梅様のその日暮らし日記

その日その日感じた事や世間で話題の事について自分なりの感想や考えを書いていきます。

「ヘイト・スピーチ」から考えた

2014-12-29 14:43:56 | 日記
   Kさん、コメント有難うございます。まさか引退した某女子選手のように、結弦君がコーチと愛人関係にあったなどということはないと思うのですが・・・。

   さて、話変わって、今年一部の世界で話題になった、ヘイト・スピーチについて考えてみました。在日韓国人の特権を考える会、略して在特会のリーダーと大阪市長橋本氏の対決はあまりの下らなさが見物でしたねえ。
あの時は、橋本氏が「在特会のリーダーを市庁に呼びつけて、対談を求めた。」という形式上だったと思われたのですが・・・。

   冒頭、在特会のリーダーは、「ヘイト・スピーチ」とはどういうものかという定義づけを橋本氏に求めました。対談する双方が、この日のテーマであるヘイト・スピーチについて、全く違った認識を持ったまま議論しても無益なことですから、これは極めて冷静で論理的で正しい問いかけであったとおもいます。しかし橋本氏は最初から喧嘩腰で、「大阪であんなことやるなっつってんだよ!」と、ほとんど子供の喧嘩と変わらない言葉遣いで最初からつっかけたのでした。

   こんな人に冷静な議論ができるはずははりません。リーダー氏もこの無礼極まりない態度には一発でぶち切れ、「そっちが来いと言うから来てやったのにその態度は何だ!」と、つかみ合い、殴りあいになる勢いでした。いや、あのまま放置しておけば間違いなく殴り合いになったと思うので、そのまま止めたりせずに全国中継をすれば良かったと思うのですが、残念ながらその場は取りなされてしまい、単なる罵り合いのまま幕切れを迎えました。

   この出来事は、橋本氏が話し合いというものが出来ない、本当に幼稚なおバカさんであることを証明したようなものですが、おかげで在特会のありのままの姿や、在日韓国人に対するヘイト・スピーチの実態が明らかにされないまま終わってしまったのは少々残念でした。

    私は心情的には在特会の皆さんに近いものがあります。韓国では在特会など問題にならないくらい日本に対するヘイト・スピーチが横行しており、それは民間のみならず国政レベルにおいても行われているものです。中には靖国神社の池に放尿したり神社に放火したりする韓国人までいるのですから、少々のことを言われてもしかたがないと思っています。

    そんな状態で、日本在住とはいえ韓国籍である皆さんに対して、、出ていけという怒声が浴びせかけられるのは人間心理として自然なことです。私はこれを一概に否定できません。これは事の善悪とか理非とは別の次元の問題です。在日韓国人は、多くの人たちが誤解しているような、強制的な拉致の結果日本に在住しているのではなく、より豊かな生活や、韓国内での迫害を逃れて、自分の足で日本に渡って来た人ばかりです。戦後も帰国したければ帰国できましたし、現に北朝鮮には何千人という規模で帰国しています。韓国でこんなに非道な反日が叫ばれているのだから、お前たち韓国人はみんな韓国に帰れ!と言われるのは、ある意味で心情的に仕方のないことなのです。現にベトナムでは中国人に対する暴行や、中国資本の工場に対する破壊行為が行われたではありませんか。そんな過激な行動に出ない温厚な日本人の方が、世界標準からはずれているのです。

    問題は、在特会のような人々に対する、進歩的を装う人々の欺瞞性です。彼らは在特会に対して厳しい非難を浴びせかけますが、韓国や中国で行われている日本車の焼き討ちや、日本人に対する暴行、日本人に対するヘイト・スピーチに対しては口をつぐんで一言も抗議の声を上げたりはしません。本来なら、韓国に対して、韓国内で日本と日本人に対する過激な言動がまかり通るなら、在日韓国人に対して報復処置がなされる恐れがあるから言動を控えるようにというアピールを、盛大に行うのが筋というものなのです。

