ペトロとカタリナの旅を重ねて

あの日、あの時、あの場所で
カタリナと歩いた街、優しい人たちとの折々の出会い・・・
それは、想い出という名の心の糧 

それでも行く? ‐ 3月がゆく

2015年03月30日 | 季節/暦

 毎年、お彼岸の中日(3/21)は、お天気が愚図ついたような憶えがある。
 今年は、ぽかぽか陽気に恵まれ、お受験さんは別にして春休み前の休日をご家族揃って楽しまれた方も多いと思う。

 斯く言うペトロ も所用で外出、序に市庁前広場で介護のNPO法人等が主催するバザーを少し楽しんだ。

 カタリナ が、ガラシアから帰宅して暫く、訪問看護センタにお世話になったことなどを思い出し乍ら、中学生の可愛い女の子の英語落語を拝見? 平和っていいなあとつくづく思った。

   

 平和と言えば、世界の各地から紛争やテロのニュースが途切れることなく届く。
 最近では、チュニジアの首都チュニスのバルドー博物館で、痛ましくも無差別テロ事件が。

 プーチン大統領が、クリミア併合に際し核兵器の準備も視野にあったと、おおよそ世界の指導者らしからぬ発言もあって唖然。
 旅客機の事故、直近のジャーマンウィングス航空のそれは事件と表現すべきだが。も、頻発しているようで物騒で仕方がない。

   

 五月の黄金週間を前に計画中の方もあると思うが、それでも海外に出掛けますか? と改めて問われれば、少し思案・・・を、が大方の感覚だろうと思う。

 そんな中でのサンクトペテルブルク行、初めは、may be でき得れば? 程度の思いだった。
 キャンセルしなければならないようなことになっても、それもまた仕方ないかなと思っていた。
 が、ヴィザの取得やホテルなどの予約をするうちに、must be ねばならない! そんな思い詰めたような気持ちになってしまった。

   

 外務省の渡航情報では、ロシアもチュニジアと同レベルらしい。
 宝くじでも旅券に挟んで行けば、滅多なこともないだろう・・・と、能天気に構えてもいるのだが。

  毎年よ彼岸の入りに寒いのは  (子規)

 母が呟いた言葉をまま句にしたことで知られているが、何やかや、様々な思いを残して弥生・三月もゆく。
 さて、こちらでは各地から花の便り盛んだが、「桜」は次号に譲って、名残の「椿」からお届けしたい。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.952

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メルクへ ‐ ドナウの旅(Spin off 2)

2015年03月27日 | ドイツ/オーストリア

 舌を噛みそうな長い名のニーダーエスターライヒ州、その州都でバロック建築の町とも言われるらしいザンクト・ペルテン、意外と大きな町である。

 ドナウ川流域で最も美しいとされるヴァッハウ渓谷、点在する町々ではワイン造りが盛んとか。
 かつて十字軍の遠征路だったことや、ワインの大消費地ウィーンが背後に控えていることもあって発展したと、旅の案内書にあった。

   

 話は前後するが、ドナウ川クルーズの終点の町クレムス、少し歩くと大きな教会に出会い驚かされます
  献灯をするカタリナ、何を祈るのでしょうか?

 乗り損ね?もまた楽しからずや、次なるリージョナル電車でメルクに向かった。

 * カタリナの独り言 〔写真帳・アルバムのメモ書きから〕
 今度はしっかりと時刻とホームを確かめ待ったよ、平日なのにホームで待つ人は若い人が多いの
 検札の車掌さんに、「メルクは何番目?」と訊ねると、彼、指を折りつつ「サード」と教えてくれた (

 抜けるような青空の下、長閑に広がる田園地帯を10分も走るとメルクに着いた。
 メルクは人口5000人ほどの小さな町、駅舎の前からは小さな谷越しに建物が聳えているのが見える。

    

