ペトロとカタリナの旅を重ねて

あの日、あの時、あの場所で
カタリナと歩いた街、優しい人たちとの折々の出会い・・・
それは、想い出という名の心の糧 

帳尻 ‐ 4月がゆく

2015年04月29日 | 季節/暦

 余り好い意味で使われないようだが、“ 帳尻を合わせる ” という言葉がある。
 帳簿を〆たものの収支が合わない、何度やり直しても駄目、業を煮やして適当に加減して合わしてまえ! 大方そんなイメージか?

 辞書を繰ってみると、“ 物事の辻褄(つじつま)を合わせる、つり合いがとれること ” (大辞泉)とあって、やはり、褒める場面で使う言葉じゃなさそうだ。

 ところで、その辻褄って何?と別の疑問も。
 男の遊びで一番面白いのは芸者遊びだと聞いたことがある。
 一度も経験したことがないので真偽のほども、またこれからも確かめようもないのが残念と言えば残念だが。

 その芸者、左褄とも異称するらしいことは、ベタな歌謡曲で幾度か耳にしたような。
 彼女たちが左手で着物の褄、和服の襟先から褄先までの間、立て褄(づま)とも呼ぶらしい、を取るからと言うのがその謂れだそう。
 余談だが、右褄とは、かつて春を鬻(ひさ)ぐ女性たちを指した言葉だったとも聞く。

 じゃ、その褄の辻とはなんぞや? と限(き)りがないが、裁縫で縫い目が十文字に合う所を辻と呼ぶらしく、そこを合わせることから生まれたのが、 “ 辻褄を合わせる ” という言葉だそう。

 前書きが長くなったが、人の一生、最後はその帳尻がきちんと合うようにできているとしばしば聞く。
 ほんまかいなと思いつつも、ひょっとすればそんなものかも知れないと思わないこともない。
 尤も、人の一生、辻褄を合わせるようなものじゃないだろうが。

 余程、真面目に生きてきた人以外、脛にひとつやふたつの傷を持っているだろう。
 詰まるところ、その傷をどう受け容れるかで、帳尻が合ったなと思いもすれば、合わないよとも、そんなところが妥当なのかも。

 思いの外足早にいった花を眺め乍ら、そんなことをつらつら思う暇人酔狂、卯月・四月はゆき、“ 八十八夜の別れ霜 ” (5/2)、やがて “ 立夏 ” (5/6)だ。

  むかうむいて茶摘女の歌ひけり (虚子)

 そうそうカタリナ、唱歌の「茶摘み」の帳尻ならぬ歌尻?が合わず、「<ちゃんちゃかちゃんという歌なんだけれど?」と、ころころ笑っていたっけ!
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.965

コメント

辛抱?

2015年04月27日 | 日記

 カタリナ から、例えば、PCや美術館の場所などを教えてと頼まれた折のこと
 その日に限らずだが、教えている途中で、「教え下手ねえ」と怒らせてしまうことも度々。

 また、ある人からは、「どうして、そんなにコミュニケーションが下手なの」と言われたこともあった。

 見てくれの割にナイーブ?な酔狂、その度に、またその後で、「しまった!」と自己嫌悪に陥る破目に。

 この自己嫌悪、“ 理想と現実のギャップから生じる精神上の軋轢(あつれき) ” ということらしいが、いい加減歳を食った爺さんが、未だに陥ることがあって始末が悪い。

 背負ったランドセルが可愛く見える頃、余談だが酔狂にもそんないとけない時があった。に、学期末に貰う通知表に担任の所見欄があって、書かれていたのは “ 協調性に欠ける ”。
 高学年になってもその癖改まらず、母親を嘆かせたよう。

 長じてそれは、誹り言葉でもないだろうが、“ 群ず、阿(おもね)ず ” という言葉に換わったようだ。
 今から思えば汗顔、それが小耳に届き小気味(こきび)好く感じることもあったが、実社会でそんな不遜な態度が通用する訳もなく、「独りで粋がっておれば」と鼻で嗤われることもしばしばの体たらく。

 ところで、以前、<同郷のNさん>に登場して貰ったことがあったが、このNさんが大阪東部のY市など6市など、中に大阪で唯一の村があった。を、統括する支店長をされていた頃のこと。

