梅様のその日暮らし日記

その日その日感じた事や世間で話題の事について自分なりの感想や考えを書いていきます。

うちのマンション

2018-06-25 09:12:01 | 日記
   男のファッションで言うと、先日ついに男のハイヒールを目撃しました。女性のものと違ってかかとが大きく厚いので、武骨そのものでしたが、ハイヒールであることに変わりはありません。しかし、歩き方が・・・踏み出した脚の膝が曲がって腰が落ちてしまっているので、ハイヒールが醸し出すべき颯爽とした雰囲気がゼロだったのです。あれならみっともないので止めた方がましだと思いました。

   さて、本題です。

   私の住んでいるマンションは、割と廉価でした。私が買った時はそれなりの値段だったのですが、場所が悪かったのか、(実際悪いのですが)業者が二転三転した挙句、3LDKで1,800万円まで値下げして売り切りました。当初の4年間は4世帯しかいなかったのですから、その不人気ぶりはお分かりになると思います。
ちなみに私が週二回その横を通る赤坂のタワーマンションの部屋は中古でも、全く同じ広さで2億4千万円しますので、地理的条件によっていかにマンションの価値が変わるかわかります。

このマンション、ペット飼育可、ということで、当初は犬を飼っている家庭も多かったのですが、玄関の前を人が通り過ぎる度にダッシュして来て吠えるなど、不都合が多かったせいか、いつの間にか姿を消してしまいました。誰かいい人に引き取られているのであればいいのですが。

その代わり一気に増えたのが、子供たち。子供たちはうるさいですが、吠え掛かって来たりはしないので、その意味では問題なし。現在午前7時50分。このマンションに移って来た若夫婦から生まれた子供たちの集団登校の時間です。窓の下は、なかなかにぎやかです。子供たちが登校した後は、保育園に入れなかった待機児童が一人で10人分、一日中騒々しく、泣いたり叫んだりしています。

このマンションは子供たちが多いと感じます。日本の出生率が低下し、国の存続が危ぶまれているのは、世間で言われているように安倍政権のせいで皆が貧乏になったからではないのです。このマンションにしか住めないような、収入が少な目の人たちは、子供2人で終わったりしません。

   貧乏な方が子供は生まれます。何も無いけれど、子宝という言葉があるように、子供こそが全てに勝る財産なのです。その証拠に、戦後間もなく、食べていくのがやっとという時代には、5人も6人も子供がいるのが普通でした。私の同級生はアパート住まいながら10人兄弟でしたし、教員になってからも10人姉妹!の末娘を教えたことがあります。

いけないのは、貧乏人がプライドを失ってしまった事。貧乏であることを恥と感じ、金持ちと同じ暮らしをしたいと熱く願ってしまっている事。根っから貧乏人の家庭で育った私は、常々そう感じています。兄弟姉妹に恵まれること程の幸せはありません。

   子供たちに向かって、「家は貧乏なんだから、友達と同じ暮らしは出来ない。しかし、だから何だというのだ。私たちにはお前たちがいるだけで幸せなんだ。他に何もいらない!」と言い切れる親であって欲しいと思っています。

青年が穿いていたオーバーシューズ

2018-06-22 10:11:17 | 日記
  一昨日、御茶ノ水駅から秋葉原に向かって坂を下っていた時の事です。背後からザッザッという聞きなれない足音が聞え続け、それが等距離を保ったまま私の後ろを歩いて来るので、その不快感に耐えきれず、立ち止まって足音の主をやり過ごしました。
   足音の主は、20歳を過ぎたくらいの細身の若者でした。ザックを背負い傘を差したその若者は、わき目も振らず、まっすぐ前だけを見つめて歩いて行きます。そして異様な足音の理由、それは彼が穿いていたオーバーシューズから発するものでした。

