ペトロとカタリナの旅を重ねて

あの日、あの時、あの場所で
カタリナと歩いた街、優しい人たちとの折々の出会い・・・
それは、想い出という名の心の糧 

旧交 ‐ 4月がゆく

2016年04月29日 | 季節/暦

 桜の代わりに 「躑躅」や 「花水木」が、早い所では 「皐月」が綺麗な花を咲かせている。
 一年で一番心はずむ筈のこの時季、熊本地方を襲った地震が今も続き、気持ちを暗くさせる。

 そんな折、二度目に勤務した会社のOB会があって出席をした。
 生来、人様との交わりが下手、それを一番知っているのも自分で、同窓会なども含めてこの手の会に殆ど出席したことがない。

 話は少し古くなるが、以前、小編にも登場して頂いた同郷の先輩でもある<Nさん>、そのNさんから頂いた賀状に、OB会の会長を今年の総会で辞めるとあった。

 退職と同時にOB会に入るのが普通だが、付き合い下手に加えてへそ曲りゆえ、勤務時代に何かとご指導を賜った<上司>から 「OB会に入れ!」と半ば命令されていたにも拘らず、五年ほども経ってから、たまさかの縁で入会したようなこと。

 その途端、Nさんが会長を辞められることになり、せめて 「ご苦労様でした」のご挨拶をすべきだと、清水の舞台から飛ぶ? と言えば聊か大袈裟だが出席した。

 余談だが、会は第一部が総会、第二部が懇親会となってい、懇親会からでいいだろうと勝手に判断、その二部から出席した。

 が、そんな不届きな輩は酔狂だけだったらしく、名札が最後まで受付にあって 「やっぱり来ないんだ?」と何人かの方に思われたよう、会場では随分と冷やかされた。

 若い頃、総務関係の仕事も担当、会社の創立記念日に勇退された方を招き懇親することは度々経験したので大方の雰囲気は承知していた。

 その様子は往時とちっとも変わらず、「どうしてる?」 「お元気?」と言葉を交わし乍ら、皆さん和やかに旧交を温めておられたが、事前に参加されると聞いていた<知人>の姿が見えない。

 首を傾げていたら、どうやら病を得られたらしいことを知り気持ちが沈んだ。
 今時珍しくもない病だが、時にして身も心も根こそぎ持っていかれるようなところが紛れもなくあって、ただ、祈ることしかできない自分がもどかしくもある。

 そんなこともあって、変わりやすい春の天気のように、気持ちの浮き沈みの狭間で卯月・四月がゆく。
 peter & Catherine’s Travel. Tour No.1126

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デューラー ‐ 美術史美術館(2)

2016年04月27日 |  ∟オーストリアの美術館

 ※ オーストリア/ウィーン美術史美術館編 ‐ 中欧美術館絵画名作選(20

 北方の名画三作品から出発したウィーン美術史美術館。
 レンブラント(1606-1669/オランダ絵画黄金期)に次いで二作目は、ドイツ・ルネッサンスの巨匠アルブレヒト・デューラー(1471-1528 )の 「ランダウアー祭壇画」、別題 「聖三位一体の礼拝」(上)。

 本祭壇画は、サン・ピエトロ大聖堂の建築のため、免罪符を乱発するローマを糾弾する宗教改革前夜、ニュルンベルクの商人ランダウアーが創設した養護施設・十二人寮の祭壇のために発注されたという。

 二度ヴェネツィアへ留学、<ベッリーニ>(1433-1515/初期ルネサンス・ヴェネツィア派)などの画家と交友を持ったデューラー、同派の特徴である均整の取れた人体表現、明るい色彩の人物像を絵画の中心に据えたとされている。

 主題は、<マザッチョ>(1401-1428/初期ルネサンス・フィレンツェ派)が、絵画至上初となる幾何学的遠近法を作品中の建築空間へ適応したことで知られている “ 聖三位一体 ” 。

