ペトロとカタリナの旅を重ねて

あの日、あの時、あの場所で
カタリナと歩いた街、優しい人たちとの折々の出会い・・・
それは、想い出という名の心の糧 

続々・ルーベンス ‐ 寄り道ルーヴル(5)

2015年10月28日 |  ∟フランスの美術館

 ピーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640/フランドル/バロック)と彼の工房・アトリエが制作した 「マリー・ド・メディシスの生涯」。

 画家を 「あまり好きじゃないの」と言うカタリナ、見上げてばかりで痛くなった首を揉む誰かを放ったらかしに、さっさと次の展示室に行ってしまったけれど、折角、二回目まで進んだのだから最後まで、短く投稿する。

 ということで、飽きもせず 「#16 成人したルイ13世」の続きから。  ( ※ : 特に、著名とされる作品。)

    

 ♯17  ブロワ城の脱出
     
息子ルイ13世によって二年間幽閉されたブロワ城から脱出
     勇気と賢明さを表すミネルヴァがマリーを助け、高官たちがアングレームまで供をする
 ♯18  アングレーム条約
     ルイ13世と和解、玉座に座るマリー、<メルクリウス>が平和の印オリーブの小枝を差し出す

 ♯19  アンジェの平和
     メルクリウスに導かれ、平和の聖堂に到着したマリー
     平和の女神は要らなくなった武器を燃やし、その横で蛇を腕(かいな)に猛り狂うのは悪徳

 ♯20  完全なる和解
     母マリーと息子ルイ13世の完全なる和解
     マリーは平和の小枝を手に、擬神化されたルイ13世と雲の切れ間の彼方へと上げられる

 そして大連作 「マリー・ド・メディシスの生涯」も 「#21 真理の勝利」で大団円。

      

 ♯21  真理の勝利
     画面上部では、母マリーと息子ルイ13世が向き合う
     そのふたりの会談に出席させるために、<時の擬人クロノスが真理の擬人>を引き上げようとする

 大連作に加えて大展示室、ギャラリー・メディシス、メディチ家のトスカーナ大公と大公妃の肖像画を両脇に、ミネルヴァに扮したマリーの肖像画画も架る。

 ♯22  トスカーナ大公妃
     マリーの母、メディチ家のトスカーナ大公妃の肖像
 ♯23  ミネルヴァに扮するマリー・ド・メディシス
     戦争の女神ミネルヴァに扮するマリーの肖像
 ♯24  トスカーナ大公
     マリーの父、コジモ1世の息子でメディチ家のトスカーナ大公の肖像

 ルーベンスと工房、二年の歳月を費やし描きも描いたり、「絵の具も半端じゃないだろうに」と、ペトロ 詰まらないことを。

 それにしても、ルーベンス描くところの女性たち、「<パリスの審判>」(ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵)や 「<エレーヌ・フールマン>」(ウィーン美術史美術館蔵) 然(しか)り、「ふくよかというか、豊満ですなア?」 「なんだ、結局はそこへ話が行くんだ!」。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1052

 ※ 「寄り道ルーヴル(4) ‐ 続・ルーベンス」へは、<コチラ>からも入れます。

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続・ルーベンス ‐ 寄り道ルーヴル(4)

2015年10月26日 |  ∟フランスの美術館

 バロック期におけるフランドル絵画の巨匠ピーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640)と彼の工房が手がけた 「マリー・ド・メディシスの生涯」の二回目。

 繰り返しになるが、ギャラリー・メディシスの四囲の壁を埋め尽くす王妃の生涯など24枚からなる大連作、個々の作品のでかさ、縦版が 3.94×2.95 m、横版に至っては 3.91×7.27 m もあって圧倒される。

 その二回目は、「♯9 摂政制度」の次作から。  ( ※ : 特に、著名とされる作品。)

   

