ペトロとカタリナの旅を重ねて

あの日、あの時、あの場所で
カタリナと歩いた街、優しい人たちとの折々の出会い・・・
それは、想い出という名の心の糧 

再生、復活の春も ・・・ ‐ 4月がゆく

2017年04月30日 | 季節/暦

 月の初めと末に投稿する<季節・暦編>、その日が近づくと 「もうそんな時期?」と過ぎる早さを思う。

 ところで、過日(4/21)の朝日夕刊、大原美術館元館長の高階秀爾氏の 「美の季想」の “ 始まりの春 詩の力、生命の讃歌と鎮魂歌 ” を興味深く読んだ。
 そこに一枚の絵、ティツィアーノ(1488-1576)の 「<フローラ>」(ウフィツィ美術館蔵)が載っていて興を惹かれた。

 氏は、“ 寒く冷たい冬が終わって自然の生命が新たに甦る再生、復活を祝う讃歌であり、世界の各地で行われる春祭りともつながる ” とあり、“ このような春の生命讃歌は、文芸、美術の世界においても多くの名作を生み出してきた ” と続けていた。

 そして、“ 神話の神々たちが花咲く野に集うボッティチェリ(1445-1510)の 「<春=ラ・プリマベーラ>」(ウフィツィ美術館蔵)を思い浮かべ、その劇の主役フローラも忘れられない ” とあった。

 またその中で氏は、“ 自然の再生と並んで、春は人間の活動も新しい局面を見せる ” と書き、“ 英語のエイプリルは、ラテン語のアプリーレを受け継ぐもので、その語源は必ずしも明確ではないようだが、発音のよく似た 「開く」 「始まる」という意味の動詞と結びつけられて、「開始」を示す言葉とも関連するようになった ” と続けていた。

 氏の言葉を借りるのも失礼だが、09年の春もゆく頃に開始、始めたブログもこの<シリーズ>も、コピペに加えて似たことばかり綴って八年、そのマンネリを愧じるべきか、それとも楽しむべきか?

  餘花(よくわ)に逢ふ再び逢ひし人のごと (虚子)

 とまれ、その始まりの春も、少しづつ初夏の装いへとその姿を変える ・・・。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1302

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ヤン・ファン・フェイク 「教会の聖母子」

2017年04月28日 |  ∟ドイツの美術館

 ※ ドイツ ‐ ベルリン/ゲマルデ・ギャラリー編 (5) ‐ 中欧美術館絵画名作選 (57)

 神の手をもつ男と称えられたほど卓越した技量を持った15世紀ネーデルランド絵画の創始者ヤン・ファン・エイク(1390-1441/初期ネーデルランド絵画)。

 これまでも傑作 「<アルノルフィーニ夫婦>」(1434年/ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵)で、その細密描写に唸らされたことがある。

 その彼の 「教会の聖母子」(1438-40年頃/31×14cm)が今回の作品。

 ゴチック様式の威厳ある教会、ステンドグラスから差し込む光のなかで幼子イエスと聖母マリアをモチーフとした本作、サイズ」からもわかるように、うっかりすれば見逃してしまうほどの小さな作品である。

 宝冠を被る聖母が幼子を抱きしめ、聖母を見つめる幼子は、マリアの13世紀の伝統的なエレウサのイコンを思わせる服の胸元を握りしめている。

 ちなみにエレウサとは、東方教会のイコンのことで、聖母の慈愛と幼子の受難を想っての嘆きと忍耐を表しているとか。

 ところで本作、「アルノルフィーニ夫婦」まで行かないまでもアレゴリー・寓意に富んでいる。

 それは、背景の身廊にあるアーチ状の飾り格子に描かれた聖母の生涯を表現した木製彫刻であり、壁龕(へきがん)に同様のポーズの聖母子像の彫刻、背後で歌集を手に讃美歌を歌う天使の姿などに窺うことができる。

 さらにエイクは、驚くほど精緻に教会の窓から降り注ぐ光を描いている。
 取り分け、聖母子の背後、陽光溢れる堂内の床、そこに描かれたふたつのスポットは、聖母の処女性と神の恵みを表現している、とされている。

