ペトロとカタリナの旅を重ねて

あの日、あの時、あの場所で
カタリナと歩いた街、優しい人たちとの折々の出会い・・・
それは、想い出という名の心の糧 

誰に倣ったか、慇懃無礼に嘘をつく ‐ 7月がゆく

2017年07月30日 | 季節/暦

 豪雨災害に遭われた皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。 

 今日は北海道、明日は九州、四国、中国、近畿から東北へ。
 かと思えば関東、東海と、半端ない雨を降らせた暴れ梅雨、何のことない列島あまねく局地的にということ。

 話しが飛ぶが、東京で開催されていた<ブリューゲル展>が関西へ巡回、多くの人で賑わってるとか。
 天にも届けと塔をおっ建て始めたのが、大洪水で唯一生き残ることを許された<ノアの末裔>であることは知られている。

 その旧約聖書の創世記に登場する神の怒りは凄まじく、ノアの箱舟でもバベルの塔でも、民が行いを改める様子がないと見るや徹底的に懲らしめる。
 ソドムとゴモラの町にいたっては、根こそぎ焼かれるなど容赦もない。

 今に戻り安倍政権、国民の負託をどう勘違いしたのか、親分から三下まで数に驕り、記憶なしが隠し味の傲慢に、横柄というスパイスをまぶした不味い料理を臆面もなく並べ、恬として愧じぬ振舞。

 列島が猛暑に燃え、雷雨禍になす術もなく立ち尽くしている折、世論に押されてか 「変わらなきゃ」と言葉だけ殊勝に並べたものの、上っ面だけと直ぐに見透かされ化けの皮が剥がれる。

 何でもかんでも政治、政権・与党の所為にするつもりはないが、世紀末のようなこの異常気象、まさか奴ばらが、なんて非文明なことを思ったリもする。

 慇懃無礼、巧言令色、箪笥の奥に仕舞い忘れてた言葉を、斑呆け酔狂に思い出させた文月・七月だった。

 炎天をものともせず咲く 「アスター」、花言葉は “ 変化 ” だって、そうだ、妖怪が本来の姿を変えて現れる時も変化と言うよねえ! 「それは “ へんげ ” でしょ」、えっ、そうなの?
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1352

コメント

ポライオーロ 「貴婦人の肖像」

2017年07月28日 |  ∟ドイツの美術館

 ※ ドイツ ‐ ベルリン/ゲマルデ・ギャラリー編 (28) ‐ 中欧美術館絵画名作選 (80)

 ルネサンス期にイタリアで活躍したアントニオ・デル・ポライオーロ(1429/33-1498)とピエロ・デル・ポライオーロ(1441頃-1496)兄弟。
 兄アントニオは画家で彫刻家で金細工師でもあったようだが、弟ピエロは画業だけ?だったらしい。

 らしいとようだ、ばっかしで困ったもんだが、殆どというより全く馴染のないこの兄弟、描いたのはアントニオらしい、否、ピエロのよう、えいっ面倒だ、で、ポライオーロ兄弟の 「貴婦人の肖像」(1465年-70年頃)。

 この時代、肖像画は横顔で描かれるのが主流だったようだ。
 フランチェスカ(1412-1492)の 「<ウルビーノ公夫妻の肖像>」(1465-1472年/ウフィッツィ美術館所蔵)やボッティチェリ(1445-1510)の<シモネッタ・ヴェスプッチの肖像画>などを投稿したので憶えて、えっ、全く記憶にない?あっそ。

 そのシモネッタの肖像画、ここゲマルデも 「若い女性の肖像画」を所蔵、が、重複するので割愛する。

     

 話しがそれた、「ウルビーノ公夫妻の肖像」と同じ頃に描かれた本作、ポライオーロ兄弟、その横顔肖像画?の第一人者であったようだ。

 さて、四枚の貴婦人を描いたらしい兄弟、女性、就中(なかんずく)貴婦人などとは全き無縁の酔狂、美の評価どころか、そもそもモデルが一人なのか四人なのかそれすら理解(わかって)ない。