  降りる人とて疎らなメルク駅のホームでカタリナさん、珍しくポーズを取ってくれました
  駅前から坂道を一旦下り、登り道に差し掛かると、丘の上に鮮やかな黄色の壁の修道院が見えます
 ♪ 坂を登り切れば立派な門構えの建物が迎えてくれ、「えっ、これ修道院なの?」と、驚かされます

 * 序にペトロも独り言
 
修道院といえば、ローマ郊外の<スピーアコ>に象徴されるような鄙なイメージを勝手に持っていた
 が、この修道院、その「でかっ!」さにたじろがされる思いも (

 10世紀から13世紀中頃まで、ハプスブルク家に代わられるまでオーストリア公国を支配したバーベンベルク家。
 そのバーベンベルク家のレオポルド1世が、11世紀にヴェネディクト派の修道院をここに建てたという。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.951

 前号、ドナウの旅(Spin off)へは、<コチラ>から入れます。

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雨の日に

2015年03月25日 | 日記

 先週の日曜日(3/15)の朝こと、新聞を読んでいたら滅多に架ることのない人から携帯に着信。
 驚きつつも耳に当てると、LINEなどのSNS、ソーシャル・ネットワーキング・サービスに類する相談のよう。

 調べてみるとは返事をしたが、まあ、酔狂如きでは梃に合う話ではない。
 つらつら思うにわがブログにも、Facebook と Twitter のアイコンを goo が張り付けていることに、今になって気付く程度だから押して知るべし。

 で、聊か詳しくもある娘に電話してその仕組みなどを聞いたもののチンプンカンプン、逆に、「どうしたの、今頃?」と訊かれ、「いやなに、どんなもんか知りたくて」と、我乍ら訳の分からない返事。

 それは兎も角、娘と近況を交々語り合い、晩い昼飯を喰ってのんびりしていたら 今度は息子が、「R君はボーイスカウトの親子会、I 君は祖母宅へ」と、独りで訪ねてくれた。

 折悪しく雨も降りだした休日の午後、のんびりと近況などを話していると、この日の朝日のタブロイド紙、「GLOBE」のことが話題に。

 その日のメイン記事は「バチカン」。
 1300年ぶりに欧州以外から選ばれ、バチカン市国の行政改革を目指す庶民派法王フランシスコ教皇の横顔を興味深く読んだ。

 そんな折、政治的にニュートラルのカトリック中央協議会が、“ 平和を実現する人は幸い ~ 今こそ武力によらない平和を、との『戦後70年司教団メッセージ』を発表、ローマ法王に手渡す ” と、同じく朝日が報じた。

 先の大戦を肯定した苦い経験から、最近の政治が、“ 特定秘密法保護法や集団的自衛権の行使容認によって事実上、憲法9条を変え、海外で武力行使できるようにする今の政治の流れと連動している ” との思いがあるとも。

 時ならぬ春雷に驚かされた彼岸の入り(3/18)の夜。
 同協議会のHPのメッセージを読み乍ら、わが国で僅か44万人ほどのマイノリティ、いかほどの力があろうかとも思うが、やはり、過ちがあるとなれば発信しなければならないと思う。

 と、思うと同時に、一人の為政者の思惑に巻き込まれていくこの国の行く末を思った。

 昨日(3/24)の誕生花の「辛夷」、蕾が開く直前の格好が子供の握り拳に似ているのが名前の由来とか。
 その花言葉は “ 信頼 ”、大人はこの国の未来を託す子供たちの信頼を裏切ってはならない、と思う。

 キーボードを叩いていたら、「珍しく真面目に書いているので、雷さんも驚いたのかしら?」と聞こえたような。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.950

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続・毎年の春 ‐ 想い出のカタリナ

2015年03月23日 | 想い出のカタリナ

 日本人なきが如くの春場所、筋書どおりに千穐楽の柝(き)が入り、春はセンバツからとも言われる高校野球も始まった。
 土曜(3/21)は彼岸の中日だったが、キリスト者が二十四節気や雑節ばかり書いていては笑われるかも?

