ペトロとカタリナの旅を重ねて

あの日、あの時、あの場所で
カタリナと歩いた街、優しい人たちとの折々の出会い・・・
それは、想い出という名の心の糧 

ソフトターゲット ‐ 2月がゆく

2017年02月28日 | 季節/暦

  春は名のみの風の寒さや 谷のうぐいす歌は思えど ・・「早春賦」(詞:吉丸一昌/曲:中田章)

 昨日、今日(2/28)と窓から見える陽射しは暖かく、漸く春がと思わせたが、一歩外に出ればまだ暫く時間が要ることを実感させられる。

 この月も、カラスが鳴かぬ日はあっても新聞やTVが事件を扱わぬ日はない、そんな日ばかり。
 また、乾燥しているので火事も頻発、隣りの消防署が夜分けたたましくサイレンを鳴らし出動するのを、寝ぼけ眼で何度か聞いた。

 けたたましいといえば、マレーシアで007もどきのことをやらかしたようだが、「奴らなら遣りかねん!」と、余り驚きもないのは返って怖い。

 国の玄関、拠点(ハブ)空港で遣られたマレーシアは怒り心頭だろう。
 TVで見る限りだが、警備の警官が大勢いる中、しかも、白昼堂々と遣りたい放題を許したんだから、これで怒らなけりゃ虚仮(こけ)だろう。

 韓国は北朝鮮がやったと五月蝿いようだが、彼らとて同じ穴の貉だ。
 1973年、韓国の民主活動家で後に大統領になる人物が、韓国中央情報部により東京のホテルから拉致された、いわゆる金大中事件である。

 後に本人曰く、海に投げ込まれると覚悟した、が、追尾する海上保安庁の照明弾にテロリストは断念、五日後にソウル市内で発見されたという。

 座敷を土足で踏みにじったのが、かの朴槿恵氏の実父朴正煕大統領、父娘してなにやってんだか。
 それはとも角、今でこそソフトターゲットなんて言われているが、治外法権の大使館をアジトに国が仕立てたプロ集団にかかれば、防ぎようもないことを改めて思い出させた。

 ところで事件と言えば、過日(2/4)<春の陽に誘われて>武庫川畔を自転車で走った折、女性警官に停められたことがあったが、やはり生臭いことだったようで、それを朝日の夕刊(2/22)で知って驚いた。
 そんな、遣り切れないあれやこれやを残し、如月・二月もゆく。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1270

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カラヴァッジョ 「ロレートの聖母」

2017年02月26日 |  ∟イタリアの美術館

 ※ 続・ローマとナポリにバロックの奇才を訪ねる旅 (19/End)

 ナヴォ―ナ広場近く、サンタゴスティーノ教会の入口直ぐ、薄暗い礼拝堂にその絵は架っていた。
 昼下がりの休憩が終わったのか、扉の前で待っていた私たちを、手招いて一番に入れてくれた管理の青年、待ちくたびれた風の私たちに同情をくれたのか、直ぐにスポットライトのスイッチを入れてくれた。

 彼の好意に浮かび上がったのが、カラヴァッジョの 「ロレートの聖母」別名 「巡礼者の聖母」(1604年頃)。

 無頼の徒、それゆえと言うべきか単純な彼が、“ 感動を与える奉納画を描いた ” (カラヴァッジョ/西村書房刊)と評価されている。

 主題は至って簡単、ふたりの巡礼者が柱の横の聖母子の彫像の前で跪いて手を合わせている姿である。

 面白いのは信者の目線、つまりふたりの目には、この絵を見る者にもだが。静かに見下ろす聖母子が生きているかのように描かれていること。

 カラヴァッジョは、徹底した写実性のもとで庶民的な巡礼者、おそらく母と息子であろう。の姿を描いている。

 老女のしわくちゃな頭巾や汚れた男の足の裏から目を逸らすことはできないが、聖母子は光輪と一段高い位置で俗世間と切り離され、かつ、その美しさと温かい視線によって聖性は豊かに保たれている。

 ところで聖母のモデル、例によって<彼の恋人>とされ、“ この女性を巡って争った ” とか。
 それゆえか全体に質素に描きつつも、左腕のみ豪華な衣装を纏わせている点などに彼のモデルに寄せる愛情が見て取れる。