 本作では、上段中央に父なる神、御子キリスト、聖霊を表す白鳩の三位一体を置いている。

 その上段右手には旧約聖書に登場する諸人物、左手には棕櫚の枝を持つ新約聖書でキリストに従う諸聖人など、神によって選ばれし人々が。

 また、下段には青い三重冠を被る教皇と金の王冠を被る皇帝に率いられた現世の人々の姿があり、灰色の被り物の寄進者ランダワーは、赤い僧服の枢機卿の広げた手によって人だかりの中で迎えられている。

 父なる神の衣を神の使者である諸天使が広げ、磔にされたキリストを支える構図は “ 恩寵の座 ” と呼ばれ、当時のドイツ特有の図像とされているのだそうだ。

 当時のドイツでは祭壇の後方上部に祭壇衝立が置かれ、その衝立中央の本体部は厨子に納められた木彫で、翼部は板絵で構成されるのが一般的だったとか。

 彼は、“ ニュルンベルクのアルブレヒト・デューラーが、聖母の御出産後1511年にこれを制作した ” という銘文を手にする自身を画面右下部に描き(中)、祭壇画における画家の優位を強く主張したとされている。
 とまれ、<生意気デューラー>の本領発揮というところか?

 ところで本作、祭壇画のイメージや絵の構成から、かなり大きな作品と 「勝手に思い込んでいたの」だけれど、写真(下)からも見て取れるように、意外にも小振り(135×123.4cm)で驚かされた。
 大きく見せさせるのも 「デュラーの実力だろう」と、変なところで感心した。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1125

 ※ 「美術史美術館(1) ‐ レンブラント」へは、<コチラ>からも入れます。

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レンブラント ‐ 美術史美術館(1)

2016年04月25日 |  ∟オーストリアの美術館

 ※ オーストリア/ウィーン美術史美術館編 ‐ 中欧美術館絵画名作選(19

 ウィーン美術史美術館の旅、大ブリューゲル(1525-1569/フランドル/ルネッサンス後期)の前に、ブリューゲルとともに美術館が誇る北方の名画三作品から出発する。

 オランダ絵画黄金期をフェルメール(1632-1675)と共に担い、光と影の魔術師とも称されたレンブラント・ファン・レイン(1606-1669)の 「大自画像」、もしくは 「自画像 ‐ 職人の装い」が最初の作品。

 宗教画や神話画などで17世紀のオランダ画壇で華やかに活躍したレンブラント、<世界三大集団肖像画>とされる 「夜警」(アムステルダム国立美術館蔵)などで知られているが、自分自身とも対話し続けた自画像の画家でもあって、それは他の画家と比べても際立って多く、素描も含め100点以上にのぼるという。

 彼は20代から30代にかけて秀作を次々と発表、高い評価と対価を得るが、36歳の時、愛妻サスキアの死を境にその画業に陰が差し始め、加えて放蕩な暮らしの果て50歳で破産、不遇の晩年を過ごした。

 本作は、その破産の数年前、46歳の時に描かれたとされている。

 顔にあてられたスポットが、虚飾を捨てた初老の男の苦悩を浮かび上がらせ、じっと見つめてくる視線に(下/部分)に取り込まれそうになる。

 当時のアムステルダムにあって本作は、“ 絵画が目に映るだけのものではなく、人間の魂、苦悩をも表現し得るものであることを証明した ” とも評されている。

 レンブラントの卓越した洞察力と明暗対比を駆使した技法が、男の深い孤独と悲劇を写し出し、見る者を捉えて離さない、そんなふうに思った。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1124

 ※ 「続・中欧の美術館を訪ねて」へは、<コチラ>からも入れます。

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続・中欧の美術館を訪ねて

2016年04月22日 |  ∟オーストリアの美術館

 オーストリア/ウィーン美術史美術館編 中欧美術館絵画名作選(19)

 ドイツ東部にあって<エルベ川のフィレンツェ>とも称されるドレスデン。
 そのドレスデンを離れ、ベルリンへと向かう列車に乗ったペトロ とカタリナ 。

 鉛色の空は今にも雪が舞ってきそうなほど重く、前夜のTV、言葉は判らないが待降節に入り猛烈な寒波が襲来するらしく、ドイツ全土に雪のマークを張り付けていた。

     
 ドレスデン中央駅(以下08年)、寒くって陰で風を避けて(中)列車を待ちます
 北部ハンザ同盟の街ハンブルク・アルトナ行が到着(中右)、ベルリンまで二時間ほどの車中(右)です