 仕事で懇親の場に出席される機会が多く、ある日、「おい、代わりに行ってくれよ」と、冗談半分に頼まれたことがあった。

 他のことならいざ知らず、「楽しんでおられるようだから」と、婉曲に断ると、「君と同じ田舎者の俺が楽しい筈がないじゃないか。辛抱してるんだよ」と意外な返事。

 そうなんだよなあ、皆さんそうして世間というものとお付き合いをしているんだ、煎じ詰めれば酔狂、忍耐も辛抱も足らないということに尽きるようだ。

 花を散らした菜種梅雨からも漸く解放され、ここ数日、素晴らしいお天気、店先にも「ダリア」が並び出したが、今年も一足飛びに夏になるのだろか?
 で、お陽様、なかでも朝日がいいらしい。に、当りにぱっと外出、美味い酒でも飲もう! 暫く辛抱してたんだから、「嘘でしょ!
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.964

コメント (1)

続・ドナウ川クルーズ ‐ ドナウの旅(Spin off 7)

2015年04月24日 | ドイツ/オーストリア

 ワルツ王ヨハン・シュトラウス2世の名曲、「美しき青きドナウ」のメロディにのって始まった、Danube River Cruises の二回目。

 結構、偉丈夫?なPRINZ・EUGEN号、満席の乗客を乗せて、滔々たるドナウの流れを下る。

 大河ドナウ、360キロにも及ぶ流れの中で最も美しいとされるヴァッハウ渓谷。

 美しき青きドナウを口ずさみ乍ら、ドナウ川クルーズ、それなりに、何となく、感じて貰えているでしょうか?

 * カタリナの独り言〔写真帳・アルバムのメモ書きから〕
 海外で日本の方に出会っても知らん顔をされる人が意外に多い
 グループの方と出会った時、「こんにちは」と声をかけても、大方の方が返してくれないように思う
 翌日のこと、ウィーンのホテルで朝食を摂っていた時、手を振っていた女性と再会、「おはようございます」と挨拶を交わしたのは例外中の例外、ペトロは、「鬼瓦のご面相が横におるからやろ!」と屈託がない (

    
 17世紀、イギリスのリチャード王が幽閉された城(左)でしょうか?
 
デルシュタイン(中/右)、ヴァッハウ渓谷で最もロマンチックな町なのだそうです
  隣に座っていた同邦のご夫婦、ツアーのお仲間だろう20名ほどの方とここで下船
  その奥さん、岸から盛んに手を振ってくれます、応えて高く手を振りましたとも

 * 序にペトロも独り言
 イギリスのリチャード獅子心王、第3回の十字軍遠征からの帰途、オーストリアのレオポルド公の怒りに触れ城に幽閉されたのだそうだ
 尤も、それも身代金が届く一年間ほどのこと、しかも、幽閉と言ってもそこはそれ、美味い地ワイン片手にドナウ川畔のホリデイを満喫したんだと、羨ましいねえ! (

     
  終点クレムスで下船、船着き場から国鉄のクレムス駅(左)まで10分ほど歩きました
  電車の出発まで時間が少しあったので、<クレムス>の町(中)を少し楽しみました
  ウィーンのフランツ・ヨーゼフ駅(右)まで40分ほど、うつらうつら舟を漕いでいるとあっという間でした

 * カタリナの独り言
 
メルク修道院とヴァッハウ渓谷クルーズ
 秋のやさしい陽光がこぼれる一日、遠足を楽しんだふたりでした (

 7回にわたって投稿した 《 Spin off ‐ ドナウの旅 》、これでお終い、寄り道もほほどに、そろそろプラハ城に戻らなきゃ、ねっ!
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.963

 前号、ドナウの旅(Spin off 6)へは、<コチラ>から入れます。

コメント

ドナウ川クルーズ ‐ ドナウの旅(Spin off 6)

2015年04月22日 | ドイツ/オーストリア

 生涯の多くをウィンナ・ワルツの作曲に捧げ、ワルツ王とも評されるヨハン・シュトラウス2世( 1825-1899)。
 その彼の名曲、「美しき青きドナウ」のメロディにのって、Danube River Cruises は始まる。 

