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ペトロとカタリナの旅を重ねて

あの日、あの時、あの場所で
カタリナと歩いた街、優しい人たちとの折々の出会い・・・
それは、想い出という名の心の糧 

寒の入りの日の墓参

2018年01月06日 | 想い出のカタリナ

茜さす日の暮れゆけばすべをなみ 千(ち)たび嘆きて恋ひつつぞ居(作者不詳/万葉集十一巻)

寒中、お見舞い申し上げます。
 昨日(1/5)は、二十四節気のひとつ “ 小寒・しょうかん ” だった。

 暦本には、寒さが一段と厳しくなり、降る雪が寒風に舞う時季、一年で最も寒さが厳しい “  大寒・だいかん ” へと続くとある。
 また、この日から節分、立春の前日までを “ 寒 ” といい、この日を “ 寒の入り ” とも言うと。

ところで、昨日は月初めの金曜、初金のミサの日だったが、余りにも寒いので教会に行け(か)なかった。

 翌六日はあいつ の月命日、なので木曜の夜、「明日、教会でデートしよう」と遺影に呼び掛けていたのだが、布団の温かさに負けて起きそびれてしまった。

 そんなことで、教会デートの代わりに、昼前に墓参に出掛けた。
 人気のない冬ざれの墓園の教会共同墓碑の前で掌を合わせ、ぼそぼそと話しかけるものの、雪交じりのような冷たい小雨ともあって侘しい。

 名も知らぬ万葉人、“ 日暮れどきはどうしようもなく、何度もため息をついてあなたを恋しく思っているのです ” と詠んでいて身に滲みる。

 やはり先に逝くのは「狡いよなあ」と呟く自分が<三年前>と「ちっとも変ってないじゃないか」と、聊かほろ苦い寒の入りの日の墓参だった。

 明日(1/7)は、天気も好いようなので主日ミサに出ようと思っているのだが、「ほんと、起きれるかな?」、う~ん、多分ね。
 冬の花「水仙」が甘い香りを振りまいています、本年最初の三連休、佳い週末をお過ごし下さい。
Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1478

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二十年前のクリスマス

2017年12月25日 | 想い出のカタリナ

 2013年の小編、“ さすがに今年は、少し辛いクリスマスイブだった ” と泣き事を書いている。

 カタリナ が逝って区切りの50日だったその日、“ 愛する人が傍にいてくれないクリスマス、何十年振りだろうか ” とも。

 そして十七年前に二人で行ったパリ、降誕祭目前の夜、“ 食後、寝るには惜しく、向かった凱旋門、続くシャンゼリゼ通りのマロニエの並木は光の洪水だった ” と続けていた。

 当時の銀塩写真を見ると、東京や大阪など大都会のイルミネーションからすれば、当時のそれは並木に電飾しただけの単調なデコレーション。
 けれど、凱旋門からコンコルド広場まで、真っ直ぐに延びる光のベーブメント、高揚感で寒さも忘れたことを憶えている。

 それから四年、二十年ほども前の二人だけのクリスマスの光景が想い出されてならない。

 昨日(12/24)の朝日紙 “ 日曜を思う ”、イギリスの歴史家E・H・カー(1892-1982)の『歴史とは現在と過去との対話である』との言葉を読んで、そんな二人の小さな昔を思った。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1469

 ※ 小編は、2013-12 に投稿した記事をリライト、再投稿したものです。

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椿

2017年12月23日 | 想い出のカタリナ

 彼女 が好きだった花のひとつが「椿」、幾鉢も種類の異なるものを慈しみ育てていた、が、その殆どを逝った冬に枯らしてしまった。

 その中で残ったひとつに “ 高台寺 ” と名が付いたのがある。

 実は昨年の春、ベランダを掃除していてその鉢を置いた台に腰をぶつけて倒してしまった。
 鉢は割れなかったのだが、一尺も育っていただろうか、枝が中ほどで無残にも折れてしまい、きれいに<咲かせていた花>を駄目にしてしまった。

