ネイビーブルーに恋をして

バーキン片手に靖國神社

平成29年度日本国遠洋練習艦隊出航〜「鹿島立ち」

2017-05-23 | 自衛隊

 

艦上レセプションに続き、水交会での壮行会を見届けた本年度の練習艦隊が、
初夏の横須賀から本日世界に向けて出航していきました。

この瞬間を見届ける貴重な機会をいただいてまいりましたので、
ぜひみなさまにここでご報告させていただきたいと思います。

横須賀地方総監には初めて車で入りました。
前もってナンバーを申告して置くだけで、入り口ではナンバーと名簿を照会、
窓を開けることもなく通過するという仕組み。

車を運転しながらここを通過していることが結構嬉しくて()
記念のために一枚車中から撮りました。

愛車搭載のヘッドアップディスプレイの数字が捉えられています。
一応カーナビを入れたのですが、どうもナビはここではなく、
吉倉岸壁の基地業務隊の方を示していたみたい(笑)

この後、フェンスの手前で左に曲がればよかったのですが、
ついテンパって中に入ってしまいました。

おかげで「かしま」の奥の「はるさめ」の近くに車を停められたので、
写真を撮りながら岸壁を歩いて戻りました。

「はるさめ」の後ろにはSH−60Kがいます。
わたしが今まで見てきた限り、ヘリを積んでいく練習艦隊は初めてです。

どんな風に海外の寄港地でヘリが活躍するのか楽しみですね。

「かしま」実習幹部の家族の方々はもうテント下にいました。
高速の上からちらっと見た時には、岸壁にたくさん白い制服が見えていたので、
幹部と家族は早朝から岸壁で交流していたのでしょう。

来賓の受付が始まる0900に、幹部たちは艦内に戻ってしまったようです。

出航見送りのための赤絨毯の上に、立ち位置を示す名札を張っている人たち。

受付に名前を言うと、テント下の席まで案内してもらえました。
そこに落ち着いてまず周りを観察。

まだこの時間は何も始まっていないので、舷門前の海曹幹部たちも
リラックスした様子で立っています。

儀仗隊は早くから整列しています。
彼らの出番はここから優に1時間後なので、少なくともそれまで
この姿勢で待ち続けていたことになります。

その間も来客が次々と訪れ、知り合いを見つけると
現場の自衛官はこのように挨拶を行います。

甲板の上と舷梯を降りながら、なぜか指差しあう二人。

m9(^Д^)

m9(^Д^)

横須賀音楽隊のメンバーが岸壁に到着しました。
音楽隊の制服は幹部の肩章付きのジャケットに似ていますが、
袖口とズボンにに金の刺繍、肩には飾緒、バックルに錨のマークのベルト、
そして靴は幹部と同じ白、全員が正帽は佐官と同じ仕様です。

帝国海軍時代にも音楽隊の軍服は士官風だったので、
間違えて敬礼してしまう下士官兵が結構いたと言いますが、
我が海自音楽隊の制服はある意味幹部よりきらびやかで派手です。

わたしの席の前はアメリカ海軍とチリ海軍などの軍人さんばかりでした。

この見慣れないグリーンの制服の軍人さんは、
左の幹部に何か用がある模様。

なんか渡してるー。
自国に寄港する「かしま」に何かことづけたとか・・?

アナウンスで遠洋練習航海の予定などが説明された後、
実習幹部が岸壁に整列を始めました。

おそらく先週衣替えになってから、初めて着る夏の白い詰襟制服。
好みもあるでしょうが、海上自衛隊の最もかっこいい制服がこれです。

余談ですが、最近陸自は制服を変えることが決まったようですね。
この間二次会で一緒になった戦車長がもうできたようだ、といっていたので、
どんなのになるんだろうと調べたら、とんでもない記事が出てきました。

陸上自衛隊の制服が紫へ 前幕僚長の『置き土産』が現実味

紫・・・・・?

