思い出の釣り・これからの釣り

欧州の釣り、竹竿、その他、その時々の徒然の思いを綴るつもりです

ハンガリー日本人会釣り部(スロバキアOrava川)

2010-05-09 04:03:22 | 欧州釣行記/Fishing Trips in Europe
中東欧思い出の釣り場(スロバキア・オラバ川)

ハンガリーに赴任したのは2000年6月。赴任後最初に釣りをしたのは2001年3月、スキーで訪れたオーストリア山中でたまたま出会った小川でのニジマス釣りでした。

その後色々な場所で釣りをしましたが、スロバキアのオラバ川はその中でも思い出の場所です。スロバキアでの釣りとの出会いは、用事で泊まったバンスカ・ビストリッツアのホテルに紹介してもらったご当地釣りクラブからもらったパンフレットでした。2001年5月の事です。その時はスロバキアに入国するのにビザが必要で、日本人にはあまり馴染みのない国でした。コイ、パイク、鱒とスロバキアの色々な釣りと釣り場が紹介されていて、その中にポーランドの国境近くでグレーリングとフーヘン(別名ドナウ・サーモンと言われるイトウの仲間)が釣れるオラバ川がありました。ガイドが1.5メートルもあるフーヘンを持った写真が印象的でした。

その年は9月にニューヨークのテロがあったり10月にアフガン戦争が始まったりと物騒な年でしたが、そのお陰で秋は出張者が激減し時間に余裕が出来たので、秋も深い10月にオラバ川の探検に行く事にしました。特別なコネでスロバキアの6ヶ月マルチ・ビザも入手しイザ出陣です。
ブダペストから車で3時間半走るとオラフスキー・ポドザーモク、和文に訳すとオラバの城下町、という小さな町があります。オラバ川に面した絶壁の丘の天辺に中世のお城がそびえる趣のある場所です。オラバ川の釣りはそのお城から程近い場所でいた。
村人を捕まえて、スロバキアの釣りパンフレットに書いてあるオラバ川の釣り場管理人の家を探します。ヤンデックという人でパンフレットに載っていたガイドのおじいさんでした。息子さんが多少ドイツ語が出来るので、息子さんに釣りをしたい旨伝え釣り券を頼みます。ところが釣り券は別の街に住んでいるシュテファネックという人が扱っている由。連れて行ってやるからまあ一杯飲みなさいというのに甘え、ガイド親子の客になります。その後取りあえず近場の宿屋にその晩の宿を求め、息子さんの方のヤンデックさんが迎えに来た車で夕食後のシュテファネックさんのお宅に伺いました。
シュテファネックさんは英語もドイツ語も出来ないので、片言のロシア語、スロバキア語もどき、ヤンデックさんのドイツ語通訳、身振り手振りでの話しでしたが、何でもシュテファネックさんはチェコスロバキアのフライ・キャスティングの往年のチャンピオンとして70年代に知られた人のようで、毛鉤をいろいろ見せてもらったり、社会主義時代のフライ竿を見せてもらったりと大変興味深いひと時を過ごさせてもらいました。明日は自分は用事があるから釣りには行けないけどせいぜい楽しみなさいと声をかけて頂き、有難く釣り券を購入しその晩は宿屋に帰りました。

翌朝ゆっくり朝食を済まし川にでます。天気は生憎の曇り・時々雨ですが、初めての川なので胸が高鳴ります。10月のオラバ川はグレーリングの釣り場で、川を見つめていると川の流れの中でグレーリングが身を翻しギラリと光るのが見えます。
1930年製の10フィート4インチの長さの竹竿にシルク・ラインそれにウェット・フライ(沈み毛鉤) いう古風な道具立てで釣りをしてみました。まあ、日本でも世界中どこでもこんな道具で釣りをすればかなり目立ちます。
川はかなり広く50メートルくらいの幅があり、また流れもかなりあります。グレイリングは足元近くには居なく、竹竿の長さを生かし斜め上流に出来るだけ遠投し毛鉤を出来るだけ長く自然に流すよう努めます。
ところが、何度も何度もやってもグレーリングは騙されてくれないのです。多分シュテファネックさんのような腕利きにずいぶん痛めつけられているので魚もかなりかしこいのでしょう。寒いし、雨は降るし、川の中の一本の杭になって時間を忘れ集中します。
もう、釣りを始めて3、4時間も立ったでしょうか。流した毛鉤にかすかなアタリを感じました。これは釣り師の反射なのですが、間を入れず合わせます。ウェット・フライは早合わせが大事です。と、竿先に生き物の躍動が伝わってきます。ヤッタ、かかった。道具に比べ魚は大きくないので取り込みにはあまり神経を使わなくていい。リールでやり取りをして取り込んだ魚は30センチ弱の細身のグレーリングでした。銀色の魚体に羽のように大きな背びれ。びっくりしたような大きな目。オラバ川の水流をものともせず泳ぎ回る華麗な、力強い魚でした。



その時は一日がんばってもう一匹、合計2匹の貧果でした。

その後も2004年までオラバ川には何回か出かけました。何時もあまり釣れないのですが、ポーランド国境近くの鄙びた雰囲気、釣り券を買いに伺うシュテファネック老夫妻とのひと時、と何故か足を運んでしまうものがこの川にはあったのです。




この思い出の釣り場はもうありません。EUのお金が付いて、ポーランドとの幹線道路整備事業が進み、オラバ川沿いに時速100kmで走れるバイパスが出来た際、この釣り場は川底から浚渫され大きな橋が幾つも架かりました。この前もポーランドはクラクフへ車で走った時このバイパスを通りました。クラクフへの旅はちょっと便利になりました。そしてオラバ川の釣りと地元の人達とのふれ合いは今回の駐在の懐かしい思い出の一つになりました。




一度だけシュテファネックさんと一緒に釣りをした事があります。オラバ川の鏡のような水面の場所に立ちこみ、年老いた彼がかなりの遠投を決めてカゲロウを捕食するためライズするグレーリングを仕留める様はそれは見事なものでした。


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