小林紀興の「マスコミに物申す」

第三の権力と言われるマスコミは政治家や官僚と違い、読者や視聴者の批判は一切無視、村社会の中でぬくぬくと… それを許せるか

集団的自衛権行使にあくまで食らいつくぞ。 日米安全保障条約の片務性解消の方が優先課題だ。①

2014-07-17 09:41:05 | Weblog
 集団的自衛権行使を安倍政権が閣議で、「憲法解釈を変更して容認する」ことを決定した。7月1日のことである。全国紙5紙は翌2日に社説面すべてを使って論評を加えた。大まかに言えば閣議決定支持派の読売新聞、日本経済新聞、産経新聞の3紙と、反対派の朝日新聞、毎日新聞の2紙に分かれた。
 私は2日に『閣議決定――安倍総理の説明はデタラメだ。もっとひどいのは読売新聞の捏造記事。小保方晴子もそこまではやらない』を、3日には『号外――閣議決定はやはりオバマ大統領の指示だった』と題するブログを投稿した。
 翌4日からは、土日を除いて昨日まで9回にわたり『集団的自衛権問題――全国紙5紙の社説の論理的検証をする。結論から言えば、メディアは理解していない』と題した長期連載ブログを投稿した。その閣議決定を米政府は大変喜んだ。テレビ各局も米政府高官のコメントを映像付きで「閣議決定を歓迎する」と支持していることを報道した。こうした場合の報道の捏造は不可能である。
 しかし、新聞の場合は昔からよく言われているように「新聞記者、見てきたようなウソを書き」放題である。名前を特定せず「政府筋は」とか「政府高官は」とか「関係者によると」といった方法で情報源を特定せずにコメントなるものを掲載することがしばしばあるが、こうしたケースは99.99…%、記者によるでっちあげと見做してよい。
 情報源をどうしても特定できないようなケースは、私がかつて外務省北東アジア局に電話したときのようなケースだ。私が「安倍総理は従来の集団的自衛権についての定義を変えていますね」と聞いた時、相手は間髪を入れずに「そうです」と答えた。正直びっくりした。集団的自衛権問題に深くかかわっている行政機関は内閣法制局と外務省北東アジア局である。そのことを初めから私が知っていたわけではない。
 内閣法制局が深くかかわっていることは、ジャーナリストとしては常識だが、内閣法制局は国家公安委員会と同様、国民からの電話には対応しない。ホームページにも住所は記載されているが、電話番号は記載されていない。電話帳に至ってはその存在すら記載されていない。いちおう公安委員会(各都道府県にもある)の所在地と電話番号は電話帳にも記載されているが、所在地は道府県の警察本部で電話番号は道府県警察本部の代表番号と同じ番号しか載っていない。東京の場合は警察庁の中に国家公安委員会があるが、やはり所在地、電話番号とも警察庁の代表番号しか記載されていず、警察庁や道府県の警察本部に電話しても、広報に回されるだけで、絶対に公安委員会には電話を回してくれない。
 そういうわけで内閣法制局に個人が電話することは不可能であり、私は
外務省の代表番号に電話をして「集団的自衛権について聞きたいことがある」と言ったところ、電話を回されたのが北東アジア局だった。最初に出たのは若い職員で、私が「安倍内閣は集団的自衛権について従来の政府の定義を変えているように思えるが、どうか」と質問したところ、「少々、お待ちください」と2,3分待たされて電話口に出た方が、私の質問に対していとも簡単に「そうです」とお答えになった。私はさらにその方に「定義を変えていることを国民に説明していませんね」とさらに問い詰めたところ、これまたあっさり「その通りです」とお答えいただいた。
 私にとっては、それだけで十分だった。だが、そのやり取りをブログで書く場合、情報源を特定しなかった。今でも外務省北東アジア局の方の氏名は公表できない。情報源を秘匿する条件で聞き出した情報ではなかったが、情報源をその時点で明らかにした場合、その方に何らかの圧力がかかる可能性が十分考えられたからだ。閣議決定に至った現在では、情報の出所は明らかにしても読売新聞読者センターのような「犯人探し」はしないと考えたので、出所の外務省北東アジア局だけは明らかにすることにしたのである。が、個人名は、墓場まで持っていく。私にはその方を守れる力がないからだ。
 
