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第550回 鹿島センセイの衝動買い

2023-11-17 | エッセイ
 フランス文学者の鹿島茂氏(以下、「センセイ」)の古書マニアぶりを以前お届けしました(第437回 古書マニアの面白苦労話ー文末にリンクを貼っています)。
 18世紀フランスの挿絵入り豪華本古書が中心の収集は、研究の一環と理解できます。でも、「衝動買い日記」(中公文庫 2004年)を読んで、腹筋マシーン、猫の家、中華健康棒など、怪しげな品も含め、分野を問わぬ先生の買い物ぶりを楽しみました。エピソードを2つご紹介します(項目タイトルは、私が独自につけました)。センセイと今回取り上げた本です。

<クレジットカードは魔物>
 雨が降り続くパリでの暗い午後のことです。セーヌ河左岸のサン・ジェルマン・デプレに宿をとっていた先生は、ふと右岸のオスマン大通りの高級古書店街に足を向けることを思い立ちました。夕方、その近くのレストランに招待されていたので、時間をつぶそうとの算段です。こんな街並みです。

 そこには6軒の高級古書店があります。10万円というのは最も安い部類で、高いものは天井知らず、という店ばかりです。先生は「なにか買おうと思ってそこに出かけたのではない。完璧な本がどういうものなのか、そして上限の価格はいかほどのものなのかを指と目と脳髄に記憶させるための偵察行動にすぎなかった」(同書から)というのです。
 ただし、日本でのように、ふらっと店に入って、のんびり棚を眺めるだけ、ということはできません。フランスでは、探している本があるというのが前提ですから、見ているだけでは万引きとみなされて、体(てい)良く追い出されます。そこはセンセイも心得ていますから対策は怠りません。とびきりの稀覯本を頭に入れていて、その名前を出して切り抜けてきました。それは、ジェラール・ドゥヴィルの「誘惑者」という本で、1927年に限定135部だけ出版された挿絵本です。仮綴じの最も安いもので50万円、革装丁なら軽く倍はするといいます。
 さて、ある書店に入って、その書名を告げると、なんと店主から「ウイ(あります)」との返事が返ってきました。思わぬ展開で提示された値段は3万フラン(75万円)。もともと欲しかった本ですし、状態からして妥当と判断したセンセイは、クレジットカードでの「衝動買い」を決断します。
 ところが、店主がそのカードをオンラインでチェックすると、「限度額オーバー」と出て、購入不可となりました。一旦あきらめかけたセンセイですが、クレジット機能付きの銀行キャッシュカードを持っているのを思い出したのです。「これでやってみてくれない」というと、返ってきたのは「サ・ヴァ! ヴォワラ!(今度はうまくいった)」という店主の声。無事(?)取引が終了しました。いや~、ハラハラ、ドキドキ、どんでん返しもありで、センセイの衝動買いぶりを堪能しました。

<ミュージアム・グッズの魔性>
 およそ「衝動買い」とは無縁の私ですが、こればかりは、ちょっと弱みがあります。センセイの話の前に、私のに少しばかりお付き合いください。
 以前は、国内の展覧会だと気に入った作品の絵葉書を記念に買うくらいでした。グッズの種類もそんなに多くなかったです。何年くらい前からでしょうか、ミュージアムショップにガチャポンがよく置いてあるようになりました。200円とか300円を入れてハンドルを回すと、カプセルに入った展示品のミニチュアがポンと出てくる仕掛けです。向こうも商売ですからね、1台に何種類かの作品を入れてあります。ですから、お目当の作品が一発でゲットできるとは限らないのです。ついつい熱くなって・・・・というのを何度も経験しました。
 海外のミュージアムだと、そこでしか買えないモノを、手軽に手頃な値段で買えます。なので、自分用のほかにお土産を渡す人の顔を思い浮かべながら買い物に集中します。そう熱くならず、買い物を楽しんできました。

 さて、センセイの場合です。仕事柄、海外のミュージアムを訪れる機会が多い中、1980年代中頃からだというのですが、グッズの多様化、高級化が進みました。収蔵品をデザインしたネクタイ、スカーフ、ブローチ、ネックレス、時計など、とにかくあらゆるものが商品化されたのです。
 加えて、扱うグッズはそこでしか買えないものが多く、買いそこねれば二度とチャンスはないかもしれません。こんな状況が先生の「衝動買い」心を刺激しないはずもなく、「本当に困る」(同)とこぼす先生の気持ちは(ある程度)理解できます。
 それは、ナポレオンの伝記の取材でフランスを訪れた時のことです。最初に訪問したナポレオン博物館で、ナポレオン像のほか、彼の兵士たちの鉛製の像が目にとまりました。しかし、1体300~500フラン(当時のレートで6000円~1万円)し、旅は始まったばかりなのであきらめました。その後おとずれた5箇所ほどの宮殿、ミュージアムなどではこまごまと「衝動買い」したものの、旅の終わり近くになって兵士の像がどうしてもあきらめられません。時間的に再訪は難しいので、便のいい蚤の市へと探しに出かけました。そして、見事、三角棒のナポレオンと連隊旗手の像2体を380フラン(7600円)でゲットできたというのです。
 「衝動買い」といえども、おカネだけでなく、欲しいものを手に入れる執念、こまめな行動力が必要なのだと感じたことでした。なお、冒頭でご紹介した記事へのリンクは<こちら>です。合わせてご覧いただければ幸いです。
 いかがでしたか?それでは次回をお楽しみに。