ぶらっと散歩

訪れた町や集落を再度訪ね歩いています。

下松市笠戸島の本浦は島北側の集落 

2021年07月15日 | 山口県下松市

        
                    この地図は、国土地理院の2万5千分の1地形図を複製・加工したものである。
         瀬戸内海の西方、笠戸湾南方に位置する島で、本浦は島の北にあって下松市街地と向き
        合っている。(歩行距離 約2.2km)

        
         JR下松駅から笠戸江の浦行き防長バス約10分、本浦バス停下車するが、バスはメイ 
        ンの集落までは行かず笠戸海浜公園までとなっている。

        
         海岸線を200mほど歩くとメイン集落入口。

        
         笠戸大橋は、1970(昭和45)年宮ノ浦の洲鼻から瀬戸岬に架けられた橋で、海上部は
        ランガートラス橋で弓形のアーチに垂直に桁を連結し、長い支間の自重や外力に耐えるよ
        うになっている。
         下松港の新川から巡航船に頼っていた笠戸島の人たちは、架橋によって生活は一変した
        とのこと。

        
         天台宗「光明寺」だが由来等は不明である。

        
         自治会の案内板。

        
         海岸道路から一歩奥の道は、生活を支えてきた貴重な道とのこと。

        
         所々、雨戸で閉ざされている家もある。

        
         漁村集落を感じさせない家並み。

        
         笠戸神社参道は所々に草が生えているが、参拝するには支障がない。途中に「蛸神さま」
        の説明板と入口を示す看板があり、入ってみたが荒れ放題で辿り着くことができず。
         由来によると、大きな蛸を生け捕りにしたが、どんな刃物を使っても切り刻むことがで
        きず、この蛸は神様の使いではないかということになった。やっとのことで足8本を切り
        取って、この山中に埋めて石を立てて祀ったという。風邪にご利益がある神様とある。

        
         1669(寛文9)年に創建された笠戸神社は、享保年中(1716-1736)に八幡宮を勧請した
        という。

        
         境内から見る町並みと、2014(平成26)年に閉校した笠戸小学校が右手に見える。

        

        

        

        

        
         空家が増えつつあるようで雨戸の閉められた家などを散見する。

        
         本浦の変遷を見続けてきた地蔵尊。ここにも家があったと思われるが路傍に寂しく鎮座。

        
         店構えの構造を持つ民家。

        
         集落東端からの漁港と笠戸大橋。

        
         高台から見る本浦の町並み。この地も3方を山に囲まれ擂鉢状の底に集落を形成してい
        る。

        
         地図上に善通寺とあるので集落のお寺を想像して階段を上がると、周南八十八ヶ所75
        番札所。

        
         この地も漁港整備と共に海岸道路が新設されたようだ。

        
         山からの雨水等を海に流し出す水路は1本のみであった。

        
         10年前とは人・船艘・小学校の廃校など様変わりをしていたが、穏やかな海だけは変
        わらなかった。


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