 乗船したのはPRINZ・EUGEN号、定員600名。
 結構、偉丈夫?に見えるが川幅が広いこともあって、そんなに大きくも感じない。

 大河ドナウ、360キロにも及ぶ流れの中で最も美しいとされるヴァッハウ渓谷。

 前日までの雨が嘘のよう、小春日和というのだろうか、降り注ぐ初秋の陽光を浴びて川面が光る。

 という訳で、最上階のデッキに腰を下ろしたが、既に周りは観光客で一杯、出航時間になるとさらに増え満席状態に。

 * ペトロの独り言
 
下手な写真だが雰囲気は、それなりに、何となく、感じて貰えそうかな?
 美しき青きドナウを口ずさみ乍ら、ドナウ川クルーズをお楽しみ下されば嬉しい  (

    
  風を受けながら飲むビールは実に美味い!のだが、実のところ、どこをどう下っているのか分からない
  シュピッツ(左/中)辺りではないかと?思うのだが、それは別として、至るところに古城が望めるのだ!
  05年の秋に楽しんだ<ライン川クルーズとは聊か趣を違え、光る川面をゆったりと下ります

      
  優しい風を受け、船のエンジンの揺れが小気味よく、ビールも手伝って眠りに誘われます
  ヴァイセンキルヒェン(右)に着いたようですが、この辺り、降り続いた雨で少し濁って見えます
  建物の向こう、山肌に葡萄畑が広がっています

 滔々たる大河ドナウ、その流れに身を委ねゆったりと下るクルーズ、もう少し続けます。
 
Peter & Catherine’s Travel. Tour No.962 

 ※ 前号、ドナウの旅(Spin off 5)へは、<コチラ>から入れます。

コメント

秘伝? ‐ 想い出のカタリナ

2015年04月20日 | 想い出のカタリナ

 男に “ まめ ” は、褒め言葉に非ず。
 それは、「お前は小物と言われている様なものだ!」と、<叱られた>ことがあった。
 <主夫?仮免中>と書いたばかりの酔狂、つい先だっても洗濯をし乍ら、「まめで悪いか!」と聊かの憤慨を交えながら可笑しく思い出した。

 一人前、勿論、“ 技芸・学問などが一応の水準に達していること ” の意ではなく、“ 一人に割り当てる量 ” (大辞泉)の方であるが、食事に限らず一人(ひとり)前で足りる暮し。

 お風呂も然り、入浴後たっぷりと残った湯、直ぐに栓を抜くには勿体ない気がしないでもない。
 で、二回目は<入浴剤>を使う、実のところ買ってからとんと使ってないが。予定だったことは書いた。

 カタリナ がいた頃にはついぞ気にもしなかったが、ポストに投げ込まれた請求書をじっくり?眺めて驚いた、電気料金の馬鹿高さは論外だが、水道料金も負けず劣らずのよう。
 上水が多けりゃ下水も多くなる仕組みの料金体系、彼女が真面目に節約していたのも今になって分かる。

 そのひとつ、風呂の残り湯をポンプで汲み洗濯、さらに余ったのはベランダの植木に撒いてい、内心「面倒くせえなあ!」と思い乍らも顔に見せず、水運びを手伝ったものだった。

 で、門前の小僧宜しく、彼女に倣ってやおらポンプを引っ張り出し、洗濯機を宥め?乍ら使い方を習得、最後の濯ぎを真水に任せる他は残り湯で賄い、加えて植木用にバケツ三杯。
 斯くして概ね三分の二を利用、彼女は残りを排水していたが、次回の入浴時に新しい湯を継ぎ足している。

 長雨から免れた日曜の朝(4/12)、まめに洗濯の最中、これって、関東煮(かんとだき)屋さんが秘伝の出汁を切らさないよう継ぎ足してるみたく、「俺はおでん種?」と笑ってしまった。

 尤も、幾ら始末屋?酔狂と雖も、一回継ぎ足した後は流石に排水栓を抜いているが。

 独身時代にお袋から、「入る算段ばかりしてないで始末しなさい」と度々諭されたことを憶えている。
 格好よく言えば、“ 入るを量らず出ずるを制す ” となるのだろうが、この歳になって母と妻の姿は<茄子の花>、無駄がなかったことを実感させられるのも聊かほろ苦い。

