Nさんの執念(オーストリア・グムンデンのトラウン川)
釣り部立ち上げの時の二人のメンバーの一人Nさんがハンガリーを去る事になりました。
帰国前に欧州の釣りを堪能しないと成仏出来ないNさんの事を思い今年は早春より何回か釣りに出かけました。氷の張ったそれは寒いエトラッハ湖(Etrachsee:爆釣の湖)にも行ったのですが、過去何度も書いてますので割愛し、この度は世界的に有名なグムンデンのトラウン川(Gmundner Traun)の報告をさせて頂きます。
このトラウン川は風光明媚なザルツカンマーグート(Salzkammergut)にある幾つかの湖の一つトラウン湖より流れ出す世界的に有名な鱒川です。19世紀末より英国、ドイツ、オーストリアの王室・皇室のメンバーが大物釣りに訪れ、ホテル・リッツの二代目御曹司シャルル・リッツが毎年夏の休暇を釣り三昧で過ごし、リッツの友人アーネスト・ヘミングウェイ、後の米国大統領になるアイゼンハワー将軍も釣りに訪れた川です。両岸は深い緑に覆われた斜面が続き、昔は鮭と間違う程大きな鱒と大型グレーリングで有名で、往年の輝きはないものの、今も大物鱒が上がる川です。
それまでは何となく敷居が高く行った事がなかったのですが、解禁が一番早かったので4月中旬思い切って行く事にしました。Nさんと谷川(名人)と一緒です。
宿はHotel Marienbrueckeというリッツの定宿だった釣り宿です。
途中迷いながらもブダペスト出発から5時間程で宿に到着、チェックイン、釣り券購入を済ませます。ホテルには釣り人が集まり庭では10人くらい集めてキャスティングの指導をやってます。指導しているのはスイスの有名な釣り師Hebeisen氏、日本でいったら、昔は11PM釣りコーナーの服部名人、最近では岩井渓一郎(知っている人はいないでしょうね。。。)という感じの、兎に角その道の御大です。
地元の釣り人っぽいオジサンにポイントを聞くと、「オメエなぁ、深場によう、シンキングラインでストリーマーをぶち込まなきゃ、ダメだべえ!オメェら、そんたがちゃっちい道具で何しようつぅーの(オーストリアの田舎は訛りが強いのです)」とのご託宣です。春の川は冷たく増水しているので、魚は深場でじっとして、目の前を小魚が通る時だけ食いつくのです。
我々はお上品にドライフライ、ニンフという羽虫のイミテーション毛鉤といういつもの道具立てでした。先が思いやられます。
とりあえず川には下りたのですが、水が多く流れが急です。それに水はまだ冷たい!!ウェーダー越しに水の冷たさが身にしみます。
初日は結局三人ともボーズ、二日目に執念のNさんがフライとは思えない小魚ルアーもどきを岸ぎりぎりにしつこく流し込み、40cmくらいのブラウントラウトを釣り上げました。谷川(名人)と私は二日やってボーズという最低のシーズンスタートでした。
二回目の釣行は気温も上がり、虫も出てきただろうと思われる5月の末で、Nさん、Wさんと一緒の釣行でした。羽虫の情報も仕入れ、夜なべ仕事でそれにふさわしい毛鉤も巻き準備万端です。
ホテルに荷物を降ろし釣り券を購入、川に向かいます。初回に行った事のある釣り場に行き川を見ると「水がやけに多いねぇ」。雪解け水の流入で前回早春の時よりも水が多いのでした。川にはあまり入れないので岸際でパチャパチャ釣りするしかないのです。魚は時々跳ねるのですが、それも川のど真ん中でとても我々の毛鉤は届きません。フラストレーションに身を焦がします。暫くしてNさんが一匹釣り上げます。岸際ぎりぎりに流して釣ったそうですが、蛭が一杯ついたブラウン・トラウトでちょっと触る気にならない魚でした。その後釣り場を変えたりしたのですが状況は思わしくなく、初日はまたまた不満足な結果でした。
二日目、後ろが開けてフライキャスティングがしやすい釣り場を選んで入渓しました。そこは浅場なのですが、なんと魚がうじゃうじゃいます。60cm以上も何匹かいます。Nさんはすっかり興奮、我先に竿を出します。朝9時くらいから釣り始め毛鉤をこれでもかと流すのですが一匹も咥えません。何か餌を食べているのは間違いないのですが。。。川に立ち込んで数時間、魚が結構近くにいるので足元をふと見るとウェーダーの表面に何か白いものが沢山ついています。それは無数のちいさな白い糸ミミズ、つまりユスリカが朝から大量に羽化していたのでした。道理で我々の毛鉤ではでない筈です。
ユスリカのような極小の虫に合わせた毛鉤は持ってませんし、そもそもそんな毛鉤では釣りになりません。そこでそれまでの一本針仕掛けに枝針をつけ全部で3つのウェットフライ(沈毛鉤)のチームにし、特にユスリカが出る時に効果ありと言われるSilver March Brownを一番先の毛鉤とし、他はシルバーボディーでキラキラ光る毛鉤をつけました。