 で、目の肥えた諸兄姉に判定して頂きたく四枚を並べた、が、個人的にはそれぞれ別人で、強いて判じれば乳臭い小娘より成熟した年増の方が・・・。

 酔狂の独断で若い順に、左からミラノのポルディ・ペッツォーリ(弟)、ベルリンのゲマルデ(兄)、フィレンェのウフィッツィ(兄)、そして、NYはメトロポリタン(共?)の美の館に住まいする貴婦人たちであります。

 が、十把一絡げでポライオーロ兄弟作とするのも聊か乱暴、で、( )に作者の目安を、共作もあるようだし。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1351

コメント (2)

クラナハ(2) 「青春の泉」

2017年07月26日 |  ∟ドイツの美術館

 ※ ドイツ ‐ ベルリン/ゲマルデ・ギャラリー編 (27) ‐ 中欧美術館絵画名作選 (79)

 ドイツ・ルネサンス期に活躍したルーカス・クラナハ(1472-1553)。

 その彼が、74歳の時、人生の黄昏を迎え 「青春の泉」(1546年/122.5 x 186.5 cm)を描いた。

 主題は、その水を飲むと誰しもが若返るとされている伝説上の泉、早い話が英語表記 Fountain of Youth のとおり、若返りの泉である。

 ちなみに、“ スペインの探検家ポンセ・デ・レオン(1474-1521)がフロリダへ旅行した際にこの泉を探し求めた ” (ウィキペディア)とされるがどうだか?
 それはとも角この手の逸話、エデンの園やら桃源郷、洋の東西を問わずあるようだ。

 話しがそれた、この作品をくどくどと説明するよりも画面を見て貰えばお解り頂けようというもの。  

 が、節介乍ら少し触れれば、中央の泉、というより大浴場と言った趣だが。の左手、垂乳根の老婆や体が不自由らしき人が荷車や背負われ泉に入ろう(左)としている。

     

 そして、泉の右方に移る(中左)につれ、あら不思議や胸は張り、腰はくびれ、クラナハ描くところの「<ルクレツィア>」(1533年)の如き若々しい美女に変身している(中右)ではないか。

 さらに、右手奥の庭園では若返った男女が飲み歌い、語らう様(右)が描かれてい、まさに老画家クラナハ、生への飽くなき執念が見て取れるのである。

 ところで、“ 人の一生は120年となった ” (創世記6章3節)が、この泉があれば、あなた入ります?
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1350

コメント (2)

四年目の夏・・・

2017年07月24日 | 日記

 暑中、お見舞い申し上げます。 

 梅雨も明けて今日(7/24)は天神祭りの宵宮、明日は浪花の夏空を焦がす本祭り。
 この頃、関西はまるで焙烙で炒られる豆のよう、なす術もなくアスファルトの上でパンパラ弾かれている。

 折から大暑、僕(やつがれ)今夏は夏枯れが酷く、家持さんに揶揄われた石麻呂さんじゃないが、<>を喰おうにも川に流されそう。

 例年なら就寝時に1時間ほど軽く冷房を効かす程度なのだが、今年は昼日中からリモコンに手が伸びる。
 てなことで、年を追うごとに暑さ寒さに折り合いをつけてしまい、出不精になる。

 独りになっても続けてと彼女 に言い遺された生協の個別配達、昼を<外メシ>で片付けるようになって中断。
 が、隣りのSCの<生協の店>、勝手だがレジで顔を合わす店員さんが聊か気ぶっせい、赤ちゃんの人見知りみたくに。

 話しはそれるがその人見知り、“ 母体の負担を軽減するため1/3の脳で誕生、当然、思考回路も未熟状態で、見慣れない顔に遭遇すると身を守るため恐怖心が起き泣き叫ぶ。目と目が合った時が顕著 ” と某HPに。

