ペトロとカタリナの旅を重ねて

あの日、あの時、あの場所で
カタリナと歩いた街、優しい人たちとの折々の出会い・・・
それは、想い出という名の心の糧 

ご勘弁を ‐ 11月がゆく

2015年11月30日 | 季節/暦

 一年締め括りの大相撲九州場所も無事千穐楽の柝(拍子木)が入った。

 今場所も、予想違わずモンゴル産のお相撲さんばかりが目立ったが、賜杯が彼らで持ち回りされているのは、いい加減にご勘弁をという気もしない訳じゃない。
 幾らスポーツに国境がないと言ってもそこは国技、日本産のお相撲さんよどうしたと声をかけたくもなる。

 その場所中、元横綱の北の湖理事長さんの訃報が報じられた。
 中学生から特に認められてプロになったという彼、憎たらしいほど強く、土俵上の立居振舞をふてぶてしく感じたりもしたが、勝負を終えて土俵を降りれば心配りのきいた好青年だったという。

 そんな強さも他の力士に倍する稽古が支えたのだろう、理事長という要職にあってモンゴル産に立打ちできる日本産の力士が現れないことに、歯痒くも悔しい思いをしていたのではと思う。

 62歳という若さ、原因は直腸がんによる多臓器不全、イレウスで入院も繰り返していたと聞き、まるでわが身・・・と、憮然ともなった。

 暗い話で恐縮だが、人生の晩年になって大きな手術をしたり、何度も入退院を繰り返したり、また掛け替えのない人を病であっけなく見送ったりすると、おのれの越し方を顧みて業(ごう)とか因果とか、おどろおどろしいものへ思いを巡らせたりしないでもない。

 キリスト者が何を戯(たわ)けたことをと嗤われるだろうが、輪廻転生、因果応報なるものゆえの今とあれば、もう如何とも仕様がなく、もうこの辺でご勘弁を・・・と、願うしかない。

 イレウス騒ぎで救急搬送、二週間ばかりベッドで過ごし、彼女の年忌も外出許可を貰って掌を合わせるような始末。
 殊更(ことさら)に、そんな詰まらんことばかりを考えてた霜月・11月だったような。

 北の国から雪の便りが届くこの時季になると、またこの花で芸もないが、やはりこの花が似合うように思う。

 入院中のこと、NHKの朝の番組に小椋佳さんの姿があったが、ちょっと気取った題の歌 「シクラメンのか」が巷に流行ったのは四十年前、北の湖さんの横綱昇進と時代は重なる・・・、 ご冥福を祈りたい。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1061

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ゴヤ ‐ 駆け足ルーヴル(18)

2015年11月27日 |  ∟フランスの美術館

 美術の殿堂ルーヴルにおいてもその存在感を示すスペインの画家たち。
 これまでに、<グレコ>(1541-1614/マニエリスム)、<ムリーリョ>(1617-1682/バロック)と投稿した。
 ただ、巨匠<ベラスケス>(1599-1660/バロック)の秀作を所蔵していないのが意外と言えば意外。

 さて、そのしんがりは、ロマン主義期に活躍、印象派の訪れを告げるかのような筆致で後世の画家に大きな影響を及ぼした<フランシスコ・デ・ゴヤ>(1746-1828 )。
 傑作 「<裸のマハ>」(プラド美術館蔵)など多く作品を遺している。

 ベラスケスと画題も同じ 「キリストの磔刑」(プラド美術館蔵)を描いていて、かつてグレコの 「キリストの磔刑と二人の寄進者」を加えて<見比べ>てみたことも。

 そのゴヤの作品は 「デル・カルピオ伯爵夫人、ラ・ソラナ侯爵夫人」。

 モデルは、ラ・ソラナ侯爵夫人のマリア・リタ・バレネチェア。
 教養豊かで戯曲作家でもある彼女は、1775年にラ・ソラナ侯爵のデル・カルピオ伯爵に嫁いだとされている。

 夫人の死去直前(95年)、ゴヤは当時の流行を敏感に取り入れ、バスク地方の伝統的な黒い衣装に刺繍のパンプスを覗かせ、髪には褪せた薔薇色のリボンの大きな花をつけて描いている。

