ペトロとカタリナの旅を重ねて

あの日、あの時、あの場所で
カタリナと歩いた街、優しい人たちとの折々の出会い・・・
それは、想い出という名の心の糧 

騒々しくも - 5月がゆく

2010年05月31日 | 季節/暦

 素晴らしい天気で始まった皐月・5月
 その後の天気、鳩山総理の言葉とも重なる迷走ぶりで、冷夏の様相。

 一方の総理、朝日の社説を借りれば、“ 成算もなく発せられる言葉の軽さ ” に、国民、とりわけ沖縄の人に遣り切れぬ思いを与えた。
 28日夜の記者会見、“
自分の言葉を守れなかったことに心よりお詫びする ”読売)の、なんと虚しく聞こえることよ。

 1宮崎県で口蹄疫
 4月上旬から兆候があったらしく、その時点で的確な対策をとっていれば、ここまで被害は広がらなかったとも聞く。

 政府が対策本部を設置し、防疫体制強化や支援を決めたのは5月も半ばになってのこと。
 ある酪農家、「
跡継ぎもいないし歳もとった。もう、廃業することにしたが、気の毒なのは跡継ぎができて喜んでいた人たち。止めるにやめられない」と、悲痛な叫び。

 そして、毎日のように報道される凶悪な事件
 切り刻んで海や山に捨てる鬼畜の業、こう続くと、慣れっこになったみたいで「
怖いよね」。

 2_2W杯前の国内最終戦、韓国に0―2で完敗した日本代表。
 試合後、「
このまま続けてもいいんですか?進退を伺ったことを監督自ら記者に明かしたが、ここにきて言われてもねえ。

 暴力団幹部に砂被り席を手配したふたりの親方、すわ一大事と相撲協会が処分。
 野球賭博の記事も出て、またぞろ不祥事、懲りん連中だねえ。
 記者会見でふんぞり返った元横綱の親方、タニマチ以外に頭下げるなんぞ、可笑しくってついぞできんか?

 そんな中で、魁皇関が通算1000勝を達成だって。クンロク大関とかカド番大関とか言われても、何時も謙遜なこのお相撲さん、「頑張れ!」のエールを送りたいよねえ。

 iPad 日本発売、狂騒的なテレビ報道をみていたら阿呆らしくて、「でも、欲しいなあ
 締め括りは、念願の常勤医を採用したら偽医者だったって、「捕まってホッとした」と当人、斯くも浅ましくだね。

 こんなそんなで、狂想曲 ‐ 5月の幕は下り、明日から水無月・6月

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パリの駅

2010年05月28日 | フランス

 さて、モネを訪ねる旅、何処から始めれば?
 印象派というスタイル、美術分野の表現様式が生まれたのは、モネが出展した画題に拠ることは有名。

 ならば、その作品を展示するマルモッタン美術館を出発点とするのが相応しい。
 美術館を訪ねたのは、午後にパリ東駅(写真上)からストラスブールに移動する日の午前という慌ただしい時間。

 Photo_4ところで、駅名から想像すれば東駅、パリの東部にある駅と思ってしまうのだが、ユーロスターやタリスなどの国際列車が発着するパリ北駅(写真下)と並んでいるのが可笑しい。

 フランス南東部のスイス・イタリアに国境を接するローヌ・アルプ地方に、フランス第二の都市リヨンという街がある。そのリヨン駅という名前の駅がパリの東部にある。

 パリには七つの鉄道始発駅があるらしいが、なかに行く先を駅名にしているところがあって、差し詰め、天王寺駅を和歌山駅と呼ぶようなものか?

 東駅も、ドイツとの国境を接するアルザス地方、フランス東部への列車が発着する駅なのである。

 話がそれたが、ホテルから地下鉄で、随分と名前が長いビブリオテーク・フランソア・ミッテラン駅に出て、RER・高速郊外鉄道で、美術館の最寄り駅であるブーランヴィリエ駅に向った。

 Photo_5RER‐C号線、ヴェルサイユ宮殿や印象派の画家たちが名作を残したアルジャントゥイユ、ポントワーズ方面などへ向う電車で、利用された方も多いと思う。

 名前負けしたような余り早いとも思えない二階建ての高速鉄道、市街地はほぼセーヌ川の南岸に沿って地下を走る。

 途中、サン‐ミッシェル・ノートルダム駅やミュゼ・ドルセー駅、シャン・ド・マルス・トゥール・エッフェル駅など、地名に馴染みがあるものの、舌をかみそうなやたら長い名前の駅を過ぎ、セーヌ川を横切る辺り、エッフェル塔が間近に車窓を横切る。

