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その蜩の塒

徒然なるままに日暮し、されど物欲は捨てられず、そのホコタテと闘う遊行日記。ある意味めんどくさいブログ。

ジョン・マン5立志編

2015年07月12日 | 本・雑誌
 真っ直ぐバートレットアカデミーに入学すると思いきや、スコンチカットネックのホイットフィールド農園でチャンスとの畑造りレースなんかが挿入されてて、通学するまで総ページ数の1/3を費やしてます。この小説の時間軸はどうなっちゃたんでしょうね。

 入学してからは、初の実習船で皆が嫌がる料理当番に率先して手を上げ、釣ったばかりのコッド(鱈)を使ったフィッシュ&チップスを作り大好評を博すことに。それが元で次回乗船でのスキッパー役に推薦されますが、断ってしまいます。それを船長に話すると、過剰な謙遜は罪悪だと船長に諭されてしまいましたが、そんな所に日本人らしさが垣間見られました。「時間はだれにでも等しく与えられている。守るか守らぬかに個人の生き方が出る」と厳格な船長ですから。飲食物については、この前段でもザワークラウトやミルクコーヒーなど美味しそうなのが登場してました。

 物語は、新造船で長い航海に出ることになったホイットフィールド船長と妻アルバティーナの出産を機に、ジョン・マンは住み込みで働きながら通学することになります。クーパーができる二等航海士を目指し、樽屋での厳しい修行に明け暮れますが、次巻で無事バートレットアカデミーを主席で卒業できるのでしょうか。それとアルバティーナのベビーの容態が芳しくないというのも気になりますね。

『火花』

2015年06月27日 | 本・雑誌
 芥川賞候補になったというのもありますが、話題作『火花』を読みました。熱海に始まり熱海で終わるのも、ひとつの拘りでしょうか。そこで花火が取り上げられてるものだから、火花じゃなくて花火では!?と思う方も多いかと思います。実はお笑いコンビ名がスパークスなので火花なんですが、そこに気付くかどうかでしょう。もちろん、火花は花火を意識したものであろうとは推察されます。文中にも気付くと面白いけど、気付かないとそれまでという表現が隠されています。また、書き出しの「沿道は、浴衣姿の男女や家族連れの草履に踏ませながら…」というくだりは、擬人化!?使役表現!?と物議を醸し出しているようですが、癖のある文体なので決して読みやすくはないです。しゃべらせると書き言葉の1/10も出てこないんじゃないかと思われる思考回路と相まって。しかしながら、真樹さんに対する想いがありながら、内に閉じ込めてしまってるもどかしさは十分に伝わってきましたよ。

 物語の核は、尊敬してやまない先輩芸人神谷とのやり取りが主です。「誰が相手でもやり方を変えない。一切ぶれない」「その日暮らしで生きている。無駄なものを背負わない」「道は踏み外すためにある」って言いながら、服や髪染めは徳永のマネをしてるわけで、そういう意味ではキャラの確立が曖昧なのではないかと思います。さらに結果が全ての世界で、十年やっても結果が出ないのは負け犬の遠吠えにしか聞こえないんですけど。。

 また終盤に神谷が胸にシリコンを入れたのにはがっかりです。自己破産したばかりで金がないのにも関わらずですよ。それまで神谷が主張してきたものが崩れ落ちました。てかわざとそれを狙ったんでしょうけど。スパークスの解散後にしてももっと別のエンディングがあったでしょうに、と残念です。

 あちこち居酒屋にも行ってましたが、BSTBS酒場放浪記の吉田類やおんな酒場放浪記の面々みたいな描写がほしかったです。すなわち神谷のような拘りのある人は、酒の銘柄や肴にも拘ってしかり、だと思うからです。

