ペトロとカタリナの旅を重ねて

あの日、あの時、あの場所で
カタリナと歩いた街、優しい人たちとの折々の出会い・・・
それは、想い出という名の心の糧 

平和っていいね ‐ 3月がゆく

2016年03月30日 | 季節/暦

 先日、近くのCooPを覗いたら、「なんとまあ!」とかなり呆れた。
 こんな御大層に書き始めるほどのことじゃないけれど、卵焼きやオムレツなど卵を素材とする惣菜が陳列台に並んでいた。

 そこまでは何てことない日常の景色、驚いたのはパックに貼られたラベル、そこにはイースターオムレツ、イースター卵焼きなどとあった。

 そう、週初(3/27)は、カトリックにとって三大祝日のひとつ、<イースター・復活祭>だった。

 お相撲さんみたくな体躯で女装した人が、「ハローウィンの次はイースターらしいけれど、なにすんだろう?」とTVで話していた。
 ほんと、どんな風に大騒ぎをなさるンだろうと、興味がなくもなかったが、TVニュースでは何も報じられず、そうだよなアと変な納得感も?

 イラク、シリア、トルコなどイスラム教の国はもとより、パリに続いてベルギーでも、テロリストが無辜(むこ)の市民に犠牲を強いている。

 それに比べて日本、鰯の頭(かしら)もあればイースター・エッグも、信条や由来など委細構わず和洋取り混ぜなんでもござれの融通無碍。
 そんな国民性、嫌いじゃないのが自分でも可笑しいけれど、つくづく平和なンだなアとも思う。

 春になれば<一人旅ツアー>と思っても、これじゃなかなか腰が上がらない、テロに屈するようで癪だが。

 もう直ぐ一年になるが、<サンクトペテルブルク行>、欧州の空港の搭乗検査、NYの<同時多発テロ>以降からさらに厳しくなっているのを実感。

 その09年当時は、感知器を潜り虫眼鏡の親方みたいな器具で服の周りを触れられる程度だったが、一年前では、X線の壁に向かって両手を上げて左向いたり右向いたり。

 加えて、むくつけき検査官に体中触りまくられた挙句、椅子に座って靴を脱ぎまた触られ、鞄をそっくりさらけさせられた。
 今じゃもっと厳しくなっているかも。

 関空の最近の様子は知らないが、知る範囲では、外(と)つ国に比べりゃ検査なんてあってなきが如く、日本っていいなアとつくづく思うけれど、それも何時までのことなんだろうとも思う。
 折しも(3/29)安保関連法が施行、これから否応なしに日本も、紛争などに巻き込まれて行くのだろうなあ。

 紛争と言えば、後鳥羽上皇が鎌倉幕府に対して兵を上げたのが承久3年(1221年)の初夏。
 その承久の乱、僅か一月で敗れ佐渡へ遠流となった順徳天皇、“ 都を意味する色の紫の一茎の野菊を見つけ 「都忘れ」と名付けた ” と花の本に、そんな花のいわれひとつとっても、日本っていいなあと思う。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1113

コメント (1)

ジョルジョーネ ‐ アルテ・マイスター(11)

2016年03月28日 |  ∟ドイツの美術館

 ※ ドイツ/ドレスデン国立美術館編 ‐ 中欧美術館絵画名作選(14)

 古くはウフィッツイ美術館、新しくはルーヴル美術館で、盛期ルネサンス・ヴェネツィア派最大の巨匠<ティツィアーノ>(1488-1576)を何度か投稿した。

 少なくとも小編では、色彩の錬金術とまで呼ばれたティツィアーノの作品を投稿する都度、引き合いにしたと言っても良い、ある意味で不幸な画家がいる。

 そのティツィアーノの陰に隠れる?ような画家人生を送ったのは、同時期の画家ジョルジョーネ(1477-1510)。
 聊か馴染が薄いのは、寡作なうえに32歳の若さで世を去った所為かも知れない。

 彼は、初期ルネサンス・ヴェネツィア派の確立者ジョヴァンニ・ベッリーニ(1433-1515)の工房にて学んだが、そこでの弟弟子がティツィアーノその人であった。

 ちなみに、ベッリーニの名を聞いて、難解な 「<宗教的寓意>」(ウフィツィ美術館蔵)を思い出される方もあるのでは?