 ブーランヴィリエ駅を出て西へ。
 
辺りには高級マンションが並び、ブローニュの森へと続く雑木林の公園が広がる。
 そのなかほど、青い幟が慎ましやかに架かる建物が見える、マルモッタン美術館である。

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クロード・モネ

2010年05月26日 |  ∟フランスの美術館

 ボストン美術館展が開催されている。
 六本木ヒルズのギャラリーで開催中のこの美術展、この夏には京都市美術館にも巡回すると聞く。

 この展覧会、バロック期のレンブラントやベラスケス、写実主義のミレーなど重厚な作品と並んで世界有数のモネ・コレクションから一挙11点の作品が来日、そのうち風景画10点がひとつの部屋にまとめて展示されているという。

 P106053919世紀後半パリで、伝統的なアカデミー様式と対立した画家らによる前衛芸術運動から生まれ、後にモネの作品に付けられた画題から呼ばれ始めたという「印象派」。

 印象派の作品、ルネッサンス美術からマニエリスムを経てバロック期までの作品群と同等、むしろ、それ以上に人気が高く、私たちも、マネ、シスレー、スーラ、ゴーギャン、ゴッホ、ルソー、そして、モネなどの作品をパリに見て歩いた。
 写真上は、オルセー美術館からモンマルトルの丘を望む、<晴れ女さん?>のおかげで頗るの快晴。

 なかでも、ゴッホ、ルノワール、セザンヌと並んで、印象派の中で最も名が知られたひとりがクロード・モネ
 カラヴァッジョとモネに会いたさに、かつて、ノルマンディー公国の首府として栄えた古都ルーアンまで足を伸ばしたこともある。

 この画家、ゴッホと同じように浮世絵からP1060602多くのものを得たとも言われ、パリ郊外のジヴェルニー村の自宅兼アトリエの日本風の庭の池に睡蓮を咲かせ、多くの作品を描いたことは知られている。
 写真下は、オランジュリー美術館の睡蓮の一部。

 そのモネの作品を一番多く所蔵するのは、普仏戦争が勃発したためにロンドンへ一時亡命したものの、やはり彼が生まれ育った街パリだろう。

 セーヌ河畔に建つオルセー美術館オランジュリー美術館、パリの西に広がるブローニュの森近く閑静な住宅街の中のマルモッタン美術館、そして、ルーアン美術館にモネを訪ねる旅を何回かにわたって綴る。

 例によってペトロ とカタリナ 、旅の途中、モンマルトルやサント・シャペルなどに、寄り道やら道草などをしながら。

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ラブレターの日

2010年05月24日 | 日記

 いまさらの感もあるが、パソコンや携帯電話の普及が目覚しい。
 
そのこともあって、常用漢字表が文字生活の実態からかけ離れたとお役所が考えたのだろう、05年から漢字の追加や削除を検討していたらしく、このほど、その答申案がまとまり審議会で承認されたという。

 今の漢字表、81年10月に告示されたそうだが、新漢字表、予定どおり年内に告示されれば29年ぶりのことになるのだそうだ。

 Photo_3児童の読み書きや授業や講義でノートをとる中高生や大学生は別として、字を書くことがめっきりと減ったのは何時頃のことだろうか?

 ワープロ専用機が、ぼちぼちと職場に入り始めたのが28年ほど前。
 今の常用漢字表定められた頃と時期が重なる。

 当時、物珍しさもあって、職場でたった1台のワープロの回り、何時も人だかりがしていた。
 差し詰め古いニュースで見聞きした街頭テレビのような賑わいだった。
 記録媒体のフロッピー・ディスクも、ドーナツ版のレーコード、これも古いね! ほどの大きさがあった。

 あっという間に職場を席巻したワープロ
 そのうちに、
手書きの企画書や報告書など、誰も見向きもしな くなった。

 Photo_8その全盛を誇ったワープロ専用機も、マックやウィンドウズの登場でパソコンに取って代わられ、10年余りでうたかたのように職場や家庭から消えてしまった。

 そして今、ノートPCに携帯電話、辞書に書籍まで電子。
 ソロバン代わりの表計算ソフト、漢字なんて読めりゃいいんで書くのはソフト。
 常用漢字なんて知らずとも、一向にねえ! で、リテラシー・読み書きソロバンの能力は、ますますジリ貧って訳?