 ルーヴルは、“ 透明感のある青みがかった灰色の背景、並置された軽やかなタッチによるスカーフの軽やかな紗は、印象派の訪れを告げる錯覚を起こすかのような手法で仕上げられている ” と評している。

 そして、“ 画家とモデルの間に存在する互いの同情(脚注:それぞれが抱える病に対する労り)に、その美点の一部が挙げられ、苦痛に慣れ親しんでいた二人の人物はお互いを理解し合っていた ” と読み解く。

 ゴヤは本作において、“ 死を自覚している38歳の若い夫人の勇気を称え、誇りを持って姿勢を正し尊敬の眼差しで画家を見つめている夫人の魅力を湛えた ” とされている。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1060

 ※ 「駆け足ルーヴル(17) ‐ ムリーリョ」へは、<コチラ>からも入れます。

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雨上がりの街 ‐ 道草ルーヴル(4)

2015年11月25日 |  ∟フランスの美術館

 小雨の午後も遅くなってのこと。
 然(さ)したる予定もなく暇を持て余したペトロ にカタリナ、珍しく 「散歩なら付き合ってもいいよ」と言う。
 で、シャルル・ドゴール広場、通称<エトワール広場>まで、やって来たお上りさんふたり。

 凱旋門への地下道が見つからず、少しうろついたものの屋上に上がるための切符売場に着いた。
 屋上階に登らない人は無料らしいこの門、エレベータで最上階へ運ばれ、そこからは階段を登る。

     

 ここで案内書の受け売り、1806年にナポレオンの提案で着工、36年に完成した高さ49.54m、幅44.82mの門、壁面にはナポレオンの戦いや義勇軍の出陣を描いた彫刻で飾られている。

 屋上階はその3分の1ほどが補修工事中、昼過ぎからの小雨も折よく上がった。
 西空から差す光が雲を染め、シャンゼリゼ通りなどの幾何学的に庇が揃った建物が薄桜色に変わる様は、一枚の泰西名画を見る思い。

     

 西を見れば副都心、ビジネス街ラ・デファンスの高層ビル群(左)、ブローニューの森から遠くなだらかな稜線が続き、北東に目をやれば遠くに午前に訪ねたモンマルトルの丘に白亜のサクレ・クール寺院(中二枚)が。
 南に視線を移せば、画面左手にナポレオンの棺も置かれるアンヴァリッドの黄金色に輝くドーム、エッフェル塔の鉄のレース(右)が望めた。

 ところでエトワール広場、なんと12本の大きな通りがロータリーで繋がってるんだって。
 それにしても、「高いとこって好いなあ」「・・・??」。  (この稿、続きます。)
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1059

 ※ 「道草ルーヴル(3) ‐ 高いとこはお嫌い?」へは、<コチラ>からも入れます。

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今日は、感謝する日?

2015年11月23日 | 日記

 ただの語呂合わせだけれど昨日(11/22)は、羨ましくも “ いい夫婦の日 ”。
 で、今日は、1 がひとつ多いけれど、1123 という、掛け声みたくな調子の好い数字が並ぶ。

 この一年、無事に勤労(はたら)いた、あるいは勤労けたことをお互いに感謝するこの日、昭和の御代までは一年の締め括りの祝日だった。

 今上天皇(きんじょうてんのう)が即位され世は平成に。
 お生まれになった12月23日が締め括りの祝日になって、冬休みを前にキリストのご降誕と御芽出度い日が続くようになり結構なことに。

 ところでこの祝日、“ 神々に五穀の収穫を感謝する行事 ” として、時代は古く皇極天皇というから飛鳥時代(592年~)に始まった “ 宮中祭祀のひとつ新嘗祭(にいなめさい)が起源 ” と暦の薀蓄本にある。

 今年はカレンダーの塩梅よろしく最後の連休、お天道様のご機嫌は生憎のようだが、近しい方と新幹線などの旅をされている方もあろう。

 その新幹線、杜の都仙台で<ちょっぴり利用>したものの、カタリナ と<上野の美術館>を訪ねてこちら、長い距離は乗ったことがないので知らなかったが、JR東海を最後に車内検札が無くなるという。

 最近の<欧州鉄道事情>は知らぬが、集改札がない代わりに車内検札を必ずされたように憶えている。
 その点、律儀というか、薩摩の守、忠則の名に掛けた隠語。は許さないとの信念なのか、改札と集札に加えて車内検札迄、実に丹念にお調べになる。