 それにしても、本作もまた聖母や幼子の人体比例に疑問を残しつつも、聊かも聖性を損なわないのは、まさに神の技を持つ男の称号に相応しい。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1301

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デューラー 「ザクセン選帝侯フリードリヒ賢明公」

2017年04月26日 |  ∟ドイツの美術館

 ※ ドイツ ‐ ベルリン/ゲマルデ・ギャラリー編 (4) ‐ 中欧美術館絵画名作選 (56)

 クルトゥーア・フォールム、文化フォーラムの中核をなすゲマルデ・ギャラリー、絵画館。
 入口の円形のホールの右手、第Ⅰ室にはゴシック期の 「祭壇画」が並んでいたが、そこは足早に通り抜け、まずは、ニュルンベルグが生んだドイツ美術史上最大の画家のこの作品から。

 その作品とは、ルネサンス期に活躍にしたアルブレヒト・デューラー(1471-1528)の 「ザクセン選帝侯フリードリヒ賢明公」(1496年)。

 フリードリヒ3世(1463-1525)、賢明公、賢公と称され、当時、宗教改革で名を成したマルティン・ルター(1483-1546)を保護、プロテスタントを承認したことでも知られている。

 余談だが、デューラーと同時期に活躍した<クラナハ>(1472-1553)なども賢明公を描いている。

 そのフリードリヒ賢明公、神聖ローマ皇帝を選ぶ資格のある選帝侯となり、後にデューラーの最初の主要なパトロンになったとか。

 当時、33歳の賢明公は優雅な服を身に付けた姿で、重ねわせた腕を卓に置き、左手に小さな紙を持っている。

 この主人公がややしかめっ面なのは、不屈の精神を伝えるように画家に求め、画家もそれに応じたのではないか、とされているようだ。

 それは画家を直視、取りも直さず本作を見る者を凝視する鋭い眼光に表れ、肖像画として成功している。

 賢明公は本作を甚(いた)く気に入ったらしく、次いで、ヴィッテンベルクにある選帝侯の居城内聖堂の祭壇画をデユーラーに委嘱したことからも、そのことが窺えるという。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1300

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ゲマルデ・ギャラリー

2017年04月24日 |  ∟ドイツの美術館

 ※ ドイツ ‐ ベルリン/ゲマルデ・ギャラリー編(3) ‐ 中欧美術館絵画名作選 (55)

 人口400万人を超えるドイツ最大の都市ベルリン、その中心に想像もつかないほど広いティーアガルテン。
 その公園の南東の端に位置するポツダム広場周辺は、シュプレー川の中洲にできた 「博物館島」と並んでベルリンの文化・芸術の中心のようだ。

     

  博物館島の中心は何と言っても 「ベルガモン博物館」(左二枚)、二回目の今回は改装中でした
  そして、「旧博物館」や、後日、小編で取り上げる予定の 「旧ナショナル・ギャラリー」(中右)も

 ただ当時、ドイツ統一に伴い、東西に分散していた博物館、美術館の統合・再編成が進められていて、旅の案内書 「地球の歩き方‐ドイツ編」も、“ 訪問の際には、ベルリンで最新情報を確認するよう ” 求めてい、出発前に 「ベルリン美術散歩」(水沢勉・津田孝二共著/新潮社刊)などを参考にした。

 ポツダム広場の一角にある 「クルトゥーア・フォールム(文化フォーラム)」、「ゲマルデ・ギャラリー(絵画館)」 「工芸美術館」 「銅版画収蔵室/芸術図書館」で構成されている。
 文化フォーラムの前には、課外授業だろう、先生に引率された小学生のグループなどが待っていた。

    

  建物(左三枚)の前で一緒に開館を待ちましたが、それにしても 「寒い、早く開けて!
  地階のロッカーに手荷物などを預け、一階左手、絵画館に向かいます
  入口の円形ホール
に続き、柱が並ぶ大フロア(右)があって、それを展示室が囲んでいました

 確かに統合、再編成の過程で生まれた現代的な美術館なのだが、これまでヨーロッパの幾つかのナショナル・ミュージアムを訪ねた者にとって、「なんとも」 「無機質な美術館なのね」というのが第一印象だった。