  三つ食へば葉三片や櫻餅 (虚子)

 今日(4/20)は二十四節気のひとつ、穀物に恵みをもたらすという “ 穀雨 ”、朝から時折篠突くように降る。
 菜種梅雨もものかは名残りの八重桜が満開、こんな葉っぱで包(くる)んだ蒸し米と柔らかい甘さの餡が絶妙な塩梅のお餅、その春の色と匂いを彼女も楽しんでいたっけ。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.961

コメント (2)

バルコニーから ‐ ドナウの旅(Spin off 5)

2015年04月17日 | ドイツ/オーストリア

 オーストリア・バロックの至宝と形容されるのも頷ける華やかさのメルク修道院。
 その修道院の豪華絢爛振り、就中(なかんずく)付属教会と礼拝堂を溜息雑(まじ)じりに眺め、教会のバルコニーへと出た。

  その西のバルコニーから教会を振り返ると、壁面の中段にまたもや二大使徒、「聖ペトロ」(向かって左側)と「聖パウロ」が鎮座(下/左端)教会を守護する。

    
  バルコニー(中)からは左手に支流のメルク川が流れているのが分かります
  その右手奥、濃い緑が茂る中州を挟んで大河ドナウが、満々にゆっくりと流れているのが望めます
  コレデモカ!と、デコラティブな装飾に飽食?気味、豊かな大河の緑と遥かな丘陵(右)に心が和みます

 修道院と別れ、商店が並ぶ長い坂道を下り、ドナウ・クルーズの乗船場があるメルク川へと向った。
 町のはずれ、ドナウ川に合流する直前のメルク川に沿って歩いていると、崖の上に修道院が聳えているのが嫌にも目に入り、その偉容に改めて驚かされる。

 * ペトロの独り言
 
聊かしつっこいが、「ほんまに修道院かいな」と、あんぐり口を開けて眺めていたよう
 そしたら、道端のベンチで憩う中年ご夫婦の奥さんが、「撮って上げる」と言ってくれた 

 * カタリナの独り言 〔写真帳・アルバムのメモ書きから〕
 大聖年のイタリア巡礼の<アッシジ>でも体験したが、旅先で出会う小さな親切が嬉しい
 少し心細くもある個人旅行、そんな時は気持ちが豊かにも和やかにもなって、来てよかったと思う (

     
 商店では小さなお祭りが、町の人か観光客が判らないがカフェのテラスに寛ぎ楽しんでいます
  この遠足で貴重なふたりが揃った写真(中)となりました

 * 序にもう一度独り言
 
話は少し先に進むが、乗船時にクルーズのカメラマンに写真(上/右端)を撮られた
 勿論、無料(ただ)の筈がないと思っていたが、案の定、降りる際に、「記念に如何?」と可愛い女の子に勧められ、10€だったかな、取られた 

 乗船場に着くと、折よく Blue Danube ・美しき青きドナウ、クレムスまでの River Cruises が出航する時間だった。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.960

 前号、ドナウの旅(Spin off 4)へは、<コチラ>から入れます。 

コメント (1)

続・メルク修道院 ‐ ドナウの旅(Spin off 4)

2015年04月15日 | ドイツ/オーストリア

 教会の守護聖人である二大使徒、「聖ペトロ」と「聖パウロ」の像が迎えてくれるメルク修道院。
 膨大な数の蔵書と手書き聖書などの稀覯本を有する付属図書館に続いての付属教会、オーストリア・バロックの至宝と称されるに相応しい傾(かぶ)き振り。

 * カタリナの独り言 〔写真帳・アルバムのメモ書きから〕
 教会に足を入れて直ぐ、期せずしてペトロ と顔を見合わせ苦い笑い
 同院のパンフレットに、宣教と観光も目的のひとつとあったが、それにしても少し目に余るような気も  ()  

    
  付属教会の主祭壇(左)、折から窓から差し込む陽光もあって、デコラティブな設えが際立ちます
  天井のフレスコ画(中)も半端じゃありません、主題は「聖ヴェネディクト、天への勝利の道のり」だとか
 