PS;又吉さん芥川賞受賞おめでとうございます。「火花」の名の由来はコンビ名のスパークスの他、先輩芸人神谷とのそれこそ火花を散らすやり取りも伏線にありますが、この度古舘さんが噛み付いたことにより火花が拡大。もしかして本の出版は導火線に過ぎなかったのでは!? と同時にその火花の拡大は、折込み済みだったのではという気がしてなりません。 しかし一語一句に突っ込まれるコメンテーターや政治家というのは、つくづく大変だと心中お察し申し上げます。(7/17追記)

『クライマーズ・ハイ』を読んで

2015年04月01日 | 本・雑誌
 独機ジャーマンウィングス社の墜落事故が連日報道されてる中、事故前から御巣鷹山の日航機墜落事故を扱ったこの本を読んでましたので、奇妙な感じがしました。日航ジャンボ機は1985年お盆前に御巣鷹山に墜落しましたが、そこが群馬県であったとは本書を読むまで知りませんでした。山梨県の三ツ峠山の隣にも御巣鷹山がありますので、てっきりそっちの方かと思ってました。

 著者の横山氏は当時群馬の上毛新聞の記者だったわけで、本書の北関東新聞悠木和雅は著者自身といえるでしょう。520名の大惨事でしたが、4名の生存者がいたことも川上慶子さんの報道が大きすぎて忘れ去られてました。その川上慶子さんですが、看護師になったあと阪神淡路大震災、引っ越し先でJR福知山線脱線事故も経験するなど数奇な運命をたどられてるようです。

 新聞社はそういう職場なんでしょうけど、暴力的ともいえる加速度的な筆力に圧倒される反面、喧嘩腰のやりとりは読んでてストレスを感じます。ウラをとるのと、ウラもとらずに書いての誤報の瀬戸際とか締切時間との格闘など物理的な要因も背景にはあります。記者から記事をもらうのでも、ポケベルのもどかしさがあり、先日カンブリア宮殿で放送されたヤフーの編集作業とは全く違うアナログ的なものに感じられました。

 「クライマーズ・ハイ」とは興奮が乗じて恐怖心がマヒする状態で、解けた時が恐ろしいんだとか。物語の大半が日航機墜落事故で谷川岳のロッククライミングと並列的に書かれてますが、同じ群馬の山とはいえ御巣鷹山と谷川岳に共通点を見出すのは難しいものがあります。いずれの事件も人々が忘れることにより風化してしまいますが、事件の当事者にしてみれば時間が解決してくれるのは願ったり叶ったりかもしれません。

 「酔わなきゃ本音を言えない人を信じちゃだめ。そういう人は本当の人生を生きていないから」「這い上がる意思のない人間に何本ロープを垂らしてやろうが無駄なのだ。意思ある人間はロープなどなくても必ず這い上がってくる」本文中から抜粋しましたが、はたしてそうなんですかねー?何か勘違いしてるんじゃないでしょうか?世の中普通に生きようとしてる人がほとんどで、それほど大上段に構えて生きてる人はいないですよ。重い命と軽い命、大切な命とそうでない命と命にも優劣をつけてますが、はっきり言ってそんなものは存在しません。万人が地球の構成員にすぎませんから。

『無双の花』

2015年03月05日 | 本・雑誌
 本編も史実には忠実な物語でした。戦国時代において寿命を全うするのがいかに困難かを思い知る反面、その時代にあっても七十、八十過ぎまで生きていた人間が一人や二人でないことに驚きを隠せませんでした。主人公立花宗茂は、豊後の守護大名大友宗麟の家臣高橋紹運の嫡子で、筑前戸次(立花)城の立花道雪の娘(ぎん)千代の婿養子になったことで立花姓を名乗ることになります。東国の本多忠勝と並び西国の立花宗茂、ともに無双の者と称せられるまでに頭角を現します。そして秀吉に可愛がられ、柳川十三万二千石余りの領地を与えられ大名に。ここまでは順風満帆。立花の義とは「決して裏切らぬ」ことであり、それこそが著者の方向性と合致したのではないかと思えます。