 また、聖母の肩から首にかけて、また魅力的に交差する長い脚など、その伸びやかな姿態は、「<パラフレニエーリの聖母>」(1605-06年/ボルゲーゼ美術館蔵)などと同様に、この時期のカラヴァッジョ作品における<マニエリスム>を示しているのも面白い。
 ちなみに、マニエリスムとは、バロック様式の一代前の様式のこと。

 カンピドーリオの丘は<カピトリーナ美術館>から再開した、バロックの奇才カラヴァッジョ(1573-1610)とベルニーニ(1598-1680)を訪ねる旅、<>を含めて区切りの20回、最終回ゆえ聊か長くなった。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1269 

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最終回の前にラファエロ

2017年02月24日 |  ∟イタリアの美術館

 ※ 続・ローマとナポリにバロックの奇才を訪ねる旅 (18)

 バロックの奇才カラヴァッジョ(1573-1610)とベルニーニ(1598-1680)を訪ねる旅、その再開編も終わりに近づいた。

 クイリナーレの丘から西へ1キロ足らずのところ、古代ローマ時代の競技場跡とされるナヴォ―ナ広場、この広場の真ん中にベルニーニの「<四大河の噴水>」が水を吐いている。

 その広場の一筋北に、聖アウグスティヌスに捧げられたサンタゴスティーノ教会がある。
 初期ネッサンス様式のこの教会、入って直ぐ左手の礼拝堂にカラヴァッジョの傑作が架っている。

 その前に、その礼拝堂の少し奥、三番目の柱の上部に描かれた、盛期ルネッサンスの若き天才ラファエロ・サンツィオ(1483-1520)のフレスコ画「預言者イザヤ」(1512年)を取り上げたい。

 イザヤとは、<ダビデ>によって統一されたイスラエル王国が息子<ソロモン>の死後に南北に分裂、その南のユダ王国後期の人。

 また、エレミヤ、エゼキエルと並ぶユダヤ教の後期三大預言者のひとりで、旧約聖書のイザヤ書に登場する。

 蛇足だが預言者とは、“ 自己の思想や思惑によらず、霊感により啓示された神意を伝達し、あるいは解釈して神と人とを仲介する者 ”(コトバンク)のこと、いわゆる未来を予測する予言者とは異なる。

 ルネッサンス様式の面影は殆ど残っていない薄暗い内陣で、<聖母子の画家>とも称される若き天才とはまた別の、力感溢れる預言者イザヤに目を凝らしていると、彼が師とも仰いだミケランジェロ(1475-1564)の「最後の審判」(システィーナ礼拝堂)の「<審判者キリスト>」の姿と重なった。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1268

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ベルニーニ 「聖テレーザの法悦」

2017年02月22日 |  ∟イタリアの美術館

 ※ 続・ローマとナポリにバロックの奇才を訪ねる旅 (17)

 バルベリーニ通りを左へ、坂道を上ると9月20日通りと交わる辺り、サン・ベルナルド広場と呼ばれている。

 その一角、モーゼの噴水を前にするのが、バロック建築の先駆者のひとりカルロ・マデルノ(1556- 1629)が、ボルゲーゼ枢機卿の依頼で建てたサンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会。
 ちなみにマデルノ、サンピエトロ大聖堂のファサードの設計で知られている。

 この小さな教会の左翼廊、コルナーロ礼拝堂にバロック彫刻の最高傑作のひとつジャン・ロレンツォ・ベルニーニ(1598-1680)の 「聖テレーザの法悦」がある。

 主題は、<シエナの聖カタリナ>とともに、最初の女性教会博士として列聖された聖テレジアの奇蹟的な法悦、脱魂体験。

 神に魂を触れられることによって恍惚・官能の表情を浮かべる聖女テレーザ。
 それに対置して、微かな笑みを浮かべ乍ら聖女の心臓に火の矢を突き刺す天使のサディスティックな表情が、刺激的に表現されている。

 まさに、聖女が幻の中に見た天使によって自身の心臓に火の矢を突き刺されるも、激しい痛みと共に神の愛撫による絶対的な恍惚・エクスタシーを感じた瞬間を見事に切り取っていて声もない。

