この地図は、国土地理院の2万5千分の1地形図を複製・加工したものである。
瀬戸内海の西方、笠戸湾南方に位置する島で、本浦は島の北にあって下松市街地と向き
合っている。(歩行距離 約2.2km)
JR下松駅から笠戸江の浦行き防長バス約10分、本浦バス停下車するが、バスはメイ
ンの集落までは行かず笠戸海浜公園までとなっている。
海岸線を200mほど歩くとメイン集落入口。
笠戸大橋は、1970(昭和45)年宮ノ浦の洲鼻から瀬戸岬に架けられた橋で、海上部は
ランガートラス橋で弓形のアーチに垂直に桁を連結し、長い支間の自重や外力に耐えるよ
うになっている。
下松港の新川から巡航船に頼っていた笠戸島の人たちは、架橋によって生活は一変した
とのこと。
天台宗「光明寺」だが由来等は不明である。
自治会の案内板。
海岸道路から一歩奥の道は、生活を支えてきた貴重な道とのこと。
所々、雨戸で閉ざされている家もある。
漁村集落を感じさせない家並み。
笠戸神社参道は所々に草が生えているが、参拝するには支障がない。途中に「蛸神さま」
の説明板と入口を示す看板があり、入ってみたが荒れ放題で辿り着くことができず。
由来によると、大きな蛸を生け捕りにしたが、どんな刃物を使っても切り刻むことがで
きず、この蛸は神様の使いではないかということになった。やっとのことで足8本を切り
取って、この山中に埋めて石を立てて祀ったという。風邪にご利益がある神様とある。
1669(寛文9)年に創建された笠戸神社は、享保年中(1716-1736)に八幡宮を勧請した
という。
境内から見る町並みと、2014(平成26)年に閉校した笠戸小学校が右手に見える。
空家が増えつつあるようで雨戸の閉められた家などを散見する。
本浦の変遷を見続けてきた地蔵尊。ここにも家があったと思われるが路傍に寂しく鎮座。
店構えの構造を持つ民家。
集落東端からの漁港と笠戸大橋。
高台から見る本浦の町並み。この地も3方を山に囲まれ擂鉢状の底に集落を形成してい
る。
地図上に善通寺とあるので集落のお寺を想像して階段を上がると、周南八十八ヶ所75
番札所。
この地も漁港整備と共に海岸道路が新設されたようだ。
山からの雨水等を海に流し出す水路は1本のみであった。
10年前とは人・船艘・小学校の廃校など様変わりをしていたが、穏やかな海だけは変
わらなかった。