◎出家信者たちが描いた疑念
(2018-12-01)
『オウム真理教を検証する/井上順孝/責任編集 春秋社P121-129』に出ている、信者が脱会するきっかけになった情動(出家信者たちが描いた疑念のパターン)の分類をまとめると、以下。
1.度が過ぎている。
暴力容認、殺人など手段を選ばないなど。
2.嘘、矛盾、言行不一致
人は、嘘、矛盾、言行不一致があると、その師やその組織に疑いを持ち始めるものだ。
3.宗教者としての麻原や幹部たちの能力への疑念
麻原には空中浮揚などの超能力、予言能力、神通力があるとされていたが、空中浮揚写真はあっても、麻原は空中浮揚を人前で実演することはなかった。
スパイが誰かを見抜けなかった。予言は外しまくり。
4.一部の人だけ特別扱い
教団内で性行為を禁止していたが、特別扱いされる人たちがいた。
まとめは以上だが、更に「教団の外に出ると様々な恐怖がある」と煽っているので、なかなか脱会に踏み切れないというのが、マインド・コントロールの構図。
オウムの出家者というのは、全財産を教団に寄付したりしているので、のっぴきならない立場での生き方だが、それでもこのような情動で、その生き方に疑念を抱く。
翻って、人と人とが争いを事とし地獄的と言われるこの世がこうしたカルトの一種であると見立てれば、『この社会からの脱出』は、『カルトからの脱出』とメカニズムは似ている。
まず、この世、この社会を疑うことから始まり、本音と建て前により騙されていることに気づき、超能力があるスーパーな人などいないことを直視し、万人が幸福ではなく極く一部の人だけがいい目を見て幸福になっていることを見れば、疑団は確実となる。
瞑想生活、冥想を組み込んだ生活に入るというのは、こうした疑いを持たれては続かないし、広まらないのだろうと思う。また社会生活をするには常に社会から疎外される恐怖がつきまとう。それは社会で生活する以上は払拭はできない。そこで『迷いのままに悟る』という姿勢しかないのだと思う。坐るのに適当な場所も時間もなく、今ここで坐るしかない。
古神道ではそういうのを含めて清よ明き心と言うが、黄泉の国から帰還して、両性具有を伊都能売として実現して初めて清よ明き心である。清濁の清だけで清よ明き心と言うわけではない。
※超能力はあるが、覚者の超能力は恣意的には使うことはできず、天意・天機に沿った行使しかできないとつくづく思う。ここは敢えて超能力はないと書くが、出産なんかは、実に超能力のようなものだ。