なぜ前幕僚長が統幕長になれなかったことが統合幕僚監部を意味する
紫に陸自が制服を変えることにつながるのか、全くわかりませんが・・。

整列するための歩調を取るのは音楽隊のスネアドラム。
実習幹部たちはちょうどこのドラム奏者の後ろを通ると、
不自然に一歩中に入った線を行進していきます。

先日の水交会での壮行会で話をした実習幹部によると、彼らは何度となく
この行進と整列、乗艦と登舷礼の練習を繰り返したということでした。

登舷礼の整列も、足元にグレーのテープ(遠目には見えない)で印がつけてあるそうですが、
ここでの整列は岸壁の舗装ラインを目印にしています。

実習幹部の最後尾は女性幹部に続き、タイ国の留学生。
その後ろの女性幹部は「かしま」の乗組員です。

たった一人で祖国を代表して留学先の国の練習艦隊で世界を周る。
この経験が、このタイ国の軍人さんにとっても大きな成果を産むことを祈ってやみません。

彼もまた将来祖国の海軍大将となる人物なのでしょうか。

サイドパイプの吹鳴とともに練習艦隊司令官眞鍋海将補が舷梯を降ります。

先日の艦上レセプションでは、わたしもここをサイドパイプ付きで(略)

眞鍋浩司海将補は防大28期。
前任の岩崎秀俊海将補の31期から急に3学年増えました。

「かしま」乗員の前をゆく司令官。

全実習幹部の前に「かしま」艦長、「はるさめ」艦長とともに立ち用意完了。

ところで、「かしま」舷側には練習艦隊音楽隊が出てきて用意を始めました。

その間、岸壁の横須賀音楽隊は軽快なマーチを演奏し続けていたのですが・・、

一曲終わったところで艦上の音楽隊員二人が「いいね!」×3。

村川海幕長が到着しました。

道満誠一横須賀地方総監がフレンドリーにご挨拶。

村川豊海幕長は防大25期、道満海将は26期。
眞鍋海将補が防大に入学して1年生だったとき、
村川海幕長は4年生、道満海将は3年生という三者の関係です。

カゴに乗る人(4年)と担ぐ人(3年)に対し、わらじ(2年)以下の
石ころ(人間ですらない)の1年生が、今や練習艦隊司令官に・・・。

わたしの前の席の駐在武官はどこの人かは存じませんが、欠席だったため、
おかげでわたしは視界が広くて見学しやすかったです。

右二人アメリカ海軍。
向こう側の人は確か江田島の卒業式で挨拶していたような覚えが・・。

艦橋デッキに見える幹部は、お揃いの緑のストラップの双眼鏡をつけております。
・・兄弟かな?

ヘリのローターの大音響が響き渡ったと思うと、ヘリパッドにSHが
防衛大臣政務官を乗せて到着しました。

ちなみに、米軍軍人の向こうの二人は眞鍋海将補夫人とご子息だそうです。

防衛大臣代理である政務官が観閲を行なっている間、敬礼する幹部。

練習艦隊「はるさめ」艦長樋ノ口和隆二佐。
制服は特別仕立てらしく明らかに周りと色が違います。
夏服の白は違いが目立ちますね。

防衛大臣政務官、小林鷹之氏が観閲を終えました。

やたらお若く見えますが、これでも42歳とのこと。

訓示を聞いている間の隊員の基本形。
彼女は「かしま」乗員の三尉で、掛け声をかけていました。
「いせ」の時もそうでしたが、女性隊員が掛け声をかけるのをよく見る気がします。

埠頭は風が強く、直立している海士のセーラー服の襟がなびいています。
セーラー襟の本来の目的は、船上で耳の後ろにこうやって布を当て、音を聴き取るためだったとか。

写真班は行事の間中ずっと記録を残すためにいろんなところに出没します。
彼はこの後舷梯を登って舷側から岸壁を撮ったりしていました。

この後出席者の紹介が行われました。
エクアドル大使、チリ共和国全権大使代理、江島潔参議院議員、
三浦のぶひろ参議院議員、白眞勲参議院議員、宇都隆史議員代理、
綿貫谷佐全衆議院議長、横須賀市長、在日米軍司令カーター少将など。

写真はカーター少将に敬礼する眞鍋海将補。

海将補はアメリカ海軍の中将ですから、眞鍋閣下の方が階級は上ですが、
ここは来賓ということで先に敬礼しておられます。

続いて花束贈呈。
司令、二人の艦長に花束が贈呈されます。

眞鍋海将補の出航の辞は実にシンプルで明快でした。

「日本国練習艦隊準備よしっ!
ただいまから平成29年度の遠洋練習航海、出発します!
任務完遂に全力を尽くします!往ってまいります!」

 

続く。

 

 



最新の画像もっと見る

3 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
いよいよ (Unknown)
2017-05-24 05:45:19
はるさめ(むらさめ型)は遠洋航海初参加ですが、かしまより大きいだけあって立派です。