 過日(11/21)の天声人語氏、作家阿川弘之さんの車掌体験記を引用、検札廃止を “ 煩わしいか、これも旅情か。ともあれ東海道の車内に一層なごやかな空気が流れるといい ” と。

 そして、車内検札を体験した “ にせ車掌の阿川さんは、「ありがとう」と言われることの少なさを苦く思ったのだった・・・が ” と続けていた。

 そうなンよだなあ、独り善がりの見本みたくな酔狂が臆面もなく、また痴がましいけれど、近頃、この “ ありがとう ” の優しくも美しい言葉を疎遠(とお)く感じてしまうのは、耄碌(もうろく)が始まった所為か?

 毎日が日曜の僕(やつがれ)に連休もないが、勤労を感謝する日にそんなことをつらつら思うのであります。

 語源が ” カレンダー ” の「カレンデュラ」和名「金盞花」、どの月の最初にも花があるほど息長いからとか。
 そして、「プリムラ・ジュリアン」和名「サクラソウ」、春に他の花に先駆け咲くから “ 最初 ” が語源だと。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1058

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ムリーリョ ‐ 駆け足ルーヴル(17)

2015年11月20日 |  ∟フランスの美術館

 来年の干支は申、そのお申さん、可愛いくもひょうきんな絵柄の賀状が郵便局や文具屋さんに並ぶ。

 ところで明後日(11/22)は、カトリック暦で年間第34週 “ 王であるキリスト ”、翌週から “ 待降節 ” である。
 キリスト者にとっては、親しい人にお祝いの ’Xmas Card を送るのもこの時季の楽しい行事のひとつ。

 そのカードの意匠、<聖母子の画家>と呼ばれる盛期ルネッサンスの巨匠ラファエロ(1483-1520)と並んで多いのが、スペインはバロック期セビーリャ派の巨匠バルトロメ・エステバン・ムリーリョ(1617-1682)。 

 主のご降誕の準備期間である待降節・アドベンドを目前に、そのムリーリョの 「聖家族」が今回の作品。

 幼子イエスに見られる愛らしく無垢で上品な表情、清楚で若々しい聖母マリアの美的表現は、ムリーリョ作品の最も素晴らしい特徴を存分に示してい、彼のカードが多く使われる理由(わけ)もお判り頂けるのでは。

 成熟期に描かれた本作で彼は、聖母と幼子イエス、聖エリザベツと息子の洗礼者聖ヨハネを、聖霊の鳩と父なる神、すなわち、<聖三位一体>として三角形の構図のなかに表現している。

 幼い洗礼者ヨハネが差し出している葦の十字架は、成長したイエスに降りかかる受難を想起していることは何度か紹介した。

 ラファエロの影響を受けたとされる本作、ヴァリアント・異同作品 「<聖三位一体 ‐ 聖家族>」(ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵)とともに優しさ溢れる聖家族を余さず表現、見る者を穏やかな心へと包む。

 また、連作 「<無原罪の御宿り>」(プラド美術館蔵/エルミタージュ美術館蔵)も、ポスト・カードなどに多く使われるが、その理由をあらためて書くこともないと思う。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1057

 ※ 「駆け足ルーヴル(16) ‐ グレコ」へは、<コチラ>からも入れます。

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ジェラール ‐ 回り道ルーヴル(4)

2015年11月18日 |  ∟フランスの美術館

 18世紀フランス新古典主義を代表する画家のひとりフランソワ・ジェラール(770-1837)。
 同じ表現スタイルの<ダヴィッド>(1748-1825)の弟子であった彼の 「プシュケとアモル」が今回の絵。

 ギリシャ神話の一編、三人姉妹の末娘プシュケの余りの美しさに嫉妬の焔(ほむら)に燃えるアフロディテ。

 ローマ神話ではヴィーナスの<アフロディテ>、息子のエロス、すなわちアモル、ローマ神話でキューピッドをプシュケの許に送り、彼女が醜い豚飼いを恋するように言いつける。