 ♯10  マリーの戴冠式
     王のドイツ遠征を前に国内の統治を任された王妃、パリ北部郊外サン・ドニの大聖堂で戴冠式
 ♯11  アンリ4世の神格化
     
戴冠式の翌日、暗殺され天に上げられるアンリ4世、9歳のルイ13世が即位、ためにマリーが摂政に
     いわゆるアンリ4世の神格化、地面で槍を刺されて苦しむ蛇は暗殺者を象徴
     フランスを擬人化する人物が統治を意味する玉を喪服のマリーへ、この国がマリーの手に渡った瞬間
 ♯12  神々の評議会/マリーの統治
     
スペインとの同盟のため、神によって選ばれたフランスの統治者マリーの役割を表現
     
ユピテルとユノー、ミネルヴァなどの神々総出で二匹の鳩=国がとまる世界を表す玉を囲み評議

 マリー・ド・メディシスの生涯をルーベンスは、“ 寓意と神話上の人物を、古代を想起させる装飾の中で取り混ぜた複雑な手法を用いて、摂政政治の政治的正当性を確立した ” と、同館のHPにある。

    

 ♯13  ユリエールの陥落
     
オーストリアに占有されていたドイツの町ユリエールを征服
     兜を被ったマリーの横でラッパを吹き勝利を伝えているのは名声の神ファーマ
 
♯14  王女の交換
     
ルイ13世はスペイン王女のアンヌ・ドートリッシュを妻に
     フランスからはフェリペ4世の許にマリーの娘のエリザベートが嫁ぐ
     幾度も登場する青いマントの対面する獅子の兜の人物はスペインの擬人像
 ♯15  摂政政治の至福
     
輝かしい摂政時代のマリー、左手は、世界を表す球体に手を乗せている
     右手は、公正や正義のアレゴリー・寓意である天秤を掲げ、得意の絶頂
 ♯16  成人したルイ13世
     
ルイ13世が成人と認められる年齢に達し親政を始めると母子で対立
     国政を表す船の舵を引き継いだ冠を戴く13世、胸も露わに船を漕ぐのは、力、宗教、正義、和平

 早い話が、評判芳しからぬ王妃を、“ 神話を題材とする寓意的なアプローチによって世俗的に陥ることなく母君としての正当性と尊厳を示した ” ということらしい。

 が、凡庸なペトロ、その図体のでかさに 「う~む?」と訳の分からない声を発し、そのうち見上げてばかりで首が痛くなるのである。 (この稿、さらに続く。)
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1051

 ※ 「寄り道ルーヴル(3) ‐ ルーベンス」へは、<コチラ>からも入れます。

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ルーベンス ‐ 寄り道ルーヴル(3)

2015年10月24日 |  ∟フランスの美術館

 王の画家にして画家の王と呼ばれるピーテル・パウル・ルーベンス(1577-1640/フランドル/バロック)と彼の工房が制作した 「マリー・ド・メディシスの生涯」。

 大展示室、ギャラリー・メディシスの四囲の壁を埋め尽くす王妃の生涯21枚に加えて肖像画など3枚、計24枚からなる連作は、作品としての質は別にして、個々のサイズのでかさもあって圧倒される。

 その王妃の生涯、「マリーの運命」から始まる。 ( ※ : 特に、著名とされる作品。)

      

 ♯1  マリーの運命
     誕生の前、ローマ神話の最高神ユピテル(ギリシャ神話でゼウス)と妻ユノー(同じくヘラ)
     そして、
生死を司る三人の女神がマリーの運命の糸を紡ぐ
 ♯2  マリーの誕生
     名門
メディチ家に生まれたマリー、故郷フィレンツェを表す擬人像が手を差し伸べている
 ♯3  マリーの教育
    
知恵の女神ミネルヴァの開く本を覗くマリー、足元には楽器や塑像など、芸術科目もあった?
     頭上で翼の帽子を被るのは<メルクリウス
 ♯4  アンリ4世へ肖像画の贈呈
    
今でいう見合い写真をアンリ4世が受け取る場面
     頭上で見守る二人は、両脇に鷲と<孔雀>が描かれていることからユピテルとユノー
     アンリ4世を多情の神でもあるユピテルに、早い話が浮気者になぞらえている
 
