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代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

教科書から「鎖国」が消える、次は「幕府」を消そう

2017年02月17日 | 長州史観から日本を取り戻す
 文科省の学習指導要領で「鎖国」という言葉が消え、「幕府の対外政策」に改められるという。私は基本的に、指導要領も教科書検定も廃止すべきで、どのような学術用語を使うかも各教科書執筆者の自主的判断に任せるべきだとは思う。しかし、「鎖国」が明治時代の言説であり、学術的な判断として、使うべきでないという点に関しては、至極同意する。

 「鎖国」も「士農工商の身分制度」も、明治の長薩藩閥政権が、江戸時代を暗黒社会であるかのように描き、自らの統治を正当化するために作り上げた言説である。「士農工商」も「鎖国」も、江戸時代を暗いイメージとして国民に刷り込むための、明治政府のプロパガンダであった。もちろん21世紀にもなって、そのまま使う道理は全くない。
 
 「鎖国」という言葉を学校教育で使わないという方針に関して、近世史研究者はポジティブに捉える人が多いのに対し、明治維新研究者は否定的な方が多いようである。やはり明治維新を肯定したいというバイアスを抜きがたく持ってしまいがちな明治維新研究者にとっては、「幕府の鎖国」は、明治維新を肯定するための精神的な拠り所の一つなのだろう。
 
 さて、「鎖国」の次は、「幕府」という表記そのものを無くしていくべきである。鎌倉政権も、室町政権も、江戸の徳川政権も、「幕府」などという言葉を行政用語として用いていない。「幕府」とは、長薩藩閥政権が「王政復古=天皇主権」を正当化し、日本は古代から万世一系の天皇家が統治してきたという虚構を国民に刷り込むために便利に用いてきた言説である。

 私は、近著『赤松小三郎ともう一つの明治維新』において、「幕府」という表記を用いなかった。歴史学者の奈良勝司氏『明治維新と世界認識体系』(有志舎)や青山忠正氏『講座明治維新第二巻 幕末政治と社会変動』(有志舎)の提案に従って、「幕府」という用語ではなく、江戸時代の人々が普通に「政府」という意味で使っていた「公儀」、あるいは価値中立的に徳川政権という呼び方をした。

 「幕府」とは、政権の権威を否定しようとする尊王攘夷派が使い始めた蔑称であり、安政年間に流行するようになった。安政年間に「幕府」という言葉を流行らせたのは、水戸の会沢正志斎や藤田東湖など後期水戸学の学者たちである。「幕府」は、天子が派遣した征夷大将軍の遠征先での陣所の幕営くらいのニュアンスである。この用語を使い始めた時点で、「これは日本の正統な政権ではない」という強烈な刷り込み効果をともなった。この言葉の流行と共に、徳川政権の命脈も尽きていったのである。当時、徳川政権を滅ぼすという目的のためには、この言説を用いるのはすこぶる効果的であったのは疑う余地がない。

 しかしながら、21世紀にもなって、価値中立的に歴史を学ぶべき日本史教科書において、子供たちを皇国史観に凝り固まった「歴史ねつ造」の原点とでも言うべき後期水戸学の価値観で洗脳しようとするのは全くおかしい。
 学術用語は価値中立的であるべきで、これほど水戸学の価値観と不可分なイデオロギッシュな言葉を用いるべきではない。教科書でも、「公儀」ないし「徳川政権」という言葉を用いるべきであろう。遠征先での仮の陣所の政権が、250年も日本国を統治したというのは、わけが分からないとしか言いようがない。子供たちを混乱させるだけである。
 


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3 コメント

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「鎖国」「幕府」 (renqing)
2017-02-18 12:38:49
ブログ主 様
ご著書の書評が遅滞しており、誠に恐縮です。私は教育業界に身を置いておりまして、折あしく受験シーズン真っ盛り。どうにもこうにも集中して読書する時間が作れません。辛うじて通勤の途上で少しづつ読ませて頂いております。
ただ、引き込まれすぎて、昨日は乗換駅を間違えました。(笑)
さて、「鎖国」に関しては、下記弊ブログにて簡略にまとめました。多少は参考になるかと思います。
また、「幕府」「天皇」「藩」等に関しては、渡辺浩の仕事が日本史学界では決定的です。その「幕府」の項は私の仕事のネタに全文を使用してありますので、これまたご参照されますと、そのイデオロギー的由来が明快に了解されるかと存じます。

①想像された「鎖国」国家
http://renqing.cocolog-nifty.com/bookjunkie/2014/10/post-6f43.html
②頭の特訓(1)〔要約問題1〕
http://www.ikkyo.jp/blog/?p=309


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ご指摘ありがとうございました ()
2017-02-18 15:28:31
renqingさま

 乗換駅の件、すいませんでした。通勤途中に読んでくださって、なんとも感謝のしようがございません。
 私が、「幕府」という言説による洗脳から解けたのも、ひとえにrenqingさまのご指導のおかげです。
 渡辺浩氏の『東アジアの王権と思想』も拝読させていただきます。
 また、難関私大レベルの要約問題もすばらしかったです。こういう良問を出す私大が実際に増えてくれることを祈ります。
 
返信する
なんてこった。「鎖国」復活 (りくにす)
2017-03-31 23:54:30
教科書に「鎖国」「元寇」「聖徳太子」が復活するというニュースがあって、何だこりゃと思っていたら
「道徳の教科書検定」、伝統・郷土重視。「パン屋のおじさん」を「和菓子屋のおじいさん」、「アスレチック公園」を「和楽器店」に変更して検定合格だとか。
「和菓子屋のおじいさん」は消防団員でもある。和菓子屋や消防団はおじいさんがやるものという先入観を植え付けやしないかという余計な心配をしたくなります。
それから「和楽器店」は子供が親しめる業種ではないし、どこの町にあるものでもないので教科書としてどうなんだろう、と思います。(子供を遊ばせてくれる和楽器店がどこかにあるかもしれませんが、大人にも敷居が高いです)
いや、そもそも「道徳」を評価科目にして通信簿につけること自体が私は疑問です。
また、「パン屋は愛国的ではないのか」問題も、多くの人は「ではラーメンは?」「アンパンは?」と外国起源のものを排除する方向で議論していますが、私は逆の方に行くのではないかと思っています。ブレイクダンスなどで活躍する日本人がいるとのことですが、その人がいろんな大会で優勝していくとそのうち「なんたってブレイクダンスは日本発だからな」と言って恥をかく人が出るのではないかと思うのです。

また、学習指導要領で義務教育に「銃剣道」が登場するそうです。安倍政権や日本会議に反対の人でも「新九条派(自衛軍を認める専守防衛を主張する派)」には意外と受けがいいんじゃないかとよけいな心配をしてしまいます。
個人的に体育の時間がますます恐怖になりそうです。
きっと銃剣の時間に要領よくふるまえない子は他の時間でもいじめられるに違いないです。それに大人の目の届かないところで銃剣術を使ってのケンカが起こるのも怖い。

「鎖国」に話を戻すと、ようするに「自分の習った歴史でなければ嫌だ」ということのようです。「シナ」が復活する日も近いか?
「恐竜には羽毛が生えていた」などは結構定着しているようですが、人間の、わが国の歴史はそう簡単には変えられないようです。歴史研究者と一般人のギャップも大きくなりそうです。
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