三つの毛鉤を川の流れに合わせ下流に自然に送り込み、魚がもぞもぞ動いている所の手前でストップさせ、毛鉤に動きを与えます。数回それで試してみると手元にコツンと当たり!!間髪入れず合わせます。ヤッタ、かかった。どうも大物のようで最初は動きません。念のため再度合わせをくれます。と、魚は動きだしました。強い流れの中で上流、下流に泳ぎまわり、その度リールから糸を10ヤード、20ヤードと引き出します。丁度その日は8フィート5インチの短めの竹竿を使っていたので竿は満月、何時糸が切れるか針が外れるか気が気でありません。でも、竹竿の良いところは粘り強さ、衝撃を竹の穂先がうまく吸収し細い糸もなんとかもってます。ようやく魚が疲れて寄ってきたので見ると銀色の虹鱒です。しかもデカイ。虹鱒君は人間の姿が見えたので力を振り絞り遁走します。激流の中ですから大変な捕り物です。NさんとWさんの二人のギャラリーの前なので部長の貫禄は守らねばと無理をせず時間を掛けて取り込む事とします。15分、いや、それ以上?、どれだけやり取りしたでしょうか。力を振り絞った虹鱒はNさんが差し出した玉網にようやく納まりました。47cmの別嬪さんでした。
別嬪さんを見たNさん、Wさんは興奮しその後毛鉤を何度も流したのですが、我々が釣りをしているところにビキニのお嬢さんが日向ぼっこに来るといった邪魔も入り、後が続かず、部長の一人勝ちでその釣行を終えたのでした。
帰国を翌週に控えたNさんは部長の一人勝ちのシーンを見せられて成仏出来ず、釣り部主催の彼の送別会の席で、「XXさん、やっぱりトラウン川にもう一回行けないですかねぇ?」「でもNさんは土曜日送別会が入ってるから一泊出来ないですよね?」「そうですね。。。」「でも片道5時間だから頑張れば日帰り出来るかな?」「それ、それ、朝早いのはぜんぜん大丈夫だからそれで行きましょう!!」という話になってしまい、6月15日、日曜朝3時出発の日帰り釣行が決まったのでした。
眠い目をこすり時間通りNさん宅を出発、途中運転を交代しながらトラウン川へ向かいます。宿には事前連絡してあったので釣り券を即購入、8時過ぎには川に到着しました。場所は早春にNさんが唯一の一匹を釣り上げた場所の近くです。
到着と同時にNさんはあっという間に身支度し川におりました。ダウン・クロスで下流にウェットフライを流し込む釣り方です。こちらはまだ眠気でボーっと身支度しているのに川ではNさんの歓声が聞こえます。「かかった!!」。Nさんの竿は日本の渓流用の華奢な竿で根元からぐんぐん大きく曲がっています。最初の一匹は41cmのブラウン・トラウトでした。私がようやく川に入った頃には、Nさんもう数匹釣り上げてました。過去2回の不調を払拭する絶好調な滑り出しです。
午前中魚は活発に餌を追ってました。私は前回で味をしめた毛鉤3本チームを上流に向けてキャストし自然に流します。当たりを竿で取るのは難しいのですが、魚の動き、糸の不自然な動きを目印に合わせます。Nさん程ではないですが、私にも40cmを筆頭に数匹釣れました。
相変わらず絶好調のNさんに様子を聞くと、「いや針を伸ばされて逃げられました」、「この竿じゃ全く寄せられない大物で糸を切られました」とかとても景気が良い話ばかりです。こちらはお昼近くで魚の動きが鈍くだんだん釣りにならなくなったのでちょっと場所を変えて下流に行きました。
下流で一時間以上やったのですが魚が出ず、もう2時になったので再び前の場所に戻ります。ちょっとやって時計の針は2時30分。その晩フェリヘジ空港に客の出迎えがある私を慮ってNさんは2時45分で上がりましょうと言ってくれました。残り15分、エキストラタイムです。
最後の一投は朝最初にやったポイントで上流に向かって投げました。
上流から流れてきて丁度私の真横の方向に毛鉤が来たとき、水面下でギラリと魚が光りました。とっさに合わせた瞬間、魚は大きくジャンプします。綺麗な虹鱒です。こいつは糸を引き出し、ジャンプを繰り返し、こちらは何時針が外れるかドキドキです。時間もないので力勝負。玉網に納めたのは案外小さな39cmの虹鱒でした。
その虹鱒を網に納めた直後、Nさんが「かかった」と叫びます。華奢な竿はまた満月にしなり、かかった魚は流れの中を右に左に泳ぎまわります。大暴れです。Nさんのファイトを写真数枚に収め見る事数分、Nさんは見事に欧州最後のブラウン・トラウトを仕留めたのでした。
エキストラ・タイムでのワン・ツー・フィニッシュ、世界的に有名なトラウン川でNさんのまさに絵に描いたような釣りのフィナーレでした。