♯5  結婚
    
フィレンツェでの結婚式、欠席したルイ4世に代わって叔父に指輪を填めて貰うマリー

 話は前後するが本作は、イタリア貴族の名門メディチ家の出身で、フランス王アンリ4世の二番目の妻にしてルイ13世の母マリー・ド・メディシス(1575-1642)の生涯を、折から建設中のリュクサンブール宮殿を飾るために王妃自らに依頼され、二年をかけて完成させたとされる。

     

 ♯6  マルセイユ上陸
    
祝福されながらマルセイユに上陸、迎えるはフランスを象徴する王家の紋章の青いマントの人物
     マリーの頭上で到着のラッパを吹くのは名声を擬人化している
 ♯7  リヨンでの会見 
    
リヨンでルイ4世と初の対面、この場面も鷲と孔雀が登場する
     二頭のライオンが牽く凱旋車から見上げる人物はリヨンの町を象徴

 ♯8  ルイ13世の誕生
    
後のルイ13世の誕生、多産の擬人像が子供と花で満たされた籠を差し出す
     マリー、太子出産の
安堵も手伝ってか、やれやれと靴を脱いでややしどけない
 ♯9  摂政制度
    
ドイツとの戦争の準備、青地に金百合の珠を二人で手に、間にいるのは幼きルイ13世

 尤も、マリーには政治的な功績や華々しい英雄的逸話もなく、ルーベンスは生涯を21枚もの連作に構成するのに苦労、♯4 〜 ♯7 のモティーフを結婚にしたとか。

 なにはともあれ全作品をHPから拝借、三回に分けて、「えっ、三回も!」なんてことは言わずに、まずはそのヴォリュームを感じ取って貰えればと思う。 (この稿、続く。)
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1050

 ※ 「寄り道ルーヴル(2) ‐ レンブラント」へは、<コチラ>からも入れます。 

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高いとこはお嫌い? ‐ 道草ルーヴル(3)

2015年10月22日 |  ∟フランスの美術館

 際(きわ)まで行ったものの、人の列に恐れをなしすごすごと引き返した過去?がある。
 何を隠そう、隠すほどのことじゃないか。花のパリに何回か行き乍らも、彼の<エッフェル塔>に登ったことがないお上りさんふたり。

 高い所(とこ)が嫌いなの?と訊かれると、そうじゃない。
 寄る年波に加えて日頃の運動不足もあって歩いて登るのがしんどい、おまけに列に並ぶのが若干?不得手なだけで、これらさえクリアできれば、むしろ好きな方だ、なにせ、煙と阿呆は・・・の、口だから。

     

 言い訳がましくなったが、以前<モンマルトル日記>を投稿、その続きと思って貰えば時間軸が合う。
 昼下がりから小雨模様になったその日、一旦、帰ったホテルでのこと、「ちょっと暇やね」とこぼすペトロ に 「散歩だったら付き合うよ」と、珍しくカタリナ が言う。

 それで、地下鉄路線図とカメラをポケットに、ホテル近くのグラン・ブールヴァール駅からメトロ6号線でシャルル・ド・ゴール・エトワール駅へ向かった。

     

 そのシャルル・ドゴール広場、通称エトワール広場の大きなロータリーの真ん中に凱旋門が聳えている。
 余談やがこの広場に続くシャンゼリゼ通り、二度目のパリ、<X‘maseve>を直前(12/22)にした夜半以来のことになる。

 話は戻ってそのロータリー、「一体、何本の道路が流れ込んでいるや?」と、詰まらないことを考えていると、「早く行きましょ!」と急かされてしまった。  (この稿、続く。)
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1049

 ※ 「道草ルーヴル(2) ‐ 鬼っ子?」へは、<コチラ>からも入れます。

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グレコ ‐ 駆け足ルーヴル(16)

2015年10月20日 |  ∟フランスの美術館

 スペイン絵画となればこの人、マニエリスム期の巨匠エル・グレコ(1541-1614)。

 ギリシャのクレタ島で生まれ、ヴェネツィアやローマなどで活躍したものの、報酬などの金銭トラブルが絶えず生活に困窮。
 76年頃、スペインは<トレド>に渡り、宮廷画家を志すも国王フェリペ2世の不興を買い<挫折>。