 カトリックでは春浅き頃に「四旬節・レント」(2/22~)に入り、「四旬節第5主日」(3/22)も過ぎれば、翌週は「受難の主日/枝の主日」(3/29)、教会や信徒にとって大切な行事が並ぶ。
 そして、「聖なる過ぎ越しの三日間」(4/2~4/4)を経て、「復活の主日・イースター」(4/5)を迎える。

    

 前号でこの時季になれば同じようなことを投稿、才もなければ芸もないと零(こぼ)したが、今号も変わらないようだ。

 零し序に、彼岸の入りの前日(3/17)、春を飛越したかのような陽気に誘われ散歩に出た。
 香櫨園駅近辺、酔狂が知る限りただ一本の「藪椿」、蕾も疎らだったが中に数輪顔を覗かせていたのでカメラを・・・、あっ、<この花>のことも、カタリナ が投稿してたっけ?

    

 ところで、これも常套句で知恵がないが、歳月の行くのは早いもの、彼岸の中日で逝って500日になった。
 寂しさはいっかな薄れないが、車椅子の彼女とガラシア病院の<チャペル>(左)でミサに与った日が懐かしくもある。

  病院に聖堂ありてイースター (高濱年尾)

 そして、彼岸明けには再検査・・・、Netで買ったエルミタージュ美術館の<ヴァウチャー>(右)、「また、無駄になっちゃった」なんて零すこと、よもやないとは思うンだけれど。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.949 

 

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毎年の春 ‐ 想い出のカタリナ

2015年03月20日 | 想い出のカタリナ

 明日(3/20)は春分の日、お彼岸の中日。
 常套句のようで芸がないが、“ 暑さ寒さも彼岸迄 ”、彼岸の入りを前に納まりの悪い空模様が続いていたが、これからは日いちにちと温かくなるのだろう。

 気になっていた確定申告、提出期限(3/16)間際の先週末に漸く提出した。
 こんな年寄りから、さらに幾許か払えというような酷薄なこともなさらないだろうと思っていたら、薄い年金から否応なしに源泉された額と納めなければならない額が、私算だがほぼイコールのような塩梅。

    

 独居老人酔狂、配偶者控除は言うに及ばず鰥夫(寡夫)控除もなく、年初のイレウスの入院騒ぎの折の医療費、僅かなユニセフへの寄付金と保険料控除しか認めて貰えないようだ。
 が、社会保険制度に守られながら安穏に暮らせるのも、多くの方に支えられて・・・と、感謝の他ない。

 ところで、「また!」と、うんざりされる向きもあろうが、「洋蘭」の一株が花弁を綻ばせてくれた。
 咲いてくれたのは嬉しいが、剪って<ガラシア病院>に運んだこと、昨日のことのように思い出され遣るせなくもある。

    

 ところで、その洋蘭と競うかのように「春蘭」が幾つもの花を付けてくれた。
 この春蘭、カタリナ がお仲間から頂き大切に可愛がっていたもの、寒い冬を越してくれたのが嬉しい。

  春蘭の一鉢を先づ病床に (高濱年尾) 

 ここまで書いて、そう言えば昨年もこの時季、この<ふたつの花>のことを投稿したのを思い出し、冒頭の慣用句同様、毎年、工夫もなく投稿する厚かましさに呆れないでもない。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.948

 

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なんだ?‐ ドナウの旅(Spin off)

2015年03月18日 | ドイツ/オーストリア

 お天気からそっぽを向かれたブタペストへの旅中旅行からウィーンに戻った翌日。
 久し振りに晴れた空をホテルの窓から眺め乍ら、「メルク修道院に行こうよ」と言いだした。

 オーストリアを流れるドナウは360キロにもなるという。
 その中で最も美しいと言われているのが、メルクからクレムスに至る全長36キロにおよぶヴァッハウ渓谷。

 ウィーン西駅からザルツブルグ行インタシティ―に乗った。
 この日は二等車、おばあさん一人のコンパートメントに、「OK?」と訊き座わる。
 分岐のザンクト・ペルテン駅までは40分ほど、発車して暫く女の子が「OK?」と断りながら入って来た。