 そんな空模様の所為にする訳ではないが、ベルリンの前に少し時間軸を戻して、ウィーン美術史美術館を訪ねてみたい。

 ウィーンは、アメリカでの<同時多発テロ>の日(2001/9/11)に到着して以来のこと。
 それから7年、待降節を直前した街は、主の降誕を迎える準備で賑わっていた。

   
 同時多発テロの翌日でした、この街のシンボル、シュテファン寺院の前(01年/右)です
 冬ざれの時季、中欧には珍しく快晴のウィーン、目抜き通りケルントナー(以下08年/中)の昼下がりです
  市庁舎広場のクリスマス市(右)、待降節を前にジャンボツリーの点灯式の日でした

 前置きが長くなったが、この美術史美術館、01年に<カタリナだけが一度>訪れている。
 その折、一時間後に待ち合わせなんて無茶なことを約束させ、思えば 「随分と可哀想なことを」と反省、今回は十分な時間を用意した。

   
 朝のケルントナー通り(左)、上段と比べると人影もまばら、歩行者専用道路に荷を搬入するトラックが
 美術史美術館(中)、混雑を避けて開館前に着きました、開扉を待ってた人が入館(右)を始めています

 重厚な木製の扉を開け入館すると正面に大理石の大階段が。
 そこでは19世紀末から20世紀かけて活躍した象徴主義を代表する<クリムト>(1862-1918/ウィーン分離派)が、「エジプト」「古代ギリシャ」「16世紀フィレンツェ」など芸術の発展過程を主題に描いた装飾壁画が目に留まる。

    
 少しピンボケですが大階段(左)です
 踊り場にアントニオ・カノーヴァ(1757-1822/イタリア)の「ケンタウロスを殺すテセウス」(中左)が
 ここの壁(中右/右)にクリムトが描いていますが、小さくてオペラグラスでもなければよく見えません

 さて、1871年から20年の歳月をかけて造られた美術館、中世から20世紀初頭まで中部ヨーロッパで強大な勢力を誇ったハプスブルグ家が財に飽かして蒐集した美術品、その質、量ともに第一級とされている。

 取り分け<ピーテル・ブリューゲル>(1525-1569/フランドル/ルネッサンス後期)の収蔵は、故郷ベルギーのブリュッセル王立美術館をも凌ぐとされる。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1123

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もう初夏?

2016年04月20日 | 

 今日(4/20)は、二十四節気のひとつ “ 穀雨 ”。
 暦の本によれば、“ 穀物を育成する暖かい雨が降る頃とされ、草木も芽吹きから葉を育てる時季に差し掛かる ” とある。

 狭いベランダだが、カタリナ が慈しんで育てていた花。
 逝った冬に、可哀想にもその殆どを駄目にしてしまったけれど、その後、残った僅かな鉢に水を遣ってきた。
 親は無くとも子は育つ、とは言い得たもの、春の訪れとともに綺麗な花を咲かせてくれた。

    

 ところで今日は、週初(4/18)のイレウスもどきで、ブログを書くのが少ししんどい。
 で、大切に草花を育てている方にはレベルが違い過ぎて詰まんないだろうけれど、その花を見て頂いてお仕舞い。

    

 今日は全国的に皐月晴れの知らせ、早い所では田植えも始まったよう。
 穀雨が終わる頃には、面白くもちょっぴり悲しい<ちゃんちゃかちゃんの歌>の “ 八十八夜 ” (5/1)、そして、それが過ぐれば短い春も終わり “ 立夏 ” (5/5)だ。

 ここ数日、落ち込み気味のペトロ、また、次回から元気に投稿するつもり、ご覧下されば嬉しい。
 明日(4/21)は西の方からまた雨、熊本地方にも強く降るようだが、元気を出して頑張りましょう。
 Peter & Cat、herine’s Travel. Tour No.1122