 そのジョルジョーネの傑作 「眠れるヴィーナス」(上)が今回の作品。

 彼には未完作品が多く、本作も発見時は未完だったとされてい、後にティツィアーノが、背景、そして、後世に塗り潰され今は見ることのできないキューピッドの姿を描き加え、完成したとされている。

 ジョルジョーネは本作で、神話、つまり、想像の中にこそその美しさが存在していることを示すように、 穏やかな表情で眠りにつくヴィーナスを柔らかい曲線と色彩で描いている。

 それに対しティツィアーノ、本作から30年ほど後 「<ウルビーノのヴィーナス>」(下/ウフィツィ美術館蔵)で、ヴィーナスを完全に目を覚ました姿で、そこに結婚画としての寓意性、かつ、ある種の官能性を持たせ描いている。

 とまれ、ジョルジョーネの本作に端を発した、ヴェネツィア派の特徴でもある表現方法が、弟弟子ティツィアーノを経て、ロマン主義の画家ゴヤ(1746-1828/スペイン )や印象派の画家マネ(1832-1883/フランス )など、後世の画家らの裸婦像表現に決定的な影響を与えた、とされていることは間違いないようだ。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1112

 ※ 「続・ボッティチェリ ‐ アルテ・マイスター(10)」へは、<コチラ>からも入れます。

コメント

レジデンツシュロス ‐ ドレスデン散歩(2)

2016年03月25日 |  ∟ドイツの美術館

  ドイツ/ドレスデン国立美術館編 ‐ 中欧美術館絵画名作選(13)

 怪力の持ち主だったことから、アウグスト強王とも呼ばれたザクセン選帝侯フリードリヒ・アウグスト1世。

 この王の名前、ポーランド・リトアニア共和国の王としてはアウグスト2世、ザクセン選帝侯としてはアウグスト1世と少しややこしい。
 そのアウグスト強王の時代に建てられたのが、ザクセン王国の栄華を今に伝える 「ツヴィンガー宮殿」。

   
 ♪ 僅かに残る掘割に架る橋に続くのが宮殿のシンボル 「王冠の門」(左/中)です
 ♪ 中庭(右)でふたりの写真を撮ろうと悪戦苦闘、外国人が 「押してやろう」と助けてくれました

 ちなみに選帝侯とは、神聖ローマ帝国において、ドイツ王ないしローマ皇帝に対する選挙権をはじめ、他の帝国諸侯とは一線を画した数々の特権を有した諸侯のことだとか。

 そのツヴィンガー宮殿の噴水のある中庭を抜け、王の居城だった 「レジデンツシュロス・ドレスデン城」へ向かった。

  
  ザクセン王の居城、レジデンツシュロス・ドレスデン城への入口です

 ところで、この城の北東側に建つのが 「シュタールホーフ」。
 かつては、欧州最古の武芸競技場だったそうだが、この建物の100メートルほどの外壁に、ドレスデン郊外の古都マイセン、そのマイセン磁器2万5千枚のタイルで描かれたのが 「君主の行列」。

     
  数えた訳じゃないですが、歴代ザクセン君主や芸術家など総勢93名が描かれているそうですよ
 ♪ 歴代君主の絵の下部に名前(中右)が書かれています、最後尾はW.ヴァルター(右)だそうです

 アウグスト2世などに混じって列の最後尾、髭をたくわえた男が壁画制作者のW.ヴァルター自身だとか。
 彼に限らず芸術家諸氏、遊び心というか自己顕示欲がお強いようで。

 話はそれたが、その壁画 「君主の行列」、大戦で街をほぼ壊滅させた空爆から奇跡的に免れたといい、まあ、それだけでも一見の価値はあるのかな? とも思う。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1111

 ※ 「ドレスデン散歩」へは、<コチラ>からも入れます。

コメント

たかが朝飯

2016年03月23日 | 日記

 またその話、と呆れられるのを承知のうえだが、朝飯、それも米飯。が好きで食べないと機嫌が悪くなる体質、性格と言うべきか。カタリナ を随分と困らせたよう。

 鰥夫(やもめ)になって以来、術後遺症のこともあって朝食を抜く生活が続いた。
 で、一念発起、きちんと<三食を摂る>と決意したこと数えきれず、この繰り返しを愚と言わず何と言う。

