林 住 記

寝言 うわごと のようなもの

2017-12-07 | 歌の翼に

はしだのりひこが亡くなったという小さな記事を見た。
はしだは「風」を作曲した。この歌は、和製フォークソングを代表する名曲だと思う。

歌手としてのはしだは好きではない。youtubeを探しても、はしだの歌しか見つからず残念である。
同年代の誰もが口ずさんだ歌なのに、半世紀も経つと忘れられてしまうようだ。

  人は誰もただ一人 旅に出て
  人は誰もふるさとを 振りかえる

  ちょっぴりさみしくて 振りかえっても そこにはただ 風が吹いているだけ

  人は誰も人生に つまずいて
  人は誰も 夢やぶれて 振りかえる

静岡に転勤した時、寮に親しかった仲間が集まり、みんなでこの歌を歌った。
伴奏は当時のアイドル・森山良子の歌声だった。電卓が発売されたばかりで、カラオケはまだなかったのだ。

激しく仕事につまずいて、みんなに迷惑をかけた事も、今ではヒリヒリせずに振りかえられられる。

  

  何かを求めて 振り返っても
  そこにはただ 風が吹いているだけ

  振り返らずただ一人 一歩ずつ
  振り返らず泣かないで 歩くんだ

北山修が「風」を作詞したのは20代だった。若かったのに深い内容である。
但し最後の2行は「やはり、まだ若かったんだなぁ」とじじぃは思う。

   北山修による歌詞はこちら、はしだのりひこの歌はこちらをどうぞ。

   京都市内で行われた告別式は無宗教だった。
   600人の参列者が「風」を合唱し、はしだを送った。

   171207



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4 コメント

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哀悼・はしだのりひこ (よっちゃん)
2017-12-07 11:47:29
初めまして。訪問したブログに「風」を見つけ、図々しくメールします。
長い闘病の末に、はしだのりひこ氏が逝かれました。若き日、私の仕事で、「風」がヒットしたはしだ氏を取材しました。取材後、リハーサルに入った氏が、舞台から私を見つめて歌ってくれました。同行のカメラマンがスナップ写真を撮ってくれたのを、今懐かしく観ています。素直なお人柄だったと記憶しています。
現在、私はボランティアで老人施設に歌をお届けしています。来週、「風」をその一曲に加えました。時代を共有した施設利用者がこの歌の歌詞を、ご自分の人生に重ねて、元気に共に歌って下さることを楽しみにしています。
歌は、不思議な力があります。
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歌の力 (森生)
2017-12-07 16:10:24
よっちゃんさま
いらっしゃいませ いい思い出をお持ちで 羨ましいです
報道によると きのうの告別式は 心の篭もった素晴らしいものでした
はしだのりひこは 大きな遺産を残してくれました

老人施設に「風」を届ける由
きっと 暖かい風になるでしょう ご成功を祈ります
返信する
貴兄のような言動で過ごせれば・・。 (夢逢人)
2017-12-07 18:51:47
森生 さま。

貴兄のブログの長年の愛読者のひとりですが、
いつも読ませて頂くたびに、私は80歳の誕生日を迎えることが出来た時、
貴兄のような言動で過ごせれば・・と念願したりしたり、仰ぎみるような心情でいる次第です。

たまたま今回、はしだのりひこさんが病死され、貴兄は「風」について綴られ、
私も同感させられました・・。

私は2009-10-29に、『はしだのりひことシューベルツの『風』、若き天才たちの残された歌・・♪』
と題して投稿しました。

《・・私は東京郊外の調布市に住む年金生活6年生の65歳の身であるが、
昨日、家内と共に遅い昼食を頂いた後、
家内は独りで台所でラジオを掛けながら、皿洗いなどをしていた。

私は午前中のひととき、秋日和の中、スーパーに二軒ばかり買物を終えて、
昼食を頂いた後だったので、
居間でのんびりと主庭の秋めいた雑木を眺めたりした。
昼下がりの陽射しが燦燦の樹木の枝葉を照らし、時が止まったように静寂なひとときであった。

こうしている時、台所のラジオから流れてくる歌に耳を傾けたのである。

♪人は誰も ただ一人旅に出て
 人は誰も ふるさとを振りかえる

【『風』 作詞・北山修、作曲・端田宣彦、唄・はしだのりひことシューベルツ 】

私は年金生活の65歳の身であるが、
ときおり、この歌を聴くたびに、この歌がヒットした1969(昭和44)年の頃を思い出される・・。

この頃の私は、東京オリンピックが開催された年に大学を中退し、
映画、文学青年の真似事に彷徨(さまよ)った後、
コンピュータの専門学校で一年間を学んでいた時期である。
何とか技術を習得した上で、民間会社に中途入社をしょうとした時であった。

この歌が街に流れていたのを何気なし最初に聴いた印象は、
うまく人生を切取った歌と感心しながらも、
作詞、作曲をされた両氏が20代の前半で私と同世代あったことに、驚いたのである。

♪ちょっぴり淋しくて 振りかえっても
 そこにはただ風が 吹いているだけ
    人は誰も 人生につまずいて
    人は誰も 夢破れ振りかえる

【『風』 作詞・北山修、作曲・端田宣彦、唄・はしだのりひことシューベルツ 】

その後、私は1970(昭和45)年の春、何とか民間会社に中途入社するのであるが、
この歌の背景に関して、この時になって遅ればせながら知った時である。

1963(昭和43)年に、ザ・フォーク・クルセダーズの北山修、端田宣典、加藤和彦の3人で
作られた桁外れの異色の『帰って来たヨッパライ』が、空前の大ヒットをし、多くの大人たちも驚かせた。

この中のひとりの端田宣彦が作曲として、この歌以前の19歳の時に初めて作曲された歌が『風』であった。

そして、この歌の作曲を終えた後に、北山修が作詞された上て、
端田宣彦(はしだのりひこ)が越智友嗣、杉田二郎、井上博の3人と共に結成したのが、
世に知られた『はしだのりひことシューベルツ』であり、、大ヒットした歌である。

人生に於ける40代の半(なか)ばで、過ぎ去った人生を返りみる表現は、
どの世界の作品に数多くみられるが、
20代の前半で作詞・北山修、作曲・端田宣彦の両氏は、
まぎれない天才という賞賛の言葉が相応(ふさわ)しい、と思ったりした。

この私なりの評価は、40年過ぎた今でも、決して変わらないのである。・・》

このようにつたない投稿文でした。

余談ですが、今回、森山良子さんのアルバムを写真を掲載され、
私が勤めた会社でしたので、懐かしく感じた次第です。
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過去 (森生)
2017-12-08 14:55:50
夢逢人さま
過去は美化されます 歌が絡めば猶更のこと

風について よく分かりました

森生の実際の言動は もっと控えめです
ブログは盛っておりますので 知人には読まれたくないです

ありがとうございました
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