※ 続・ローマとナポリにバロックの奇才を訪ねる旅 (13)
カラヴァッジョ(1573-1610)、写実性を重視する余り、時には醜悪ささえもあり、その表現は品位に欠けるとして、非難を浴びることもしばしばだったとされる。
が、作品を前にした時、徹底した写実性と劇的な明暗対比や感情表現に、圧倒されるのも紛れもない。
今回も、その特質を際立たせた 「ゴリアテの首を持つダヴィデ」(1610年)。
本作もまた、剣についた一抹の血、首から滴る血、石に打たれたゴリアテの額の血など、明確な写実性を見せつけている。
ところで、彼の絶筆がどの作品であったか判っていないという。
制作年でも解るように、本作の陰鬱な雰囲気は 「<洗礼者ヨハネ>」と同様、画家の最後の感情に叶うものだったのかも知れない。
主題は、少年ダヴィデがさも嫌そうな表情で戦利品を持つ場面。
彼は、“ その首に自分の顔を写し、少年には小さなカラヴァッジョを意味するカラヴァッジーノを投影した ” とされる。
それは、極端な自己嫌悪のなせるものとされ、その趣向は、“ ミケランジェロ(1475-1564)がシスティーナ礼拝堂の 「<最後の審判>」において、聖バルトロメオの剥がれた皮膚に自身の顔を重ねたことを想起させられる ” (カラヴァッジョ/西村書房刊)という。
10年後、本作の所有者である<ボルゲーゼ枢機卿>は、ベルニーニ(1598-1680)に 「<ダヴィデ>」を刻ませているが、その躍動する姿は対照的に人間賛歌に溢れている。
また、巨匠ミケランジェロ(1475-1564)の「<ダヴィデ>」(アカデミア美術館蔵)を前にして作家の芝木好子さんは、“ 未来を信じている顔だ “ と評しているが、本作からはその聊かも窺えないのも彼らしく面白い。
ちなみにカラヴァッジョ、<ウィーン美術史美術館>の稿でも書いたが、このモチーフで複数描いてい、この素材にもまた制作意欲を掻き立てられたのかも知れない。
ボルゲーゼが誇るカラヴァッジョの<全六作品>、最後ゆえ少し長くなった。
陰鬱な作品ばかり、「もう沢山!」と思っている方も多いのではと思う、が、もう少しだけお付き合いを。
Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1259
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