である事が判るのですが、いずれにせよ、当時のハックルの長さはかなり短かったのではと思われます。

上のハックルは、私の持っている1942年のOEGのハックル。短くずんぐりした形です。

一方、上はFrank Elder氏が育てたOEGのハックル。多分、Frank Elder氏が亡くなる直前の1970年代のものと推測しますが、1942年のハックルに比べ長く槍の様な形となっております。
一体全体、OEGとcoq de pêcheのハックルの長さが増している背景には何があったのでしょうか?
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