 あわてて、根の方を鉢に戻し、陽当たりの好い所に置き水を遣ったが、気持ちはもう殆ど諦めていた。

 それから一年半、他の鉢への水遣りのついでに細々と水を遣っていたのだが、秋の終わり頃に小さな蕾をつけているのを見つけた。

 それが、ここ数日の好天に支えられて、小さな一輪を綻ばせてくれた。

 肥料など一切与えていないので痛々しいほどか細い、が、それがわが心象に添う思いもして、愛おしくもある。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1467

コメント (4)
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老いの証し?ならそれもいいか。

2017年12月22日 | 想い出のカタリナ

二十二年の夏のことだったから八年ほども前、彼女 の疲れが酷く、気散じに<有馬温泉>でひとっ風呂浴びて帰ったのが最初。
 以来、盆と暮れの墓参の帰り道、ささやかな慰労も込めて温泉を楽しんできた。

 向かうのは自宅と墓の途中の有馬温泉、雪の城崎温泉まで足を延ばし蟹を楽しんだ年もあった。
 余談だが、この時の蟹尽くしは失敗、生来生臭い物に弱い彼女、茹でと焼は何とか箸を付けたが生は駄目、流石に生蟹二人前はきつかった。

話がそれた、二十二年の暮の有馬温泉、泊った宿屋が “ ねぎや ”(写真)、葱屋さんが転業?と思いきや、かつて主が神職だったらしく禰宜屋、「なあんだ、そうなの」と合点したことが。

 それはとも角、大きな浴場で鉄分の赤茶けた金泉、透き通った銀泉にゆったりと浸かり、身も心も温まったという次第。

 彼女も一年の稽古を無事納め、新年の初釜に向けて元気が貰えたと喜んでいた。

 ところでその日は冬至、柚子湯を「ちょっとばかり」「期待していたの」だが見事空振り、前以て確認すればよかったが後の祭り。

  今日はしも柚湯(ゆずゆ)なりける旅の宿(虚子)

 そんな小旅行とも呼べぬささやかな温泉行も僅か三年、延六回でお仕舞になったが、海外旅行とはまた違った想い出を残してくれた。

 夕餉に何を食べたかは覚束ないが、一昔も前のことはきっぱりと鮮やか、それが老いの証し?というならそれもいいな、と思う冬至の朝である。

 今日(12/22)の午後は、今年、最後のレジオマリエの集会、明けて11日まで冬休みです。
Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1466

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ちっとも、ね・・・

2017年11月07日 | 想い出のカタリナ

 ガラシア病院のホスピスから自宅に戻った日も、この日(11/6)と同じように晩夏のような陽が輝いていた。

 ふたりで病院から介護タクシーに乗ったものの辛そうで、ままUターン 「病院に戻ろうか」と何度も呼び掛けたが、首を横に振るばかりだった。

 40日近くを在宅で過ごしたあの人 が、主に召されてまる四年が経った。
 晴れ女だったあの人に相応しい天気のこの日、無理矢理付き合わせたお寿司屋さんで、魚嫌いのあの人が注文できた数少ないもののひとつ蒸しアナゴと芽葱を肴に在りし日を偲んだ。

 ものの、ひとりじゃちっとも美味しくない。
 で、早々に腰を上げ、櫻紅葉の夙川堤を教会の方へと向かったが、その途中、世間を騒がせている神奈川の猟奇事件を思った。

 マスコミが取り上げていることが事実だとすれば、彼女らは何故、そんなにも急いで逝こうとしたのだろうかと思う。

 何時しか、誰しもに訪れ、避けられないものだけれど、それだけに生かされている今を大切に・・・、「どうしたの? 何だか似合わないことを」、だよね、<泣き虫ペトロ>にはちっとも、ねっ。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1430

 ※ 森山良子さん 讃美歌312番 「いつくしみ深き」

   

 

 

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故里

2017年10月27日 | 想い出のカタリナ

 すっきとした天気も続かず、週末辺りからまた台風が来るというようなことを予報士さんが話している。
 先の21号で被害を受けたばかり、その復旧も進まないうちにまた! 一体、どなたさんが “ おいた ” をしてお灸を据えられているのやら。

