おじたん。的ぶろぐ生活。

おじたん。である。語るんである。

でまぁ、Palmなんだが。

2007-06-06 04:25:05 | 我思う、故に書くなりよ。
ブログも書かずにホットシンク三昧…。

いまさら…ではあるが、古いPalmデバイスに再び活躍して頂こうと奮戦しているのである。

そうしたデバイスには結構卓越していたハズだったのだが、5年も触ってないとすっかりと何もかも忘れてしまうのが人間だったりもするので、単に電気を通して…って使い方以上のコトをしようとすると、忘れ去ってしまったコトの全てが悔やまれたりもするのである…。

とりあえず、Vxと505を動かせる状態に戻して、あれやこれやとアプリ(Palmware…と言います…)を詰めて行くのだが、詰め込みすぎると具合が悪くなるのも人と同じみたいで面白い…。いや、困る…。

とりあえず、電子辞書兼電子手帳…的には復活出来ているので、当面は困らない。

ただ、復活させるにあたり、残された資産を探して放浪すると、やおら悲しい憂き目に遭うコトが多かったりするのがなんともツライ…。

デバイスを生産するメーカーが無くなったり、撤収しちゃうだけで、こんなにも寂れちゃう現実に心が痛いのである…。うちじゃあ、Jornada720も現役だし、その気になれば乾電池で駆動出来る「モバイルギア」なんてのもあるのだけれど、世の中で活躍する機会が皆無になってしまったかの様な寂れた感じが納得出来ないんであるのよ。

何か、こう、複数の機能が一緒になったものを使っていくコトに長けてない民族なのかもしれないな…。だから「スマートフォン」が世界的に見ればトレンドなのだけれど、「キワモノ」で終わってしまう風情がちらほら…。「電子辞書」なら「電子辞書」、「ゲーム」なら「ゲーム」ってモノに対する考え方がちょっと違っていたりするんじゃなかろうかと思ったりする。

「DSとかPSPはどうなん?」

そうした機器がPDA的に使えても悪く無いし、スペックで言ったらとんでもなかったりするのだが、そうした方向性が併せ持つことなく「ゲーム機」で終わっちゃうってあたりが「なんとかしろい…!」だったり。そうした「広がり」に余裕が無いデバイスではないんだけれど、そうしない、出来ない…って閉鎖的な未来を暗に提供していて恥ずかしいとは思わないのかっ! と、思うのである。

我が家のプレステ2だって、スペック的には軍事転用されたらヤバイ…って中身だと言われていたが、大方、やってるのはゲームかDVD観賞程度だし、3になってちょいと広がりはしたものの、大差ない…と言われれば「それまで」だったりねぇ。

その点、古くてもPalmは「ここまでしか…」ってスペックのモノが「ここまで出来る!」って世界があったんだと思うんだよねぇ…。だから好きになれたのだと思うんだけれど、どーしたもんだか…。

便利な世の中を模索して、現実化する研究や動きは絶えずあるのだろうけれど、それが現実化出来るコトはあっても、定着しない…ってのが普通なのか、稀なのか、判らないのだが、おおよそ「便利」とは思われても実際には使われないってのが散見できるトコロを見ると、人間はそれほど「便利」じゃない方が好みなのかも知れないねぇ…。

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