 *カタリナの独り言〔写真帳・アルバムのメモ書きから〕
 この若い女性、二の腕にタトーが彫ってある
 国民性の違いなのだろうか、それともこのこの娘さんの個人的な事情なのか分からないが、少し驚いた
 絶えることなく携帯電話で喋っているのは何処の国も同じ、少し可笑しくなった 

 検札の車掌さん、殆ど聞き取れないが、メルクへはペルテン駅でクレムス方面行に乗り換え、時間がないので早くしろよ、と教えてくれているようだ。

 予定通り1時5分にペルテン駅着、少し蓮っ葉に見える娘もこの駅で降りた。
 クレムス行は11時11分発2番ホームa、既にホームには電車が待ってい、5分ほどあるのでカメラを呑気に構えていた。

 撮り終えて乗車したものの11分を過ぎても発車しない??
 乗客の女性に訊ねると、「イエス ジス トレイン ゴー ツー ヴィエンナ」と言う。
 このおばさん、「久し振りの英語で緊張するわ私、ホホホ・・・」なんてカタリナに言ってたらしいがウィーン?一体どういうこと!

 カタリナがホームの青年に訊ねるには、メルクへは2番ホームのa、この電車は同じホームのbで25分発のウィーン行、なんとまあこんなことのよう。

 二つの電車は背中合わせに停まってい、発車時間になれば左右に別れる仕組みらしい・・・のだが、えっ、常識なの外つ国ではこんなホーム? 旅の案内書「地球の歩き方」には書いてないもん!

 次の電車は30分後、負け惜しみ半分、お陰様で舌を噛みそうな長い名の州、その州都でバロック建築の町とも言われるらしいザンクト・ペルテンをちょっぴりだけど楽しめた。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.947

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電子辞書 ‐ 想い出のカタリナ

2015年03月16日 | 想い出のカタリナ

 カタリナ が遺したもののひとつに「電子辞書」がある。
 自分の趣味のことで、あれ欲しいこれ欲しいが殆どない人だったように思うが、これだけは例外だった。
 要る物、その殆どが和服などを含めお茶に関するものだったが。は、自分でさっさと手当していたようだ。

 和服と言えば帯締め、東京・上野の不忍池の近く、組紐の「<道明>」が贔屓だったようで何度かお付き合いをさせられた。

 その道明さん、今も毎月お手紙を下さる。
 中に原糸を用いた色見本票(上)が同封されてい、それを集めるのを楽しみにしていたようで、この稿を書くに際して数えてみればざっと200枚ほどにもなっていた。

 話はそれたが、この辞書、多種多様な辞書・事典が収録されていて勉強などに役立つ、というのが彼女の主張。

 ペトロ、自分の物差しで測って曰く、「この手のものはPCで間に合う・・・」と。
 が、「別に買って貰わなくてもいいモン」と開き直られ、挙句、「よければ一緒に来てもいいよ?」と連れていかれたのが大阪駅裏?のYカメラ。
 一体、「何時間かかるんや?」と思うほど店員さんに質問を繰り返す彼女に呆れ乍らも、「ビール、驕って上げる」の甘言に釣られて辛抱強く待ったことを憶えている。

 その後、勉強や手紙、新聞や読書の最中に、また、海外旅行にも連れて行ったりで重宝していた。

 話は今に戻って、先日、手紙を書いてる最中にど忘れした漢字があって、これもまた彼女が愛用していた「用字便覧」で探したが見つからず、PCを立ち上げるのも面倒で、電子辞書があったことを思い出した。

 ところが、いざと思ったらうんともすんとも、そりゃ当然だよなあ1年以上も充電していないんだから。
 充電器は・・・と、ガラシア病院へ運んだような気もするんやけれど、一体何所へ?と探したが見つからない。
 で、アウトプットが近似値の別の充電器で何とかその場は賄った。

 使ってみるとこれが便利、スマホより使い勝手が格段に上、知りたい漢字や意味、英単語と発音、百科事典などさくさくと出てくる。何より、煩わしいCMがくっ付いてこないのがエクセレント!