 ちなみにペトロ 日記をつけていること、<50年振り?>の稿で書いたが、その日記、詰まらなくも表計算ソフトのエクセルなのである

 一方でカタリナ 書くことが苦にならぬと見えて、せっせと何事か書いているようだが・・・、まさか恋文?
 そういえば昨日、「ラブレターの日」だったそうだが、当節の若者、ラブレターなんてちゃんちゃら可笑しいってさ?
 
写真、カタリナのアレンジ・フラワーです。

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人にもしなさい - 言葉

2010年05月21日 | 本/図書館/言葉

 20日の朝日新聞、“ 平成の大名人へ ” とあった。
 68期将棋名人戦、羽生善治名人が4連勝で通算7期目となる名人位を守った。

 一方で、つい先日、名人戦の立会人を務めた元名人に “ 慰謝料を支払え ” と東京地裁が命令した。

 Photoことの次第は、元名人が、自宅の集合住宅で野良猫に餌をやり続けたため、悪臭などの苦痛を受けたとして近隣住民らが、住宅敷地内での餌やりの中止や慰謝料などを東京地裁に求めた。

 世間は様々、猫が好きな人が10人いれば、嫌いな人も10人いる。
 双方とも頭では理解しているのだろうが、気持ちが譲るに譲れないところまで煮詰まってしまったのだろう。
 それで、裁判沙汰となったようう。

 裁判長は、猫は、被告の元名人が飼育していると認め、《 迷惑を及ぼす恐れのある動物を飼育しないこと 》と定めた管理組合の条項に違反、原告らの人格権の侵害を認め、飼育するならまず、規約を改正しなさいとの判断を示したうえで、元名人に、“ 集合住宅敷地内での餌やりの中止と慰謝料の支払い ” を命じた。

 判決について、「命あるものを大切にする私の信念は変わらず、餌やりも住宅敷地外で今まで通り続けたい」と元名人。
 まさか、公有地や他人様の敷地で? その指し手、些か筋が悪いんじゃないと、わが耳を疑った。

 Photo_3私権は当然にして万人に認められるものだが、公共の福祉がそれに優先することを受忍しなければ社会は成り立たない。

 聖書は、“ 人にして貰いたいと思うことを、人にもしなさい ”(ルカ6‐31)と教える。
 これは、“ 黄金律と呼ばれ、『法いを求めない他者への愛の行為』で、古今東西(他の宗教の意)を問わずみられるもの ” と 「新約聖書(新共同訳)略解」は説く。

 元名人、盤に向う姿勢が真面目に見えるがゆえに、また、敬虔なクリスチャンであると聞くがゆえに、その見えざるものに驚かされる。

 今週の朝日俳壇  風光る猫を探すといふ遊び (入間市・峠谷清弘氏・金子兜太選)。

 選者は、“『といふ』にこもる皮肉な含蓄、世相への風刺 ” と、評す、まさに様々。                                                                                        

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文明遺産の行方

2010年05月19日 | イギリス

 NHKの「クローズアップ現代」。
Photo  世界のニュースをタイムリーに、専門家の解に映像をえ判り易く説く。

 5月11日放送のテーマが、「 “文明の遺産” めぐる攻防」。

 メソポタミア、エジプト、インダス、黄河。
 いわずと知れた人類文明の先史、世界四大文明の発である。
 これらの文明にかかわる25の国が、エジプトの首都カイロに結集、ある決議をした、と番組は始まる。

 決議の主旨は、「植民地時代に旧宗主国など欧米諸国に持ち出された文化財を、一致団結して取り戻すこと

Photo_2  対象となった遺産とは、大英博物館(写真上)が所蔵する、古代王朝メンフィスでBC2紀に開かれた宗教会議の布告を書写したものとされるロゼッタ・ストーンや古代ギリシア・アテナイのパルテノン神殿を飾った彫刻パルテノン・マーブル、ルーブル美術館(写真中上)が所蔵する古代エジプト時代の貴重な天文図デンデラの黄道帯など26の遺産。

 国際会議が開かれた背景には、原産国が急速に経を遂げ、その声を現保有国の欧米諸国も無視できなくなったという、世界構造のパラダイムシフト、その時代や分野で当然のことと考えられていた認識や思想など社会全体の価値観が革命的もしくは劇的に変化したこと、にあると専門家は解説。