   さも平和主義者で理性的に見せかけている「進歩的」な人たちは、ほぼ全員韓国語ができません。韓国と韓国人に対する知識もありません。短なる無知で愚かな烏合の集に過ぎないのです。韓国語が出来たり、韓国に対して(アイドルに精通しているだけの人は別として)それなりの知識を持っている人たちは、そうあっさりと事を割り切ることはできないはずです。私がこれまでに書いてきたような事実を、相当程度認識しているからです。

   私は、自分には韓国人に対する差別意識はないと思っています。ただ彼らの持つ欠点をありのままに批判しているだけです。しかし「進歩的」な人々の中には、明らかに韓国人に対する差別意識が潜在しています。韓国人が程度の低い反日に走るのは仕方がないことだ・・・・(彼らはそういうレベルの民族なのだから)。彼らは本音のところでは(  )内のような意識を隠し持っています。一方在特会の人たちは、韓国人のやり方に対して同じレベルまで下がって対決しています。在特会は韓国人を差別しているのではなく、対等な立場で喧嘩を売っているように見えるのです。

   皆さん、私の考えは歪んでいるのでしょうか。
   

   

  
コメント

ゆずる君のこと

2014-12-28 11:29:02 | 日記
   フィギュアスケートの羽生選手、もっぱらおばさま達に大人気のようです。時々このブログにも登場する、JYJ命のHさんも、羽生君が大好きだと言っていました。JYJを見るには1万円あれば足りますが、強欲なスケート連盟は、フィギュアスケートの大会を見るのに2万数千円を要求します。しかしHさんはその金額をものともせず、以前埼玉スーパーアリーナで行われた大会を見に行きました。その感想を求めると、ただ一言、

  「萌えー」

に尽きるそうです。およそ男っぽさとはかけ離れたきゃしゃでしなやかな肉体、とても20歳には見えない幼い顔つき、すべてがおばさま達の( )情を掻き立てるのだそうです。私もその言葉に、「萌えー」の意味を再確認しました。なるほど、と、妙に納得してしまいました。

   ところ変わって歌舞伎町でのこと、女性もいましたが、平均年齢が50歳を超える男性たちが主流の忘年会の席上でも、やはり羽生君のことが話題となりました。羽生君の父親にあたる年齢の男性たちからの評価というわけです。男性の皆さんが異口同音に唱えたのは、「羽生ゆずる=ゲイ説」でした。

   確かに、他の選手たちと比べると、羽生選手の立ち居振る舞いには男性的な、筋肉質な強靭さが全く感じられません。他の男性選手たちとは全く別のスポーツをやっているかのようにも見えます。加えて、いい大人がプ~さんのぬいぐるみを持って歩くか?恥ずかしくて普通ならやれないだろうという指摘。私は一応、プーさん関係の会社がスポンサーになっているのでは?と、適当なフォローを入れておきましたが、そういえばそういえば、と、おじさんたちからは「羽生ゆずる」ゲイ説を補強する声が上がり続けました。

   おじさんたちのそんな声をぴしゃりと止めたのが、とある女性の一言でした。

   「ゲイじゃいけないんですか?」

   その一言で我に返ったおじさんたちは、羽生君の話をピタリとやめ、新たな話題へと移っていったのでした。
コメント

男の子

2014-12-27 15:07:40 | 日記
   あまり長くは書けないのですが、モン・ベルという、アウトドアー用品専門店が出している会員向け冊子に掲載されていた記事の中に興味深いものがあったので引用させていただきます。

   「数年前、ぼくの村で、台風の増水時に橋の上から川に飛び込んで、泳いで下った小学生がいた。すぐに学校に通報されて、両親が呼び出されて、校長に大目玉を食らった。両親も子供もなぜ校長が怒っているのかわからない。小さい頃から川で遊びなれた少年にいわせると、普段の川の水位では、飛び込むと浅いから危ない。増水時こそ川に飛び込んで遊べる唯一のチャンスだ、という。正論ではないか。若者に冒険を禁じる国は亡びる。」

