梅様のその日暮らし日記

その日その日感じた事や世間で話題の事について自分なりの感想や考えを書いていきます。

防弾少年団に思う

2018-11-13 15:11:13 | 日記


   これは何かというと、かつて一世を風靡した「大長吟」、邦題「チャングムの誓い」の台本です。「大長吟」とは、中には視聴率96%に達した国もあるというお化けドラマなのです。

   このドラマを見始めて間もなく、週一の放送が待ちきれなかった私は、ネットの有料放送で一気に最後まで見てしまいました。なぜかその後中国語版のDVDまで買っています。

  その時に韓国からネットで購入したのが、この台本という訳です。細かな字で1,000頁以上あるのですが。これを、辞書を引きながら通読しました。作成した専用の単語帳は、時代劇特有の表現も多いので、B5ノートで10冊にのぼります。

   今にして思えば、冬のソナタで口火を切った韓流ブームのお陰で、長く日陰の身だった韓国語学習者が、胸を張って韓国語を勉強していると言えるようになった、実に素晴らしい日々でした。それまでは世にもダサい国の言葉を勉強している位にしか見なされていなかったのです。実際私が韓国語の学習を始めた頃からしばらくの間、日本の大学で韓国語が専攻できるのは東京外国語大学と奈良の天理大学、この二つしかなかった位なのですから。今の様に女子高生が自らの意思で韓国語を学ぶようになるなどとは誰一人予想もしなかったはずです。
...

   その後愚かな李明博大統領の発言と行動によって、韓流ブームは一気に原則、この直後に済州島に行ったツアーでは、申し込み者15人のところ、8人がキャンセルするという悲惨な状態でした。BoAが9年連続紅白に出場するという偉業を達成したのもつかの間、韓国ふざけるな!という雰囲気が全国に漂い、韓流は一気にしぼみ、韓国語学習者もがくんと減ってしまいました。

   しかし、最近はTWCEやBLACKPINK等、デビュー間もなくアリーナや幕張メッセサイズの会場で公演できるような人気グループが登場し、韓流復活かと思われたのでした。EXOのような男子グループも人気を集め、以前とは違って若い子たちが韓国語に手を伸ばすようになったのです。

   ところが、韓国人とは、なんと愚かな人たちなのでしょう。過去においてもそうであったように、せっかく日本人の気持ちが氷解し始めると、すかさずそれに冷水を浴びせてぶち壊しにしてしまう連中が登場するのです。あの愚かな防弾少年団の原爆Tシャツ1枚のお陰で、再び、韓国ドラマを見ているなどとは口が裂けても言えない状態になってしまったではありませんか。第2次だか第3次だかの韓流ブームで、再び韓流が日の目を見るようになって来たのに、またまた自らの手でぶち壊してくれた間抜けな奴ら。圧倒的な人気を誇ったKARAが、韓国人記者からの誘い水を受け流して、絶対に反日と受け取られる言葉を吐かなかったことを知らないのでしょうか。


   ある在日韓国人の方が認めていたのですが、(詳細な理由は省略しますが)個々の庶民の意識は別として、韓国人の民族性の中では、韓国人は日本人よりも格が上だということになっています。その民族性が災いして、韓流アイドルの日本公演が大成功を収めると、日本人が自分たちの下についたような錯覚に陥るのではないでしょうか。売り込むときは謙虚でも、売れてしまった後は尊大になる。人間関係全般のみならず、国と国との関係に至るまで、「上下関係」を抜きにしては生きていけないのが韓国人です。そして、できれば自分が上に立つことを望み、ひとたび上に立てば、下位になったと思しき人間に対して存在な態度をとってしまうのです。

   韓国では反日を叫ばないと生きていけないのは周知の事実ですが、おかげで、同時に日本でも反韓を叫ばないと生きて行きづらい風潮になってしまいました。政治的な意味での反韓と民間レベルでの意識とをしっかり区別できていた私も、防弾少年団のやり口にはブチ切れている今日この頃。こうやって韓国人の見方を次々と減らしていっている愚かさに、彼らが気が付く日は来るのでしょうか。
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岩崎恭子の不倫に思う

