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第588回 幇間に学ぶ会話術

2024-08-09 | エッセイ
 「幇間(ほうかん)」または「たいこもち」とも呼ばれる仕事をご存知でしょうか? 宴席などに侍って、唄、踊りなどの芸を披露したり、お客との会話に加わったりして座を盛り上げるのが主な務めです。時代の流れもあり、今や、全国でも数えるほどしかいない貴重な存在で、後ほど登場いただく悠玄亭玉介(ゆうげんてい・たますけ 1907-94年)師匠です。

 な~んてエラソーに書いてますが、落語「鰻の幇間(たいこ)」などで、その世界をちょっぴり知る程度です。まずは、その噺を通じて、仕事ぶりの一端を知っていただき、漱石の「坊っちゃん」に登場する人物にも触れることにします。後半が本題で、玉介師匠の聞き書き本をネタ元に、快適な会話を楽しむコツを学ぼう、という趣向です。どうぞ最後までお付き合いください。

 噺の流れです。今日も今日とて、幇間の一八(いっぱち=落語での幇間の定番ネーム)は、景気の良さそうな馴染み客を見つけて昼飯でもゴチになろうと町をブラブラしています。向こうから、見覚えがあるような、ないような若旦那がやって来ました。調子よく話しかけると、鰻屋に誘われました。路地裏のうす汚い店の二階で、ほかに客は居ず、いかにも流行っていません。不味い鰻を食べながら、一八もそこは商売。適当に話の調子を合わせているうちに食事が終わりました。そこで男は便所に立ちましたが、なかなか戻って来ません。便所にもいないので、下へ降りて、店の者に訊くと、「お代は、二階の旦那が払うから」と言って、六人前の鰻まで土産にし、先に帰ったというのです。あげくは、一八の草履まで履いて帰ってしまいました。泣く泣く羽織に縫いこんであったカネで払うハメに。ゴチになるはずが、踏んだり蹴ったりのオチが笑いを誘います。

 ここで登場した幇間は、特定の贔屓客とか、出入りの料亭などを持たず、自分の才覚だけでやっていく、いわばフリーの幇間です。正規の(?)幇間連中からは、うんと見下され、俗に「野だいこ」と呼ばれました。
 といえば、思い出す方も多いはず。漱石の「坊っちゃん」に登場します。教頭の「赤シャツ」の腰ぎんちゃくで、ゴマばかりすっている画学教師に、坊っちゃんが付けたアダ名です。漱石の時代には身近な存在だったのでしょうね。それにしてもぴったりのニックネームで、漱石のユーモアセンスにあらためて感心します。小学年の頃、この作品を読んで「「野だいこ」ってなに?」と親に訊いた覚えがあります。明快な説明はありませんでした。知らなかったのか、知っていたけど小学生に説明のしようもなく困った、のどちらかだったのでしょうね。

 前置きが長くなりました。本題に入ります。師匠の「幇間(たいこもち)の遺言」(集英社文庫)は、生い立ちから始まって、苦労話、艶話など興味が尽きない一冊です。
 なかでも、一流の幇間の証しでもあり、一番大切な心得として説かれていたのが、ヒトの話をよく「聞く」ということでした。
「おまえさんねぇ、なんで耳が口より上に付いてるか知ってるかい?まず、ヒトの話を聞くってのが大事なんだよ。しかもだよ、耳は2つ、口は1つだろ?いかに聞くように出来てるか分かるだろっ」(同書から)
 幇間といえば、ちゃらちゃらと一方的にしゃべりまくって、ヨイショ(お世辞)でいい気持ちにさせるものだとばかり思ってました。確かに、落語の世界では確かにそんな幇間ばかりなんですけど、とんだ勘違いでした。

 実は、一流の幇間になると、ほとんどしゃべらないのだといいます。お客の話にひたすら耳を傾けて相づちを打つだけ。でも、そこが芸。「ほ~」「なるほど」「で、どうなりました?」「一体どんなわけで?」「そりゃ、驚いたでしょ」「さすがだねぇ」など、いろんな合いの手が、しかも間合いよく繰り出されます。お客はますます興に乗り、いい気分になるという次第です。酒が進み、財布の紐も緩もうというもの。
 ものの本によれば、そこまで配慮されても、半分くらいしか話してない、しゃべり足りない、と感じる人が多い、というのです。つくづく、人間って身勝手な生き物だ、と感じます。

 最近は足が遠のいていますが、かつては、馴染みのスタンドバーなどでも、中には、自分勝手で、マイペースなトークを展開する人もいなかったわけではありません。でも、振り返ってみれば、相手の話をよく聞き、「質問する」という形で、話題を広げ、盛り上げていく「心掛け」はしていたつもりです。オトナのお客さんが多かったこともあり、概ね対等で快適な会話を楽しめたかな、と感じています。師匠のような域に達するのは無理としても、会話は「聞く」のが基本、を肝に銘じて(機会は減りましたが)いろんな人とのトークを楽しんでいこうと決意したことでした。

 いかがでしたか?快適な会話をお楽しみいただく上で、ご参考になれば幸いです。それでは次回をお楽しみに。