 まさか酔狂の脳味噌、そこまで減ってないだろうけど、それなりに・・・が、自然の摂理というもの。

 そんなことで、夏の初め個配を再開、したものの懸念したとおり、七月に入っての茹だる暑さも手伝ってますます出不精に。

 それでどうしたのかって? 生鮮品以外を個配で注文、 「阿保ちゃうか、わざわざ」と自嘲しながら今宵の餌を漁っている、レジでは目を合わさないようにして。

 酷暑もここ一週間ほどが山、お天道さんをテキトーに浴びて、そうそう明日(7/25)は土用の<一の丑>、鰻でも喰らってビール飲んで乗り切るとしますか。

 レジオも夏休みになったことやし、ミサで人見知りが進行しないようにお祈り・・・、えっ、「真面目にミサに与りなさい!」って?分かってますて。
 北摂の草深いガラシア病院に届けて下さった 「<朝顔>」、あれからもう四年目の夏、になった。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1349

コメント (2)

レンブラント(8) 「窓辺の女」

2017年07月22日 |  ∟ドイツの美術館

 ※ ドイツ ‐ ベルリン/ゲマルデ・ギャラリー編 (26) ‐ 中欧美術館絵画名作選 (78)

 最愛の妻サスキアを失い、生後9月の息子ティトゥスを残されたレンブラント・ファン・レイン(1606-1669)、乳母兼家政婦としてヘールトヘ・ディルクを雇う。

 オランダ南西部ゼーラント州の農家の出で未亡人だった彼女、サスキアとは正反対、教養はないものの賢明で頑健だったとされている。

 三十六歳の男盛りのレンブラント、程なくしてヘールトヘを愛人にしたため世間から非難を浴び、顧客離れや放埓な生活もあって画業も次第に陰り始める。

 サスキアの遺産は、遺言により再婚すれば没収されることに決まっていたこともあって、ヘールトヘはサスキアが遺した宝石などの全財産を、ティトゥスを受取人とする遺言書を登録する。

 その数月後、ヘンドリッキエ・ストッフェルスとの関係をヘールトヘに知られたレンブラント、婚約不履行で毎年多額の手当の支払いを命じられた。

 ところが彼女がサスキアの宝石を質入れしたことで今度は彼が訴えた。
 二年近く続いた裁判でヘールトヘは更生施設に収容されたものの、彼が望んだ手当の支払い義務からは解放されなかったという。

 その裁判でレンブラント側の証人として法廷にも立ったヘンドリッキエを描いた 「窓辺の女」(1656-57年)が今回の作品。

 本作のイメージは沈痛、当時の家政婦の象徴とされていたキーを首にかけ、窓に手を置く彼女の胸に去来するのは困窮する家政、それともレンブラントの放蕩だったか。

 レンブラントは、彼に誠実だったヘンドリッキエを必ずしも大切にしなかったとされている。
 が、モデルとしては優れた作品を描いてい、それは、「<自画像‐職人の装い>」(1652年/美術史美術館蔵)との対画とされる 「<ビロードのベレー帽を被ったヘンドリッキエ・ストッフェルス>」(1652年/ルーヴル美術館蔵)にも見られるという。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1348

コメント

自称、誤解されやすい女(ひと)

2017年07月20日 | 日記

 ― ごめん、キミの言ったこと誤解していたようだ
 ― いいのよ分かってくれれば、私も言葉足らずだったと反省しているの

 こんな会話、親しいはずの人の間でさえ、それこそ日常に経験する。
 一方で、「誤解をされたかと思って」と諄々(くどくど)と言い訳するのも、結構ミジメで落ち込まされる。

 ところで、自民党の先生方、大物小物、老若男女取り混ぜて誤解とやらを頻出。

 取り分け能面のように無表情で壊れた蓄音機みたく 「誤解を招きかねない」と30回も繰り返した剛の者には呆れたが、過日(7/14)の朝日に、“ 政治家、なぜ 「誤解」連発 ” という見出しが都合よくあった。

 記事で、“ 国語辞典編纂者が、能面氏(注:記事は名前入り)は、誤解の意味を誤解している、と指摘 ” した件(くだり)に目が留まる。

 編纂者氏は、“ メガネ屋で店員に 「ムショクですね」と言われた客が 「俺は公務員だ」と怒った場合を例に挙げ、「無色」のレンズでいいか確認したいという真意が間違って 「無職」と伝わってしまった。この例のように、真意を納得させられないのに誤解と言ってはいけないという ” と続ける。