   オーバーシューズなるものがこの世に存在することは私も知っていましたが、実際に目にするのはこれが初めての事でした。少しも汚れていないそれは、底が純白で洗濯板のような溝が規則正しく刻まれており、彼が地面に脚を下すたびに、あの不快な、大きな異音を発するのでした。底意外の部分はバスケットシューズ程度の高さで、完全に透明なビニールで出来ており、かつ奇妙なまでにアンバランスな大きさでした。正直言って、「ダサ!」の一言に尽きました。彼が歩く姿は、正しく豪雪の上を歩く「かんじき」姿そのものだったのです。

   彼がそれほどまでにして守りたかった靴とは何なのだろうと思い、観察してみると、それはアディダスの、セミバスケットシューズスタイルのスニーカーでした。黒地のそのシューズは恐らく本日初公開の新品だったのでしょう、少しの汚れも感じられないきれいな物でした。

   年代の違いなのか、それとも彼特有の価値観のせいなのか、それはわかりませんが、私にはその光景がとても異様なものに見えました。そもそも雨と分かっている日に、なぜ大事なシューズを穿いて家を出たのか。わざわざオーバー・シューズをこのために下ろしたのですから、梅雨時の備えとしてセミバスを守るために事前に購入してあったに違いありません。

   しかし、スニーカーというものは、もともとラフに履きこなすのが粋なのだというのが私の考え方です。雨だろうが何だろうが、構わず穿いて行けば良いのです。100m先でも聞こえそうな足音も何だか無粋の極致に感じます。第一、濡らしたくないほど大事な物ならば、それは家に置いておいて、他の靴で出掛ければ済むことではなかったでしょうか。そもそもこのオーバーシューズ、相当な大きさなので、脱いだ時のスペースもひどく必要で、後で晴れでもしようものなら完全なお荷物になることは確実です。

   彼の心理を想像するなら、「おしゃれのためならダサい格好も我慢する!」というところなのかもしれません。不愉快な足音を除けば誰かに迷惑をかけている訳でもないので、特に非難する意図もないのですが、私的には、大いなる違和感を禁じ得ない風景なのでした。
   

赤坂でみたもの・

2018-06-20 15:16:25 | 日記
   いや、私が古い人間だと言うに過ぎないのだとは思いますが、しかしそれでも違和感を禁じ得ないのはいたしかたのないところです。生理的に受け付けないのだから、仕方ないのです。

   以前スカートを穿いた男子を見かけたことがあって、それはまあ、そういう若者もいるかも、という程度の印象だったのですが、本日見た光景は、スカートをはいだ男子より私にとっては、失望を禁じ得ないものでした。

   近年ユニクロが若い女性向けに柄物のステテコを売り出し、テレビでも大々的に宣伝しまくっていることは、既に知られた事実ですが、そもそもステテコというもの自体、夏の真っ盛りにオッサンが自宅でくつろぐのに適した、半下着のようなものです。従って布地はペラペラで、毛糸の腹巻を重ね着して初めて様になるようなファッションでした。これで頭が禿げていて、てっぺんに一本だけ毛が立っていれば完璧です。

   しかし、これに色柄をつけて売り出したのがユニクロ。元来夕方縁側に座って、蚊取り線香の横で団扇で自分を仰いでいるのが良く似合うファッションですから、だらしないと言えば実にだらしないいで立ちです。そのせいか、テレビでいくら宣伝しても、実際に街でこれを見かけることはありませんでした。

   そして本日早朝ついにそのファッションに身を固めた人間を目撃した訳ですが、なぜかこれが男子。やはり見るからに力の入らない、表を歩くにはふさわしくない格好です。あえて朝の通勤時間帯にこの格好をしているのですから、彼としては覚悟の服装、自分なりに決まったつもりのスタイルなのだと思います。

   しかし、韓国に行ったことがある方なら想像がつくと思いますが、この色柄ステテコなるもの、韓国の超庶民派おばちゃんの定番ファッションでもあるのです。実際にはステテコと言うよりはモンペに近いのですが、イメージ的には瓜二つです。自覚無しに韓国の超庶民派おばちゃんのファッションをなぞってしまった若者、後で後悔しないことを祈ります。いや、どうせなら足元はぺったんこの靴、頭は爆撃にあった直後のようなチリチリパーマにしてくれると、パーフェクトになりますね。