 前書きが長くなったが、次回から、新生ドイツが誇る13世紀から18世紀の泰西名画を回りたい。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1299

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驕る安倍内閣、おっと平家だった、は久しからず ・・・

2017年04月22日 | 日記

 同じことを繰り返すのは斑惚けゆえのこと、かなり前に<似た話>を投稿した。
 それに、一年前の投稿記事に頼るのも安直と言えば安直、最近も<類は類を>と投稿したばかりだ。

 が、義憤に駆られてと言えば聞こえがいいが、飽かずに同じことを投稿したのは、某週刊誌、新聞広告を見ただけだが。が、“ ストーカ登録された経産省バカ政務官 ” (ママ)と報じたから。
 父親も女性にしくじり官房長官を辞任、“ 親を見て子は育つ ” とはけだし名言と実感した。

 他にも、“ 一番の癌は学芸員 (山本地方創世相)、沖縄県はポジショントークをする (鶴保沖縄担当相)、自主避難は本人の責任 (今村復興相)、長靴業界はだいぶ儲かった (務台復興政務官)” と、忘れる間もあらばこそ在庫一掃セール大臣の妄言続き、任命して恬として愧じぬボスが鵺(ぬえ)に見える。 

 
忘れる間もなく・・・
 熊本地方の地震で被害に遭われた方々に心よりお見舞い申し上げます 珍しくその日(4/15)のうちにベッドに入った。 どのくらい経ったか、ギシギシと建物が鳴る音で目が覚め、ベッド......
 

 現役時代、企業倫理も担当、PCのディスプレーの縁に “ 憐みの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい ” (聖パウロ/コロサイの信徒への手紙第3章)を貼り、格好だけでもと戒めていた僕(やつがれ)。
 偉そうに言える身じゃないが、斯くも “ 慈愛と謙遜と寛容 ” をなおざりにした政府が嘗てあっただろうか?

 自由党の小沢一郎、 「国民のレベル以上の政治家は生まれない」と、しれっと吐いたらしい。
 ここまで政治を堕落させたのは国民の責任だが、鳩山由紀夫や菅直人やお前さんには言われたくない。

 朝日調査(4/18)では支持率が50%だという、こんな内閣 「好きやねん」なんて一体誰が答えてんねん?
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1298 

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身に覚えあり、笑いながらも嗤えない話 ・・・

2017年04月21日 | 日記

 過日(4/19)の天声人語氏、幾分の揶揄も込めて、その所業 “ 安直すぎていささか拍子抜け ” と書く。

 その二日前(4/17)の同紙には、“ 75年の横浜市県民ホールの開館に合わせ、緞帳の原画として晩年の棟方志功に板画の制作を依頼した ” とあった。
 記事は、“ 緞帳制作会社に一時期預けた後、額に入れて館長室に架けていたが、それがいつの間にかすり替わっていた ” と続いてい、それを受けての冒頭のコラムである。

 40年ほども前の話、まま、館長室に置いとけば知られずに済んだが、自前の美術館の展覧会に出したところ、美術に詳しい観覧者から 「レプリカじゃない」と指摘を受けて気が付いたンだと。

 お役人やなあと思ったのは、なんとそれを、三年間も知らぬ顔の半兵衛を決め込んだこと。

 しかも、本物の 「宇宙讃 ‐ 神奈雅和(かながわ)の柵」は、和紙に刷られたものだったが、普通紙にカラーコピーされたものをご丁寧にも上下逆さまに額装されていたとかで、恥の上塗りをやってしまったよう。

 まっ、緞帳のための原画、初期の目的は達しているのやし、そんなに目くじらを立てることはないのかも知れない、ましてや他県民としては。

 てなことで、論文から在庫一掃大臣の国会答弁までコピー全盛のこのご時世、わが小編も身に覚えあり、笑うに嗤えない記事ではありました。

 ところで本編、件の版画を他のサイトから借りて添付しようと思って気付いた、それもコピーやないかと。
 で、夙川堤の葉桜の中、名残りの 「藪椿」を、えっ、記事もコピペやないかって、えらいすまんことで。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1297