 何かと心細くもあるサンクトペテルブルク独り行、ご一緒するのもいいじゃないかと思っている。充電器、何とかしなくちゃいけないんだけれど。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.946

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即製写真撮影箱?

2015年03月13日 | 日記

 締め切り間近の確定申告もほったらかしに、ホテルの予約など旅の準備をぼそぼそとしている。

 以前にも書いたが大国ロシア、旅をするには結構、厄介な国のように思える。
 話は大袈裟だがこの厄介さ、日露戦争(1904)からスターリン(1878-1953)あたりに遡ると思うンだけれど、どうなんだろう?
 面倒な手続きが未だに要るのは、国民は別にして国同士がお互いに信用できんと思ってるんだろう、多分。

 この国のヴィザ・入国査証(上/13年に取得したが未使用)を取得するには、招待状?なるものやホテルのヴァウチャーなどが要るという。
 個人で申請する場合には、空のヴァウチャーなどを発行してくれる旅行社などがあるらしいが、素人の酔狂にはとてもできない相談のようだ。

 前に依頼したユーラス社の女性スタッフが親切だったので頼もうとしたら、大阪営業所が昨年末で閉鎖されていた。
 需要がそれほどなかったのだろうか、それともNETで遣り取りをする時代、わざわざ地方に事務所を構えることもないのかも。

 話がそれたが、査証の取得のため写真を添えて旅券を旅行社に預けなければならない。

 で、写真、旅券更新時に撮った余りがあるはず、と思い探したが、前の取得時に使ってしまったのか見つからない。
 他には?とがさごそしたら、若かりし頃の証明用写真が何枚か、前号の冒頭言じゃゃないが、その若さに目を丸くした。

 それはさておき、件の写真だが、JRの駅前に即製写真撮影箱?がある(った)ので撮りに出かけた。

 さらに話がそれるが、ポルトガルの<ポルト駅>、アズレージョ・絵タイルの美しい駅舎だったが、そこにフジフィルムのこの箱が置いてあって驚いたことがある。

 話を戻して、駅前のその箱、コインロッカーに代わってしまっていた。
 箱の周りが吸い殻のポイ捨て場になってい、箱も余り利用されている風にもないので撤去すればいいのに、と思っていた。

 最近では、スマホで自分撮り、それをコンビニに持ち込むと即座に証明用に印刷してくれるとか。
 旅行社も写真箱も、需要が少なくなれば撤退するのは当然としても、なくなると不便・・・で、われ乍ら勝手な奴だと思わない訳でもない。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.945

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御仕着せ

2015年03月11日 | 日記

 駆け出しの頃から仕事盛り、あったンですよ酔狂にも。に、かけてのこと。
 顔は別と言うより論外として格好、背広やコート姿は結構似合っていたと思っていたんだけれど。

 ところが、着る物、身に纏う物、悉皆、似合っていないような・・・、そんなことを最近になって気付いた。
 似合わないのはてっきりジャケットやセータなど、服の方に理由があると思う厚顔さ、自惚れもここまでくりゃ立派なものだ。

 老境にもなれば似合わなくなるのも当たり前、人間、と言っちゃ大括りすぎるが、浅ましきもの、自分がその範疇にいるとは認めたくない、認めたがらないだけだった、と漸くにして自覚したようなことで。

 まあ、交差点では信号の点滅に追い立てられ、エスカレーターにはさっさと乗れず、顔や手には染みが浮き、まるで歩く加齢臭みたく? 歳を重ねるとは、斯くも情けないことかと思い知らされる日々。

 だけど、ポケットに手を入れ背中を丸めて歩きたくはない、老爺と雖も矜持だけは持ちたいと思っている。
 終戦前後の世相暗き時代の産、落ち着きがない世代とか何とか貶されようとも、胸を張っていようじゃないか・・・と。