 で、能面氏が話したことを聞き手は、正しく理解をし、聊かも誤解に招かれていないのである、からして、この言葉を使いたいのなら、
  ごめんなさい、(法律を)誤解していました、勉強します・・・、とでも言えばいいンだが、自分以外は悉皆馬鹿と思ってる人、この女(ひと)に限らずだが。には、これがなかなかねえ。

 そんな中、“ PKO活動の日報が自衛隊内で保管されていた問題で、国会で 「報告はされなかった」と答弁した能面氏、文書の存在について対応を協議した省内の会議に出席 ” してたンだと、懲りないねえ。

 大暑を前に園芸店には 「鬼灯」が、その花言葉は “ 欺瞞・ごまかし ” だって、大臣室に似合うよねえ。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1347

コメント

続・お騒がせしてます

2017年07月18日 | 日記

  医師の打つキーの音聞き結果待つ  (朝日川柳(7/13)西木空人選/神奈川県・宇田川亀吉さん)

 初対面のY医師の 「K先生から引き継ぎました。大腸癌は<卒業>されたんですね」で、診察が始まる。

 カチャカチャとキーの音に導かれてディスプレーに映し出された断層写真の説明を受けた。
 大きく白く写った胃の近く、大振りの鱈子のような形の臓器があって 「これが膵臓ですが・・・」と呟きながら360度横に縦にと回転させている。

 ある地点で動きを止めて 「ここに黒い影があるでしょう」とマウスポインタを当てると、ひじきだとばかり思っていたのは側面からの格好だったようで1円玉ほどの円形が。

 やけにくっきりとした影に、悪性ですか?と訊くと 「水が溜まっているんです」と言い、「肝臓などに溜まる水はさほど問題はないのですが、物言わぬ膵臓ですから」と続ける。

 浮かぬ顔で煮え切らぬ返事を返していたのだろう、「この後も観察した方が好いでしょう」とやけにきっぱりと言われた。

 二年前の夏、CT検査で見つかり当時の主治医から 「少し気になる」と告げられてからの付き合い、治療もせずに消えてましたなんて望むべくもなく、「うん、まあ、そんなとこやろなあ」 というのが正直な気持ち。

 この膵嚢胞(すいのうほう)、仮にも悪性に進行したとしても、まま付き合おうと今のところ思っている。
 てなことで、街に木枯らしが吹き始める師走、マリア様の<無原罪の御宿り>の頃、あの<騒がしいMRI>にまたまた縛(くく)り付けられることになった。

 種が熟すると勢いよく弾け飛ぶ 「インパチェンス」、ラテン語の “ Impatient ・我慢できない ” が語源だって。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1346

コメント (8)

レンブラント(7) 「ヨセフの夢」

2017年07月16日 |  ∟ドイツの美術館

 ※ ドイツ ‐ ベルリン/ゲマルデ・ギャラリー編 (25) ‐ 中欧美術館絵画名作選 (77)

 42年、最愛の妻サスキアを見送った辺りから、黄金時代と称された栄光に翳が差し始めたとされるレンブラント・ファン・レイン(1606-1669)。

 その頃、「<天使のいる聖家族>」(1645年/エルミタージュ美術館蔵)など、イエスの誕生や幼少時代を数多く描いているが、作品にはサスキアの忘れ形見<ティトゥス>の姿が投影されているようだ。

 その彼の小さな作品 「ヨセフの夢」(1645年/20x27cm)が今回の作品。

 イエスの養父ナザレのヨセフのもとに四度 “ 主の使が夢に現れた ” と福音書記官マタイは記している(第1‐2章)。

 最初は、許嫁のマリアが<身籠った>と知った時 “ その胎内に宿っているものは聖霊による ” と告げられている。

 二度目では、星に導かれた<東方三博士>が幼子を訪ねた後、ヘロデ王の<幼児虐殺>から逃れるため “ 幼子と母を連れて<エジプト>に逃げなさい ” と命じられている。