 その選挙騒ぎとやらに振り回されているうちに秋も深くなって、今年初めて冠雪した富士山の美しい姿をTVで見せていたが、関西もこれからが紅葉の見ごろに。

 紅葉と言えば小学校の裏山の美しさは何時まで経っても脳裏から消えない。
 尤も、今、その場所に立てば 「なんだ、この程度のものだったの?」と思うかも知れないけれど・・・。

 その故里、もう足掛け五年も帰っていない。
 毎年の夏と冬、茶の稽古の慰労も兼ねて、<墓参の帰途>に有馬や城崎へ寄り道をしたものだが、とんと無沙汰、両親も 「親不孝者め」と、苦笑していることと思う。

 ところで、11月はカトリック暦の “ 死者の月 ” で2日は “ 死者の日 ” 、教会は5日(日)「すべての死者のため」にお祈りを捧げ、その後、共同墓地へお参りをする。

 その翌日はあいつ の祥月、今日の午後はレジオマリエの集会、少し早く行ってお御堂で 「元気でやっているよ」と報告しようかな。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1419

  ※ 倍賞千恵子さん 「白い花の咲く頃」 (詞:寺尾智沙/曲:田村しげる)

      

 

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ルドンを愛したあいつ

2017年10月23日 | 想い出のカタリナ

 憶えているのは不確かなもの、断片的なものばかり、お茶を除いてあいつが好きだったものは何だったか、と聊か歯痒い。
 ただ、フランス象徴主義の巨匠オディロン・ルドン(1840-1916)の絵を愛して已まなかったことは確か。

 彼のどの絵が好きだったのかは迂闊にも聞き漏らしたが、<オルセー美術館>のパステル画を保護するため照明が殆ど施されていない薄暗い部屋で、じっと眺めていた姿は憶えている。

 その彼の 「花の中のオフィーリア」(1905-08年頃/64×91cm/ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵)、彼が好んだ文学的主題、シェイクスピアのオフィーリアを描いている。

 ―― 素晴らしい花輪を戴き溺れ沈んでいく前に川に漂いながら、自分の苦境に気付くことができず古い歌を切れ切れに歌っているオフィーリア ――

 ルドン研究の第一人者ロズリーヌ・バクーは、“ 肖像そのものはもはや問題とせず、それは、右下手に現れた乙女の判然としない顔に過ぎず、その一方で、左側の空中には輝くばかりの花々の塊が宙吊りになっている ” と言う。

 そして、“ それが、この世のものなのか、あるいは、傍らで眠っている美女の夢の投影なのか、誰にも分らない ” と評している。(バクー著「オディロン・ルドン パステル画集」美術出版社刊)

 今日はあいつ の誕生日、大切にしていた大部のルドンの画集を開きながら、歳を数えるような愚にもつかないことをしている。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1415

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今年も、祈りの日が・・・

2017年08月13日 | 想い出のカタリナ

   残暑、お見舞い申し上げます。

 お盆休み、あなたは何処で、小編にアクセスして頂いているのでしょうか?
 故郷、家族でビーチ、森のキャンプ場、踊らにゃ損と阿波へ、涼しい北海道、それとも海外?
 静かな美術館、冷房の効いた映画館でポプコーン片手に名画、普段通り?それが一番かも知れませんね。

 早いもので、もう四年になります。

 病院に着くと何時もは一杯の駐車場が、ガラガラに空いている。
 小さな坂を上って正門玄関を入ると、受付や会計窓口のシャッターは降ろされ、外来棟の廊下の灯りも消えている。

 首を傾げつつ病室に入ると 「静かでしょう」と笑って言う。
 何かあったのかな?と訊くと、「マリア様の被昇天の日でしょ。朝、チャプレンからご聖体を頂いたのよ」と、屈託がない。

 その日(8/15)のガラシア病院、復活祭、降誕祭と並ぶ大祭日でお休み、そんな大切な日を忘れてしまっていた。
 それからふたりで、北摂の杜から届く、心の襞(ひだ)に染み入るような蝉の声にじっと耳を傾けた。

