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その蜩の塒

徒然なるままに日暮し、されど物欲は捨てられず、そのホコタテと闘う遊行日記。ある意味めんどくさいブログ。

台湾旅游(8)

2017年06月05日 | 


 中正紀念堂へ。赤い葉はリュウゼツラン科コルディリネ。ちなみにドラセナ属ではありません。







 もちろん蒋介石。



 何で人だかりが出来てるかというと、衛兵の交代があるからです。





 1時間じっとしていて瞬きもしないのは苦痛でしょうね。


 どうやら別の門から出たようです。


 昼食は台湾料理の春梅子餐廳(台北市南京東路二段206號B1)で。魚屋も併設してました。


 またしても切り干し大根入りオムレツ。必ず出てきますね。右上は五香魯肉(ウーシャンルーロー)で豚の角煮。魯肉飯(ルーローファン)は台湾の代表的な丼ぶり物。


 麻婆豆腐ともやし炒め。麻婆は四川のとは違って、全然辛くなくゆるかったです。


 炒甘藍菜(キャベツ炒め)と花枝焿(ホワジーゴン・イカ団子スープ)。スープは大体薄味です。


 蔭鼓蚵(インシーオー)牡蠣のもろみ炒め。小ぶりの牡蠣とニンニクの芽、豆豉にとろみを付けて炒めたもの。


 右上;台北市のランドマークのひとつ丸山大飯店(グランドホテル台北)。

台湾旅游(7)

2017年06月04日 | 



 続台中観光。宮原眼科へ行きました。ビッシリの本棚がそのまま。眼科は日本統治時代のことで、今はチョコ、クッキー、ケーキなどのスイーツ店となっています。蟻の絵はスイーツ店の証か。中でもアイスは行列が出来るぐらいの有名店ですが、食べた人の話によると31の方が美味しいとのことでした。


 ここも日本統治時代の旧台中市役所ですが、今はカフェになっています。東京駅を設計した辰野氏の設計によるもの。街路樹は大王椰子。


 これはパパイヤ。民家の軒先に普通に植えられてました。


 夕食は、各家(ハッカ)料理の燉品棧(トンピンツァン)へ。各家とは民族名。右上;台湾は看板に限らず全てがデカイ。
【燉品棧;台中市西屯區安和路118號】



 ここでもビールは1本150元。


 前菜と招牌德式豬腳(ドイツ風?豚足チャーシュー)。脂身だらけ。


 例の玉子料理と老皮嫩肉(揚げ出し玉子豆腐)。XO醤で味付けされてます。


 酢豚と何のフライだったか失念。


 空芯菜炒めと福菜肉片湯(豚バラと福菜のスープ)。


 デザート。片瓜はかたかったですね。



 宿泊の企業家大飯店。部屋はトリプル。夜は徒歩1分のカルフールでお土産等購入。朝食のお粥のトッピングが色々あって旨し。豆乳は定番。


 高速道路で台中から台北へ移動。中央分離帯はキンマサキか!? とてもよく手入れされてました。芙蓉も咲いてましたね。


 こちらも日本統治時代に建立された台湾総統府(旧総督府)。

PS;日経平均は2万円を回復し、投資家心理も強気ですが、来週以降どう推移しますかな。

台湾旅游(6)

2017年06月03日 | 
 野鴨谷餐廳(南投縣水里郷中山路566號)にて郷土料理の昼食。ツアー御用達のお店らしいです。


 中国、韓国は箸が縦置き。そして台湾のお茶碗はとても小さいです。このようにお代わりができるように出てくることは稀でした。ご飯は日本のに比べるのもなんですが、それほど不味くはなかったです。


 左上;炒めワラビ。醤油ベースのシャキシャキ食感。山菜好きの私は好みでしたが、他の人はそうでもなかったみたい。右上;塩味の小海老炒め。ビールに合う一品。


 左上;イノシシの炒め物。豚肉よりは若干固め。右上;揚げ豆腐の煮物。味が滲みてました。


 左上;切り干し大根入り玉子焼き。玉子料理は外れないですね。右上;豚肉、あさり、冬瓜のスープ。塩味でとても薄味でした。


 左上;椎茸と野菜の炒め物。少しとろみがついてました。右上;スズキの蒸し煮。身は淡泊でした。


 左上;揚げ餅。椰子餡と肉鬆(ローソン)入りで甘かったです。肉鬆は豚肉のでんぶのようなもので、朝食のお粥にかけたりもします。右上;黄色いスイカ。赤いのより甘味が強いです。