 自身 「大理石を純白の密蝋のように扱うことができる」と高言したベルニーニ。
 その彼のもうひとつの傑作 「<福者ルドヴィカ・アルベルトーニ>」(サン・フランチェスコ・ア・リーパ教会)と同様、神との性愛をイメージし乍らも、聊かも聖性を失わないその表現力は、まさにバロック芸術の真髄を示している。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1267

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恵みの呼吸 ‐ 言葉を拾う

2017年02月21日 | 本/図書館/言葉

 ノートルダム清心学園(岡山市)理事長でシスター渡辺和子さんが昨年暮れ帰天されたが、NHKがこの週末(2/18)の 「心の時代」で、渡辺さんの信仰の姿を再放送していた。

 話は昭和11年、陸軍青年将校らが1480余名の兵を率いて起こしたクーデター未遂事件、二・二六事件にまで遡る。

 NHKのHPを借りれば、登場するのは “ 陸軍教育総監の父を目前で殺された渡辺和子さんとその父にとどめを刺した陸軍少尉の弟、安田善三郎さん ” の二人。

 戦中、戦後の困難な時期を、いかに生き抜くかを実践してきた渡辺さん。
 一方、反乱軍の親族という汚名のもと息をひそめ暮してきた安田さん、二人のモノローグの形で進む。

 事件から50年の法要で初めて顔を合わせた二人、兄の事に負い目を感じてきた安田さんは、渡辺さんが “ 父を殺した兵士たちの墓に手を合わせたことに驚愕した ” と話す。

 渡辺さんは事件後カトリック系の大学へと進み、そして洗礼を受ける。
 やがて修道者としての道を歩み始めた渡辺さんはボストンに留学の後、36歳の若さでノートルダム清心女子大の学長に就くものの、年長者ばかりのなかで「若さゆえに生意気だった」と笑みを浮かべ顧みる。

 渡辺さんは、処刑になった将校に恨みの気持ちは少しもない。ただ、彼らを煽り乍ら自らは白を切り通した軍上部の者は赦せない、と静かに語る。

 ところで、理事長を務める学園の玄関に架る、牧師・河野 進(1904-90/詩人)さんの詩を紹介するシスター、それは・・・、

 天の父(とう)さま
 どんな不幸を吸っても 吐
く息は感謝でありますように
 すべては恵みの呼吸でありますから

 渡辺さんは、その一編の詩の心を学生に訓えるのだと言う。
 自らに言い聞かせる言葉でもあるのだろう・・・か? そんなことを思い乍ら二人の越し方を想った。

 Lent・四旬節(3/5~)の頃に咲く 「レンテン・ローズ」、主の受難と復活の日を祝う準備が今年も始まる。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1266

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カラヴァッジョ 「ナルキッソス」

2017年02月20日 |  ∟イタリアの美術館

 ※ 続・ローマとナポリにバロックの奇才を訪ねる旅 (16)

 バルベニーニ宮・国立古典絵画館に架るカラヴァッジョ(1573-1610)の 「<ホロフェルネスの首を切るユディト>」、彼自身が持つ暴力性と残虐性に聊かたじろがされた。

 今回は、それと並んで架る彼の初期の作品 「<ナルキッソス>」(1597年)、小編、再登場である。

 主題は、ギリシャ神話に登場する美少年ナルキッソスが、ある日、水面を見ると、中に美しい美少年がいてひと目で恋に落ちる場面。

 ナルシシズムと言うらしいが、程度の差はあれ人間誰しも自己愛というか自惚れを持っている。

 本作、古代ローマ時代の詩人オウィディウス(BC43-AD17)の 「<変身物語>」を典拠としていることは知られている。

 少し長くなるがそのあらましを追うと、ギリシャ神話に登場する男神は総じて女性にだらしなく、その代表格とされるのが主神ゼウス。

 その妻であり結婚の守護神の女神ヘラは嫉妬深く、ヘラの監視からゼウスが逃れるのを森の妖精エコーが歌とおしゃべりで助けた。

 ためにエコーはヘラの怒りを買い、自分では口が利けず他人の言葉を繰り返すことのみを許されてしまう。

 そのエコー、美少年ナルキッソスに恋をしたが、彼の言葉を繰り返す以外に何もできなかったので、退屈になりエコーを見捨ててしまった。
 エコーは悲しみのあまり姿を失い、ただ、声だけが残った。