 エジプトの地に留まるヨセフに “ イスラエルの地に行け、幼子の命を狙っていた人々は死んだ ” と告げられたのが三度目。

 ものの、ヘロデの息子がユダヤを治めていることを聞き恐れたヨセフ、四度目のみ告げを受け “ ガリラヤの地方に退き<ナザレ>という町に行って住んだ ” とある。

 本作に戻ろう、牛小屋で眠る幼子と聖母、傍らで眠りこけるヨセフの肩を天使がそっと叩く、彼は今、どんな夢を見ているのだろうか? ( 画面が暗いので拡大してご覧下さい。)
 この時期のレンブラント、聖書世界を描いた作品からは画家の温かく優しい眼差しが見て取れる。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1345

コメント

といふといへども

2017年07月14日 | 本/図書館/言葉

 一月ほども前(6/11)の朝日、歌壇と俳壇のコラム欄 「うたをよむ」、俳人の中田剛(なかたごう/1957‐)さんの 「といふといへども」が載っていた。

 コラムは、“ 俳句の表現は使う言葉のひとつひとつが読み手の眼前にとりわけ大写しになる。ゆえに表現の綾(いいまわし・ふしまわし)がとても大事。よって表現のすみずみに神経を行き渡らせる ” (ママ)と始まる。

 そこで俳人は、 白牡丹(はくぼたん)といふといへども紅(こう)ほのか  (虚子) の句を引いて、

 例えば “ 普通この句は 「白牡丹といへど紅ほのかなる」あるいは 「白牡丹なれども紅のそこはかと」あたりで仕上がってもよく、そのような句形で充分であると思う ” という。

 だが、“ この句を唯一無二の牡丹の名句にしているのは間違いなく 「といふといへども」である ” と。

 また、“ 屈託を含んだ揺らぎ表現がこの句の肝である。「といふ」と 「といへども」の間の逡巡のひと呼吸が絶妙である ” と説く。

 純白の牡丹を眺めていると、微かに紅が滲んでい、あっ、と声を上げそうになる、そんな情景が鮮やかに浮かぶ。

 その感情の揺れを 「といふといへども」に込めているというのだが、研ぎ澄まされた言葉の美しさに感じ入らせられる。

 牡丹にかぎらず、ひとつの色のはずの花弁にもうひとつの色が少し混じっているのを見つけたりすると、その在りし日を想わされることも、往々に・・・ある。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1344

コメント (2)

ルーベンス 「小鳥と少年」

2017年07月12日 |  ∟ドイツの美術館

 ※ ドイツ ‐ ベルリン/ゲマルデ・ギャラリー編 (24) ‐ 中欧美術館絵画名作選 (76)

 ロンドンとワシントンDCのナショナル・ギャラリーなどの例外もあるけれど、中世宗教絵画から印象派辺りまでを一堂で見られる国公立の美術館は少ないようだ。

 で、小編のように美術館で括ると、こってりとした宗教画が続いて、たまにはあっさりとした印象派を、と思わないでもない。
 聊か凭(もた)れ気味のゲマルデ・ギャラリー編、箸休めに可愛い作品をご賞味あれ。

 描いたのは王の画家にして画家の王と呼ばれ、諸外国までその名声を轟かせたバロック期を代表する画家ピーテル・パウル・ルーベンス (1577-1640/フランドル)。

 ところで、総数約1200点と膨大な作品を残すルーベンス工房のため、どこの美術館も広い場所を用意しなければならないようだ。

 取り分け連作 「<マリー・ド・メディシスの生涯>」(ルーヴル美術館蔵)に代表される超大型の作品が多い彼の事、ここも全てが彼や工房の作品でないにしても幾つもの部屋に別れて架る。

 前書きが長くなったが、その可愛い作品とは 「小鳥と少年」(1616年/49×40cm)。

 本作、ウィーンの<アルベルティーナ美術館>に架る 「<息子ニコラス>」(1619年/25.2×20.2cm)を想い起させる。
 それも当然のことでこのふたり、ルーベンスが愛した息子、アルバートとその弟ニコラスなのだ。

 この鳥と遊ぶモチーフは古くまで遡り、キリスト教に関する作品に頻繁に取り上げられたのだとか。
 それは、“ 鳥は余りにも早く通り過ぎてゆく魂や生命を象徴している ” から、ということのようだが、子育てを母親に任せっきりの父親から見れば、何時の間にか大きくなってるようなところも、確かにある。
  Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1343

コメント