 言い訳をすれば、朝食抜きに慣れて仕舞ったのか、摂ると胃と腸が重くなり塩梅が宜しくなく、生来の意思の薄弱さも手伝って何時の間にか<元の木阿弥>に。

 ところが、過日(2/5)の朝日に “ 朝食抜くと脳出血リスク3割増 ” の見出しがあってドキリ。

 記事には、阪大のチームが、“ 8県の45~74歳の男女約8万人を平均で約13年間追跡 ” したのだとか。

 その間、“ 脳卒中(脳梗塞/脳出血/くも膜下出血)を発症した3772人と、虚血性疾患(心筋梗塞/急性心臓死)を発症した870人について、朝食を 「毎日食べる」から 「週に0~2回」まで4段階に分類、その関連を調べた ” とある。

 その結果、“ 毎日を基準とした場合、週に0~2回は、脳出血を起こすリスクが1.36倍、脳卒中全体では1.18倍高かった。心疾患では有意差は見られなかった ” らしい。

 その脳出血などに限らず、ポックリと逝かせて貰えればもうそれだけで、と歳を重ねれば誰しも思うのでは。

 反面、生半可に生き残されると待つのは茨の道。
 昨今の<老々介護>の果ての悲惨な事件、「他人事じゃない」 「身に詰まされた」が大方の見方なのではとも。

 立春は過ぎたもののまだ寒かったこの日、行儀が悪いがベッドで記事を眺め、そんなあれこれを思う。

 そして、大仰だが 「摂るべきか摂らざるべきか?」、たかが朝飯されど朝飯、なンだよなあ!とも。

 ところで、介護といえば、久し振りの朝日歌壇(3/21)、

  会いたくて抱擁をしたこの人に 介護のために同じことする (日南市・宮田隆雄さん/永田和宏選)

 辛い介護も気持ちひとつ、この僕(やつがれ) にも、何となく甘酸っぱい、そんな日もあったような。

 夏っぽい名だが春の花 「金魚草」、鉢でパクパクと口を動かす金魚のおちょぼ口に似ているからだとか、ただ無心にパクパク・・・と、羨ましくもある。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1110

コメント

続・ボッティチェリ ‐ アルテ・マイスター(10)

2016年03月21日 |  ∟ドイツの美術館

 ※ ドイツ/ドレスデン国立美術館編 ‐ 中欧美術館絵画名作選(12)

 サンドロ・ボッティチェリ(1445-1510/イタリア/初期ルネサンス・フィレンツェ派)の二回目。

 今回の作品は、初期キリスト教時代のフィレンツェ司教聖ゼノビウスの奇跡を描いた、四枚からなる連作 「聖ゼノビウス伝からの四つの場面」。

 第一の 「聖ゼノビウスの洗礼と司教の務め」(上段/左)と第二の 「聖ゼノビウスの三つの奇跡」(上段/右)は、ロンドン・ナショナル・ギャラリーが所蔵。
 第二と同主題の第三 「聖ゼノビウス三つの奇跡」(下段/左)は、NY・メトロポリタン美術館が所蔵している。

   

 そして、ここアルテ・マイスターが所蔵するのが第四の 「聖ゼノビウスの最後の奇跡」(下段/右)。

 その主題は、ローマへ巡礼中のフランス人の母と息子、フィレンツェで息子が病気になり知人に預けてローマへと向かう。
 巡礼を終えた母親がフィレンツェへ戻ると、息子は亡くなったばかりだと知る。
 絶望に落ちた母親は、“ サン・ピエール・マッジョーレ教会へ行進する司教の所に息子を運び、甦らせてと懇願、司教が跪き神に祈ると生き返ったとされる ” という聖人最後の奇跡。

   

 本作でボッティチェリは、左部に、遊んでいた子供が荷車で事故死した場面を、中央部には、母親が聖ゼノビウスに死んだ子に会わせてと泣き叫び、その願いが叶えられて子供が蘇る場面を。
 そして、右部では、聖ゼノビウスの臨終で、祈りを唱えながら賛美している場面を表現している。
 何れの作品も小さいので拡大してご覧頂ければと思う。

 物語性のある連作と言えばボッティチェリは、四枚からなる 「ナスタジオ・デリ・オネスティの物語」を描いているが、07年<カミノ・ディ・サンティアゴの巡礼>の折、プラド美術館で第一から第三までに出会ってい、機会があれば紹介したい。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1109

 ※ 「ボッティチェリ ‐ アルテ・マイスター(9)」へは、<コチラ>からも入れます。

コメント

ボッティチェリ ‐ アルテ・マイスター(9)