 しかし、宗教関係者や知識人からは圧倒的な支持を得たとされ、世界三大集団肖像画のひとつとされる 「<オルガス伯爵の埋葬>」(トレド/サント・トメ教会蔵)や 「聖衣剥奪」(<トレド大聖堂蔵>と<アルテ・ピナコテーク蔵>)など多くの傑作を遺している。

 その彼の 「<キリストの磔刑と二人の寄進者>」、再登場である。

 本作は、通常、描かれる聖母や聖ヨハネを大胆にも省き、祭服を纏った聖職者と、恐らくは本作の寄進者とされる襞襟の衣服を着た信徒が、キリストを見上げながら祈りを捧げる構図を採っている。

 その意図は、祭壇に置かれた本作の聖職者と寄進者の二人が、信徒からは聖体を授ける神父と同一線上に見えるようにしたためで、それによって神父の行為が二人の代理と位置づけられるのだという。

 ところで、マニエリスムの特徴のひとつが、あの引き伸ばされた人体描写。
 写真などで見るとかなり異様に見えるが、実際に作品の前に立つとまったく気にならない? のは、やはり巨匠の実力と言うべきか。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1048

 ※ 「駆け足ルーヴル(15) ‐ カラヴァッジョ」へは、<コチラ>からも入れます。

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マイナス思考

2015年10月18日 | 日記

 過日(9/14)の朝日のふたつの記事、そのひとつが<続・おならはえらい>で、その続き。

 もうひとつは、いわゆる “ 五大がんの全国規模における5年生存率 ” を、国立がん研究センターが発表したとの記事。
 がん研は、“ 参加施設が限られることなどから、今回は偏りがあることを前提に分析した ” と説明するものの、有り体に言えば聊か気になる見出しだった。

 記事を追えば、“ 宮崎を除く46都道府県の177のがん診療拠点病院で07年にがんと診断された患者、延べ約17万人を5年間追跡 ” したもので、“ 五大がん全体の5年生存率は64・3% ” とあった。

 部位別では、“ 胃71・2%、肝臓35・9%、肺39・4%、女性のみだが乳房92・2% ” とあり、わが大腸は “ 72・1% ” だったそう。

 この数字、高いのか低いのか判りようもないが、プラス思考で100人中72人も<5年以上>も生存!と、楽観視させてくれるところも。

 以前、 “ 新春から半年、漸く<腫瘍マーカの呪縛>から解放 ” と書いた。
 その折のCT検査で、膵臓にひじき?のような小さな影が映ってい、主治医から 「少し気になる」と告げられた。

 案外と冷静に 「転移ですか?」と訊けたが、「問題ないと思う」の言葉の後に 「念のためにMRI を撮る」と続けられた。
 三年前の<初見>では、急き立てられるようにCT室に入ったこともあって、直ぐにと思いきや 「次の十月検診でいいでしょう」と、予定を入れる主治医に小さな安堵も得たのだが、早いものでそれも今週になった。

 そんなこともあって、5年内に28人も帰天?と、少し<憮然>とさせられた、マイナス思考と承知しつつも。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1047

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続・トゥール ‐ 回り道ルーヴル(3)

2015年10月16日 |  ∟フランスの美術館

 カラヴァッジョ(1573-1610/イタリア/バロック)と見紛うほどの絵を描くフランス人画家ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593-1652/バロック後期・古典主義)の続き。

 その彼の今回の作品は、「悔悛するマグダラのマリア ‐ 聖なる炎の前のマグダラのマリア」(左) 。

 彼はこの主題で 「悔悛するマグダラのマリア ‐ ゆれる炎のあるマグダラのマリア」(中左/LA・カウンティー美術館蔵)、「 悔悛する――  ‐ ふたつの炎の前のマグダラのマリア」 (中右/メトロポリタン美術館蔵)、「 悔悛する――  ‐ 鏡のマグダラのマリア)」(右/DC・ナショナル・ギャラリー蔵)を描いている。

