代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

賀蘭山脈の退牧還草

2008年02月18日 | 中国山村報告
 前の記事の続きです。何の調査をしてきたかというと、中国政府が砂漠化対策として進める「退牧還草」についてです。どんな政策かは、字を見ればだいたい想像ができますね。そう、「放牧地を退けて草原に還す」という政策なのです。

 写真は内モンゴル自治区の阿拉善(アラシャ)左旗にある、賀蘭山脈の写真です。この山脈は過放牧で砂漠化が進行していたため、中国政府は1999年から段階的に放牧を禁止していき、2003年には山脈全体を退牧還草の対象にしてしまいました。
 写真にコンクリートの杭とフェンスが写っています。これは中国政府が構築した禁牧柵です。この柵の内側では現在は一切の放牧が禁止されています。このフェンスが山脈をすべて取りえ囲むように延々と構築されているわけです。

 北京の砂嵐は、この阿拉善付近から飛んできていると言われています。それで中国政府は重点的にこの地域で退牧還草政策に取り組んでいます。
 成果は確かに上がっています。この地域で政策が始まって9年、当時、自然植生はほぼ消えて砂地が露出するようになっており、ちょっと風が吹けば砂嵐で目の開けていられないくらいだったと言います。
 現在、草原は相当に回復してきて、強風でも砂が舞い上がらなくなってきているそうです。

 60年代はまだ放牧する山羊の頭数も少なく、古老に話しを聞くと、「山脈の全域が灌木で覆われており、山羊が灌木の中に入れば外から見えなくなったものだが、1999年にはウサギでも遠くからでもよく見える」というくらい、灌木も草もなくなってしまったそうです。
 人民公社時代には山羊の飼育頭数もコントロールされていましたが、82年には人民公社が解体され、山羊が各世帯所有の私有財産として分配され、カシミヤの価格も上昇を続けたことから、各個人に生産拡大のインセンティブが一気にはたらいてあっというまに過放牧状態になり、砂漠化が進行していったのです。

 禁牧政策がはじまった99年時点では灌木がほとんどなくなり、山羊に食べさせる草も十分にはなく、トウモロコシの茎など域外から山麓の放牧地に大量に運搬せねばならなくなっていたそうです。つまり、政府が禁牧しなくても、いずれ砂漠化によって放牧は不可能になっていたはずなのです。

 自然の回復力というのは大したものです。政策が始まって9年で、草や灌木もだいぶ戻ってきているようです。退牧還草の成果か、北京の砂嵐も若干緩和されてきたようです。
 
 私はこれまで主に長江上流で、中国政府が洪水対策として推進する「退耕還林」政策を調べてきたのですが、今回はじめて砂漠化対策の「退牧還草」政策の方を見てくることができました。
 発生している問題は、退耕還林と基本的に同じです。放牧を禁止されて牧民の生計は大打撃を受けているのです。いままで山羊を放牧してカシミヤ用の羊毛を売却し、相当に儲かっていた牧民たちは経済的に困窮しています。私が調査してきた範囲では、だいたい一世帯あたり1万元くらい収入が減少していました。

 政府から補助金・補償金の支給はあるのですが、政策の当初は「補助金が少ない!」と牧民たちは怒って、地元政府への陳情行動(≒暴動?)の波が湧き上がったそうです。私が今回聞き取りしてきた人々の中にも、「あんな禁牧フェンスの建設に大金投じているカネがあるのなら、私たちへの補助金をもっと増やすべきではないのか」といった怒りの声が相当に聞かれました。

 しかし、さすがに「和諧社会」の実現を目指し、農村問題の解決を最優先課題に掲げる胡錦濤政権だけあって、現在では相当に状況は改善されてきています。・
 まず農業税・牧畜税が廃止され、小中学校の教育費も無償になり、ついで年金制度が導入されるようになりました。男55歳以上、女50歳以上は月額532元の養老年金を受け取ることができるようになってきています。ここに至って、かって暴発寸前だった牧民の怒りも、相当に収まってきています。

 一応、研究者なので活字論文にするまでは一次データの詳細は企業秘密にしないとまずいのですが、調査の結果、牧民たちも相当に政策に理解を示すようになっていることが明らかになったという点はお伝えしておきます。
 「このまま砂漠化が進めば我々に未来はない。温家宝の言うことももっともだ。我々の収入が下がっても、禁牧政策に協力すべきだ」と、政策を合理的と判断している人は過半数を超えていました。 
 しかしながら大問題なのは、「じゃあ、山羊の放牧に変わる代替生業活動は何なのか?」ということなのです。 (つぎの記事に続く)
                            

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2 コメント

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補助金はまだまだ足りない (トブ ザヤ)
2008-03-15 07:04:18
中国の経済は過去のままであれば532元の養老年金をもらっても文句はあんまり出ないかも知らないが、現在の物価高の経済の状況の中でこの金額はちょっと少ない過ぎると思う。
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トブ ザヤさま ()
2008-03-15 12:11:52
 はじめまして。

>現在の物価高の経済の状況の中でこの金額はちょっと少ない過ぎると思う。

 たしかに最近のインフレはすさまじいですね。経済成長率以上にインフレが激しければ、豊かさはまったく感じられなくなります。
 農民・牧民への手厚い社会保障政策はさらに必要だと、私も思います。
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