2016年03月18日 |  ∟ドイツの美術館

 ※ ドイツ/ドレスデン国立美術館編 ‐ 中欧美術館絵画名作選(11)

 初期ルネサンスで最も業績を遺したフィレンツェ派の画家サンドロ・ボッティチェリ(1445-1510)。

 いきなり横道だが、今、東京都美術館で 「ボッティチェリ展」(朝日等主催/4月3日迄)が開催中。
 そこでは 「書物の聖母」(ミラノ・ペッツォーリ美術館蔵)、日本に唯一所蔵される 「美しきシモネッタの肖像」(上段左/丸紅社蔵)などが架っているとか。

 余談だが、ボッティチェリ、当時のフィレンツェの人々から La Bella = 美しき、と呼ばれたシモネッタ・ヴェスプッチの肖像画を、知る限りにおいてだが三枚遺している。

 そのうちの 「理想の女性像」(上段中/フランクフルト・シュテーデル美術館蔵)と 「若い女性の肖像画」(上段右/ベルリン・ゲマルデ・ギャラリー蔵)は、この中欧の旅でそれぞれ出会っている。

     

 話のそれ序に、東京の国立西洋美術館では 「カラバッジョ展」 (読売等主催/6月12日迄)も開催中とか。
 在京の知り合いからも、「ボッティチェリ展ともども観に来ない?」と誘われているのだが、例によって<決められない>僕(やつがれ)、二の足を踏んだままだ。

 それっ放しの話を戻して、そのボッティチェリの 「聖母子と洗礼者聖ヨハネ」(下段左)が今回の作品。

 ちなみに、ボッティチェリ、本作と主題も構図も、画題までも同じ 「聖母子と洗礼者聖ヨハネ」(下段中/ルーヴル美術館蔵)を描いている。

     

 本作らは、来日中の 「書物の聖母」(下段右)などと同様、“ 繊細でありながら古典を感じさせる優美で洗練された線描手法を用いる彼の技法 ” が、如何なく発揮されているのだとか。

 ところで、<聖母子の画家>ラファエロ(1483-1520/盛期ルネサンス)など、裸で描かれることが多い幼子イエスだが、ボッティチェリの作品では薄物を着けてい、同じルネサンスでも初期と盛期で宗教画に対する理解、受け止め方に違いが見て取れ、面白い。

 と、ここまで書いて、<理想の女性?>でも触れたが彼の描くところの女性、小編では聖母マリアとシモネッタが同じ顔に見えてしまうのはペトロ だけか?
 とまれ、何れの作品も小さいので拡大して、彼が理想とする女性、篤と御覧(ごろう)じあれ。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1108

 ※ 「続々・レンブラント ‐ アルテ・マイスター(8)」へは、<コチラ>からも入れます。

コメント

春は ・・・

2016年03月16日 | 日記

  雪こそば 春日(はるひ)(き)ゆらめ 心さへ 消え失せたれや 言(こと)も通(かよ)はぬ
 
  (万葉集九巻1782/柿本人麻呂歌集の麻呂が詠める歌)

 寒さ暑さも彼岸まで、明日(3/17)はその春のお彼岸の入です。
 ニュースの天気予報氏、関西でも最終週辺りには開花、月も明ければお花見頃と話していました。

 卒業式もこれから本番、春は別れと新たな出会いの季節でもありますねえ。
 サラリーマンのお父さんも人事の時期を迎え、今年辺りは・・・と思っておられる方、何かと気持ちが落ち着かない日が続いているのではないかと拝察します。

 サラリーマンには転勤はつきものですが、そこでは一喜一憂、悲喜交々、哀感もあるようです。
 中にはむしろ希望するような奇特な人もいるようですが、大概のお父さんにとってやはり一番辛いのは単身赴任でしょうか?