    

 彼は 「書物のあるマグダラのマリア」(下左/個人蔵)など、少なくとも八点を同主題で描いたとされている。

 話はそれるが、前号の 「いかさま師」がカラヴァッジョの 「 トランプ詐欺師」(フォートワース/キンベル美術館蔵)の強い影響を受けているように、トゥールの 「女占い師」(中/メトロポリタン美術館蔵)も、ここルーブルが所蔵するカラヴァッジョの 「女占い師(ジプシー女)」(右)の影響が顕著とされている。

    

 取り分け 「 悔悛する――  ‐ ふたつの炎の前のマグダラのマリア」(上中右)での、床に装身具を打ち捨てさせる描写、拡大すればよく判ります。など、カラヴァッジョの 「<悔悛するマグダラのマリア >」(ローマ/ドーリア・パンフィーリ美術館蔵)の強い影響が見て取れ、彼の画業にカラヴァッジョが大きな位置を占めていたかが窺い知れるのである。

 とまれ、キアロスクーロ・明暗対比を用いるがゆえに “ 夜の画家 ” とも呼ばれるに相応しく、イエスに最後まで仕えた聖マグダラの罪を悔い改める仕草、憂いを帯びた表情が深い闇の中にあって、見るものを贖いへと誘うのである。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1046

 ※ 「回り道ルーヴル(2) ‐ トゥール」へは、<コチラ>からも入れます。

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トゥール ‐ 回り道ルーヴル(2)

2015年10月14日 |  ∟フランスの美術館

 前回、無頼にして奇才の画家カラヴァッジョ(1573-1610/イタリア/バロック)を投稿したが、その彼と見紛うほどの絵を描くフランス人画家がいる。

 その画家とは、20世紀になって再評価されたというバロック後期から古典主義様式期にかけて活躍したジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593-1652)。
 美術書にも、“ 無骨なほどの写実的表現と非常に厳しい明暗対比による光と影の表現 ” とあって、このくだり、カラヴァッジョのページ?と索引を見直すほど。

 聊か馴染の薄いその画家の 「いかさま師 (ダイヤのAを持った)」(左)が今回の作品。

   

 関連作として、「いかさま師 (クラブのAを持った)」(テキサス州キンベル美術館蔵/中)を描いている。
 ふたつの絵の異なる点は、拡大すればお判り頂けるが、いかさま師が手にするトランプのマーク。

 今まさにいかさまを行なわんとする男の視線、カードゲームに興じる中央の高級娼婦と思しき女性の焦点定まらぬ目、仲間なのかそれとも訝しく感じたのか男に視線を投げる女給仕、三人三様の目の動きが、この場の如何にも不審的な雰囲気を余さず伝えている。

 カラヴァッジョもこのモチーフで 「トランプ詐欺師」(キンベル美術館蔵/右)を描いてい、その影響を強く受けたことは素人なりにも理解(わか)り面白い。 (この稿、続く)
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1045

 ※ 「回り道ルーヴル(1) ‐ ヴァトー」へは、<コチラ>からも入れます。

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カラヴァッジョ ‐ 駆け足ルーヴル(15)

2015年10月12日 |  ∟フランスの美術館

 徹底した写実性と劇的な明暗対比や感情表現で、後世の画家に大きな影響を与えた<バロックの奇才>カラヴァッジョ(1573-1610)。

 その彼の全作品中でも最大にして、かつ衝撃的な 「聖母の死」(上段)が今回の作品。

 衝撃的? それは本作が、ローマのサンタ・マリア・デッラ・スカーラ・イン・トラヴェステヴェレ聖堂のために1606年に完成したものの、聖堂に相応しくないと受け取りを拒否されたことからも窺い知れる。

 作品中、白眉の完成度とされる本作の主題は、聖母マリアが大天使ミカエルから臨終を聖告され、今一度息子イエスの弟子たちに会いたいと願い、その三日後、集められた弟子たちに看取られながらその時を迎えた場面。