そして、主祭壇には、またまた「ペトロ(向かって左)とパウロ」(右)が、こちらは黄金色に輝いています

 ちなみに、オーストリアの女帝マリア・テレジアの娘マリー・アントワネット。
 フランス王ルイ16世の許に、喜んでか泣く泣くかは知らないが、嫁ぐ道中、この修道院で一泊したとか。

    
 付属教会には幾つもの副祭壇がありましたが、その中のひとつコロマン祭壇(左)です
  また、バロック様式の円蓋も華やかな市民祭壇(中)も、教会の大オルガン(右)も金綺羅金
 あれもこれも、オーストリア・バロックの至宝と形容されるのも頷けます

 * 序にペトロも独り言
 
ほんまにここは修道院かいな?と違和感、というよりも聊かの反発心もないこともない
 それにしてもこの過激なまでの装い、 差し詰め利休の侘び寂びに対する太閤さんの黄金の茶室、はたまた奥州・平泉、藤原三代の栄華を今に偲ばす<金色堂>、そんな派手構えと言ったとこかな? (

 コレデモカ! と言わんばかりの修道院。
 で、修道院のパンフレットも雑(ま)じえ、その豪華絢爛振りを<Spin off 3>に続いて、これでもか!と御覧頂いたが、少しご迷惑だったかな?
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.959

 前号、ドナウの旅(Spin off 3)へは、<コチラ>から入れます。 

コメント

伊達の薄着

2015年04月13日 | 想い出のカタリナ

 長雨から免れた昨日曜(4/12)は、春の統一地方選挙の前半戦、県議会議員などの投票日だった。

 任期中、議員提案はおろか怠惰にも議会で一度も質問したことのない先生?もいて、タックスイーターの見本みたくな集団でもあるらしい。
 いくら立派な椅子でも、野次をとばすだけ、長時間座っていたらそりゃ腰も痛くなるだろうが、癒すためか何だか判らないが、政務活動費で女性を連れて温泉行とは、なんぼなんでも税金泥棒と誹りを受けるのも当然。

 差し詰め、税喰目小利口科恥不知属の輩なんだろうが、さりとて、彼の号泣県議を輩出した我が西宮選挙区、棄権してさらに好き放題されるのも向かっ腹が立つ。

 小ブログ人を謗らずが信条だが、此の手のおっさん族、男性はもちろんのこと女性のおっさんみたくも含めて。は別。
 少しは真面目に仕事をして貰うためにも貴重な一票、行政と議会の改革に熱心な候補に投票すべく出かけた。

 ところで、今日の話はその先生方を選ぶ話ではない。
 久し振りにお日様が顔を出してくれたこの日、皆さんどんな格好をなさってるンや、と窓を開けて覗き、向かいの消防局の国旗のはためき具合を観測?

 話はそれるが、カタリナ が稽古に出る際、視るともなしに視野に入った景色に黙っておれず、「おいおい、幾らなんでも着過ぎでしょう?」と揶揄(からかう)と、「そうなんだけど、お稽古の最中に咳込むと失礼だから」とその理由(わけ)を言う。

 詰まる所酔狂、防寒ズボン、フラノのシャツにクルーネックのセータ、首にショールを巻いてヤッケを羽織ったが、その姿、自転車としても花の後の出で立ちじゃない。
 年を取るということは、斯くいうものなのか?とも。

 玄関の姿見の前で、「彼女のこと笑えんがな!」と苦笑い、投票所へ向かった。
 先だっての日曜(4/5)のR君とI 君、いざやの時のジャンパーは手にしているものの、もっぱら長袖のTシャツ一枚で過ごしていたが、伊達の薄着を気取っていられたのは何時頃だったろうかと、遠いとおい昔を思った。

 季節があるの?とも思うほど年がら年中咲いている「ペチュニア」だが、今年の新ものが店先に並び出した。
 茄子科で和名が「衝羽根(つくばね)朝顔」、花芯に小さな花のような蕊(しべ)が覗いてい、存外に可愛い。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.958