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クルトゥーア・フォールムへ

2017年04月19日 |  ∟ドイツの美術館

 ※ ドイツ ‐ ベルリン/ゲマルデ・ギャラリー編(2) ‐ 中欧美術館絵画名作選 (54)

 生憎にも小雨のベルリン、カール・リーブクネヒト通りに面したラディソン・サスにチェック・イン。
 このスカンジナビア航空の系列ホテル、平原の国ハンガリーのブタペストでラディソン・サス・ペーケを利用して以来のこと。

    

  ホテル(左)の真ん前には大きな公園(中二枚)があって、部屋からは「赤の市庁舎」や「ニコライ教会」が
 ♪ シュプレー川沿いの食堂からは、中州の「博物館島」や「ベルリン大聖堂」(右)が望めました

 翌日、ベルリンが誇る 「クルトゥーア・フォールム (文化フォーラム)」の 「ゲマルデ・ギャラリー (絵画館)」で、デューラー(1471-1528)やブリューゲル(1525-1569)などと会うことにしている。

    

  ドイツらしく機能一辺倒のホテル(左)ですが、ここまで割り切れば返って好ましくも思えます
 ♪ 吹き抜けのロビー、アクアリウム(中左)があって、魚が回遊しているのには少し驚かされましたが
  売店で交通パスの「ベルリン・ポツダム・ウェルカムカード」(中右)と「美術館などの三日間パス」(右)を

 その日、この時季の常なのか 「午後には降るだろう」というようなことをTVが、勿論、ドイツ語で予報している、ように聞こえたが、暦は晩秋でもベルリンはもう冬の様相だ。

 幹線バスの100番とともにカール・リーブクネヒト通りを走る200番、2006年に中央駅ができるまで、かつての東側の中心アレクサンダー・プラッツ駅と西側の中心ツォー駅を結んでいる。

    

 ホテル近くのスパンダウワー停留所(左)から200番のバス(中右)に乗りました
 市内をほぼ一直線に東西に走る二階建てのバス、観光にも最適とされているらしい
  クルトゥーア・フォールム(右)、子供たちが開館を待っています

 菩提首の下という意味のウンター・デン・リンデンを過ぎた辺りから左折、ポツダム広場の南を抜け、人気のない低層の大きな建物群の中を走る。
 道路を挟んでベルリン・フィルハーモニーの前の停留所でバスを降りた。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1296

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信じない者でなく、信じる者になりなさい

2017年04月17日 | 聖堂/教会/聖書

 昨日(4/16)は、カトリックにとって三つの大祝日のひとつ “ 復活の主日 ” だった。
 この祝日、小さな市民権を得たのかスーパーなどにイースター・エッグなる商品が並んでいて驚かされる。

 小編、イエスの復活については、これまでにも色彩の錬金術師ティツィアーノ(1488-1576)の 「<ノリ・メ・タンゲレ>」、ラテン語で 「我に触れるな」などを投稿した。

 ところで、ゲマルデ・ギャラリー編を始めたばかりだが、“ ベルリンの旅と主の復活 ” といえば、ベルリン郊外のポツダムのサンスーシ宮殿(上)を訪ねた時のことをほろ苦く思い出す。

 その宮殿の絵画ギャラリーに、カラヴァッジョ(1573-1610)の傑作 「聖トマスの懐疑」(1599年頃)が架ってい、氷雨振る寒い日の朝、郊外電車と路線バスを乗り継いで森と湖の美しいこの町へと出掛けたのである。

 そのベルリン郊外ポツダムへの<傷心の遠足>(笑)のことは、リンク先でご覧頂くとして、今号は大祝日にちなんでその彼の傑作 「聖トマスの懐疑」(下)、あるいは 「トマスの不信」とも。を、取り上げたい。

 本作の主人公は、イエスの十二人の弟子の中で唯一主の復活を目撃していないディディモと呼ばれた聖トマス。

 疑り深い彼は、「主の傷痕に指を差し入れるまで復活なんて信じない」と否定した八日後、トマスの前にイエスが現れ、自らの傷痕に彼の指を差し入れる場面。

 イエスは、“ 信じない者ではなく、信じる者になりなさい ” と訓え、トマスは “ わたしの主、わたしの神よと言った ” (ヨハネ福音書20章27-28)場面をカラヴァッジョは切り取っている。