遠洋航海に出る船は、艦橋構造物のハンドレールには白い幕を張ります。かしまは艦橋上と艦橋前の礼砲台にも張るので映えますが、はるさめはトップにちょっとだけです。

艦橋の斜め下に機関銃架がありますが、就役時、ここはハンドレールだったので、本来だったら、ここも白幕でキリッとしますが「アデン湾仕様」のままで、防弾板が着きっぱなしになっています。

はつゆき型が遠洋航海に行くようになってからは、必ずヘリコプターは搭載していると思います。実習幹部は遠洋航海中、交代で各分隊に配属になり、それぞれの業務を体験します。飛行科(5分隊)は「船の人」ではなく「航空部隊の人」の集まりなので、配属の間は、ちょっと気が抜けると思います(笑)

第一種夏制服を「日常を脱したカッコよさ」だと言う知人がいます。見慣れていると「暑そうでご苦労様です」くらいにしか思いませんが、見慣れていないとそうなんでしょうね。確かに緑の陸軍さんよりはカッコいいかもしれません。左袖にはロシアの国旗が見えます。

エリス中尉はご自分で運転なさるのですね。てっきりサンダーバードのペネロープみたいに「パーカー。出して」かなと思っていました(笑)
返信する
それで (エリス中尉)
2017-05-24 09:06:21
白い幕は遠航仕様だったのですね。
「おめかし」するときにはあれをするのかと思っていました。
防弾板は一旦つけてしまったのだから邪魔になるもんでなしこれでいっか、
という感じでそのままにしてあるんでしょうね。

この後車で移動した三浦岬で写真を撮っていたおっちゃんは、
「ヘリ一台乗せたら飛行だけでなく整備も一個分隊乗せるから人数が増える」
って言ってましたね。
航空関係の方々は気は抜けても遠洋航海で船酔いとか大丈夫なんでしょうか。
それとももともと乗り慣れているので平気?

白の詰襟が旧軍時代からほぼ変わらない形で残ったのは、海士のセーラー服と一緒で、
「アメリカ海軍始めそれが世界のネイビーのスタンダードだったから」
だとわたしは推察しております。
おかげで、このかっこいい制服を旭日の自衛艦旗の下で見ることができます。

>「パーカー。出して」
うちのパーカーは免許持ってないんですよ。ってそれ夫だちゅーの。
アウェーだと稀に自衛官の車の後部座席でペネロープ気分を満喫させていただけますが。
返信する
横幕 (お節介船屋)
2017-05-24 20:59:11
岡田幸和著「艦艇工学入門」海人社から
制式名「横幕」乗員の方は「側幕」とも呼びますが、本当の目的はおめかしではありません。
ブルワーク構造と言って昔は配員に対する風避けとして艦橋上部にある上部指揮所等に鋼板の板が取り付けてありました。
特に上部指揮所は艦首方向から強い風、飛沫を浴びますので遮風板付き(2重で前方にアール付、ブルワークに当たった風が上昇し、ブルワークのない部分の風も止める)とし、側面は側幕をはり、風防とします。
ブルワーク構造のない旗甲板、艦橋上部指揮所、方位盤、探照灯の回りに横幕を設けるとなっていました。
ただし灰色ビニロン帆布ですが、観艦式の指揮艦と遠洋航海部隊は白色としたい部隊意向に沿って白色とされますので、エリス中尉のおっしゃるとおり「おめかし」でもありますが本当の意味は配員に対する風防のためです。

現在は「ゆき」クラスの上部指揮所のブルワークもCIWSの射界の邪魔として小さくされています。
また露天の上部指揮所も無くなり、外回りの配員も少なくなり、横幕の出番も無くなりました。

その意味練習艦「かしま」は実習員が露天に多く居るとの考えから横幕が多い事とされているのではと思います。

天幕も暴露甲板で、武器、機器を整備する作業場所、舷門付近、乗員の集合と行事が出来る広い甲板に、日除けと雨除けのため展張できるようになっています。

ただ昔のように冷房もなく、甲板作業の多かった時代は良く展張していましたが、作業も煩雑であり(天幕柱、ジャッキステイ、鋼索の取り付け等)、幕の汚れ、防水劣化等で現在はレセプションぐらいでしか使用しなくなっています。

「かしま」はレセプション、賓客の礼式等頻繁に使用するため、後部甲板に展張装置で、簡単に展張、格納できるようになっています。

天幕は白で汚れ、日光の照射から防水上も、あまり長持ちしません。
横幕も白だと汚れが目立ち、長持ちしません。
返信する

post a comment

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。