 さて15日の国会答弁で横畠内閣法制局長官が重要な証言をした。今回の憲法解釈の変更について「政府が憲法解釈を変更したのは戦後2回目」と証言したのである。極めて重要な証言だ。
 安保法制懇は憲法9条について戦争直後には自衛権をも否定していたし、その後もしばしば憲法解釈は変更されてきたと報告書で述べている。が、それが憲法解釈に関する事実の捏造であると私は何度もブログで書いてきた。まず自衛権をも否定したのは現行憲法制定以前の(つまり芦田修正が行われていない時点での)吉田内閣による政府原案についての帝国議会での46年6月の総理の答弁である。当時の憲法はまだ大日本帝国憲法が有効だった時代で、最終的には天皇の裁可が憲法の改正には必要だった。実際、芦田修正が行われ、天皇の裁可を得て帝国議会が承認し、現行憲法が公布されたのが46年11月3日、施行は半年後の47年5月3日である。それ以降政府が自衛権を否定したことは一度もない。
 また、警察予備隊が創設され、保安隊を経て自衛隊に名称も変更し防衛力を強化してきた過程で、メディアはしばしば「解釈改憲」と批判してきたが、自衛権についても自衛力についても自衛権行使の条件についても、憲法は何らの規定もしていない。安保法制懇は、メディアの誤報を根拠に「政府はこれまでも9条の解釈をしばしば変更してきた」と主張するなら、閣議決定支持派のメディアでさえ「本来は憲法改正で行うべきだ」と主張しているくらいだから、
メディアの主張をうのみにして「憲法解釈の変更によっては集団的自衛権の行
使を容認することを認めることはできないと考えるのが文理的である」と報告すべきだったのではないか。
 横畠内閣法制局長が「憲法解釈変更は戦後2回目だ」と証言したことの意味は、だから非常に重要だ。では1回目の変更はなんだったのか。現行憲法制定前の吉田総理の帝国議会での答弁でないことは間違いない。安保法制懇と違って、内閣法制局はそこまでの捏造は絶対にしない。私は1回目の変更についてネットで調べた。事実が分かった。
 実は横畠法制局長の前の小松法制局長が病に倒れて退任する前の現職時代の13年11月1日に、憲法66条2項の「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」という条文の解釈について、憲法制定時には軍隊も軍事組織も存在していなかったため同項でいう「文民」とは「職業軍人の経歴を有し、かつ強い軍国主義の持ち主」のこととしていたのを、自衛隊が生まれ制服組(武官)だけでなく背広組(事務官)も「文民」に相当するのかどうかの議論が国会で行われたときに、現役自衛官は背広組も「文民」とすべきでないとの解釈に変更したのが唯一の憲法解釈変更の事例である。はっきり言えば、安倍総理の思想とは180度異なり、自国防衛のためであっても、軍事行動に対するシビリアン・コントロールの徹底を図るために「文民」の解釈を変更したというのがこれまでの唯一の憲法解釈変更の事例である。 
 このケースを考えると、安倍政権が閣議決定した憲法解釈の変更によって集団的自衛権の行使を容認するということが、いかに重要な意味を持つかが読者にもお分かりのことと思う。
 しかし、今回の閣議決定の内容からすると、わざわざ「憲法解釈の変更」を強調しなければならないような内容にはとうてい思えない。芦田修正も、自衛権については否定していないと最高裁は認定しているが、最高裁は国連憲章51条を前提にして「集団的自衛権」は認められないが「個別的自衛権」は認める、などと言う判断は下していない。個別的自衛のための自衛隊の存在は合憲であるとは認定したが、「片務的集団的自衛権を確立した日米安全保障条約」については、高度な政治的問題であり、裁判所が合憲性を判断することは適当でない、と判決文で述べている。
 そもそも集団的自衛とは、集団で安全保障体制を構築することであって、これは国連憲章で加盟国に認めている。日本の場合、日米安全保障条約によって「日本の領土が他国から攻撃を受けた場合(日本国内の米軍基地も含まれる)、日米双方は協力して防衛に当たる」(第5条)とされている。が、その「対価」として日本はアメリカの領土が攻撃されたときに共同で防衛に当たる義務は持っていない。これが「片務性」とされているゆえんである。
 この片務性を解消するのであれば、「日本はアメリカが国外での戦争には共同軍事行動はとらないが、アメリカの領土に攻撃があった場合は日本もアメリカに協力して防衛に当たる」とするのが合理的であろう。が、アメリカは自国を攻撃する国があるとは思っていないし、第一そうした事態が生じても、日本に助けを求めることなど、毛頭考えていない。
 だとすれば、日本の防衛力強化のために抑止力を高めるというのであれば、国連憲章が認めている集団的自衛体制を構築するための法整備は、わざわざ憲法解釈を変更しなくても国会の議論で十分であるはずだ。(続く)

コメントを投稿