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第540回 村上春樹の人生相談

2023-09-08 | エッセイ
 村上春樹さんが、ネット上で人生相談をしていたことがあります。専用のサイトで、一般の方々から広く質問を募り、彼が回答する、という趣向です。何回か行われ、2015年1月から5月まで実施されたのが最後になりました。質問は3万7千通あまり、累計閲覧数は1億を超えたという好評ぶりだったそう。
 そのうちの473件の質問・回答をまとめたのが「村上さんのところ」(新潮文庫)です。過去2回にわたりお届けした記事(文末にリンクを貼っています)に続く今回は、いかにも人生相談っぽいものを中心に集めてみました。そう深刻なものはありません。春樹さん流のユーモア、時に韜晦、はぐらかしもありの回答ワザをご堪能ください。なお、質問は要点を、回答は原文(<   >内)を活かしつつ、ちょっぴり私のコメントを加えているものもあります。

★「無駄に話が長くて困る上司がいる。この間は15分の約束が、半日も話を聞かされた」との若いOLからの相談に、
<話の長い人の話を短くすることは不可能です。あれは不治の病です。死ぬまで治らない。><気の毒だけど、あきらめてください。「退屈さには神々も旗を巻く」とたしかニーチェも言っています。>
 ニーチェまで引用し、珍しく突き放したトーンの回答です。村上さんはサラリーマン経験はないはずですが、よっぽどヒドい長話人間と出会って、骨の髄まで懲りているんでしょうね。

★「村上さんは、漫画もアニメも観ないと聞きましたが、なぜですか」という男性公務員からの質問に、
<残念ながら、人生の持ち時間にはそれぞれ限りがあります。一人の人間が何もかもをカバーするのは現実的に不可能です。だからある程度の年齢になると、興味の対象を絞って活動していかなくてはなりません。>
 若い頃は、アニメも漫画はもちろん、文楽や野球観戦も楽しんだとも書いています。その彼にして、年齢とともに活動を絞らざるを得ない、というのを読んで、私もちょっと安心しました、もっぱら、読書と、ブログ書きの日々ですから。

★「村上さんの本が読みたいけれど、ファンの父親からまだ早いと言われて読めていない。どうすれば」という中学一年生の女子からの相談です。
<中学一年生ならもう大丈夫だと僕は思いますよ。お父さんに隠れてどんどん読んじゃえば。エッチなところもときどきありますが、飛ばして読んでいいです。><そういうところ、僕もそんなに気にせず書いていますので。>
 同じ年頃の人たちから同種の質問がたくさん寄せられているとも明かしています。営業トークをちゃっかり盛り込んだ大胆な名(迷?)回答に頬が緩みました。

★「街中で見かける標語から、ラブホテルのネーミングまで、幅広くエッセイでカバーする村上さんに、メモの利用など普段からの心掛けが知りたい、との男性公務員からの質問です。
<僕はエッセイの連載ってあまりやらないんですが、やるときはまずネタを一年分くらい用意します。そうしないと「今週は何を書けばいいかな」みたいなネタ探しに追いまくられて、生きていてもちっとも楽しくないからです。だから50個くらいのネタを用意しておいてから、よっこらしょと連載を始めます。新しく書きたいものがあれば、それを入れて、リストから古いものをふるい落とす、というシステムでやっています。>
 私もブログは毎週金曜日更新を自らに課し(ちょっぴりPR)、実践していますので、村上さんの苦労、工夫はよく分かります。私も本を読みながら、使えそうなネタがあれば付箋をつけたり、スマホにメモを残したり、とそれなりの工夫をしていますので。

★「村上さんの紀行エッセイの愛好者で、自らも書いてみたい」という女子大学生に、こんなアドバイスをしています。
<旅行エッセイ、あるいは滞在記みたなものは、僕の経験からすれば、はっきりとした目的意識なしには書けません。つまり、「自分はこの旅行について、あるいは滞在について、一冊の本を書くのだ」という覚悟がまず必要になります。のんべんだらりんと旅行したり生活していたりしたら、本なんてまず書けません。>
 村上さんの紀行エッセイは私も愛読しているだけに、アドバイスが身に沁みます。紀行エッセイって、どこへ行って、何を観て、何を食べて、どう感じて・・・を書けば出来上がり、とイージーに考えがち。私が旅行に行く時も、ブログのネタを探す、という「目的意識」はあるのですが、1本か2本、記事ネタが出来ればいい方です。プロの道の厳しさをあらためて教えられました。ありがとう、村上さん。

 いかがでしたか?当シリーズはこれが最終回の予定です。なお、冒頭でご案内した過去記事へのリンクは、<第284回 村上春樹がくれたアドバイス><第501回 村上春樹の英語術 英語弁講座40>です。合わせてご覧いただければ幸いです。それでは次回をお楽しみに。
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