 番組は、鑑賞客で賑わうエジプト考古学博物館を映す。
 悲しくもそこにあるのは、ロゼッタ・ストーン(写真中下左)のレプリカ。原産国のエジプトにとって屈辱以外の何者でもないことは容易に理解できる。

Photo_7 Photo_8  画面は他にも、古代エジプト王ファラオ、ツタンカーメン母、ネフェルティティの胸像(写真中下右)を紹介する。
 この、謎を秘めた未完成の美しい胸像は、1912年ドイによって発見、今、ベルリン国立博物館が所蔵しているが、エジプトと100年に亘り所有権を争っていると言う。
 また、ロゼッタ・ストーンデンデラの黄道帯など、エジプ眠れる文化を発掘、解読したのはフランス。

 先史文明が残した財産、文化遺産は、人類共通財産なのか、それとも、原産国固有の財産なのか?と、番組は問う。 

 ベルリンで観光客の人気が高く、何時も混んでいるペルガモン博物館。
 ここが展示するゼウスの大祭壇(写真下)や古代バビロニアイシュタール門などに至っては、差し詰め奈良の大仏殿と南大門が根こそぎ移設されたようなもの。よくぞここまで持ち帰ったものと、良くも悪くも感心しないでもない。
Photo_9 また一方では、今ここにあるからこそ、この遺産の原形を留得たのだとも思え、それぞれの主張に一理があって難しい。

 ユネスコが、原産国現保有国の仲立ちをしているが、この年間で返還が実現したのは僅か5件と番組は結んだ。
ち なみにわが国は、原産国であり現保有国でもあって、曰く言難い立場にあるようだ。                                                       

 ところで、貴方は、どちらの主張に与されますか?

 返還リストに一番多く財産が並んだのが大英博物館とか。
 私たちも3回ほど訪れたが、人気のエジプトブース、小学生老人まで多くの鑑賞客で何時も溢れ返っている。
 この大英博物館、入館料が不要で、ドネーション・寄付で運営というのが幾らかは救いか?
 小ブログ、おかげ様で150回。ペトロ 少し浮かれて、随分と長くなってしまいまし

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献茶式

2010年05月17日 | 宗幸雑記

 何十年ぶりという好天に恵まれたゴルデンウィーク。

 その連休が終わった翌々日の7日、絶え間なく雨が落ちる生憎の空模様だったが、茶道のお仲間と奈良の法華寺に出かけた。

 Photo_7奈良は今、平城遷都千三百年祭で様々な行事が行われている。
 法華寺では、光明皇后千二百五十年大遠忌法要が執り行われ、裏千家お家元が献茶された。

 降りしきる雨の中、お御堂の前に特別に設えられた舞台で、古式に則った舞楽が奉納された後、声明が静かに響くなか、厳かに二椀を献じられた。

 私が茶道を好きになったのは、遠い昔のこと。
 お茶をいただく時、茶碗を二度廻す所作に意味があることを知ったからだ。

Photo_6  人間にも身体の前と後ろがあるように、茶碗にも正面という表の顔がある。

 その、お茶碗の一番良い顔の正面でいただくのは神仏。
 だから、私たちは敬虔な気持ちで、正面でいただくのを遠慮し、二度ほどお茶碗を廻し正面をはずす。

 廻すことで、私もお相伴させていただきますと、一杯の抹茶を感謝しながら、神仏とともにいただく感覚がよい。

 日曜礼拝、ミサの最後に神父から、「キリストの体」として与るホスチア(聖体)とワイン(聖血)。
 それにも似た感覚があって面白い。

 面白いといえば、茶道は、陰陽にもとづき道具を置くことが多く、一つひとつの所作にもその陰陽と関係がある。
 そのことについては、また、別の機会に書いてみたい。(

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人の振り見て ‐ 言葉

2010年05月14日 | 本/図書館/言葉

 老い、誰しも避けて通れない道。
 秦の始皇帝、不老不死を得るため仙人を探し求めたというが、うべなるかなと思う。

 権力にしろ、富にしろ、持てる者ほど老いえ難いものなのだろう。
 もとより、どちらにも無縁につき、実感は持てないが。

 Photoところで、ホモ‐サピエンスなる生き物、長らえるほどに、つまり、歳とともに気が長くなるの? それとも、堪え性がなくなるの? と、考え込んでしまった。

 過日の朝日新聞 「声」 欄、こんな投書があった。
 題して、“
5分、10分をなぜ待てないか ”