2018-11-08 13:38:39 | 日記
岩崎恭子が14歳で金メダルを取った翌日、私は教室で、この子は可哀想な事になった、と言って、全ての生徒たちから激しい反発を食らったものです。
  
私が可哀想な事になった、と言ったのは、どうみてもこの子にはこれといった才能が無く、金メダリストになってしまったことが将来重く彼女の身にのしかかって来るだろうと予想したからです。

テレビでは彼女が華やかなタレントっぽい人生を送って来たと紹介していましたが、あまりにもとってつけたような内容でした。解説者としての水泳の解説など、解説にもなっていなかったという記憶があります。

40才、子持ちの身で脚光を浴びたのは、妻子ある50代の男性との不倫愛を週刊誌にすっぱ抜かれた事件でした。金メダリストでさえなければ、どうということのない、個人的なレベルの、良くある話に過ぎなかったのです。

そっとしておいてやれば良かったのに、週刊誌も罪な事をするものです。週刊誌の記者という職業は、赤の他人に大恥をかかせ、当事者たちを不幸のどん底に陥れることによって給料をもらい、その金で妻子を養っています。不倫した岩崎恭子と、それを盗撮して記事にした記者と、どちらが人として卑しいと言えるのでしょうか。
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教師だってつらいんだ・実例編

2018-11-03 08:40:42 | 日記
昨日の続きになります。こんな言葉がありました。
  
「教師は大学を卒業しただけですぐに先生・先生と持ち上げられ、社会常識も身に着かないまま、自分は偉いと錯覚してしまい、常識のない偉ぶった人間になってしまう。だから教師にはろくな人間がいない。」

私の考えでは、大学を卒業する時点で人は既に22歳を過ぎており、社会常識のある無しはこの時点で固まっているはずです。学校勤めを始めたら途端に偉そうな人間に変わったとしたら、それまでの家庭教育がなっていなかったのだと思います。

そもそも新人教師は大先輩のベテラン教師に取り囲まれて、小さくなって仕事をしているのであって、己惚れている余裕などないのです。私も新人時代、生徒から他の先生の授業を見て勉強して来いと言われて、泣きそうになりながら先輩の授業を拝見させて頂いたことがあります。

生徒というものは、可愛いばかりではなく、時としてこの上なく惨酷だったりもします。特に女生徒の若い男性教師に対する厳しさは、格別なものがあります。

私がまだバリバリのイケメン・フレッシュマンだった頃のことです。今は廃校になり、その校舎をアテネ・フランスが使っています。そこは、現在はフランス領という訳です。

その頃はまだ、毎週一回全校朝礼が行われていました。体育科に全日本女バレのトレーナーという立派な肩書の先生がいらして、この方が朝礼台に立つと、生徒たちは5分で整列しました。私がやると10分かかりました。

ある日、とある若い先生がこの仕事を仰せつかったのですが、ついに女生徒たちを整列させることができませんでした。しまいには彼は朝礼台の上から、「頼むから並んでくれよ!」泣きそうになりながら絶叫してしまいました。実のところ、本業である授業を聞いてくれる生徒もいなかったというのが実情だったようです。

ある日の下校時間、彼は異様に暗い表情をしていました。私が「おい、大丈夫か?」と声を掛けても、返事すら帰って来ませんでした。そんなある日、彼は校舎から飛び降り自殺を図ったのです。ただ、実際には死ぬ気など毛頭なく、自分の置かれた窮状を訴えたかったというのが本当のところの様です。

他校でも、新人の教師が自殺してしまうという例は、毎年後を絶ちません。教室や職場で追い詰められ、ネット上でまでただの思い込みから散々叩かれて、若い教師たちにとってはこの上無く過酷な環境にあるというのが現状なのです。
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先生だって大変なんだ

2018-11-02 16:10:51 | 日記
お仕事関係?の事をちらほら書いて来ましたが、Facebook上で教師を叩きまくる人達の書いた内容を読むと、正直、腹が立ちます。何しろ乏しい知識と先入観と決めつけだけで語っているものですから、現場はこうですと言っても聞く耳(理解力?)を持ちません。まるで、日本の擁護をしたら怒り狂う、韓国人のようです。