 これを見た復讐の神ネメシスは、ナルキッソスをただ自分だけを愛するようにしてしまうのである。

 水中の美少年から離れることができなくなり、やがてやせ細って死んでしまったナルキッソス、そのあとには水仙の花が咲いていた。

 その花のことを欧米では 「narcissus・ナルシス」と呼ぶらしいが、今、盛りに甘い香りを振りまいている。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1265

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春一番と一汁一菜

2017年02月18日 | 日記

 今日(2/18)は二十四節気の “ 雨水 ”、暦便覧には “ 陽気地上に発し、雪氷とけて雨水となればなり ” とあり、春一番が吹く頃ともされているとか。

 東大寺・二月堂の<修二会・お水取り>も、二月二十日からは、別火(べっか)と呼ばれる前行が始まると聞く、春も近いのかなと思う。

 ところで、長い冬休みを貰っていた<レジオマリエ>、今年、初めて出席した昨日(2/17)、ほどよい湿りの雨が降り、空気だけでなく<風邪か花粉症>か判らないが、乾いた喉を潤してくれほっと一息。

 その夜の報道番組で料理人がコメンテータに出演、へえっ、珍しい人選だと思っていたら、中ほどで “ 一汁一菜 ” をテーマに語り始めた。

 その料理人さん、お父さんも料理人で柔らかな関西弁の人だったと憶えているが、よく似た語り口、有態に言えば饒舌で耳障りの感も。

 話しはそれたが、“ 毎日の食事は一汁一菜で良い、今晩何を作ればとストレスをため乍ら惣菜(おかず)を拵えなくとも、ご飯と具沢山の味噌汁、それに香の物でもあればそれで充分 ” という主旨のことを話していた。

 何時まで経っても<仮免主夫>の酔狂、「そうなんだよなあ」と相槌を打つ。
 生きるために食ってんだか食うために生きてんだか、どちらにしても鰥夫(やもめ)になって食を楽しむことを忘れてしまってい、彼のよく動く口を見乍ら何とも遣り切れなくなった、そんな春一番の夜だった。

 少し傷んだ 「藪椿」に趣きを思うのは、捻くれ者の僻み根性ゆえか?
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1264

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カラヴァッジョ 「ホロフェルネスの首を切るユディト」

2017年02月17日 |  ∟イタリアの美術館

 ※ 続・ローマとナポリにバロックの奇才を訪ねる旅 (15)

 ローマの七つの丘のひとつ、クイリナーレの丘はバルベニーニ宮・国立古典絵画館にいる。
 盛期ルネッサンスの若き巨匠ラファエロ(1483-1520)の傑作 「<ラ・フォルナリーナ>」がここにある。

 いきなり話がそれたが、聊か殺風景な展示室にカラヴァッジョ(1573-1610)の 「ホロフェルネスの首を切るユディト」(1599年頃)が架っている。

 主題はこれまでにも、レンブラント(1606-1669)の 「<フローラに扮したサスキア>」(ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵)やクリムト(1862-1918)の 「<ユディト Ⅰ>」(ウィーン/ベルベデーレ宮蔵蔵)で書いたので重複は避ける。

 が、付け加えれば、“人間の暴力性と残虐性を、画家自身が持つそれによって表現した ” のだとか。

 ユディトを勇猛な姿で表現した本作、彼の 「<ゴリアテの首を持つダヴィデ>」(1610年/ボルゲーゼ美術館蔵)と同様に、斬首が、“ 悪に対するキリストの戦いを暗示するものであるという点を示した ” (カラヴァッジョ/西村書房刊)のだとされている。

 フォルナリーナとユディト、時代も背景も違うけれど、女性なるもの、可憐にも勇猛にもなれるということか?