 外食チェーン店や終夜営業のコンビニなど、往時に比べれば随分と暮しやすくなったようです。
 が、やはり二重の生活は大変、仕事VS家庭、厳しい選択を迫られることも往々ですよねえ。

 ところで、表現は穏当じゃないかも知れませんが、こんなある意味で非人道的なこと、昔からあったようです。

 過日(3/12)の朝日夕刊の “ 万葉こども塾 ” に面白い話が載っていました。

 記事は、“ 天皇から単身赴任の夫と妻との贈答の歌を詠め ” と命じられた歌聖柿本人麻呂、まずは赴任中の麻呂さん、この麻呂、今の太郎ほどの言葉らしいですが、その麻呂が戯(ざ)れて詠んだとしたのが冒頭の歌、というようなことが載っていました。

 さらに、“ 雪だったら春の日に融けて消えてしまうけれど、なのにお前は心まで消えてしまったのか、便りひとつよこさないとは ”  との歌意に続いて、“ 優しさを覗かせ乍ら少し妻を牽制したのですが効果は裏目に ” と、ここまで進んで以下は次回に、とありました。

 せっかちな酔狂、悠長に次回を待っておれません。
 で、勝手に先に進めば、麻呂さんの妻、“ そんなに鈍感な人でもないでしょうに、京に行ったまま帰って来やしない、麻呂という人は、まったく、もう・・・ ” と、返したのが次の歌。

  松返(がへ)り しひてあれやは三栗(みつぐり)の 中上(なかのぼ)り来ぬ 麻呂といふ奴(やつこ)
   (万葉集九巻1783/柿本人麻呂歌集の麻呂の妻の返歌)

 ちなみに、松返りは鈍感の意の「しひ」の枕詞、三栗は中に実が三つあるので「中」を導く言葉だそうですよ。

 さすが歌聖、巧みなものですが、贈答歌から窺えることは昔も今も少しも変わらない・・・と、いうことのよう。
 とまれ、単身赴任のお父さん頑張って! 愛する家族が応援してるから、せっせとメールをしましょう、ねっ!

 陽気に誘われて 「オステオ」、和名 「アフリカ金盞花」(上)と 「<クレマチス>」(下)も綻び始めました。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1107 

コメント

続々・レンブラント ‐ アルテ・マイスター(8)

2016年03月14日 |  ∟ドイツの美術館

 ※ ドイツ/ドレスデン国立美術館編 ‐ 中欧美術館絵画名作選(10)

 レンブラント・ファン・レイン(1606-1669/オランダ絵画黄金期)の三回目。

 その彼の、ギリシャ神話に登場するガニュメーデースが、神々の給仕にされるため誘拐される場面を描いた 「ガニュメデスの誘拐」(上)が今回の作品。

 ローマ神話ではユピテルとも称されるゼウス。
 そのギリシャ神話の最高神ゼウスが鷲に姿を変え、イリオスのトロイア王国、今のトルコ北西部にあったとされている。の建国者トロースの息子で、絶世の美少年とされたガニュメーデースを酒注ぎとして天へ誘い、天上へ飛び立つ瞬間が切り取られている。

 レンブラントは、ガニュメデスの表情や怖さの余りに放尿してしまう姿など、聊かユーモラスな場面描写を用いている。

 ところで本作、画面に微かに残されているが、近年の修復によって画面左下、ユピテルに連れ去られるガニュメデスを、必死に追いかける母親の姿が描かれていたことが判明したという。

 もう一枚は旧約聖書の土師記、サムスンとデリラの物語から。
 その中の一場面を描いた 「結婚式の客に謎を出すサムソン」、単に 「サムソンの結婚」(下)。

 主題は、旧約聖書の土師記に登場するサムスンとデリラの物語だが、本作では、盛期ルネッサンスの巨匠ダ・ヴィンチ(1452-1519)の 「<最後の晩餐>」(ミラノ/サンタ・マリア・デレ・グラツィエ教会)の影響が見て取れるという。

 レンブラントが描いたのは、ペリシテ人の女に恋をしたサムソスンが結婚式で、招待した花嫁側の三十人のペリシテ人客に謎なぞを出す場面。

 ちなみに、サムソンとは、四十年間ペリシテ人によって支配されていたイスラエルで、ダン人のマノアと不妊の妻との間に生まれた無双の勇士のこと。

 ペリシテ人からイスラエルを救う先駆者となったサムソン。
 ペリシテ人の娼婦デリラと恋仲となり、怪力の源が頭髪であることを教えてしまったためにペリシテ人に捕らえられ、その頭髪を剃られ両目を潰される。

 その場面を彼は 「ペリシテ人に目を潰されるサムソン」(フランクフルト/<シュテーデル美術館蔵>)として描いてい、いずれこの中欧絵画名作選のどこかで登場する予定なのだが、さて、如何なることやら。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1106

 ※ 「続・レンブラント ‐ アルテ・マイスター(7)」へは、<コチラ>からも入れます。

コメント

続・レンブラント ‐ アルテ・マイスター(7)