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忘れる間もなく・・・

2016年04月18日 | 日記

 熊本地方の地震で被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます

 珍しくその日(4/15)のうちにベッドに入った。
 どのくらい経ったか、ギシギシと建物が鳴る音で目が覚め、ベッドサイドの灯りでぼんやりと見える天井の照明が、ゆらゆらしているのが見えた。

 あっ、地震! と気付き、22階建ての西洋長屋ゆえに長い、と言っても1、2分ほどのことだろうか、不愉快な揺れと不気味に軋む音にベッドでじっと身を委ね鎮まるのを待った。

 翌朝(4/17)の朝刊で、“ 16日午前1時25分ごろ、熊本地方を震源とする強い地震 ” があって、“ 推定マグニチュードは7.3の阪神大震災(95年)級で、気象庁は一連の地震の「本震」とする見解を示した ” とあった。

 まさか、14日に発生した地震が予震だったなんて、大方の人が思いもしなかったのでは。

 気象庁は、“ 余震に注意 ” と呼び掛けていたが、本震とばかり思っていた地震よりも強い地震が、ましてや広い範囲で発生するとは思わなかったよう、それが被害をさらに大きくしたようだ。

 また同庁は、“ 今までの経験則から外れている ” ともコメントしたと同紙は伝えていた。
 言い古された言葉だけれど、地震に限らず “ 災害は忘れた頃にやってくる ” が、ここ数年は、“ 忘れる間もなくやってくる ”、そんな言い回しも違和感がないほど頻繁に起こる。

 災害が発生するたびに思う、大自然の前には人間はちっぽけなもの、この美しい地球に生かされていることに感謝し謙虚であらねばと。
 一日も早い復旧と、被災された方々に安寧の日が訪れることを祈るばかり。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1121

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ラファエロ ‐ アルテ・マイスター(12)

2016年04月15日 |  ∟ドイツの美術館

 ※ ドイツ/ドレスデン国立美術館編 ‐ 中欧美術館絵画名作選(18)

 盛期ルネッサンスの巨人ラファエロ・サンツィオ(1483-1520)。

 その彼の 「サン・シストの聖母」、別名 「聖会話 システィーナの聖母」が、ドレスデン国立美術館 アルテ・マイスター最後の作品。

 本作は、画業として晩年になる1514年頃、教皇ユリウス2世の注文に応じて、教皇の故郷イタリアのピアツェンツァにあるサン・シスト聖堂の祭壇画として描かれ、その後、ドレスデンに移されたとされている。

 画面向かって左手、初期ローマ教会で崇拝されていた殉教者のひとり聖シクトゥスが、聖母マリアの顕示に感動を示すかのように、仰ぎ見るポーズで描かれている。

 一方、右手には十四救難聖人のひとりである処女聖人バルバラが恭順を示し、下方に視線を投げかけている。

 ちなみに十四救難聖人とは、危急の際に信者がその名を呼ぶことで難を救ってくれるとされるカトリックの諸聖人のこと。
 出産、悪魔からの逃亡のアンテオキアのマルガリータ、急死の<アレクサンドリアのカタリナ>などが配されてい、バルバラは発熱と急死とか。

 半開の幕間、光の中から聖母子が現れるという神秘的な幻想と人間の理想の融合ともいうべき作品と評価されている。
 当時の墓碑をイメージするというその幕、発注者の教皇ユリウス2世の墓碑に掲げる為、とする説もあるようだ。

 ※ カタリナの独り言
 ラファエロが多く手がけた他の<聖母子画>と比べ、聖母マリアの表情の趣が少し違う
 それに、キリストも自信溢れる顔ではなく、何か話しかけてくるような憂いのある目と口元が秀逸、思っていた以上に大きな作品を前に、そんなふうに思った (

 また、退屈そうな表情を浮かべ無邪気に見上げる天使があどけなく、本作で示される宗教的な主張とはまた別の癒しを与えてくれるのである。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1120

 ※ 「ジョルジョーネ ‐ アルテ・マイスター(11)」へは、<コチラ>からも入れます。

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移ろいやすきは?