   さて、あなたはこの話から何を読み取るでしょうか。私は元教員ですから、この時の校長の考えていることがよくわかります。校長が怒っている本当の理由は、この少年に万一のことがあった時、学校は何をしていたのだと非難の矢を浴びることを恐れているのです。少年の安全のことを考えて言っているのではありません。いや、この少年のちょっとした冒険のために、地域住民から通報されたということは、既に校長が非難されたのと同じ効果があるのです。

   学校とは時々奇妙な論理のすり替えを行うところです。このことを教訓に、「命の大切さ」を教える授業だって成り立ちます。おそらく校長は次回の朝礼で、生徒たちに命の大切さを訴え、絶対にこうした行為を真似しないようにと厳しく指導したことでしょう。

   しかし、この川を知り尽くした少年には、体験に裏付けられた絶対の自信があったはずです。両親も恐らく幼いころ全く同じ遊びをしていたので、増水した川に我が子が飛び込んで遊んでいたところで、何の心配もしていなかったのに違いありません。

   そもそも、男の子というものは一般に危険なことが大好きです。それが男の子というものです。世界では厳しい試練を経ないと大人とみなされない地域が沢山ありました。ケニヤのマサイ族は槍一本だけを持ってライオンを仕留めてこないと成人男子とは認められませんでした。バンジージャンプも、本来は大人と認められるための危険な行為です。足に木の蔓を巻いただけで、高所から地面に向かって飛び降りたのです。また、入れ墨にする時の大変な苦痛に耐えることを成人の条件とした部族もありました。

   それと比べたら、100パーセントOKという自信のもと、川に飛び込むくらい、かわいい物ではありませんか。塾に通う他はゲーム三昧で一日が終わったしまうような子供たちと比べたら、どんなにか健全なことでしょう。現代の子供たちは、受験こそあれ、本当の意味での試練を味わうことなく肉体のみ成人となってしまいます。
本当の「成人」の意味を知らないから、成人式で毎年あのようなバカ騒ぎが起きるのです。

   私はこの男の子はこの上なく「男の子」だと思います。そもそも日本の教育はこうした男の子が出現しないように、社会を上げて警戒をしているかのように見えることさえあるのです。しかもこんな状態で、選挙権を18歳から与えようというのですから、お笑い草です。
コメント

クリスマス「禁止令」

2014-12-26 12:01:07 | 日記
   中国浙江省温州市の教育部門が、市内の小中学校と幼稚園に、クリスマスに関するイベントを禁止する通知を出していたという報道がありました。趣旨は、学校は子供に中国の伝統的行事の意味を教えるべきだ、とのことです。
   
   これを読んで私は、(申し訳ありませんが)我が意を得たり!という気がしました。中国では歴史的に、特定の宗教団体が力をつけると、必ず時の王朝が亡ぶきっかけとなる大乱が起きていたから先手を打った、というのが行政側の本当の理由だとは思います。この地域では最近キリスト教信者の数が増え続けているので、当局が早目に手を打ったということでしょう。法輪功という宗教団体が弾圧されたのと同じ理由です。

   もっとも私が我が意を得たり、と思ったのは、自分自身の体験に由来するものです。小学生時代後半、担任は若い独身のクリスチャンの女性でした。こう聞いただけである種の臭いが感じられると思いますが、まさにその通りでした。

   ある日、とある男子生徒の言動に腹を立てた彼女は、そいつの顔にびんたをくれました。するとそいつも負けずにびんたをやり返したのです。びんたをした時点で現在なら教育庁から処分の対象となりますが、昔の事ですから当たり前の出来事でした。しかしやり返された直後の先生のお言葉に、私は呆れかえってしまったのです。

   「聖書にも、右のほほを打たれたら左のほほを差し出せという言葉があります・・・・。」

   私は幼心に、ここはそういうことじゃないだろう、と思いました。そして、そんな先生が必ず開催したのが、クラス全員参加の「クリスマス会」でした。厳密に言えばこれは特定の宗教に関わる行事を生徒たちに強制するものです。憲法違反です。当時は子供ですから、憲法違反までは思いつきませんでしたが、私はこの「クリスマス会」がとても嫌でした。