 しかし、アモルは誤って自分の胸を恋の矢で傷つけてしまいプシュケに恋してしまう。

 主題は、その王女プシュケが、彼女には神であるがゆえに姿が見えないアモルから額に初めての接吻を受けて、驚き、動揺している場面。

 ルーヴルのHPを借りるとジェラール、本作で、“ 人間の魂と神の愛の結びつきという、ネオ・プラトニズムのテーマを象徴 ”、それゆえに、“ ギリシャ語で、同じくプシュケと読んで魂を象徴する 『蝶』 を頭上に描いた ” のだとか。

 こうして、少女に芽生えた初めての恋心、額に感じる密やかな息吹、そんな恥じらいを、焦点定まらぬ視線や露な胸の上で組まれた腕などで表現しているらしいのだが、はてさて?
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1056

 ※ 「回り道ルーヴル(3) ‐ 続・トゥール」へは、<コチラ>からも入れます。

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愚かなること

2015年11月16日 | 日記

 今頃のパリの街、枯葉が石敷きの道に舞い、夜は街路樹が電飾輝く光の洪水へと装う、一年のうちでも一番美しい季節かも知れない。

 そのパリで13日夜(日本時間14日早朝)、“ 中心部のコンサートホールや北部のサッカー場などを標的とした同時多発テロが起きた。オランド仏大統領は過激派組織イスラム国(IS)によるものだと断定。AFP通信によると一連のテロで128人が死亡、けが人は300人で、うち80人が深刻な状態 ” (朝日・11/15)だという。

 少し前(10/31)、エジプト東部シナイ半島で乗客乗員224人が死亡したロシア旅客機墜落があり、爆破テロとの見方が高まっている最中のこと。

 緊迫した状況を伝えるTVニュースを視乍ら、ある出来事を思い出した。

 もう20年ほども前、降誕祭目前、カタリナ と初めてのパリだった。
 マドリードからシャルル・ドゴール空港に着いた時のこと、入国審査を済ませ出口に向かう途中、重装備の警察官に全員が足止めをされた。

 10分ほども待たされたか、少し離れたところでドカーン!と大きな音が。
 爆発音にも勿論驚いたが、添乗員が 「爆弾処理をした」に続いて、「最近のパリでは珍しいことじゃない」との言葉に唖然とさせられたことを憶えている。

 今回のテロ、天声人語氏の言葉を借りれば、“ 人々は観劇や演奏会、スポーツ観戦、食事や語らいで夜を楽しむ。金曜夜といえばその盛り。動機がどうであれ、市民を狙った無差別の暴力に理などない ” (11/15)と。

 小ブログ、ルーヴルの小さな旅の途中、その美術館近くでのテロに遣り切れない思いとともに、十字軍から続く憎しみの連鎖、何時になれば愚かな行為から解放されるのだろう? と犠牲者を悼みつつ思う。

 オルセー美術館からモンマルトル、殉教者の丘の<サクレ・クール寺院>を望み、キリストへの聖心(みこころ)に叶うようにと祈る。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1055

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洒落にもならぬ? ‐ 11月がきた

2015年11月13日 | 季節/暦

 転んでもただでは起きない? で、読みたくもないだろうけれど入院中のひとくさりを。
 そもそもこの症状、“ 一通りの治療の後はひたすら点滴に頼って絶飲食の腸(おなか)養生 ” 、兎に角、所作がない。

 そんな無聊の日々を慰めてくれるのが新聞。
 以前、新聞売りのおばさんがいて、毎日、朝食の前後に病室を覗いてくれて重宝した。

 が、何処も彼処も経営改善とやらで、こうした便利屋さん的なものが姿を消し、此処も別棟の地階の売店まで足を運ばなくてはならなくなって不便極まりない。
 尤も、運動不足の解消に聊かの益(やく)もあるようだが。

 話がそれたがその新聞、過日(11/6)の天声人語、点滴のチューブを絡ませながら読んで驚いた。

 そこには、“ ベーコンやハムといった加工肉には発がん性があると、世界保健機関が発表した ” とあり、さらに、“ 1日50gを毎日食べると大腸のがんになるリスクが18%高まる ” ともあって、「へ~えっ、何とまあ!」とびっくらぽんの上に、“ 十分な証拠に基づく発表 ” と念を押す親切さ。

 これに “ 世界中が驚いた ” のも当然、発表元は後になって、“ 食べるのを止めるよう求めてはいないと釈明 ” したもンだから天声人語氏、“ どっちなんだ ” と内閣府の食品安全委員会に問い合わせたとか。