 その時イエスは、“ わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである ” (同書20章29)とも訓えている。
 他人を信じにくい今の時代、世の中ではあるけれど・・・、信じることの重さ深さを訓える言葉である。

 とまれ、主の復活おめでとう、ミサ後に貰ったイースター・エッグ、茹で卵だけれど。でも食べようかな?
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1295

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気紛れな空模様に翻弄されても ・・・

2017年04月15日 | 映画/TV/音楽

  惜春やいつも静かに振舞ひて (立子) 

 読者登録をしている皆さんのブログを拝見、いながらにして各地の桜を楽しませて頂いている。

 公園や川沿いの並木だったり堀端だったり、枝垂れ桜から山桜まで、青空や夜空に花弁を誇らし気に開くもの、雨や霧に濡れそぼつもの、様々な表情を見せていた。
 そこには投稿された方の、この花に寄せる想いが込められているようにも思えた。

 11年の春だったからもう七年にもなる、サクラの歌が流行った年だったように憶えている。
 中で少し趣きを異にする、ふくい舞さんの<いくたびの櫻>(詞:山上道夫/曲:佐藤博)が余韻を残した。

 当時、自身の病は勿論のこと、ましてや二年後に彼女 が・・・なんて思いもしていなかった。

  これから何年 二人して櫻を見るのでしょう 今年も大事にして 散るまでの花を見る
    一年一度の 櫻をながめて あなたといつまでも この愛に生きたい
    あなたと
(あなたと) いつまでも この愛に生きたい

 気紛れな空模様に翻弄され乍らも懸命に咲く櫻、当時とはまた違った気持ちで眺めたが、その花も惜しまれて春の風に舞う ・・・
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1294

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どこか似た話だと思いません?

2017年04月14日 | 日記

 20年東京五輪、国税使うなら地方に暮らす者にもちょっぴり恩恵、ある・・・かも。
 それは、世界最低レベルと酷評される受動喫煙対策の強化に政府・厚労省が乗り出したこと。

 尤も、高邁な議員(せんせい)方、こんな時だけ与野党を超えて、「煙草は嗜好品、嗜む権利を奪うな」と声高に主張、飲食店への規制に反発しているンだとか。

 よく解らないのが規制される側、飲食店主の考え。
 今や煙草を喫わない人が圧倒的に多いのに、どうして大多数に犠牲を強いるのか? 禁煙にした方が客脚も増えるのは自明だろうに。

 まあ、「煙草、喫わない人は来て貰わんでも結構や」と言う気持ち解らないでもない。
 が、それにしても、そこで働く人の健康、どう考えてるでしょうかねえ。

*        *     *

 都議選を目前に敵前逃亡、民進党の長島衆院議員、都連幹事長の仕事を放り投げて離党したらしい。

 前回、選挙区で落選、東京比例区で拾われた彼、次期総選挙で共産党との共闘を進める党の方針に不満と、さも聞こえの好いことを言っているが、都知事の人気に縋(すが)りたいだけのこと。

 それ自体どうでもいいことだが、虚仮にされた民進党のだらしなさには救いようがない。

 支持団体の連合、衰退の一途を辿り今では僅か690万人足らず、しかも、大企業が設立する政治団体に浸食されて実勢は見掛け倒し。

 その連合と袂を別つことができない腑抜け振り、最近も原発ゼロの運動方針を電力労連などの恫喝に屈し削除する始末。

 理念も矜持もないのか、690万に阿(おもね)て大多数の市民層の支持を失っていることに気付かない。

 まあ、「ポスター貼りや電話訪問してくれるのは彼らだから」、精々彼らに期待しはったら、蓮舫はん。

 カタリナ が大切にしていた<小さき花>、開花が遅れ少し気を揉んでいましたが、「春蘭」や「花筏」に続いて<イースター・復活祭>(4/16)を前に開いてくれました。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1293

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