2016年04月13日 | 本/図書館/言葉

 気象予報士のお姉さんが 「春に三日の晴れなし」なんて言っていた。
 無粋な酔狂には未だに判らない言葉のひとつが、その春の空かはたまた秋の空か、移ろいやすきは男心なの、それとも女心なの?

 話は変わるけれど、どこが面白かったのか多くの人が視たという朝ドラの “ 朝がきた ”。
 始まって暫く、ミーハー酔狂、噂に惹かれて覗いてみるとへそ曲りゆえちっとも面白くなく、高視聴率にびっくりポンしていたのだが。

 それはさて置き、その後発の朝ドラ “ とと姉ちゃん ”。
 某日 「さて、どんもんじゃい?」と覗いてみれば、幼くして父親を亡くした末娘が小学生になって 「父との記憶がどんどん減ってゆくの」と悲しむシーン。
 感受性豊かな?酔狂 「そうなんだよなあ」と頷いてしまう。

 時とともに減ってゆくもののひとつが記憶。
 これまで殆ど意識しなかったが、連れ合いを失ってからというもの想い出と言う名の記憶がどんどんと減ってゆく。

 ドラマでも主人公が話してたように覚えているが、新たな記憶が積み上がっていかないのだから、当然と言えば当然のことなのだけれど。

 その記憶、某日、本屋さんの店先で立ち読みしていたら某雑誌に、“ 女は過ぎ去った人を忘れることができるが男はできない ” との趣旨のことがあった。

 聊か牽強付会(けんきょうふかい)だが、別れた男女が後になって事件を起こすのは男が多いのも頷けるような。
 御亭主を見送られた大方の奥方が元気溌剌、楽しんでいるのを見聞きするにつけ、宜(むべ)なるかなとも思う。

 で、そんな元気な奥様を見習って新たな記憶作りをばと、六月初旬に出発するスイスの名峰の麓をハイキングする一人参加も可の<ツアー>をネットで検索。

 残1名に急かされ、申し込みをクリックすれば完了まで進んだところで、睦まじき二人連れを指を咥えて眺めている己が姿が思い浮かびやんぺ。

 兼好さんも、小野小町の “ 色見えでうつろふものは世の中の 人の心の花にぞありける ”(古今集/15)を引き合いに、“ 風の吹く間ににも散ってしまう桜花のように変わりやすいのは人の心よ ”(徒然草/26段)と。

 春の天気に似て何もかもがくるくると、そんな酔狂にどなたか喝でも入れて下さらんかな。
 花屋さんで見かけた 「ガーベラ」、こんなに群て咲く花とは・・・、たまたまなのか、それとも変種なのかな。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1119

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続・古都の教会 - ドレスデン散歩(5)

2016年04月11日 |  ∟ドイツの美術館

 ※ ドイツ/ドレスデン国立美術館編 ‐ 中欧美術館絵画名作選(17

 ザクセンに多くのプロテスタント教会が建てられた時期、ここドレスデンのノイマルクト広場(新広場)に建てられたのが 「フラウエン教会」、以来、プロテスタントの心の拠り所として親しまれたという。

 しかし、1945年2月の二日間に及ぶ大空襲により、完膚なきまでに破壊されたという。

  
  支柱を用いない威風堂々とした石の釣鐘と称されるドーム(左)
 ベロット>(1721-1780)が描いたように、2世紀以上も前からこの街の景観に刻まれてきました(右)

 瓦礫の山が残された跡は、戦争と破壊という過去の過ちを忘れないための記念碑となっていたそうだが、94年に東西ドイツ統合の象徴として再建が始まったのだとか。

 保護された建物の一部を利用し、残された瓦礫をはめ込むという、後世、世界最大のパズルと称された考古学的再建が行なわれたという。

   
  保護された建物の一部がモニュメント(左)として教会の傍らに展示されていました
  再建後のフラウエン教会(中)の壁、白と黒の石が使われていてモザイク模様(右)のように見えます

 これは瓦礫の山から再利用可能な石を選別し、コンピューターを使い元の位置をつきとめる、パズルのような形式で再建されたためとか。
 その数、実に15万個ともされ、黒い部分は全てオリジナルの石が使われているのだそうだが、こうして、信仰、希望、邂逅の場として再生されたのである。