 彼は、この主題で他の画家に見られる聖母の聖性を強調する伝統的な表現を完全に放棄、赤い衣服を着けただけの姿で横たわらせ、傾いだままの頭、だらりと伸びた左腕、浮腫んだ素足(中段/左)を晒すなど生々しく描いている。

 それは当時の人々に著しく品性に欠けるものとして、むしろ嫌悪感を与えたことは想像に難くなく、さらに加えて、聖母のモデルがカラヴァッジョが愛した娼婦であったともされ、依頼主に受け取りを拒否されたのも当然すぎる結果でもあった。

 余談だが、彼は 「<パラフレニエーリの聖母>」通称 「馬丁たちの聖母」(ローマ/ボルゲーゼ美術館蔵)でも、ヴァチカンから受け取りを拒否された前歴を持っている。

 冷徹なまでに写実的に描写された本作、聖母に描かれた細い光輪(中段/右)が唯一無二の聖性を表し、かろうじて祭壇画として踏み止まっているともされる。

 周囲の弟子たちの顔は光の陰に沈んでいるため識別が困難だが、手で顔を覆い隠し泣いている年老いた男はおそらく<聖ペテロ>(下段/左)、その横、聖母の足元で跪いているのは聖ヨハネ(下段/中)とされている。

 前方で光に照らされ悲しみに打ちひしがれている女性は<マグダラのマリア>(下段/右)と解釈されているが、本作の救いがここに凝縮されている、そのように思った。

  

 本作、作品に隠された高尚な芸術性と主張を見抜いた<ルーベンス>(1577-1640/フランドル/バロック)の仲介で、<マントヴァ>のゴンザーガ家が購入した来歴が残されているとか。

 とまれ、作品を前にペトロ とカタリナ、画家が主張する “ マリアの聖性 ” に息を呑み、ルーベンスの慧眼に納得したのだった。
 画家の主張するものを感じ取って貰いたくもあって長くしてしまった、 拡大してご覧頂ければと思う。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1044

 ※ 「駆け足ルーヴル(14) ‐ 続・ラファエロ」へは、<コチラ>からも入れます。

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続・おならはえらい

2015年10月10日 | 日記

 過日(9/14)の朝日、酔狂にとって聊か気になる記事が、それもふたつ載っていた。

 ひとつは、生活欄の “ どうしました ” という医療相談。
 身体や心に関する相談に、専門医が一問一答形式で懇切に答えるこの連載、読まれる方も多いのでは。

 その日は、“ おならが前触れなく出て困っています。便秘や病気はなく医師には「誰でも出るから」と取り合って貰えません。どうしたら止まりますか ” という少し滑稽な相談だった。

 その<おなら>、腸閉塞や腸管癒着、八月末の土曜の午後にも癒着もどきで近くの医院の戸を叩いて何とか診察だけは受けられた。を抱える酔狂にとって、腸の動きを測るため欠くべからざるもの、で関心深く読んだ。

 消化器内科医の答えは、“ おならとなって出てくる気体の七割が、食べ物や唾液と一緒に口からのみ込む空気、呑気(どんき)” なのだそう。
 そして残りの三割は、“ 体内で腸内細菌が食物を分解する時に発生するガス ” と続いてい、呑気なるものを始めて知った。

 さらに、“ 匂いが余り臭くなければ呑気が多い可能性があり、無意識に空気をのみ込む癖がある人や早食いをする人、ストレスが多い人は呑気が増える傾向にある ” とのこと。

 肝心のおならを減らすには、“ よく噛んで、食べ物とともに体に入る空気を減らすこと ” ともあって、一々頷かされる。
 また、“ 芋や豆などを減らすのも有効、特に、人前に出る前の食事に気をつけましょう ” と、念を入れての注意も、新聞を手に「そうなんだよなあ」と甚(いた)く得心した。

 とまれ、おならは偉い! と同時に減らす工夫も必要なンだと反省させられた記事だった。 (この稿、続く)
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1043

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