   人病むやひたと來て鳴く壁の蝉  (虚子)

 何処からともなく聞こえる遠花火にも似た、もの寂しさが漂っていた夏の日の病室の午後、今年もまたそんなことを想いながら、お盆休みを普段通りに迎えた僕(やつがれ)でした。

 葉月八月、原爆忌、<お盆>、敗戦記念日、そして<聖母マリアの被昇天>と “ 祈りの日 ” が続きます。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1359

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八月、最初の日曜の朝に ・・・

2017年08月07日 | 想い出のカタリナ

 どこやらの政権に似て迷走する台風5号、太平洋をさまよった挙句、列島を西から縦断するとか。
 ゲリラ豪雨に襲われた各地、復旧は勿論、痛めつけられた心の傷も癒えぬうちに・・・、神も仏もないの?と思わないでもない。

 そんな空模様とは無縁のように、昨日(8/6)は朝から青く高い空に入道雲が湧き、太陽は容赦なく照り付けていた。

 72年前のその日、晴れ上がった広島の空を閃光が走ったと聞く。
 今年七月に国連で採択された核兵器禁止条約、唯一の被爆国である日本の政府・与党は反対したという。
 人類の最終兵器、「使うのを止めようよ!」と決意するのに、誰に憚ることがあるのだろうか?

 白く輝くと言えば、その日はカトリックの<主の変容>の祝日だった。
 福音書記官マタイは、“ イエスは、ペトロ、それにヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった ” (17章1-2)と記している。

 ところでこの日は、勝手に<カタリナデー>と呼んでいる日でもあった。
 主が変容されたのは、“ 十字架のつまずきに耐えられるように、弟子たちの心を準備することが目的にあった ” とされている。

 以前、友から貰った<メール>にもあったが、僅か二月と宣告されたカタリナ が半年の時間をくれたのは、ペトロ に心の準備をさせるためだった、と思っている。 

 そんな八月最初の日曜の朝、ラジオから流れる記念式典の平和の鐘の音を聴いた。
 叶うものなら、ラファエロ(1483-1520)の遺作 「キリストの変容」(1518-20年/ヴァチカン絵画館蔵)、もう一度、彼女と一緒に会いたい・・・、との思い已まず。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1356

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遠い日 ‐ 三年(4)

2016年12月05日 | 想い出のカタリナ

 相も変わらず甘いブログを投稿している、勿論、この甘いは Sweet ではない、軟弱という意。

 ジェフリー・アーチャーの 「<クリフトン年代記>」(戸田裕之訳/新潮文庫)、「えっ、まだ読み終えてないの?」と嗤われそうだが、専ら外メシを食べつつの乍ら読みゆえ一向に進まない。

 その中で、“ 二度と会えないんじゃないかと思うほど心配しない限り、自分がどんなにその人を愛しているかは気がつかないものなのね ” と主人公の妻に語らせている。

    

 そうなんだよなあ、親だったり恋人だったり友だったり、人に限らず時間や故郷など、会えなくなって、失って初めて大切なものだったと気付くことってある。

 ところで、NHKの東北大震災の応援歌 「花は咲く」、タレントさんが一輪の花を手に歌い継いでいたけれど、復興が進むにつれ視ることも遠くなった。

 そのガーベラ、花屋さんに並ぶ姿には葉がなく、真っ直ぐな茎の先、多弁の花がシンプルな美しさを際立たせている。

    

 過日、園芸店で “ 変わり咲き ” と冠がついたものが並んでい、レンズを向けたが、鉢にあって葉があるのもまた別の美しさがあると思った。

 かつて彼女 がホスピスから自宅に帰ってきた時、<聖カタリナ>のアトリビュート・表徴である薔薇を贈るつもりがこの<ガーベラ>になったことがあったが、それから早や三年、それもまた遠い日。

 三年と題した小編、初回が 「プリンセチア」と「秋桜」、次いで 「デンマーク・カクタス」、「小菊」と続け、今回が 「ガーベラ」、小さな花を借りて駄文を取り繕った。「あのう、違う花も入ってません?」、えっ!
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1224

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