   まさか讃美歌を歌わせられたりはしなかったのですが、全員が輪になって座り、歌を歌いながらプレゼントを回していきます。歌が終わった瞬間自分の手の中にある品物が自分が受け取るプレゼントという訳です。当然当たり外れはあります。

   先生はとても大事な問題を見過ごしていました。プレゼント交換は、不用品交換会ではないのです。うまい具合に適当な品物が新品で家にない限り、どこかでそれらしい物を事前に買い、きれいにラッピングしておかなければなりません。残念ながら私の小遣いは当時日割りで10円ずつ。母親は、叔母が私たちにとくれた小遣いですら家計に回してしまい私たちの手には入らない、そんな生活だったのです。

   しかし下には下があります。クラスメートのA君の家は貧しい父子家庭でした。まだ担任が男の先生だった頃、父親が先生のところに借金の申し入れに来たこともあったそうです。何回か私も彼の家に行ったことがありますが、部屋の中には文字通り、何一つ物がありませんでした。見事なほど殺風景な景色でした。随分前に書いたことがありますが、当時A君は食べるものにも事欠き、毎晩農家をしているクラスメートの家で夕食をごちそうになっていたのです。

   先生は、毎年一回、家庭訪問をします。失礼ながらこの女性担任は、家庭訪問で一体何を見てきたのでしょう。前担任は男性でしたが、新卒でした。新卒の教師が把握できていたことを何故に彼女は把握できていなかったのか。また、他にも一目でわかる貧しい子供たちが何人もいたのですが・・・。一間しかないのに子供が10人もいたり・・・・。

   そんなことを思い出すと、行政側の本音は別として、温州市の今回の処置には、私はもろ手をあげて賛成してしまいます。まあ、協会の十字架を違法建築とみなして撤去してしまったのは、少々行き過ぎだとは思いますが。
  
コメント

変なお爺さん

2014-12-25 12:14:06 | 日記
   松原団地5時27分発の浅草行き。私の向かい側の席に、一人のお爺さんが座っています。頭には毛糸の帽子をかぶり、マスクをしているので、知らない人にはどんな人なのかわかりません。両脚を目いっぱい大きく広げ、明らかに二人分の席を一人で使っています。その隣の若い女の子は、お爺さんのガニマタのあおりを食って、窮屈そうに身をかがめ、端っこに押し付けられるようにして、斜めに座っています。このお爺さんが座っている席は、本来私の指定席?です。私が今座っている席が本来お爺さんの指定席です。これまではずっとそうでした。

   ある日、自分がいつも座る場所が既にふさがっていたので、私は、深く考えもせず、お爺さんの隣に当たる場所に座りました。これが予想もしない結果を導くなどとは思いもせずに。

   お爺さんは、当然のごとく股を精いっぱい開いて、右脚を私の左脚に押し付けてきました。私はきちんと股を閉じて座っていたので、自分の脚の位置を動かさず、そのまま真っ直ぐにしていました。お爺さんは、それに対抗するかのように、更に右脚に力を込め、私に圧力をかけてきます。私は斜めに座ったりすることを整体の先生から固く禁じられています。それでなくとも隔週で背骨の矯正に通っているのです。お爺さんのわがままに付き合ってあげることはできません、そのままの体制を保ち続けました。

   するとお爺さんはいきなりピョンとはねて、股が気の済むまで開ける位置まで移動しました。着席と同時に私の方にちらりと抗議の視線を向けたのが感じられました。私も思わず、何なのこの人は・・・という気持ちで、つい2秒ほど横顔を眺めてしまいました。