  先日は、「自分の親戚にも何人も教師をしている人間がいるが、全員常識のない連中ばかりだ。」と書いて来た人がいました。私はその時、「それは教師だからではなく貴方の親戚だからでしょう。」と書いてやりたかったのですが、ぐっと我慢したものです。

  私が11年間勤務した、某高校では、定時制の授業中、生徒に椅子で頭をぶち割られた先生が救急車で運ばれて行ったことがあります。朝一番に出勤すると、廊下や甚だしくは正門に血だまりの跡が残っていたりもします。

  まだ若い女性の先生がそんな環境の中、頑張っていましたが、ストレスから毛が抜けてすっかりはげ頭になっていました。全日制の教頭は(私の次に早く)早朝から出勤し、昨夜の残骸を片付けるべく校舎内を巡回するのが日課でした。私は上昇志向の無い人間でしたので、原則的に管理職とは敬して遠ざくの関係を守っていました、この教頭にだけは、巡回から戻るころを見計らって熱いコーヒーを入れてあげていました。

  朝一番に登校した女生徒が、教卓の上に人間のウンコが置かれているのを発見したこともあります。他所から持ってくるはずもありませんし、型崩れもしていなかったそうですから、から、直接教卓の上で排泄したものと思われます。

  一方、よりましなはずの全日制でも、音楽の成績を上げろと、屈強な男子生徒が5,6人で女性の音楽教師を取り囲み、脅迫したことがありました。音楽室はピアノの音や合唱の声が響く関係上、一般教室からは離れたところにありますので、誰もリアルタイムでこの事実を知ることはできませんでした。この教師は仕事に意欲を無くし、退職してしまったのです。

  そんな学校を変えようと孤軍奮闘していた定時制の先生は、ヤクザとつながりのある女生徒のハニー・トラップに引っかかって色仕掛けで落とされ、教職から追放となってしまいました。引っかかる方が悪いと言えばそれまでですが、この先生が赴任して来るまで、定時制は生徒に上履きを吐かせることすらできず、生徒は土足で闊歩していたのです。以後、すぐにまた土足が復活してしまいました。

  何を言ったところで理解されないことは覚悟していますが、Facebook上で先生たちをかばう投稿をするのは、この数年間を振り返っても、唯一私だけ。嫌な世の中になったものです。全ての人が、自分がため込んでいるストレスを、他人にぶつけて解消しようとしているだけのように見えます。実に情けないことです。
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ハロウインの「物乞い」に思う

2018-11-01 09:28:35 | 日記
  私が住んでいた土地では、お屋敷の庭の片隅にお稲荷さんの祠があり、初午の日には子供たちにお菓子を配るという風習があったようです。

  しかし30年ほど前にそのお屋敷の方が我が家を訪ねていらして、「初午の日なんだけど誰も来なくてお菓子がもったいないからお宅で貰って下さい。」と申し出がありました。当時我が家には子供がいたので有り難く頂戴しました。

  日本でハロウインが受けたのは、お菓子を貰えるということではなく、仮装して無礼講が出来るという誤った意識からではないかと思います。

  それが高じて、テレビを見て触発された大人たちが、保育園等で子供たちに仮装をさせて近所を物乞いに回らせるという行事を行うのは、私は反対です。どうしてもやらせたいというなら、保育園側がお菓子を事前に準備し、子供たちが訪問する各家庭に配布しておくべきです。

  宗教的意味合いから自然発生的に誕生してこそ意味があります。大人が率先して子供たちを仕向けるのは、意識として浅薄過ぎます。

  こういうくだらない行事を作り出す一方で、東北地方では歴史ある「なまはげ」の後継者がいなくなり、やむなく廃止に至った地区が沢山あるそうです。本質的に守るべき物は何なのか、考えたいと思います。

















どうしてもやらせたいというなら、保育園側がお菓子を事前に準備し、子供たちが訪問する各家庭に配布しておくべきです。
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