 ところが、関ヶ原で西軍へ与(くみ)したため、領地を没収され長い浪人生活を送ることになります。いわゆる関ヶ原浪人です。家康には好かれてなかったこともあり、関ヶ原から六年後に本田平八郎忠勝の推挙により、ようやく五千石で徳川に召し抱えられます。その地は佐竹氏の支配下にあった奥州南郷で、伊達正宗の防波堤の役割もありました。四年後には三万石へ加領。

 いかに関ヶ原が重要な戦であったかが分かりますが、現代においてもどの政党、派閥につくかで違ってくるように、いつの世も変わりないものです。

 大坂の陣での豊臣方真田信繁の籠城戦の描写も見事でした。家康は和睦に見せかけて壕を埋めてしまうなど、汚い手を使って勝ちにいくわけですけど、その徳川の義が「泰平の世を作るためには、手を汚すことを恐れぬ」というもの。見事な戦をすると、また戦がしたくなる。しかし汚い手を使って勝ちたいとは思わないはずで、それは無用な戦をしないようにするため。なかなか深いですなー。泰平の世になればなったで、今度は一揆が起こらぬよう領民に思いを馳せなければならないわけですけど。 

 真田信繁の遺児が宗茂の口添えにより伊達藩の片倉小十郎にひきとられ、中でも次男(幼名大八)はのちに真田守信と真田姓を名乗ります。それが仙台真田として連綿と現代にまで存続してるわけですから、すごいことですよ。また、小国郷で正室千代に助けられた京の公家葉室頼宣の娘菊子が、のちに継室として宗茂の元へ嫁ぐことになるのも不思議な縁を感じました。

【漢字】
肝胆(かんたん)相照らす…互いに心の底まで打ち明けて親しくつきあう。
久闊(きゅうかつ)を叙する…無沙汰をわびるあいさつをする。久し振りに友情を温める。
梟首(きょうしゅ)…処刑した人の首を木にかけてさらすこと。またその首。
凛乎(りんこ)…勇ましいさま。毅然としているさま。

『つむじ風食堂の夜』

2015年02月24日 | 本・雑誌
 タイトルが面白そうだったので、アマゾンの中古で買いました。著者の吉田篤弘氏は「クラフト・エヴィング商會」名で何冊か本を出してます。

 物語は、月舟町にある「つむじ風食堂」に集う人々や商店街、主人公の雨を研究している「雨降り先生」のアパートなどを舞台に繰り広げられます。登場人物は、帽子屋、古本屋、果物屋、舞台女優志願の奈々津さんと、いずれもちょっと変わった人たち。帽子屋さんが出してきた万歩計のような「二十空間移動装置」の正体は、とうとう実体がつかめないままでしたし、奈々津さんが主役の(一人)芝居を依頼した脚本も未完成でした。主人公の父が手品師だったわけで、始めから終わりまで手品のような物語でした。結論を求めてはいけない本だったのですね。

 雨の研究では食えないので、執筆業を生業とし唐辛子とかエスプレッソ・マシーンについての原稿依頼を受けますが、その小編に登場する中性っぽい小氷さんとコーヒースタンドのタブラさんの息子もユニークな人たちでした。星ひとつ描いて一円の報酬、壁の中に消えたオノレ・シュブラック、白黒の猫オセロもなんとも不思議です。

 生きるほどにどうでもいい知識が増えるというのはもっともです。文中の「ワニの涙」についてワニは涙を流さないとありますが、それだと誤解が生じます。空涙を流して獲物を誘い、涙を流しながら獲物を食うことから虚構の代名詞だったり、男をだます女の空涙に例えられるのだそうです。「ワニの涙」というブログがあり、ずっと意味不明でしたが、ようやく分かりました。なお、「もやしと豆もやしの違い」については、もやしは緑豆を発芽、豆もやしは大豆を発芽させます。