 またもや健康寝具店で枕の説明を聞かされました。右上;ゴムの木。



 買うつもりはないので、200mほど離れたところにあった、台湾地理中心碑を見にいきました。


 その後、台中へ。臨済宗宝覚寺見学。日本統治時代に建立されたんだそうです。


 門のところに面白い絵がありました。股間から何やらぶら下がってますね。






 高さ30mの金色の弥勒大仏。思わずつられて「どうも」って笑みがこぼれてしまいそうです。


 一方白い小さい布袋さんは、触られすぎて塗装が剥げ落ち。


 左上;お寺の隣にあった建物。右上;「日本人遺骨安置所」。台中近辺に移住した日本人の遺骨1万数千人余りを納めているそうです。


 左上;台湾出身日本軍人の戦死者約3万3,000人の霊を祭る「平和英魂観音亭」。1990年建立。


 左上;ホオノキの花。右上;ノウゼンカズラ科テコマ属キンレイジュ(金鈴樹)。別名テコマ・スタンス(英名;イエローベル)。


 ジャック・フルーツ(別名パラミツ)も植わってました。大きさは最終的にこの倍ぐらいになるそうです。味は甘いけど、臭いみたい。


 この黄色い花は、日本の「あしかがフラワーパーク」にもあるマメ科のキバナフジ(別名キングサリ金鎖、英名ゴールデン・チェーン)。街路樹になってるようです。

台湾旅游(5)

2017年06月02日 | 

 バスは日月潭へと向かいました。日と月を合わせると明になるので別名明潭(みんたん)とも呼ばれます。


 上の写真の右側拡大。こちらは蒋介石の別荘だったところです。


 日月潭には高級ホテルが立ち並んでいます。


 雨の影響もあるかもしれませんが、ホント観光客が少ないです。廟門の上に「重武」と「崇文」とありますが、日月潭の日と月、さらには蓮池潭の龍と虎など相反するものを並べてバランスをとるという思想があるのでは、と考えました。


 高さ8mの獅子。右側にも同じものがあります。建物も同様にシンメントリーで、日本の神社仏閣に見られる非対称はありません。建物の強度はシンメントリーの方があります。


 前殿二楼の水雲宮。開基元祖、文昌帝君が祀られています。


 九頭の龍の彫刻。


 ガイドが壁面はコンクリートの彫刻と言ってましたが、そんなことできるんですかねー。確かに色はコンクリですけど。


 武聖殿(中殿)の入口のところです。願掛けの鈴のようなものが沢山吊るされてました。


 左上;武聖殿の中に入りますと、岳飛と関羽という中国の武将を祀ってあり、その外側に周倉将軍と関平太子(関羽の長男)が配されてます。右上;都市の守護神「天下城隍(城隍爺)」。写真はないですが、向かって右手には金髪の土地の神「土地福徳(土地公)」がいます。


 左上;大理石の椅子。座ってみましたが、椅子の役割は果たしてないと思います。右上;彫刻の上から金箔を張り付けたものか!?


 大成殿(後殿)、学問の神。左上;顔子と子思子。プレートに子思子とありましたが、孔子の孫なら子思では? 写真はないですが、右の神棚へは孟子と曾子が祀られています。右上;孔子。


 日本の絵馬みたいなものか。香港の人は英語で書いてました。


 只今修復中。




 一番上にも行けましたが、時間の関係でここで戻りました。


 中華丼ぶりの模様ですね。雨は土砂降りになりました。

PS;棋士の藤井さん、卓球では13歳の張本選手、女子では平野美宇選手など若い人たちが頑張ってますね。

台湾旅游(4)

2017年05月31日 | 


 夜中も強く降ってましたが、2日目は朝から止むことなし。バスから車窓風景を撮ってみました。川は愛河という運河。


 向かった先は、台湾初の国立自然公園となった寿山(じゅさん)公園。広い階段を上ると忠烈祠の門。










 日本人がやりそうなイタズラですね。


 夜景の名所でありデートスポットでもあります。


 次に高雄百貨公司で買物。カラスミとか北投石のブレスレットなど値が張るものばかりでした。格安ツアーには必ず組み込まれていますが、時間のムダ。でもバックマージンとか色々あってツアーが成り立ってるんでしょうね。


 昨夜ここまでタクシーで来てナイトクルージングする予定でしたが、疲れて断念。ここにもLOVEのオブジェ。


 隣の店でマンゴージュース。


 今度は台南市へ移動し、延平郡王祠を見学。喫茶店脇にバナナがなってました。


 この方は清朝の大臣・沈葆楨(しんほてい)という人で、1875年清朝にかけあって福州式建築の新しい祠を建てました。


 左上;延平郡王祠(えんぺいぐんおうし)入口。右上;隣の建物。




 ジャケツイバラ科ホウオウボク属ホウオウボク(鳳凰木)。赤い花が建物の赤とリンクして見えます。沖縄にも生えてる亜熱帯地方特有の樹木です。


 ガジュマルと狛犬のコラボ。


 右上;日本統治時代の開山神社の神輿。


 左上;鄭成功の像。言うまでもなく、当時台湾を占領していたオランダ人を駆逐した功績によるものです。右上;父は鄭芝竜、母は日本人の田川松。ということで田川氏の神位も祀られています。