コメント

寒の戻り

2015年04月10日 | 本/図書館/言葉

 花も終わり、これからいよいよ春本番、温かくなると思っていた。

 何時まで経っても主夫?仮免中の酔狂だが、お天気の好い日に電気敷毛布を仕舞い、敷布と包布を春秋用に替えて冬物は洗濯などと算段。
 豈図らんや、ここ数日の小雨混じりの曇天続き、しかも、今週半ば辺りから上巳の節供、お雛様の頃の気温に逆戻り、北の国のみならず東京近辺でも時ならぬ春の雪に見舞われたとのニュースも。

 それでなくとも引き籠り症候群みたくな酔狂、今日も今日とて祈りの後は陽溜まりの猫宜しく定席?で、煎餅齧って新聞やら本やらを読み、ちまちまと駄文にPC、飽きれば見残しのDVDで暇つぶし。

 そんなある日(4/6)の午後、その殆どが間違いと言っても過言ではない電話、付け足せば線のある電話。のベルが鳴った。
 不断は内蔵のメッセージに一次対応を任せるのだが、珍しく受話器に手を伸ばした。

 架けてきたのはユーラスツアーズ社のK氏、「遅くなったがヴィザとホテルヴァウチャーが上がったので送る」とのこと、翌日(4/7)の夕刻、ゆうパックでそれが届いた。

 まず一番に、稀にだが間違いもあると聞くヴィザの内容を確認。
 そうしたら滞在期間が一日多い五日間になってい、そこに小さなメモが貼付、“ 飛行機の遅延などに備え一日多く出ています “ とあった。

 前回、同社の大阪営業所に依頼、その時の<対応>が嬉しく今回も東京本社に依頼したが、一日多く取得して貰ったのは初めて。

 これまで幾度か海外で交通機関のストに遭遇、特に、オランダはハーグでの<ベルギー国鉄のスト>で、天手古舞させられたこともあったが、ロシアでヴィザの有効期間が切れるアクシデント? その対処なんて想像もつかない。

 大阪事務所の閉鎖に伴い、東京とメールや電話での遣り取りに、靴の上から足を掻く様なもどかしさも無い訳ではなかったが、その配慮が嬉しくなった。

 知っている者にとって当り前のことでも、気付かない者にとっては驚くことがしばしばある。
 何時ものこと乍ら、“ 人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい ” (ルカ/6-31)の言葉が身に染む。
 で、寒の戻りとは裏腹に、気持ちはちょっぴり温かい。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.957

コメント

メルク修道院 ‐ ドナウの旅(Spin off 3)

2015年04月08日 | ドイツ/オーストリア

 オーストリア・バロックの至宝メルク修道院。
 10世紀から13世紀中頃まで、オーストリア公国を支配したバーベンベルク家のレオポルド1世が、11世紀にヴェネディクト派の修道院を建てたという。

     
 ♪ 丘へ続く坂を登り切れば立派な門構えの建物、「えっ、これ修道院なの?」と、驚いたのが前回
  門(左)の脇に教会の守護聖人である二大使徒、「ペトロ(向かって右)とパウロ」の像が立っています
 正門を入ると200mほども続く長い廊下に囲まれた中庭(中)、その中央に噴水がありました
  東のファサード(右)、ここでも小さな台座から、「ペトロ(向かって左)とパウロ」が迎えてくれます

 * カタリナの独り言 〔写真帳・アルバムのメモ書きから〕
 ヴェネディクト派のモットーは、“ 祈れ、そして労働せよ ” じゃなかったっけ!
 寄付された貴族の婦人たちの宝石で飾られた古い「福音書」を見ると、寄進することで少しは心が癒されたのかなと、少し穿った思いに捉われた 

     
 皇帝の間へと続く皇帝の回廊(左)、皇帝とはカールⅣ世、修道院とは親密な関係にあったそうです
 
0万冊の蔵書や手書き本1900冊を収蔵する図書館(中)、天井のフレスコ画にも目を瞠らされます

 この後、教会付属教会の主祭壇や礼拝堂の副祭壇など、華やかな装飾芸術に圧倒されるふたり、そのこてこて振りは次の機会に!
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.956

 前号、ドナウの旅(Spin off 2)へは、<コチラ>から入れます。

コメント