    
  円形の内陣は、何層にもバルコニーが巻いています(左)
  ドーム(中左)には、福音書記官のマタイ、マルコ、ルカ、そしてヨハネが描かれています
 ♪ 復興に努力した多くの人たちの労苦に想いを馳せ、献灯をするカタリナ (中右)です

 ♪ 敷石のノイマルクト広場中央、宗教改革のマルティン・ルター(右)が守護神の如く睥睨をしていました

 案内書を読んで、教会よりも聖堂というイメージを持っていたのだが、入堂してみると以外に小さく、「やはり、教会と呼ぶに」 「相応しい規模ね」などと感想を交わしながら教会を出た。

     
  ノイマルクト広場の南、アルトマルクト広場には新しいショッピングセンタ(SC/左)があります
  アルトマルクト・ガレリア内(中)は待降節に入って、クリスマスツリーなどで美しく装っていました
  SCで簡単なランチの後、トラム(中右)で新市街のマルクトハレ・屋内市場(右)へ
向かいました

 ペトロ、「腹が減った!」と矢鱈五月蝿く、「もう?」と呆れられ乍ら、歴史的に常に市の中心となってきたとされる、アルトマルクト広場(旧広場)に向かった。
 広場は工事中だったが、その一部ではドイツ最古のクリスマス市の準備に余念がないようだった。
 古都ドレスデンに名画を訪ねる旅も、次回で最終章となる。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1118

 ※ 「古都の教会 - ドレスデン散歩(4)」へは、<コチラ>からも入れます。

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古都の教会 ‐ ドレスデン散歩(4)

2016年04月08日 |  ∟ドイツの美術館

 ※ ドイツ/ドレスデン国立美術館編 ‐ 中欧美術館絵画名作選(16)

 少しややこしいが、1697年ザクセン選帝侯フリードリヒ・アウグスト1世、後のアウグスト2世、アウグスト強王とも。は、ポーランド国王になるためカトリックに改宗したのだとか。

 しかし、国民の大部分がプロテスタントだったので、息子の選帝侯フリードリヒ・アウグスト2世、後のアウグスト3世の時代になってようやく、カトリックの宮廷教会を建立することができたとされている。

   
  毎回同じ景色で芸がありませんが、ドレスデンの新市街と旧市街を隔てるエルベ川
  アウグストウス橋(左)を渡ると劇場広場(中)、そしてその 「カトリック旧宮廷教会」(右)です

 黒ずんだ外形に似合わず、バルタザー・ペルモーザ(1651-1732/ドイツ/バロック彫刻家)によって造られた内陣は明るい。

   
  カトリック旧宮廷教会(左)の周り、数えた訳じゃないですが78体の聖人像が置かれているとか
 ♪ 祭壇画(中)はアントーン・ラファエル・メングス(1728-1779/ドイツ/新古典主義)の作とか
  楽楼のパイプオルガン(右)、かの楽聖モーツアルトが弾いたともされているそうですよ
  ザクセンのオルガンマイスター、ゴットフリート・ジルバーマンの最後で最も大きな作品とされています

 カタコンベ・地下墓地には、カトリック信仰であった49体のザクセンの支配者が安置されているのだそう。
 ちなみにアウグスト強王の遺体は、ポーランドの旧首都クラクフに安置され、心臓だけが銀製の小箱に入れられこの地下に眠っているのだとか。

     
 宮廷教会(左)から君主の行列(中左)を経てホテル・ヒルトンの前の細い道(中)を抜けます
 そこは広い
石畳のノイマルクト広場(中右)、もう一つの教会(右)がありました

 ところでカタリナ、案内書の受け売りだろうけど、件の心臓、「彼好みの美人が小箱の傍を通るたびに、静かに鼓動を始めるらしいのね」と教えてくれた。勿論、眉に唾を付けて拝聴しましたとも、はい。
 そんな、他愛もない話をし乍ら、この街のシンボルとも言える教会を目指した。
 peter & Catherine’s Travel. Tour No.1117

 ※ 「新・緑の丸天井 - ドレスデン散歩(4)」へは、<コチラ>からも入れます。 

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