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第567回 柿右衛門磁器が呼んだ幸運

2024-03-15 | エッセイ
 皆様は骨董に興味をお持ちでしょうか?私は一時期、アンティークフェアなどに足を運び、わずかな小遣いから「骨董まがい」のキッチュな品の収集をちょっぴり楽しんでいました。今や熱はすっかり冷めてますけど・・・
 今回は、以前、ネタ元にしました上前淳一郎さんの「読むクスリ」シリーズ(文春文庫:文末に簡単な書誌を付記しています)からの話題です。良心的な古美術商さんに思わぬ幸運が舞い込んだエピソードを、第15巻の「柿右衛門に福あり」からご紹介します。専門的な知識は一切不要です。どうぞ最後まで気軽にお付き合いください。

 絵を志して渡米し、画家として成功する一方、ニューヨークで古美術品のギャラリーを経営する東典男さんの経験です。ご本人が「こんなうまい話があっていいものか」と思うほど、かの有名陶工・柿右衛門の逸品がどんどん集まってきた時期がありました。「柿右衛門窯公式オンラインショップ」からお借りした画像です。

 氏の言葉です。<それも、誰も悪いことをたくらんだわけじゃない。学者をはじめ、みんなが良心的であろうとした結果、私が儲けることになってしまったのです>(同書から)その顛末です。

 10年ほど前からニューヨークのサザビーズやクリスティのオークションで競売される柿右衛門の磁器の値段が、がくんと落ち込んだのです。それまでは、日本の陶磁器の中でも横綱格の柿右衛門の逸品にはオークションでも法外な値段がつき、東さんも手が出せませんでした。
 ところが、ある時期から買手がつかなくなり、信じられないような安値で手に入るようになったのです。どのくらい安くなったのかを東さんは、著者に明らかにされませんでしたが、大暴落といってもよい状況だったといいます。しかも柿右衛門に限っての状況です。「ニセモノでも出回っているのかな」と情報を集めてもそれらしい事実はありません。オークションに持ち込まれるのは、どう見てもまぎれもない本物ぞろいです。自分の目を信じた東さんは、片はしから買い集めていきました。

 そんな状態が数年続き、おびただしい数の柿右衛門が手元にそろったころ、オークションのカタログを見ていた東さんはあることに気が付いて、膝を打ちました。
 以前は、ただ「 KAKIEMON 」 とだけ記されていた目録が「KAKIEMON STYLE 」となっています。そうか、これが原因か、と思い当たったのです。
 佐賀・有田の陶工柿右衛門が、赤の色を美しく出したいと苦労を重ねる話は、私も教科書か何かで読んだ覚えがあります。このエピソードのせいもあって、柿右衛門焼きは彼の独創であり、その秘法は彼の子孫だけに伝えられてきた、と一般に信じられてきました。
 ところが、近年の専門家による研究の結果、その技法の元は、中国の民窯(みんよう=民間の陶磁器製作工房)にあることがわかったのです。
 また、柿右衛門焼として当時ヨーロッパに輸出されていた最高級の磁器は、必ずしも柿右衛門ひとりが作ったわけではなく、有田で多くの陶工たちの共同作業で焼かれたことも明らかになってきました。
 東さんの言葉です。<そこで専門の学者たちは、単に柿右衛門というのはおかしい、正確には有田焼の中の柿右衛門様式、と呼ぶべきだと十数年前から唱えはじめたのです>(同)
 この主張は徐々に浸透し、美術書の説明も柿右衛門様式とするのが一般的になりました。

 学問的には正確になったのですが、これが英訳されて話がややこしくなりました。「様式」に当たる英語は、STYLE(スタイル)です。大手オークション会社も、日本の偉い学者が言うことだからというので、良心的にカタログの表記を「 KAKIEMON STYLE」 に改めました。でも、STYLEには、「亜流」、「贋物(にせもの)」との意味合いがあり、そう受け取られてもやむを得ない、といいます。
 <競売用のカタログに、柿右衛門スタイル、とあるのを見た人たちは、これは贋物だと思って買わなくなった。だから暴落したに違いないのです>(同)と信じた東さんは、自分の考えを関係者に伝えたのです。表記が元の KAKIEMON に戻されると、値段はたちまち跳ね上がって、再び東さんの手の届かないものになりました。<それで、いいのです。でも、あんな頬(ほほ)をつねってみたくなるようなことは、もう起きないでしょうねえ>(同)と東さん。
「安く買い求めた柿右衛門のほとんどは、いま東さんのギャラリーの重要なコレクションとして展示されている」(同)と著者は締めくくっています。

 いかがでしたか?最後の東さんの発言からすれば、十分商売にはなっているようですね。自分の目を信じ、良心的に商売を続ける人には幸運が舞い込む(こともある)というちょっとイイ話でした。それでは次回をお楽しみに。
<付記>「読むクスリ」シリーズは、1984年から2002年まで、著者が週刊文春に連載したコラムを書籍化したものです。企業人たちから聞いたちょっといい話、愉快な話などを幅広く紹介しています。文春文庫版は全37巻です。
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