 そしたら、“ この発表をもって加工肉のリスクが高いと考えるのは適切でないという見解だった ” との役人回答に匙を投げたか、詰まる所、“ バランスのいい食べ方をという穏当な結論に落ち着くのだろうか ” と括る。

 鰥夫(やもめ)の酔狂にとってのことだが、ベーコンやハムなどは扱い易いというか便利な食材、何よりそれ自体が主であれ脇であれ美味いのである。

 6cmほどのウィンナ3~4本で50g見当、大した量(かさ)でもなく、それががんに、と今更乍らに言われたって、育ち盛りの子供さんのお弁当作りにも困るだろうに。

 何れにしても、腸詰め喰って腸のがん? なんて洒落にもならへんけど、<ミュンヘン>で喰ったヴォイルした白ソーセージや焼いたの、ほんま美味かったなあ!

 月も半ばになって《霜月 ‐ 十一月がきた》もないが、青紫蘇みたくな葉っぱの 「ムラサキルーシャン」、そして 「スプレーマム」、昨今はキクも加工されて実に多彩だ!
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1054

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秋深き・・・ ‐ 10月がゆく

2015年11月11日 | 季節/暦

 病室の窓からだが、十月も終わり近くになって暫く、空が高く青い日が続いたよう。
 十月第四週の週末(10/24)、散歩で寄った西宮神社の菊花展も、七五三詣で着飾った家族連れをお祝いするかのよう、文字どおりの秋晴れで大層賑わっていた。

 外出許可を貰ってカタリナ の祥月命日を前に参った甲山墓園の桜紅葉も、秋たけなわの装いだった。
 とは言え一昨々日(さきおととい・11/8)は二十四節気のひとつ “ 立冬 ”、暦の上では早くも冬、季節の移ろいはいかにも早い。

 ところで菊花展に寄った翌々日、懲りもせずイレウスで救急搬送、まま入院という情けないことに・・・。
 で、小ブログも止む無く休載、少し前に<マイナス思考>を投稿したこともあって、ご心配をお掛けしたのではと思う。

 ただこの症状、喫緊の治療、措置を施されると後はただ絶飲食の腸(おなか)養生、点滴に片手預けて、情けなくもぼんやりと青空を窓に眺めて過ごすしかない。

 そんなある日のこと、誰やら搬送されてきたのか隣室が慌ただしい。
 たまさか開け放ったドアの向う、手袋、マスクは言うに及ばず、割烹着みたくな使い捨ての紙エプロンや帽子に身を包んだ看護師さんが出入り、「えらく賑やかな入院やなあ」と、ぼんやり眺めていた。

 暫くしてやって来た看護師さん二人、「療養(おやすみ)のところ恐縮です」と、おずおずと一枚の紙を渡す。
 別に守秘義務も負わされなかったので明かすと、そこには、“ 当該階病棟に疥癬(かいせん)患者 ” の文字、早い話が院内感染があったらしくびっくり。
 通常型と思しき感染者が複数出たらしく、発症元の角(質)化型患者が個室に緊急隔離されたらしい。

 その翌日、皮膚科の医師が 「今のところ、感染(うつって)ない」と診断、予防薬を飲まされ、一週間後に再診、仮にも退院していれば外来、内心往診が筋やろと思う。せよと宣う。

 うつっていても通常型ならば心配することもないと聞くものの、その話の度に何んとなく体がむず痒くなるから不思議。
 担当の看護師さんと、お互いぼりぼりと腕(かいな)辺りを掻いては顔を見合わせ苦笑する始末。

 てなことで、秋の日は釣瓶落としとも、透き通った青空が茜色に染まりやがて濃い藍色に移ろう様を眺めながら、

  秋深き隣は何をする人ぞ  (芭蕉)

 俳聖最晩年の名句に、晩秋の夜、灯りこぼれる隣家ならぬ隣室の御仁に思いを巡らす日々でもあった。

 そんなこんなで出し遅れの証文みたく、月遅れも甚だしい《神無月 ‐ 十月がゆく》になってしまった。
 その名も 「ウィンター・コスモス」とあったが、それこそ通常型の 「コスモス」とどう違うのだろうか?
 peter & catherine’s Travel. Tour No.1053

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