 とどのつまり、外装変えたって中身が貧しければ、どんな高価な物を纏ったって似合うべくもないンだよね。

 と、ここまで書いた夜(3/6)のこと。
 その日の衆院予算委員会で、“ 短期間に制定された憲法、戦後70年経って合わない部分もあり、改定すべきだ ” と、安倍総理が発言したと報道ステーション(TV朝日)。

 それに対しコメンテーター氏が、“ 戦後、世界の中で唯一、国として一人も殺さなかった平和国家日本、その因って来たるものを変えなければならない理由を国民の前に明確にすべき ” という主旨のことを話していた。

 国としてのプレゼンスを酔狂の服如きと同じにしてはいけないが、「似てやしない?」と笑ってしまった。

 今日もお友達の公明くんと、「お仕着せはやだ、米英くんや独仏くんと同じ服が欲しいの!」と、駄々を捏ねる信三坊ちゃん。
 今の服、暑さ寒さに聊か難がない訳じゃないけど、「ご近所の亜細亜ちゃんは品があって大好きと言ってるでしょ!」と、戦後レジューム家のパパとママ。

 さて、苦労知らずのお坊ちゃま達、余りにも五月蠅いんで買ってあげる?それとも、甘やかしては本人のために・・・、あっそうだ、<70年前当時お仲間>だったメルケル叔母さんが来日したので訊いてみよう!

 サクラソウ科の 「プリムラ」、衣装を何枚も持っているみたい、で、「オブコニカ」と 「ジュリアン」だって。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.944

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明けぬ夜

2015年03月09日 | 本/図書館/言葉

 大昔のこと、 “ コレラが怖くて死んでしまった ” が、口癖の人文地理の先生がいた。
 彼が授業で、何故この引用を好んだのかは憶えていない。
 が、多分、一度使ってみたら受けたので、以来、惹句のひとつにしたんじゃないか、と思う。
 卒業アルバムの寄せ書きにまで書くほどだから、余程気に入っていたのだろう。

 落語の落ちを解説するようで野暮だけれど、“ 実態を見極めずしてあれこれ騒ぐな ” とでも解すればいいのだろうか?
 まあ、それぞれにご解釈頂ければいいのだが。

 意は少し違うけれど、“ 止まない雨はない ” とも “ 明けぬ夜はない ” とも言う。
 イギリスの劇作家<シェイクスピア>(1564-1616)の「マクベス」に、“ どんな悲しい夜でも、辛い夜でも時間ともに東の空が明るくなる ” という台詞があるんだそうだ。

 余談だが、文豪、誕生日と命日が同じ日(4/23)だとか。
 ちなみに、イタリア盛期ルネッサンスの三巨人のひとりで聖母子の画家ともされる<ラファエロ>(1483-1520)も同じ日(4/6)だったらしい。

 話を戻そう、“ どんな辛いこと悲しいことでも、あれこれと嘆かずに冷静に受け容れれば乗り越えられないことはない ” ということだろうか?

 何時ものこと乍らの回り道、“ 伝えたいことは追伸にある ” という迷句?を借りれば、悲嘆にくれてばかりではカタリナ も喜ばないだろう・・・と。

 で、<尻を蹴っ飛ばして>貰って、世間の多くの方が楽しまれるであろうゴールデンウィーク。
 その黄金週間が明けての閑散期に、ドイツ経由でサンクトペテルブルクへの特典航空券を確保(上)した。

 ただ一度、鞄の底に仕舞った曰くのある<このプラン>、再検査の結果次第でまたもや・・・かもね。
 鬼さんが笑うほどではないがかなり先の話、その頃、彼の地では明けぬ夜ならぬ暮れぬ昼、白夜が始まるらしい。

 いつぞやアップした、「<金盞花>」(きんせんか)、斯くやあらんと、今盛りなり。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.943

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