2016年03月11日 |  ∟ドイツの美術館

 ※ ドイツ/ドレスデン国立美術館編 ‐ 中欧美術館絵画名作選(9)

 オランダ絵画黄金期の巨匠レンブラント・ファン・レイン(1606-1669)の続編。

 その彼が、1635年に描いた 「<微笑むサスキア>」から六年後の41年に描いたとされる 「フローラに扮したサスキア」。

 最愛の妻サスキアの最後の肖像画とされている本作、死期が迫りくるなかで描かれたサスキアは、髪の艶も褪せ、目の下には隈を浮かべ如何にも弱々しく見える。

 そんな状況でレンブラントは、穏やかな微笑みを浮かべ一輪のピンクの花を、気丈にも差し出すサスキアの姿を切り取っている。

 ふたりが結婚した34年、題も同じ 「<フローラに扮したサスキア>」(エルミタージュ美術館蔵版)で、色とりどりの花々に装う新妻サスキアを描いている。

 そこでの彼女は若さが溢れ、見る者に、ポーズと衣装から妊娠していることを覚らせ、ふたりが幸福の絶頂にいたことを窺わせる。

 また、翌35年にも、制作途中で聖女ユディトからフローラへ変更したとされる 「フローラに扮したサスキア」(ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵版)で、圧倒的な存在感を示すサスキアを描いている。

 それに対し本作では、34、35年に描かれた作品との相違が顕著に見て取れ、キャンバスにサスキアへの永遠の愛を込めたレンブラントの想いが胸を打つ。

 とまれ、カタリナ が愛して已まなかったレンブラント描く三つの 「フローラに扮したサスキア」。
 僅か八年、その余りにも早い別れに、歳月が時にして残酷な現実を投げかけることを、本作を前にあらためて思い知らされるのである。
 peter & Catherine’s Travel. Tour No.1105

 ※ 「レンブラント ‐ アルテ・マイスター(6)」へは、<コチラ>からも入れます。

コメント

卒業旅行でも・・・

2016年03月09日 | 想い出のカタリナ

 温かかったのか、寒かったのか、この冬。
 弥生・三月、“ 上巳の節供、雛祭り ” (3/3)も “ 啓蟄 ” (3/5)も過ぎて、待ち侘びた春ももうそこまで。

 ところでこの時季、“ 気持ちが浮いたり沈んだり、なにかと考え込まされることが多い ” と<投稿>、いい歳こいて小っ恥ずかしいが、そんな気持ちをここ暫く引きずっている。

 四月下旬か五月上旬とも報じられた生温かい日曜日 (3/6)のこと。

 この日はあいつ が逝って二年と四月の月命日。
 他用や月謝、正しくは献金。もあって久し振りに聖週間目前、レント・四旬節第四主日のミサに出向いた。

 用事を済ませて入堂、多分、祭壇の中空辺りから 「わが宿六さん、今日はお越しあそばして?」と、眺めているであろうあいつに 「来てるよ!」と挨拶。

 その足で、最近、頓に不沙汰、日記もどきを開けばほぼ一年振りにもなる<寿司屋さん>の暖簾を潜った。

 昼餉から聊か不謹慎だが、月命日にあいつとの想い出を肴にビールも一興と思ったのだが、あちここちの席で楽しげに談笑する男女連れに、気持ちが弾まないこと甚だしく、当然のことにちっとも美味しくない。

 ぶつくさと箸を動かし乍ら、そろそろそんなやっかみ根性にけりをつけなきゃ、あいつも呆れているのではと思ったりも。

 何時まで経っても大人の振る舞いができない自分にわれ乍ら辟易もし、こうも気持ちが定まらぬのは、「木の芽時の所為もあるのかなあ?」と自虐。

 で、花が終わる頃に、個人の独り旅は<サンクトペテルブルク>で経験、ちょっぴり辛いので<クラブツーリズム>が催行する一人旅ツアーに加わっての卒業旅行でも・・・と。

 あいつも 「それもいいね!」と言ってくれるだろう、と勝手に気持ちに弾みをつけて店を出たンはいいけれど、はて、どうなることやら。

 帰り道の公園、四旬節の花 「<レンテンローズ>」が咲いてい、リンクばかりで中身のない記事に、何時か何処かで見た写真を添えて、ありきたりだけれどアップしたようなこと・・・で。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1104

コメント (1)