 ところで、本作に見る鮮血のディテールは、「<聖女ウルスラの殉教>」(ナポリ/カポディモンテ美術館蔵)でも、暴君に矢で射られる聖女の胸から迸る鮮血を生々しく表現している。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1263

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聖バレンタインの贈り物

2017年02月15日 | 日記

 昨日(2/14)は<セント・バレンタインデー>、平日のこの日は三年振り?だとか、TVニュースで男性アナウンサー氏がなぜか嬉しそうに話していました。

 職場のお父さんも気もそぞろ、義理と知りつつ 「いつも気になるあの娘(こ)から来ねえぞ!」と、小さな胸を悩まされたのではと拝察いたします。

 斯くいう酔狂、現役時代はチョコの箱がデスクに山積みなんてことは夢のまた夢、保険の外交のお姉さん方からのバラのチョコがちらほらと、「ふん、下らん」と悔し紛れに毒づいたもンであります。

 ところで、自分贈りという言葉を聞きました、頑張る自分にチョコを贈るのだそうです。

 左党ゆえ食べることは少ないのですが、最近、カカオポリフェノールが腸内環境に優しく、毎日一個ほど食べると好いと知りました。

 イレウスなどの術後症に悩む酔狂、最初はカカオ分95%でしたが、今は僅かに甘みも残る86%のものを自分贈りしています。

 それはさておき、今年のその日はと申しますと、午後も遅く頻発する苦沙弥と鼻水に敢え無く白旗、何時もなら市販の風邪薬で対処するのですがいっかな効きません。
 で、何年振りになるのでしょうか<A診療所>の門を潜りました。

 待つこと半時、「まあ、久し振りねえ!」とA先生の温かい歓迎の言葉を頂き乍ら診察、「花粉症かも、検査しましょうか?」と診断、「それは次回に、取り敢えず鼻水を止めて」と恫喝、じゃなかった懇願、処方箋を貰って何時もの薬局に行けば、顔馴染の薬剤師さんからも 「花粉症じゃ?」と嬉しいお言葉。

 アル・カポネの聖バレンタインデーの悲劇じゃありませんが、とんだ贈り物に、憮然と夜の道を帰ったのであります、はい。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1262

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ローマ、ミニ散歩でベルニーニ

2017年02月14日 |  ∟イタリアの美術館

 ※ 続・ローマとナポリにバロックの奇才を訪ねる旅 (14)

 小編にお付き合い下さる方には礼を欠くが、カラヴァッジョ(1573-1610)にわれ乍ら少し飽いたかも?
 途中、三日間の<ナポリ>までの追っかけを挟んでローマも足掛け八日目、その最終日も彼との出会いを求めて出かける予定。

 気分転換に美術館まで歩いてみることにしたものの、ホテルの窓から通りを眺めると雨が降っていた。

 随分と天候に恵まれたこの旅だったが初めての雨、彼女 曰く 「日頃の行いが好いから」だそうだが、誰の行いが好いからと言っているのかは聞きそびれた。

 その雨も朝食をとる頃には上がり太陽が顔を出す始末? 「さあ、今日でローマともお別れ、楽しみましょう」と、こと美術館巡りになると頗る意気軒昂なのである。

     

 テルミニ駅近くのホテルを出て直ぐ、オペラ座の左側を抜け陸軍省の大きな建物の角を南へ、9月20日通りと名付けられた坂道を下る。
 この通り、ピア門広場から途中でクイリナーレ通りと名を変え、そのクイリナーレ広場まで真っ直ぐに結ぶ。
 その間に、クイリナーレ宮・大統領官邸をはじめ、この国の政府機関が並ぶ官庁街となっている。

    

 途中、四辻の角それぞれに小さな噴水がある交差点を右に折れるとクアットロ・フォンターネ通り、四つの噴水通りというのだそうだが、その坂道を下ると途中の右手、緑の木立の向こうに目指す建物がある。

 この日の目的、ローマの七つの丘のひとつクイリナーレの丘の近く、ベルニーニ(1598-1680)とボッロミーニ(1599-1667)の作とされる 「バルベニーニ宮」、現国立古典絵画館である。

 ところで、クアットロ・フォンターネ通りを下るとバルベニーニ広場、そこにベルニーニが設計した 「トリトーネの噴水」がある。

 広場の近くには 「蜂の噴水」もあって、“ ベルニーニはローマのために生まれ、ローマはベルニーニのためにつくられた ” と賞賛されるのも宜なるかな、いたるところ彼である。
 Peter & Catherine’s Travel. Tour No.1261

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