   やれやれ、これで一件落着・・・と思い、ちょっと頭を前に出して、車両の奥の方を眺めようとしました。私はもうお爺さんのことなど忘れてしまい、以前書いた、「私を追い抜くまでダッシュして来て、私を抜くと歩き出す男性」が、一体どれくらいの位置に座っているのだろうと、確認したくなっていたのです。なぜなら、先頭車両に乗ってくれば何も走らなくとも私より前を歩けるのに、絶対に先頭車両にはいないことがわかっていたからです。

   私が頭を突き出した途端、お爺さんが私の視界を妨げるかのように、一緒に顔を突き出し、私を睨みつけました。めんどくさい人だなあ、と思いつつ、視線を合わせないように気をつけながら元の体制に戻りました。

   やがて電車は間もなく北千住に到着、お爺さんはここで降ります。しかしこのお爺さん、向こう側の席からわざわざ私の方までやって来て、膝で私の太腿を力一杯こすり上げて行ったのでした。しかし、混雑する電車の中で、皆さんが会談に近い出口に殺到するものなので、私もお爺さんに意図的なものを感じはしましたが、故意にやったのではないと思い込もうとしました。

   翌朝、私は再び松原団地駅のホームに立っていました。しばらくすると、立っている私の右脚に、ぶつかって来たと言っても間違いではない強さで当たって来た人がいました。昨日のお爺さんでした。お爺さんはそのまま、最前列にいる私の前に出て、割り込んで来ました。そして、まだ来るはずもない次の電車を見るかのように体を傾けています。

   私がこの電車を利用するのは、月・火の二日間のみです。そして次の月曜日が来ました。お爺さんはもともとはベンチに腰掛けていて、電車が到着したところでおもむろに乗車待ちの列の後ろにつくというのが習慣でした。その日はいつも通りベンチに座っていました。しかし列車が到着した瞬間、再び最前列にいる私に果敢に攻撃を仕掛けてきました。私の左にピタリとついて、私を押しのけて自分が先に乗り込むつもりなのだとわかりました。残念ながら体格的には私の方が有利なのです。私はお爺さんに押されて体制を崩せば他の人たちに被害が及ぶと考え、お爺さんの圧力をはねのけて車両に乗り込んだのでした。

   次の日は何事もなき、お爺さんもいつものパターンで乗車しました。やれやれ、気が済んだか、とほっとしていると、更に翌週の月曜日、お爺さんはやって来ました。横から割り込むのでは体力的に不利だということを悟ったのでしょう、また割り込んで前に出て来ました。もう、白い線の外側、という立ち位置です。私はこの争いごとに嫌気がさし、5:15初の始発に切り替えました。

   一週間がたちました。まだ暗い駅前を歩いていると、なんとなく人の視線を感じます。横を見ると、10メートルほど離れた場所、駅前広場のど真ん中を横断しているあのお爺さんがいました。しっかりこちらを睨みつけています。私は先頭車両には乗らず、3両目で乗ることにしました。しかし翌日も、更に一週間後にも、やはりあのお爺さんがいます。結局私は元の5:27の電車に乗ることにしました。

   数回は何事もなく済みました。あのお爺さんも姿を見せません。ようやく平和な日々が戻ったと安心していると・・・・。今週のこと、私がいつものように、最前列で(というよりまだ他の乗客が来ていないので)中国語のテキストのコピーを読んでいると、いきなり私の前にあのお爺さんが姿を現しました。私の左前すれすれに立ち、「ハ~っ」息を吐き、右肩を私に押し付けて、無言の圧力をかけてきます。まあ、ここで揉めて線路にでも落ちられると困るので、ぐっと我慢。私が押しても動かないと知ったお爺さんは、また私の前に立つと、なぜか前屈運動を始めます。この前屈には一体なんの意味があるのでしょう。自分でもなんとなく間が持てなくてごまかしているのでしょうか。

   かれこれ1か月半もこんな状態が続いています。いままでの指定席を捨て、電車に乗るとまっしぐらに昔私がいつも座っていた席へ突進し、座ります。そして私は空いている、お爺さんが昔ずっと座っていた席に座るのです。あのお爺さんは私にいったいどうしてほしいのでしょうか・・・・。謎です。
コメント