 曰く、“ スーパーのレジで70歳くらいの女性大声でレジ係りに向って、『よくそんなんでレジが務まるな。さっさと計算せんかね』といい、さらにATMの前で列をなし待つ人の姿を引き合いに、人は見守る、待つということができなくなったと続け、昔はデートでさえ手紙で日時を決め、会える日を楽しみに幾日も過ごしたものだ ” と、結ぶ。

 Photo_2投書を読んで、デートの約束のことはいざ知らず、冷水を浴びせられたよう。
 斯くいうペトロ 瞬間湯沸器が遠慮するほど気が短く、何時か知らず、この投書のような姿を晒しているのではないかと。

 必ずくる老い、ならば美しく老いたいと思う。
 が、それもし成らずとも、せめて傍目に惨めな姿を晒すことなく・・・と、カタリナ と戒め合う、
いい歳をして・・・と、蔑みを受けないがためにも。

 あらためて、「人の振り見て我が振り直せ、ということね」である。
 些か手垢にまみれてはいるが
、この言葉、何と示唆に富んでいることか。

 徒然草の兼好風に言えば、美しく老いるも否も、「重ねた歳の質(Quality)によりて、量(Quantity)にあらず」ということだろう。となればペトロ、今からでもまだ間に合う、かな? 
 (写真下は、本文と関係が有りません。)

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晴れ女?

2010年05月12日 | 日記

 この連休、穏やかに晴れた日が続いた。
 ところが、連休が明けると掌を返したように雲が厚くなり、7日の金曜日は雨の神様がそれまでの鬱憤を晴らすかのように張り切り? 所によっては底が破けたように降ったらしい。

 カタリナ 生憎の雨もものかは、稽古仲間の皆さんと奈良の茶会に出かけた。

 Photo_4習い事でもスポーツでも、道とつくものにとんと造詣がないので、その辺のことは彼女が何れ綴るとして、実は彼女、「晴れ女なのを自認して憚らないのだ。

 外国にしろ、国内にしろ、ちょっとそこまで程度のとこにしろ、外出の際、それまで降っていた雨が、「あれっ!」と思うことが、確かにあったような?

 何時ぞやのローマ、ヴァチカン博物館へ行こうとホテルを出た時、バケツの底が破れたようにふっていた雨が、サンタンジェロの辺りから薄日が差したことがあったが、「ねっ、上がったでしょ!と自慢気に口にされると聊か面憎くなる。

 ところが最近、少し違ってきたかのように思えるのだ。
 と、言うのは、彼女、お茶のゼミナールを受講していて、そのゼミの日は当然に和服で、しかも始まる時間が早く、ペトロが鼻ぼこ提灯で白河夜船を漕いでいる頃から、姿見の前に立っているようだ。

 Photo_3最近、このゼミナールに限らず、お茶会などで彼女が和服に袖を通すと、面白いと言えば悪いが、不思議に雨が降るような気がする。

 やっさもっさの仕度が整い、彼女が出かける頃にようやく目覚めるペトロ

 パジャマ姿で腹を掻きながら玄関で、生来、寡黙?ゆえ多くは言わないが、「あれ、雨? 気をつけて行っといで! 晴れ女さん」などと口走り、誰かさんを悔しがらせるのである。

 という訳で、今朝(火曜日)も雨コートを羽織り、「遅刻だあ!」と、あたふたと出かけた。
 それでも大好きなお茶のこと、嬉しそうに出かけたのは言うまでもないが、見送るペトロ、「うひぃひ・・・と、ひとりほくそ笑むのである。

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Mother's Day

2010年05月09日 | 

 遠くに住む子供たち。
 日頃、自分たちのことにかまけ、お互いに無沙汰になる。

 その子供たちから土曜の午後、嬉しくも花が今年も届いた。

 Photo_27 Photo_29

 そうか、明日は、「5月の第二日曜日」だったんだ、と思い出すような始末。

 もともと、西洋の行事だったらしい母の日
 「母への感謝を表す日として、戦後、米国からキリスト教を通じて伝わったらしい。」と、ペトロ がうんちくを語りながら、なぜか羨ましそうにみえる。

 折から、その日の午後、月一回のお花の稽古日でもあった。
 さつき梅、芍薬を活けたのだが、そんなこともあって狭い我が家、さながら花の日のようになってしまった

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 身近に花があると、やさしくなれる。
 やさしい心を持った子供たちを贈ってくれた神様に、むしろ感謝する日でもある。

 花に囲まれそんなことを思っている、少し朝曇りの日曜の朝である。 (

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